完全な密室の作り方

森 メメ

完全な密室の作り方

 チクッとした痛みで目覚めると俺は見知らぬ部屋の中に居た。

 腕は部屋の柱に縛り付けられていたが、簡単に抜けた。

 なんで俺はこんな所に……。

 辺りをキョロキョロ見回してみる。

 するも、机の上に一枚の紙が。


 __オマエを殺す__


 ……物騒だな。なんだってこんな事を書きやがったんだ? 人のことを拉致した上に、恐喝までやるなんて。

 この汚い文字からして、ろくな奴では無いだろうな。


 まっ、こんな戯言は無視して部屋から出るか。

 ドアノブに手を伸ばして、と。


 ……おいおいなんだよ、鍵も掛かってないのかよ。殺すとか言う割には適当過ぎんだろ……。

 俺は楽でいいけどな。


 ガチャ


 ……いや、待てよ。幾らなんでも、こんなに雑なわけが無いだろ。ご丁寧に「オマエを殺す」とか書いてるんだぞ? あれは俺が見ること前提で書かれたモノに違いない。

 と、すると目的はなんだ?

 あんなものを見せたところで、俺が警戒するだけだろうに。全くもって謎だ。


 いや、そうだ。もしかすると、この部屋から出ることによって相手に都合の良いことが起こるのかもしれない。

 うん、そう考えると納得がいくかもしれない。

 何かの本でそんなネタを読んだことがある。

 ドアを開けて外に出るとボウガンが飛んでくるとか、火炎放射器が作動するとか、そんな感じの殺傷兵器が飛んでくるんじゃないか?

 おお、危ない危ない。気づいてよかった。その手には引っかからねぇぞ。

 ミステリーファンの俺がその程度で殺されるもんかよ。

 ふふん、ドアからは距離を取ろう。そういう手には乗らねぇぜ。


 だがそうなると……窓からの脱出はどうなんだ?

 少なくとも窓の向こうには何にも無さそうだし、幸いにもここは一階だ。

 そうかそうか、こっちはノータッチか。ざまあねぇぜ。

 案の定、鍵は掛かっていない。

 よし、ここから出るぞ!


 ギシ


 いや、待てよ。本当にそんな簡単に行っていいのか? 相手は俺を殺そうとしてるんだぞ? こんな安易な脱出路を用意してるはずがない。

 とすると、これはおそらく……。窓を開けて頭を出した瞬間に、上の階から何かが落ちてくるんじゃないか?

 ああ、間違いない。きっと瓦かなにかの鈍器を落として事故死に見せかけるんだろう。そして、その後は凶器の回収も簡単。なるほどなるほど、そういうパターンか。

 だが、当然俺はそんな手には掛からない。

 俺はミステリーで言えば、探偵よりも先に犯人を突き止めて、停電中に犯人に殺されるキャラ。こんな所では死なない。


 しかし、そうなるとひとまずの脱出は無理ってことになるな……。

 これは本格ミステリーな事件に違いないから、抜け道とかは絶対に無いだろう。

 更に不幸なことに、この建物の周りに人は居なさそうだ。偶然、人が通ることは無いだろう。それに、変に騒いで犯人に気付かれても怖い。

 とすると__

 ん? 犯人? ああ、そうだ。犯人が戻ってくる可能性もあるじゃないか!


 一向に死んだ気配の無い俺。そして業を煮やした犯人が俺を殺す。これってもしかして、ありがちなパターンなんじゃねぇか!? この建物を熟知しているであろう犯人のことだ。そこからの偽装工作など容易いはずだろう。


 やべぇやべぇ! そんなの最悪だ!

 俺の予想がつかないトリックで殺されるなんて絶対嫌だ!

 くそぉ! 全力で邪魔してやる!

 まずは窓に鍵。ドアにも鍵! この部屋のドアの鍵は部屋の中にあるから外からは開かない。ついでに机で邪魔してやる!



 よし! これで絶対に安全だな。

 いわゆる“密室”の完成だ! ミステリーでよく見る単語だけど、いざ自分が中に入ってみれば、なかなかどうして安心じゃないか。俺以外には絶対に開けられない部屋。ふふっ、これで万が一にでも俺が死んだら完璧だな!


 ああ……。しかしなんだか疲れたな……。ちょっとばかし運動しただけなのに目眩がしてきた……。こんなんじゃあ、犯人に殺される前に死ぬんじゃないか? ははっ、笑えねぇ話だ……。

 でも、本当にヤバそうだ……。ちょっとだけ眠……って…………体……力……をかいふ……………………。


 バタッ








「現場の状況はどうだ?」

「まぁ、綺麗なもんですよ。暴れた形跡もない」


 狭い部屋の中、二人の刑事が話し合っている。


「しかしまぁ、他人の部屋でなんて迷惑な話ですよね」

「全くだ。しかもなんてな。おい、そういえば仏さんが飲んだ毒は見つかったのか?」

「ええ、それも部屋の中にありました」

「ふん、それも持ち込んでのってことか」


 面白く無さそうに深い溜め息を吐くと、一人の刑事はウンザリしたように言った。


「しかも聞いた話だと、この仏さんは熱心なミステリーファンだそうじゃねえか。それらしい怪文書も残しやがってよ……」


 袋の中に入った__オマエを殺す__と書かれた紙を見つめる。


「今どきの若いのは分からんですね……あれ? ちょっと、裏になにか書いてないですか?」

「ああ? 裏?」


 二人の警官は薄っぺらな紙を裏返して、その内容に目を通した。





 ね、簡単でしょ?

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