第十三話 マヘル・シャラル・ハシ・バズ

 二人の少女がフウコたちの席の前に恐縮しながら立っていた。


「ん?そうだけど」

 

 フウコがさも当たり前のように答えると、


「キャー!やっぱり!お人形さんのような可愛らしさはヒニュンちゃんだと思ったのよ! はじめまして。この街に住んでいるクリスとニトリと言います。

 わたしたちマヘル・シャラル・ハシ・バズの大ファンなんですぅ」

 


 街娘の二人は手に手をとって喜んでいる。




「マヘル・シャラ……なんだって?」

 

 イリヤが初めて聞く、舌を噛みそうな長い単語の意味するところが分からず、フウコに説明を目で訴える。



「ああ、おまえらには言ってなかったっけ?俺たち楽団バンドやってるんだ。

 現実世界限定のライブバンド。

 そのグループ名がマヘル・シャラル・ハシ・バズって言うんだ」


フウコがヒニュン、シフティを順番に眺める。


 マーユが目を丸くしている。

 珍しくイリヤも目を丸くしている。

 姉妹が同じような顔しているのをフウコは初めて見たような気がした。



「今や子どもがやる音楽と言えば、練界アルツァレトの中だけだというこのご時世に、現実世界でやっているとはな……」


「歌ってのはなぁ、ナマじゃなきゃいけねぇ。な!ヒニュン?」


「そのとおりです~!そして、ボクたちの歌には特別な映像が付くです~」


 ヒニュンが両手を挙げて賛意を示す。



「生~~ナマは好きにゃ〜。ニュフフ……ナマ…」


 

 マーユが変な妄想に浸っていると、この街の娘二人は待ちきれないように会話に強引に割り込んできた。


「サ、サインをください!!」

そう言って二人は紙を突き出しながら頭を下げた。


「シフティ。やっておしまい」

 


 偉そうにフウコが言うと、どうやらサイン係はシフティであるらしく、どこから取り出したのか、ペンでサインを書き始めた。



「ありがとうございました――ところで、この街で演奏ライブはされないのでしょうか?」



 どうやら、この二人が一番聞きたかったのはそれであるらしい。

 


 フウコは意表を突かれ、腕を組んで考えはじめた。




「う〜ん、本来、マヘル・シャラル・ハシ・バズは、ニーフとシーバを入れての5人メンバーなんだけどなぁ……今回は3人だからなぁ……でも、前にもカルテットでやったよな?」



 フウコがシフティに確認を求めると、シフティは正確に答えた。

「はい。今から1年と5ヶ月前に、ヨシノンの都市でやりました」



「そっかぁ……分かった。この街で演奏ライブやるかどうか、ちょっと考えさせてよ。決まったらMARIAの掲示板に載せるからさぁ。

 ね、クリスちゃん、ニトリちゃん」

 

 フウコは意識したわけでもないが、覚えたての二人の名前を呼んだ。


「キャー!名前を呼んでもらえた〜!」


 二人は悩殺であった。



 それを見ていたイリヤは、なんだか面白くなさそうな顔をしている。


(フン。わたしのことはちゃん付けで呼んだ事なんて一度もないくせに……デレデレしやがって)

 



「皆さんの歌声をぜひ生で聴きたいです!よろしくお願いします !お邪魔しました」


そう言って、街娘の二人はお辞儀をして立ち去った。




「あんたらが音楽をねぇ……」

 イリヤはまだ信じられないようだった。



音無おとなの検閲が厳しいんじゃないのか?歌詞とか楽曲とか……」


「もちろんだ。だから、いつもゲリラライブなのさ。それに俺たちの音楽は音だけじゃないんだぜ。映像がすごいんだぞ~。な~」


「な~です」


 自慢気にフウコが言うとヒニュンが答えた。


「おまえたち二人にも見せてやる意味でも演奏ライブやりたいなぁ。腰抜かすぞ、きっと」


 フウコはだんだんやる気になってきているようだ。



「フウたんは有名人にゃ〜」


 マーユが自分が有名人の知り合いであることを無邪気に喜んでいる。




「フウマ様。そろそろこの店を出た方がよさそうです。他の客や店員まで、わたしたちの正体に気づいたようです。騒ぎになる前に……」

 シフティが例の三倍聴覚で周囲の会話を拾ったのだろう。



「お〜、お忍びにゃ!スキャンダルにゃ〜!」


 マーユは自分が有名人になった気でいるのかそんなことを言いながら、テーブルの上に残っていたデザートを片っ端しから謎のバックに詰め込みんでいく早業を披露する。


「さすが、姉さんです。店員は持ち帰り用の入れ物の一つも出さないのか、まったく……」



 なにかが違うような気がするフウコであったが、イリヤも姉と同じように残り物を自分のバックに詰め込んでいく姿を見ても、面と向かって非難しない。


 フウコもリジェクトが貧しさのどん底で生きてく様をよく知っていたからだ。



「よし、ひとまずここを出るとするか。話しはそれからだ」



 二人が詰め終わるのを見届けたフウコは、帰り際に厨房を見ると、先ほどの無愛想メイドが食器を洗っているのが見えた。



(そういえばアイツ……ボコボコにされることがわかっていながら、なんで俺たちの席まで出てきたんだ……今までに例のないことのようだったけど……)



 フウコは頭の片隅でそんなことを考えつつ会計を済ませるのだった。


 それが導きなのだと気づくこともなく……

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少年少女の叛抗記 紫さん。 @MURASAKI-SAN

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