第2話 常々 つねづね


「私が言いたいことは、そのことなんだけど……」

「?」


 正直、その事『しか』言いたい事はないだろう。だが、亞里亞ありあさんは、なぜか言いにくそうに顔を伏せている。


「さっきも自分で言っていたと思うけど」

「あっ」


 そこまで言われてようやく気がついた。


 完全に忘れてしまっていたがこの人、俺よりもものっすごく『年上』どころか、生まれた『時代』すら違う。


 でも、亞里亞ありあさんの言っているこのお椀を一恭かずきよさんに渡した『人物』は……。


「俺の……ご先祖という事になるのか?」

「……そういう事になると思っているわ」


「……そんなに似ているのか? その人と俺」

「ええ」


 少し笑いながら、小さく「ものっすごく」と言葉を付け足した。――この顔を見ている限り、俺はその人かなり似ている様だ。


「いや、似ているっていくら似ているって言っても……」

「むしろ『生き写し』みたいよ? あなた」


「……そうなのか?」


 正直、俺は『産みの親』に会った事すらない時点で『自分のご先祖』を知る事も出来ない。だから、そう言われても正直ピンとこない。


「なぁ、一つ聞いてもいいか?」

「何かしら?」


 多分、俺は本当に知りたかったのは『ご先祖』や『産みの親』の事ではなく、『一恭かずきよさん』が言っていた『レオンさん』が何者かを……知りたかったのかも知れない。


 だから、一恭かずきよさんの妹である亞里亞ありあさんにも実は関係のある話だったのだ。


「その……俺に似ている人って……」

「?」


「もしかして『レオン』って呼ばれていた人か?」


 俺がその『レオン』という名前を出すと、やはり亞里亞ありあさんは驚いた。


 しかし、すぐに「兄様から聞いたのね」と気がついたらしく、「ええ」と前置きをすると――


「正確に言うとあの人の名前は『レオナンド・フェルマー』と言ってね。元々は、外国から来た……そうね『輸入品を届けに来る』人だったの」

「そうだったのか」


 なるほど……。それで、一恭かずきよさんはその人を『レオン』と呼んでいたのか。


 俺の記憶が正しければ確かその『時代』は、『外国人』が珍しかったはずだ。だから、そんな『特殊な職業』でない限りそもそもこの国には来られない。


「昔から兄様は『他の人から理解されにくくて』ね。でも、レオンさんはそんな兄様を理解して、とても仲良くなったの。それで、ある日『このお椀』を兄様に渡したのよ」

「……コレも『何か』起きるのか?」


 このお店にある『品モノ』は、なぜか色々な事が起こる。それは、俺たちにも予測不可能だ。


「いいえ。これは至って『普通のお椀』よ」

「……そうか」


 俺はその言葉を聞いて、なぜかわき出た『安堵の気持ち』と、これまたなぜかわき出た『残念な気持ち』の両方を抱いた。


「でも、なんで特に『何もないタイミング』で渡したのかは、その時はまだ分からなかったの」

「……その時は?」


「ええ、そのお椀を渡した後。レオンさんは一切日本に来なくなったのよ」

「……」


 当然、「なぜ?」という気持ちになった。だが、それはもちろん一恭かずきよも思ったはずだ。


 だが、なんとなく「来られなくなるから、渡したのかも知れない」と、レオンさんは心の中で分かっていたのかも知れない……と、そんな気持ちにもなった。


「でも、レオンさんは常々つねづね言っていたわ……」

「?」


「日本に絶対住むってね。そして、縁側えんがわで奥さんと一緒にお茶を飲むのが夢だって、そう言っていたわ」


「……おじさん臭いな」

「そうかも知れないわね」


 亞里亞ありあさんは、そう言いながらクスッと笑った。


 確かにこの時代ならまだこの『夢』は「何を言っているんだ?」と思われてしまうほどの『普通』だったかも知れない。


 しかし、真理亜まりあさんがいた『時代』には『古い』と思われただろう。


「つまり、俺は『真里亜さん』みたいなモノか」

「そうね……、あなたも『先祖返り』かも知れないわね」


 そう言いながら笑った顔は、少し寂しそうだった。


 多分、亞里亞ありあさんも「なぜ日本に来なくなったのか」の理由を知っていた可能性がある。だからこそ、そんな顔をしたのかも知れない――。

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