番外編「ただ、プリクラ撮りたかっただけなのに」
「お客様、申し訳ありませんがご入場を遠慮してもらえないでしょうか。」
ポケットの中に手を入れたまま面倒そうに店員は言った。
これが可愛い女性店員だったら俺はこの後、もう一度このゲームセンターに来て意地でもプリクラを撮ろうなんて考えなかったかもしれない・・・。
「もうそろそろ、スーパーでタイムセールがやるから帰っても良いかな?」
苦笑いをしながら石神は肩の上に乗っている丸内の手をどけようと手を掴んだ。
「この、俺が作った焼きそばを今夜のご飯にして良いから付いて来てくれないか?」
真剣な表情をしたまま炭の入った弁当箱を石神の前に見せた。
その瞬間、武蔵野にその弁当箱を叩き落とされた。
「あー!何すんだよ!俺の力作をー!」
急いでしゃがみ込み、道端に広がった焼きそばを一生けん命にかき集めた。
そんな武蔵野に向かって石神は親指を立ててナイスと合図を送った。
すると武蔵野はクスリと口元に笑みを見せた。
「ダメって言ってるんだから、あきらめた方が良いよ。」
そう言い残してスーパーへと向かおうとしたそのとき、腕を掴まれた。
「そんなこと言わずに、一緒に来てくれよ・・・。あそこで注意してきたのがあんな店員じゃなかったら、俺だって行こうとは思わなかったんだよ・・・。」
涙声交じりに丸内は言った。
そんな様子を見て石神と武蔵野は顔を見合わせた。
「まあ、仕方ないかな?」
すぐにそんな返答をしたことに石神は後悔した。
「絶対に・・・・無理だと思うよ?」
苦笑いをしながら石神は何故か女子高生の制服を手に持っている丸内に言った。
「いや、大丈夫だって!」
自信満々な笑みを顔に浮かべながら丸内は言った。
武蔵野に視線を移してみると、顔を顰めながらじっとその制服を見つめていた。
「で、これを誰が着るの?」
溜息交じりに聞いてみた。
「そんなの、武蔵野に決まって・・・。」
言いかけた途中で武蔵野のこぶしが見事に丸内の顔面にクリティカルヒットした。
丸内は勢いよく地面にしりもちをついた。
「絶対に似合うって!」
噛みつくようにして言うと、武蔵野が指をパキパキと鳴らしながらゆっくりと丸内に近づいた。
「まあ、まあ・・・。武蔵野、落ち着いて!」
石神は今にも乱闘を起こしそうな武蔵野を羽交い絞めにして止めた。
「此処は、言い出した丸内が女装するっていうのでいいと思うよ?」
すると、丸内は眉間に皺を寄せながらズボンのポケットから手鏡を取り出してみた。
「案外・・・いけるかもしれないな・・。」
その言葉を聞いて、心の中で丸内に謝った。
「そう言えば、もう一着制服があるんだ。」
そう言いながら学生鞄の中から、どこから仕入れたかあまり想像したくない女子高生の制服が出てきた。
「何で、もう一着あるの?一人で十分だと思うけど・・・。」
武蔵野はいつでも殴りかかれる体制をとって見せた。
「そりゃ、女一人に男二人って怪しすぎるだろ。その逆なら、彼氏+彼女の友達っていうありふれたシチュエーションが簡単に思い浮かぶだろ?」
自慢気な表情をしながら、丸内は予想していた通りに石神にその制服を渡した。
その瞬間、顔が引きつった。
「タイムセールに間に合わなくなるから・・・・僕はここで遠慮させて・・・。」
涙目で言ってみたが、その言葉は聞いて貰えなかった。
丸内に腕を掴まれたとき、武蔵野が両手を胸の前で合唱しているのが見えた。
「む、武蔵野ぉぉぉぉぉぉ!!」
石神のむなしい叫び声がそのあたり一帯にこだました。
堂々と胸を張ってもう一度、ゲームセンターの中へと入った。
すると、先ほどの態度の悪い店員が顔を引き攣らせながらやってきた。
「お、お客様・・・。」
この、俺の可愛さに見とれてるんだな・・・。
そんな店員を右手で押しのけ、鼻で息を大きく吐きながらゲームセンターの奥へと向かった。
プリクラコーナーの前に立った時、少しだけ後ろに視線を向けた。
まるで心ここにあらずというような態度の石神の手を握って、なぜだか罰の悪そうな顔をした武蔵野がちゃんとそこに居た。
俺は・・・あの店員に勝ったんだ・・・。
そう思いながら口元に隠しきれないぐらいの嬉しさを浮かべながら一歩前に出た途端、誰かに腕を掴まれた。
後ろを振り返るとそこには怖そうな顔をした警備員の男性が不敵な笑みを顔に浮かべていた。
「君、ちょっと来てくれるかな?」
え、えええええええ!?
それからそのゲームセンターでは警備員の巡回を以前よりも増し、男だけでもプリクラをとれるようになった。
丸内が持っていたあの女子高生の制服が入ったクリーニング屋の紙袋を両手で強く抱きしめながら石神は一人物思いにふけった。
そして、真っ青な空を一人見上げた。
プラネタリウム 雨季 @syaotyei
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