其ノ五

 二十匹近くの魚を平らげ丸くなった腹を擦りながら安綱は仰向けに寝そべっていた。


 「にゅはぁ〜…これが肉を喰らうという事か…悪くないのじゃ〜。血や魂とはまた別の味、感覚なのじゃ〜」


 「ふむ、そう言えば安綱よ。貴様の妖力は今も健在なのか?」


 血や魂と聞き、本来の安綱の主食を思い出す。妖刀としての安綱は妖力で存在しており、それを消費する事で破格の斬れ味や能力を持っていた。

 それが今では肉の身体を得た。血や魂の代わりに普通の食で代用が効くのか気になった。


 「んむ?妖力は変わらずにあるのぅ。ただ殆ど空じゃ。主の血と魂を喰らった筈なのじゃがのぅ…何故かのぅ。まぁ、完全に無くなろうとも今の妾は消える事はないと思うが……ふむ、主よ。ちょいと近う寄れ」


 「ぬ?なんだ一体……ぬぉぉぉぉおっ!!?」


 呼ばれたので近寄ると首に抱きつき、ガブッと噛みつかれた。そしてチュルルルッと血を吸われる。


 「お、おぉぉぉぉぅ……」


 「や、安綱っ離れなさい!?…信長様っ!だ、大丈夫ですかっ!!?」


 宙に手を伸ばしてぴくぴくする信長を見て、慌てた乱丸が安綱を掴むと信長から引き離す。そして直ぐに駆け寄ると地に倒れた信長の頭を膝に乗せて声を上げた。


 「安心せい。そんな吸っとらんわ」


 「…こんの……ど阿呆…めぇ……」


 「よ、良かった……」


 青い顔をしているが何とか言葉を絞り出す信長を見て乱丸は安堵の息を吐く。


 「ふむ、血を吸えば妖力は変わらずに溜まるようじゃの。ならば魂も同じじゃろ…ただのぅ…この身体でどうやって妖力を扱えばいいんじゃろうかのぅ?」


 首を傾げる安綱。今までは刀身に妖力を纏って斬れ味や強度を増していた。後は念話や妖力を薄く伸ばしての索敵などにも使用していた。


 「ならば同じように使ってみようかのぅ。どれ、『……お乱よ、聴こえるかの?…お〜い、答えるのじゃ〜』」


 ぶつぶつ呟き乱丸へと目を向けると実験がてら念話を送る。


 「信長様、お水です。……っ!?…え、安綱?あ、はい聴こえますよ」


 今まで耳から聞こえていた声がいきなり頭に響き、軽く驚くが直ぐにそれが安綱だと気付き答える。


 生前も安綱が妖刀だと信長から教えられており、何回か念話で話しかけられ会話をしていたので直ぐに気付いた。


 「ふむ、念話は出来る。索敵は……歪な形じゃが問題ないようじゃの」


 「索敵も出来るのですか?」


 「む?当然じゃっ!こう妾の妖力を薄く伸ばして辺りに円を描くとその中におる魂や妖気の位置を特定出来るのじゃっ!凄いじゃろぅっ!」


 両手を腰に置きエヘンと胸を張る安綱を乱丸はウズウズと抱き締めくなるが膝には信長の頭を乗せていた為泣く泣く諦めた。


 「…それは凄いですね!何か周りにいますか?」


 「うむ、魂の大きさからして小動物が七、それと恐らく妖じゃと思うモノが三じゃな。草木や虫は省くぞ?」


 周りに視線を送りながら数を言う。恐らくその視線の先に今の動物と妖がいるのだろう。


 「…恐らく、ですか?」


 「うむ。妖気とはちと違うが似たような感覚なのじゃ。じゃから恐らく、じゃ。この世の妖の気配だと思うんじゃが…先程の、あ〜…ごぶりん?の時は混乱していてのぅ…妖気を探るとか一切しておらなんだ…」


 腕を組んで無念そうに呟くがバッと立ち上がる。


 「じゃが今の妾でも妖力を得る事がわかったのじゃ!次はあんな無様など晒さんのじゃ!」


 「妖力を使い切ったらどうするんです?」


 「また主の血を吸うのじゃ。あんな醜く臭い妖の血や魂を喰らうなど真っ平御免じゃっ!まぁ、今の索敵で空っぽになってしもうたからのぅ。主が復活したらまた啜るのじゃ」


 「…儂…また死ぬかもしれんなぁ…」


 真っ青の顔色になるほど血を吸われて索敵一回分という燃費の悪さに信長はポツリと呟いた。



 既に空は暗く、砂粒の様な星が無数に煌めく。焚き火に木の枝を足し、膝で寝息を立てる安綱の頭を撫でながら乱丸が夜番をやると譲らなかったので信長は眠る事にした。








 



 香ばしい匂いで目が覚める。


 薄く目を開けると焚き火に枝に刺さった魚。それと肉がその身の油を火に落としてジュウジュウと食欲をそそる煙を立ち上らせていた。


 「…んむ……朝か」


 「信長様、おはようございます。川魚と野兎を見つけましたので朝餉あさげにと思い焼いておりました」


 「お乱よっ!まだかのぅっ!もうよいのではないかっ!?」


 ニコリと微笑み信長へと頭を下げる。その腕の中では既に安綱が目の前の魚と兎肉に釘付けになっており今か今かと涎を流して乱丸に問いかけていた。


 「もうそろそろですが、皆でいただきましょう。信長様、川で顔を洗ってきてはいかがでしょう?さっぱりしますよ」


 「んむ…そうする…」


 「主よっ!はようするのじゃ!我慢の限界なのじゃっ!」


 のそりと起き上がりふらふらと川へと向かうが背中から安綱の急かす声と木の枝が背中に投げられた。


 「…喧しい……わかっておるわ…そう急かすでなぃわぁ…」


 「わかっておると言いながら何故よたよた歩くのじゃぁっ!寝坊助めぇっ!」


 眠気が残り怒るテンションではないので向かう速度を少し緩めて嫌がらせをした信長だった。







 「うみゃっ!うみゃぁ〜のじゃっ!こ、これが兎かっ!魚とはまた違う味わいじゃ!妾は兎の方が好みじゃっ!!ガフガフッ!!うみゃ〜…」


 「そうですか?ふふ、ならば兎を見たら何匹か狩りましょう」


 「獣の様にがっつくな。はしたないぞ……しかし…」


 安綱が持つ兎肉に目を落とす。


 (…おかしい。何故兎がおる?畜生界に往くのではないのか?……それに死しても生前と変わらぬ食欲や睡眠欲と排泄。いや、これは同じように肉の身体を得ているからか?)


 他にも地獄にしては生前と変わらぬ朝と夜。脅威となる筈の鬼も雑魚。

 空を見上げると暖かな陽射しの中、鳥が心地良さそうに空海を泳ぐ。

 地獄にしては温すぎた。


 視線を戻して乱丸の膝上で肉を貪る安綱を見る。


 (……ならば変わらず人間界、もしくは修羅界か天上か?少なくとも畜生界以下はありえんな…)


 「な、なんじゃ主よ…はっ!?まさか妾の兎肉を狙っておるのか!やらんぞ、これは妾のじゃ!!」


 「兎肉をお望みですか?では信長様、ボクの分をどうぞ」


 「……はぁ…いらんいらん。貴様等で喰うがよい」


 能天気な安綱に楽しそうに笑う乱丸。二人の様子に身体の力が抜け色々考えていたのがバカバカしくなった。


 「…まぁ、なる様にしかならんなぁ」


 取り敢えずはそう纏めて食べかけの魚に歯を立てた。






 「今日は川沿いに歩く。想像していた死後よりも大分違うからな…村があるかもしれん」


 「…そうですね。死後と言うより生前と言っても違和感がないようですからあるかもしれません。そうですね…村、もしくは人を見つける事にしましょう」


 「ほう、川沿いを歩くのか!では往くぞっ!妾について…にゅわっ!?」


 「安綱。河原には砂利が沢山あるのですから転んだらとても痛いですよ?ボクと手を繋いでいましょうね」


 取り敢えずの目的を決めると昨日と同じように走り出す安綱。そして乱丸にひょいと抱えられている隣に降ろすと手を繋がれていた。


 「う、うむぅ…確かに痛いのは勘弁じゃ…わかったのじゃ」


 「ふふっ、良い子ですね安綱は」


 「…完全にただの童女だなぁ」


 ごぶりん戦も逃げていたし妖力も今は空。妖刀の名残も見当たらない今はただの活発過ぎる童女だった。


 「なんじゃとぅ!ならば血を吸わせよっ!そうすれば妾は最強じゃっ!!」


 「何が最強だ。索敵と念話しか出来んではないか…しかも儂を犠牲にして索敵一回分とは…はぁ」


 呆れて首を横に振る信長にムキャーッ!と安綱が怒り乱丸が鎮める。喧しく河原を歩いていった。








 「……うむ、当たりだな」


 「流石は信長様です」


 「なんじゃ?ただの木切れではないか?」


 暫く歩くと河原付近の木が何本か倒れているのを見つける。


 「馬鹿者、この切り口を見よ。…これは斧傷だ」


 「木も解体途中の様ですね…此処で待ちますか?それとも進みますか?」


 「…進むぞ。これは多少日が経っておるようだ。これで近くに村があるのが分かった」


 倒れた木の切り口の色を見ると暫く前の物だと判断し先に進む。






 


 そこから半刻程して木で組まれた壁が見えた。


 「ふむ、彼処か。…にしても関所の様な壁だな」


 「えぇ、確かに。何かからの侵入を防ぐ、また迎撃する造りになっていますね」


 一定間隔で開けられた穴、監視や弓等を射るための狭間はざま。それにバツの字に編まれた馬防柵が壁の周りに設置されていた。

 壁に沿うように進むとやがて丸太を使った重厚な門が見えてきた。


 「此処が門か。クハハ、なかなかに立派な門よ……ふむ、この隣の扉から入るのか」

 

 重厚な門は簡単に開くようには思えず、大きな物を搬入、搬出する際に使うのだろうと考えその門のすぐ隣にある3m程の扉に視線を移す。


 「ふむ、この扉じゃな?にゅふふ、はよう中に入るのじゃっ!」


 安綱がぴょんと乱丸の手を離して扉に駆け寄る。



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自称魔王が異世界へ マタタビ煮干 @sya-mon

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