魔女様の孤児院 ~僕の手を握って~

覚えているのは、拡がる血。

僕のじゃない。

僕の、パパとママの血だ。



「久しぶりに街に行こうか。」 

僕の頭を撫でながらパパは言う。

「もうすぐ、お前の誕生日だしな」

「何か良いのがないか見に行きましょう」

誕生日。

はやく、来ないかな。




「きゃあああああ!」


耳に届く悲鳴。


「おい!大丈夫か!」


なにが起こったの?


「!子どもは無事だ!」


重いよ、たすけて。


「っよし!出せ!」

「大丈夫か坊や!もう大丈夫だぞ」


パパとママは?

どこ?


「この子も怪我をしているかもしれん。早く病院に」

「ああ、ひとまずここから離そう」

「さすがに酷だよな・・・・・・」

「・・・・・・ああ」


パパ、ママ。



振り向くとそこには。

血。




僕の記憶はそこで途切れている。


気づけば、白い服のおじさんが来て、眠っているパパとママに何かを言っていた。

今思えば、あの人は神父だったのだろう。

ふたりに何かを告げた後、僕のもとへ来て、一緒に暮らそうと言ってきた。

僕には身寄りがなかったから、そうしないと生きていけない。

でもまだ幼かった僕には、この人は僕をパパとママのもとから連れ去ろうとする悪魔にしか見えなかった。


そんなとき、あの人が訪れた。


「この子、私がこの地で預からせていただけませんか?」


ここにいてもいい。

それだけで、僕の心は救われた。

僕にはこの人が女神様に見えたんだ。



魔女様のおうちはとても大きかった。

お金持ちなのかな。

僕の家はお金がなかったから、お腹いっぱいごはんを食べられなかった。

その事を魔女様に伝えると、少し悲しげな顔をして、僕をぎゅっと抱き締めてくれた。

なぜだかわからなかったけど、涙が溢れそうだった。

大丈夫よ、そう言いながら魔女様はずっと手を握ってくれていた。



何日か経って、魔女様は三人の子どもを連れてきた。

男の子の二人と、女の子一人。

いっぱい泣いたのかな。目が真っ赤。

「泣かないで」

一番小さな男の子が、一番大きな男の子の頭を撫でる。

自分だって泣きそうなのに。

僕は三人のところに行って、まとめて抱き締めた。

大丈夫だよ、もう淋しくないよ。

そう思いを込めて。

魔女様は僕たちを見て微笑んでいた。



魔女様は子どもを次々と連れ帰ってきた。

たぶん僕と同じような子達だ。

魔女様はみんな平等に愛してくれた。

僕と魔女様のふたりだけの時は魔女様を独占できたけど、今はできない。

ちょっと淋しいような気もするけど、みんながいるから大丈夫。



子どもが集まりすぎて魔女様ひとりの手に追えなくなったから、魔女様は求人を出した。

求人ってなあに?って聞くと、お手伝いしてくれる人いませんか?ってお尋ねするのよって教えてくれた。

魔女様は知らないことがない。

なんでも知ってる。

生きる術のほとんどは魔女様から教えてもらったんだ。


求人を出して数日後、四人の魔女が来てくれた。

みんな魔女様の友達だ。

彼女たちは育児経験があるのか、子どもの扱いが上手かった。

泣きぐずる子どもを抱き上げれば、たちまちその子は泣き止む。

魔女様はそれを見て、子どものあやし方、接し方を学んでいった。

魔女様でも知らないことがあったんだ。

僕は少しびっくりした。





月日は経ち、僕が孤児院を出る日が来た。

ここでは、多くのことを学ばせてもらった。

ずっとここにいたいけど、兄弟がたくさん増えたし、順番に出ないと。

僕は成長した。

あの時はあんなに小さかったのに。

魔女様の手を握り、不安に震えていた僕はもういない。

これからは、自分の力で生きていくんだ。

そんな僕とは対照的に、見送りに出てきてくれた魔女様は、あの頃と何も変わらない。

髪も、肌も、手の温もりもあの時のままだ。


「あの時、僕を迎え入れてくれてありがとう。あなたは僕のもう一人のお母さんです」


別れに涙しながら、僕は伝えた。


「私のところに来てくれてありがとう。ここはずっとあなたの家よ。いつでも帰ってきなさい」


「はい」


僕たちは抱き合いながら別れを惜しんだ。



魔女様、大好きです。

もし、失敗して心が折れそうになったら、ここに来てもいいですか?

あの時のように、少しでいいんです。

僕を初めてここに連れてきてくれた日のように。

僕の手を握ってください。

大丈夫よ、って言ってください。

お母さん。

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魔女様の孤児院 琴春 @kotoharu

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