第148話 外伝53.1973年 ニカラグア マナグア大地震

――1973年初頭 ニカラグア マナグア 叶健介

 アメリカ合衆国は20世紀初頭、ニカラグアに進出し影響力を強める。当初アメリカの一番の目的は大西洋と太平洋を繋ぐ運河の候補地としてだった。しかし、ニカラグア運河案は破棄され、パナマ運河の建設が決まる。

 その後、ニカラグアの内戦を経てアメリカ海兵隊による占領政策の時期があるが、1929年に起こった世界恐慌の影響から利益が少ないニカラグアからアメリカ海兵隊が撤退する。

 

 アメリカが撤退し新たな権力闘争が起こった結果、1936年に「ソモサ王朝」と呼称される独裁政権が成立する。「ソモサ王朝」は文字通りソモサ家の血族による独裁政治で政治と軍事を掌握したソモサ王朝は、国家警察隊によって国内を監視し反対勢力を弾圧する。

 それと並行してニカラグアの国威高揚のため、ニカラグア南にあるコスタリカと北にあるホンジュラスと紛争を起こした。その後、ソモサの初代が暗殺され彼の長男が政権を掌握すると、これまでの力の政治から一転して言論の自由の一部解禁や国民の人気取りのに形だけでも福祉の充実を図った。

 しかしこの長男が1963年に病死すると、次男が後を継ぐ。彼は父である初代「ソモサ」と同じ「力」を標ぼうした政治を執り行う。

 国家警察による言論統制、ソモサ家による資産の接収、貧困などによって、ニカラグアでは武装勢力が台頭してくる。ソモサ家はこれを国家警察によって鎮圧していたが、1972年12月29日にニカラグアの首都マナグアで大地震が起きる。

 首都で発生した地震の爪痕は大きく多数の犠牲者が発生し、多くの家屋が倒壊した。警察機構は一時的に麻痺して国家戒厳令が公布されるに至る。

 

 これを好機と見た反乱勢力は地方で武装蜂起を行い、政府は首都に割くべき警察と軍の多くを武装勢力の鎮圧に向けた。そして、ニカラグア政府は各国から申し出てきた人道支援を受け入れることを表明するが、各国は治安に問題があるとして治安維持部隊の進駐を提案する。

 ニカラグアは拒否すると思われた外国の治安維持部隊であったが、意外にもニカラグアはこれを受け入れ、その結果ニカラグアの首都マナグアへ人道支援ボランティアと多国籍で構成された治安維持部隊が派遣されることになった。

 

 叶健介はニカラグアの首都マナグアの様子を撮影したテレビ放送を見て、余りの凄惨な地震の被害に自身に何かできることは無いだろうかと思い立ち、災害支援ボランティアに申し込んだ。

 幸い年始が開けた頃という時期もあり大学生の彼が冬休み休暇中だったのもボランティアへ申し込む決意をした理由の一つである。

 

 叶健介はボランティアでニカラグアに行くことを家族に告げると、母親が形だけの反対をしたが、彼が本気だと知るとすぐに彼を応援する。母親以外の家族は行ってこいと彼を激励してくれた。

 兄の益男ますおは自分も行きたいと主張していたが、会社で納期が迫っている事情がありあえなく断念する。

 

 そんなこんなで、日本からの支援ボランティアの一人としてニカラグアの首都マナグアに降り立った叶健太郎だったが、未だに瓦礫が散乱し多くの路上生活者が炊き出しを受け取っている姿を見て衝撃を受ける。

 到着した日の晩から彼は精力的にボランティア活動を行い、先に来ていたドイツのボランティアの人たちとも仲良くなる。ドイツ人のボランティアのうち数人は日本語を理解したのでコミュニケーションは問題なくとることが出来た。

 といっても、叶健介は英語とドイツ語を少しなら理解することができるのだが……

 

「健介は学生なんだって?」


 長身の若いドイツ人男性が夕飯の最中に彼に叶健介へ声をかけてくる。

 

「はい。東京の大学でコンピューターと工学について学んでいます」


 叶健介が答えると、ドイツ人男性は少し思案顔になった後、彼に尋ねる。


「ひょっとして、美濃部先生の大学かな?」


「はい。美濃部先生は良くしてくださってます」


「なんだって! こんなところで美濃部先生の生徒さんに会えるとは!」


 ドイツ人男性は手を叩き、彼の友人らしきドイツ人男性と女性を手招きする。

 すると三人で何かドイツ語で言いあった後、彼らは一斉に叶健介に握手を求めた。何が起こっているのか分からない叶健介は曖昧な笑みを浮かべて、彼らの握手へ応じる。


「美濃部先生って、あの国際空想科学会議の新進気鋭の若手という」

「次こそは二足歩行ロボットを議題にすると意気込んでいるという」

「アンドロイドを真剣に考察するという」


 ドイツ人の男女は一斉に叶健介へ美濃部のことを語り掛けてくるが、叶健介は変な意味で有名になっている美濃部のことで頭を抱える。

 いや、先生は確かにそういうものは好きだけど、ちゃんとした研究も行っているんだよと叶健介は思うが、このドイツ人たちにはどうやら話は通じそうにないと美濃部のちゃんとした研究について語ることをやめた。

 

 叶健介がボランティア活動を終え日本に帰国してから二か月後、ニカラグアの首都マナグアで政治的な事件が起こる。というのは民主的な選挙を求める住民のデモがマナグアで起こり、デモ隊は多国籍の治安維持部隊に守られたため、ニカラグアの警察部隊は手を出せずデモの規模が拡大していく。

 マナグアから発した民主的な選挙を求めるデモに、武装勢力も応じ、抑圧されていた国民もデモに参加する。鎮圧しようにも、肝心のマナグアのデモ隊は多国籍軍に守られ手が出せず、ニカラグアではついに民主的な選挙が行われることになった。

 

 その結果、選挙により新しい大統領が選出され、それを認めないソモサ家は反発しようとするが、その頃にはニカラグアの警察部隊もすっかり彼の手元から離れ大統領に従う。こうしてニカラグアのソモサ家による独裁政治は終わりを告げた。

 地震に端を発したソモサ家の自業自得は、各国で後世にまで語り継がれたという。


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打倒ローマのやり直し ~ハンニバルは過去に戻り再び立ち上がる~

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