築地マトリックス

モン・サン=ミシェル三太夫

環月軌道寿司(かいてんずし)

 色とりどりの電球で飾られた満艦飾の運搬車ターレットトラックが、卸売市場せかいのまん中を飛んでいた。

 それを目の端に見送りつつ、店主は常連客にスシをふた貫差し出した。

「これよ、これ。人がじかに握ったスシなんて、気持ち悪くていけねぇ」

 ニューエイジ度量衡どりょうこうに基づき、それは物理的に切り離された二つのスシであった。

 不随意にうなずきを繰り返す常連客のトメ吉は、ナノマシン配合のヒレ酒で口内のワサビを中和すると、白い息を吐く。

大将アドミラル、もうひと貫にぎわってくれ」

 店主がわずかに指を動かすと、自律型の米粒たちが決められた形に群がり、立体を成し、カタマリとなる。その上に、おごそかにネタが置かれた。

 ここは環月軌道寿司かいてんずし。月軌道をまわる皿型居住区モジュールが、宇宙の海で獲れたネタと最初に邂逅する取引市場だ。

 ノリを消化できるまでに進化した〈新規顧客〉は、スシを主食としてイカ資源戦争の後も生き延びていた。だが。

シャリが……止まった」

 旧世代のサザレニシキである。米どうしが互いに通信せず、衛星からの電波を受信して動く。

「GPS衛星の調子が悪いってか。珍しいもんだ」

いくさが始まるだ」

 ヘベレケに酔いつぶれていたはずのサダ爺が、片目をぎらつかせて空を見上げていた。

「ちょうど二百年前にも、似たようなことがあっただ」

いくさって、誰が誰に」

 つられて客達が空を見上げると、大空に楕円柱の船が浮かんでいた。

 強襲マグロ漁船で、船の外周は黒い特殊な外殻で覆われている。

 甲板には、オレンジ色に光る小さな重りや大きな浮きが山積みになり、延縄はえなわに特化した船であることを誇示していた。

 〈大手商社〉の運搬車ターレットトラックが、その船に向かっていく。

「船ごと買い占めるつもりだ」

「魚はセリで落とすのが掟だぞ」

「破ればどうなる」

 ぐしゃりと音がして、軍艦巻きのモデルとなった艦艇は空中で崩壊した。

「あれが〈大手商社〉の運命そのものだ。もう誰もヤツラを愛さない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

築地マトリックス モン・サン=ミシェル三太夫 @sandy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ