第3話 勇気 ゆうき


 今にして思うと、俺が倒れている間見ていたあの『夢』にも似たモノは、もしかしたら『レオンさん』の『願望』だったのかも知れない。


「じゃあ、俺を助けたのはその『レオンさん』に似ていたからか?」

「……さぁ、どうかしらね」


 なんて照れ隠しからなのか、誤魔化していた。


 でも多分。この人は、『倒れている人』や『困っている人』を放ってはおけない。ただ、その対応の仕方や話し方が全てまどろっこしいだけなのである。


 まぁ、その『まどろっこしさ』が人を惑わせているのだが……それはもちろん、コレを口には出すつもりはない。


「でもまぁ、俺は『捨て子』だけどな」

「……それについてなんだけど」


「?」

「あなたの『産みの親御さん』は……というより、多分お母様だと思うんだけど……」


「母さんの事を知っているのか?」

「いえ、会った事はないけれど……。私が思うに、あなたのお母様は『逃げていた』のではないかしら」


「……何からだ」

「お役人さんから……でしょうね」


 そう言われて、ようやく俺が生まれた『時代背景』が分かった気がした。


 ――俺が生まれた『時代』。


 その頃は、『外国』に対してかなりの偏見へんけんがあったらしい。それは「支配されてしまうのではないか……」という『恐怖』からだろう。


「あなたが生まれたのは、そんな『時代』が揺れ動いていた頃だったんじゃないかしら」

「……そうかも知れねぇ」


 だが、俺にはそれを確かめるすべがない。


「じゃあ、俺が『洋風』な顔だから……」


 母さんは、俺を『捨てなくてはいけなかった』のだろうか……。なんて気持ちになってしまう。


「いえ、多分。あなたのお父様は多分。『外国の方』だと思うわ」

「なぜ断言出来るんだ」


「……もちろん。『先祖返り』は直接の両親でなく,それより遠い祖先の形質けいしつが子孫に突然に現れる事を指すのだけれど」

「はい」


「あなたのお母様が『あなたを捨てた』という事と『逃げていた』事の両方を考えると、逃げなくてはいけない『理由わけ』があったと考えるのが妥当だと思うの」

「それは……まぁ、そうだろうけど」


 言われてみればそう考えるのが『妥当』なのかも知れない。


「確かにどんな理由があってもしてはいけない事だと思うわ。でも、そうしなければあなたは生きていなかったかも知れない」

「……」


「だから『何が良かった……』とか『どうすればよかったか……』なんて終わってからじゃないと分からない。結局『結果論』なんでしょうね」

「……それを言われちまったら終わりだな」


 しかしまぁ、確かに亞里亞ありあさんの言う通り『結果論』なのだろう。


 おかげで俺は『生きている』し、決して『普通』では出会えるはずのない亞里亞ありあさんや、一恭かずきよさんに出会えた。


 ただ、やはり俺とこの兄妹きょうだいとはなかなか関係が切れる気は、全然しない……。


「ところで、なんで『蜻蛉とんぼ』って名前なんだ?」

「あら、いきなりどうしたのかしら」


「……別にいいだろ、気になったんだからよ」

「そうね。『蜻蛉とんぼ』はね。その体の性質上前にしか進まなくて、退かないのよ。そこから不転退ふてんたい。退くに転ぜず、決して退却をしないの精神として、武士に好まれた『勝ち虫』とも呼ばれた一種の縁起物えんぎものとしてこられたの」


「ふーん。それで『蜻蛉とんぼ』って名前にしたのか」

「ええ。もちろん、前に進むためには『勇気』が必要よ。だからもし、このお店が気になったのであれば、それはその『勇気』を試されているのかも知れないわね」


「……それは、『人生』を変える『勇気』って意味か?」

「それだけじゃないかも知れないけど、大きい意味ではそうかも知れないわね」


「大きい意味って……おい」

「ふふふ。断言なんてしないわよ」


 結局、亞里亞ありあさんは断言しなかったが、今までの俺の経験上、小さくクスッと笑っていながら言っている時は、『本当』の事を言っていると分かっていた――。


 だから、俺も「そうか」と言ってお互い小さく笑い合うのであった……。

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