第2話 登校

 この国——ファクティスに住まう高校生の一日というのは、誰を見ても然程さほど違いはないだろう。通う学園が違っても、組まれているカリキュラムは全て同じものなのだから。


 その中の一人、第一高等学園二年生のシュウはといえば。

 朝七時に起床し、決められたメニューの朝食を済ます。その後は、何度直しても言うことを聞かない髪の毛と格闘。五分の試合の後に判定負けをくらい、大人しくそのまま黒髪ツンツン頭の完成。

(ファンクラブなんざいらねぇけど……、クロウみたいなサラサラヘアーになりたいもんだぜ)

 鏡の前で思春期相応の悩みに苦悩し、シュウは洗面所を離れる。


 第一高等学園の制服に袖を通し、通学バッグを持つ。この家から学園までの所要時間は徒歩で十五分。八時から授業が始まるため、毎日七時半には家を発つ。

 センサーに手をかざし、玄関のロックを解除。電子音と共にドアが開き、それと同時にいつもの明るい声が飛んでくる。

「おはよ、シュウ」

「うっす」

 ミサの笑顔を直視できず、シュウは照れを隠せないまま歩き出す。ミサも慣れたもので、シュウのその様子にくすくす笑いながらも隣を歩く。

 ——この一連の流れが、平日のルーチンなのである。


 ここは第一居住エリア。二十キロメートル四方に囲まれた開拓領域。シュウとミサの住む学生寮は、ここの西区画にあたる。ちなみにクロウは北区画の学生寮から通学している。


 開拓領域の外は厳重立入禁止区域に指定されている、未開拓領域。トップレベルの高権限IDを持つ者でなければ入ることができない。また、開拓領域と未開拓領域の境目には、半透明の電子壁が空高くまでそびえ立っている。

 もちろんシュウもミサも未開拓領域に興味はある。しかし、一介の高校生に過ぎない自分達にそんな高権限のIDなど持たされるはずもない。そのため、興味はありつつも、侵入することは半ば諦めているのが現状なのである。


「なあ、社会の宿題やったか?」

「当たり前じゃない。これでも卒業A判定狙ってるんだから」

 他にも通学途中の生徒が散見される中を、他愛のない会話をしながら歩くシュウとミサ。


「それはそれはご立派なことで。……でもいくらいい判定もらったって、やりたい仕事ってピンとこないんだよなぁ」

 いつも通りの変わり映えしない青空を仰ぎながら、シュウはポツリと漏らす。

「でももう高二よ? そろそろ何の仕事に就くか決めておかないと」

 空いた左手をポケットに突っ込み、シュウはため息を一つ吐いた。ミサの小言には直接答えず、誰に言うでも無い言葉を空に投げる。

「仕事ねぇ……」


 ファクティスに九つある高等学園は全てにおいてカリキュラムが同一である。それは、卒業後の判定基準も含まれる。

 まず、ファクティスには大学や専門学校といったものが存在しない。小学校、中学校、高校の三つの義務教育を経て、就職となる。高校卒業後の就職率は百パーセントで、必ず何かしらの仕事に就かなくてはならない。

 高校卒業時に卒業生は、上はAランクから、下はFランクまでの中から判定を下される。判定基準は当然、勉学と実技の試験の結果からである。その判定が良いほど、卒業時に選択できる仕事の幅が広がる、という仕組みなのだ。


「んで、その優等生のミサさんは、どの仕事がご希望で? やっぱ報道関係?」

 数分歩いた後に、シュウは答えの分かっている質問を投げた。

「報道っていうより、ジャーナリストかな。……色々あると思うんだ、知らなきゃいけないこと」

 ギュっと通学バッグの持ち手を握り、ミサは噛みしめるように言葉をつむぐ。


「そっか……。まっ、俺としては危ないことをして欲しくないんだけどな、ミサには」

 ミサの生い立ちを知るシュウは、ミサがジャーナリストを志望していることは知っていた。それを阻む権利は無い。

 ただシュウの本心では、ミサには安全な仕事をしてほしいと人一倍強く思っている。


「なんで?」

 ミサの紅い瞳がシュウを捉える。

「いや、だってよ……危ないだろ?」

「……それだけ?」


 普段の威勢の良さは身を潜め、シュウは少しずつ赤くなりながら明後日の方向を向く。

「だからだな……その……」

「……ちゃんと、言ってほしいな」

 ミサも一層、普段よりも乙女レベルを増してシュウの言葉を待つ。


「だぁーー!! 分かったよ! 未来の嫁には危険な仕事をして欲しくないんだってば!」

 耳まで赤くしながら、シュウはミサの瞳を見つめて言い放った。

「うん! 合格!」

 ミサはご満悦そうに微笑む。


 そう。この時の二人は、完全に周囲のことなど忘れていたのだ。


「朝っぱらからお幸せそうで何より。しかし君たち、愛のささやき合いなら、もう少し場所を選んだ方がいいな」

「なっ——!!」


 突如として、二人の背後からクロウの声がしたのだった。

 慌てて辺りを見回すシュウ。辺りには通学途中、いや、通学の道中を終えた学生で溢れていたのだ。

 いつの間にか十数人の生徒に囲まれている。


「校門前であんな大声で。それに、愛を深めているとなれば、ギャラリーが集まるのは至極当然の結果だと言える」

 にやにやしながらクロウは眼鏡の位置を直す。

「くっそ……」

 シュウは頭をボリボリ掻きながら、昇降口へと向かった。

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パペット・バイト! 春日 智英 @tomohide-kasuga

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