わたしはすしがきらいです

ぐらたんぐら子

第1話

「わたしはすしがきらいです」


 自己紹介の時その子はそう言った

 隣りにいたぼくはその言葉が頭から離れなかった。

 かわいい子から聞こえたからなのか。

 それよりも信じられなかったからなのだろうか。

 「本当に?」

 「本当に」

 あまりにもショックでそんな会話をしていたらしい。


 成長していくにつれ寿司が嫌いな人もいる、というのは自分の人生に役に立っていたのだと思う。 つまりは絶対の尺度としての寿司、誰もが嫌わないもの、というものも存在するのだ、と。

 それからの学校生活はトラブルに対して大人な対応をしていたと記憶している。


 自分の人生を選ぶ時になっても、どうしてもその言葉は頭から離れなかった。

 大学を出てからとある店に弟子入りして、他の人よりも少し遅れて寿司職人になった。

 それからの人生は寿司一色だった。今まで自分の中でくすぶり続けた疑問が爆発したのだ。


「わたしはすしがきらいです」


 その言葉に対する答えを探してがむしゃらに走り続けた。寿司とは何か。嫌いとは何か。寿司が嫌いとはどういうことか。嫌いな部分を除いて寿司を作ることは可能か。それは寿司なのか。

 そんなことばかりやっていたら、職人としての腕はメキメキと上がり、コンクールで入賞して、独立し、そして小さな寿司チェーンを作り上げることができた。一国一城の主どころか、帝国を作ったのだ。


 あるとき、街で出会った女性と恋に落ちた。

 その女性はかつて「すしがきらい」と豪語したあの彼女だった。

 彼女に嘘をついた。会社を経営している、と。


 いくらかの時が過ぎ、家族が増え、体は老いた。

 こころは老いたつもりはないが、体は無理がきかなくなっている。限界が近い。

 これから僕は、彼女に、嘘を告白する。多分これが最後の会話になるだろう。

 なるべく大きく息を吸った時、彼女がこう言った。

 

「わたしは寿司が嫌いでした。」

 僕は笑顔に看取られた。

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