第3話 三途の川を目指して
二人の無実の人間が犠牲になる瞬間を目の当たりにしたあの日から数日がたった。
あの世があるかは知らないが、俺はまだ現世にとどまっている。
その間、俺はこの警察官として日々を過ごしていた。
名前は仁藤守、階級は巡査、この街の交番でお巡りさんをしていたようだ。
で、俺が殺した方の警察官はその先輩。名前は
あの後、同じ所轄の警察官やら、刑事や鑑識が駆け付けてきた。
そして、現場を収めてから署まで同行した。
ここで記憶がないことをどう誤魔化すか考えたりしたのだが、不思議なことに何も聞かれなかった。
それどころか、逆に『お前は何も話すな』と口止めされた。
警察官が犯人を射殺した上に、その場で自殺した。
これをとてつもないスキャンダルと考えて、揉み消すつもりなのかと、一時は納得した。
だが翌日にテレビを見ると、この事件はニュースになっていた。
俺が死んだこと、俺を刃物で殺した犯人『東偽
俺は何も証言していないが、おそらく現場検証のみで判断したのだろう。
唯一、隠されているのがこの仁藤守の存在だ。
おかげで取材に来る記者がいないのはありがたいのだが、これほど明け透けに情報を公開しているのに、何故この警察官の情報だけを隠すのか?
唯一生存している事件の当事者ではあるものの、ただ現場に居合わせた以上の存在ではないと思うが……。
まあ、どうでもいい。この世に未練はないのだから。
ただし、困ったことに未練どころか、生前の記憶も一切ない。
これでは俺が死ぬたびに他者に憑依してしまう心当たりを思い出せない。
このままでは自殺しても、近くにいる人間に憑依するだけだろう。
だが、何もしないでいても何も始まらない。
なので、俺は今、樹海にいる。
ここならば人はそうそう来ない。来たとしても同志である自殺志願者だ、遠慮せずリトライできる。まあ、もしかしたら、登山や観光できている客や、ボランティアとかがいるかもしれない。そういった方々には悪いが、三途の川まで付き合ってもらおう。
俺は木に登り、太めの枝に縄を結ぶ。次に縄の端に輪っかを作り、それを両手で持って飛び降りる。
手にかなりの衝撃が伝わったが、枝は折れず、縄も解けなかった。これならすぐに逝ける。早速輪っかを首にかけて……。
「何やってるんですか!」
チッ、人が来たか。
「何って? 見ればわかるでしょう」
「ハア、ハア、どうして自殺なんかするんですか?」
息を切らせて俺を引き留めたのは見るからに真面目そうな女だった。
髪は後ろでまとめていて、化粧もそれほど濃くはない。
しかし、真面目な人間が樹海にスカートとヒールを履いてくるのは変だな。
「この世に未練がないからですよ。貴方こそどうしてこんなところにいるんです? 少なくとも、そんな格好をしている時点でボランティアや登山客ではないはずだ」
「それは……貴方を付けて来たんですよ。仁藤守さん」
「何の為に一介の警察官、それも刑事でもないただの地域課の巡査、ついでにキャリアでもない俺を付けてたんですか?」
「私はあの時……現場にいました」
ほほう、目撃者だったか。
しかしあの時は、東偽と高橋の視界が見えていたが、この女は見かけなかった。
「へえ。どこからご覧になってたんです?」
「……高橋哲司が被害者を撃ったところからです」
ん?……ああ、この女、質問をどの時点から見ていたかっていう風に解釈したな。
こっちは場所を来ているんだけどなあ。
被害者? 俺を殺しやがった奴を被害者呼ばわりだと?
「あれは正当防衛でしょう? 人殺しが背中に手を隠して近づいてきたら、誰だって怖いですよ」
体縛霊 @greyroad
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