其ノ四

 見たことの無い生き物だった。だがここが地獄だとしたら思いつく事が一つあった。


 「ふむ、もしやこれが鬼……小鬼か。…だが角がないようだな。………雌か?」


 雄雌で違いが鬼にあるのかは分からないが兜虫や鹿の雌も角を持たないことを思い出していた。

 そんな事を少し考えるがどうでもいいかと思い直し、改めて目に力を込める。


 「まぁ…よいか。ほれ、はようこんか醜鬼しゅうき共が」


 「ギャギギィッ!!」


 「ギギャギッ!!」


 左文字を肩に乗せ、片手の指でクイクイと挑発する。すると簡単に憤慨して左右から飛びかかっての挟み撃ちを仕掛けてきた。


 「……知能は多少ある、が…頭の出来はわるいなぁ」


 スッと後ろへ一歩下がると標的を失った小鬼同士が宙で顔と顔をぶつけ合う。醜い顔同士でぶつかり合ったのでそれはもう形容し難い表情をしていた。


 「……う…むぅ…」


 余りの醜さに目を背けてしまいそうになるが堪える。互いにぶつけ合った反動で小鬼達の身体が前に出て重なると上段から纏めて胴を斬り、真二つに分かつ。


 分かたれた二組の胴が地に不快な音を立てて落ちると茂みからまたしても何かの蠢く音が聞こえる。


 「まったく……奇襲をするなら物音など立てるでないわ」


 「ギャァァァアッ!!?」


 もはや鋭かった目は力が既に抜けており、ただ眠たそうな表情のまま茂みを横に薙ぐ。


 「……期待外れもいい所だのぅ……」


 チラリと乱丸を見るがそちらも既に終わっていた。六匹の小鬼の首、動脈だけが寸分の狂いなく斬られている。そして乱丸が逆手に持つ小太刀の先端のみ、血が不着していた。


 流石の腕だ、と内心で賞賛を贈る。


 「あ、主よぉぉ〜!!助けてたもぅぅぅ〜!!」


 「ギャギッ!ギャッギ!」


 左文字に付着した血を払い、拭っているとそんな声が近くの木の上から聞こえた。


 「んぬ?……………何をしておるんだ貴様は…」


 信長より少し上に垂れている木の枝に安綱はしがみついていた。

 そして枝をそろそろと二本足でバランスを取って安綱へと近づく小鬼。


 「そんな雑魚などさっさと斬ってしまえばよかろう」


 「な、なにで斬れとゆうんじゃぁっ!?」


 「なにでって…貴様は刀なのだろうに……」


 敵を斬らずに木の枝に逃げる刀等聞いたことがない。


 「じゃ〜か〜ら〜!!妾は今は人間の姿なのじゃっ!どうやって斬るんじゃ!?無手じゃぞっ…む、手刀かっ!ほれ、これでよいかっ!シュパッ!シュパッ!…どうじゃ!?」


 「ギギャァッ!!」


 「にゅわぁぁぁっ!!駄目ではないか駄目ではないかっ!!主のうつけ者めぇ許さんのじゃっ!その天辺の髪をむしってやるのじゃぁぁっ!!」


 片手を小鬼に向かいヒョロヒョロッと振るう。口から出る音と現実とでは大分差があったようだ。


 「ほぅ、うつけ…とな?……乱丸よ。そろそろ腹が減ったなぁ。ここから移動して野兎でも探そうぞ」


 「にゅぁっ!?あ、謝るのじゃ!謝るからはようっ!はよう助けてたもれぇっ!!醜いのじゃっ!物凄く臭いのじゃぁっ!!ひぃ、身の危険も感じるのじゃぁっ!!」


 「の、信長様…安綱を余り虐めては可哀想です」


 涙目になり、鼻を摘んで枝にしがみつく安綱を見て乱丸がそわそわしながら安綱と信長を見る。


 「…はぁ……乱丸よ、助けてやるがよい」


 「はっ!」


 信長の言葉を聞いた瞬間駆け出して飛び上がり、隣の木を蹴る。三角飛びで安綱のしがみつく枝の高さまで跳躍すると小太刀で小鬼の首の動脈を斬る。

 返す刃で枝を斬ると安綱ごと抱えて木を再度蹴る。

 そのまま近くの木をクッションに何回か跳ねると綺麗に着地した。


 「お待たせ致しました。……ほら安綱。大丈夫ですか?」


 「おぉ…お乱は凄いのぅ!パッと跳んでパパッと斬ってパ〜ッと妾を抱えて降りてきたぞ!!妾もあんな動きが出来る様になれるかのぅっ」


 「そうですね、安綱も人の身体になったのですからきっとボク以上に強くなれますよ?」


 「ま、まことかっ!楽しみじゃのぅ!いつなれるんじゃろぅのぉ〜!」


 キラキラとした目をしながら安綱が乱丸に抱き着いてはしゃいでいた。乱丸も安綱の頭を撫でながらほっこりしていた。

 だが信長は安綱を呆れた目で見ていた。


 (こやつ…ただ待っておれば勝手に強くなれると思っておるな…。しかしこやつが強くなった姿か…)


 森を縦横無尽に跳ね回り、這いずり回る安綱を想像して背筋が震えた。


 


 「……まさかこれが噂に聞く地獄の鬼でしょうか?…角はありませんが体色から恐らく緑鬼だと判断できますが」


 乱丸が斬り捨て、事切れた小鬼を見て呟く。


 「で、あろうなぁ。ここまで醜く臭いモノとは思わなんだ」


 「…っ!?この文字は……また…!えっと、乞…不憐…?」


 乱丸が小鬼を見て何かに小さく驚いていた。

 それはこの地獄に落とされ初めて話した時の様に何もない宙を見て目を見開いていた。


 「……なんぞ気付いたのか?その仕草…此処で儂等を見た時にも似たような反応をしておったな?」


 「は、はい…その、疑問を感じながら少々見つめていると突然と文字が宙に現れるのです…恐らくは見たモノの情報かと思われます」


 「ほぅ?どれ……」


 クワッと目を見開き死体を切り刻む様な視線で睨みつける。そして数秒…数十秒、ジッと緑鬼の死体を睨みつける。


 「………くはぁっ…何も現れぬなぁ…乱よ、ソレにはなんとあるのだ?」


 目に込めていた力を抜き、疲れた様に項垂れると乱丸に問う。


 「はい、えっとこの緑鬼は……乞不倫…どうやらごぶりん、と言う名の鬼の様です。あ、鬼ではなく…魔物?…恐らくはあやかしの類かと」


 「ごぶりん…?ふむ、初めて聞く名だな…大して強くもない、群れるだけの妖か?」


 「そのようです。多少の知恵を持ち集団で人、村を襲い家畜を攫い、男を殺し、女を攫って孕ませるようです」


 乱丸が宙を見ながらごぶりんについて説明する。


 「ふん、下衆な妖か。賊と大差ないではないか…見つけ次第駆除するぞ」


 不機嫌にごぶりんを一瞥しそう決める。


 「しかし…見ただけでそこまでの情報を得るとはなんと便利な。…陰陽の術でも隠れて磨いておったのか?」


 「い、いえ。陰陽の類はまだ学んでいません。それにこんな術があるなど聞いたこともありません」


 二人で悩むが答えは出ない。変わりに隣からぐきゅ〜…という音が聞こえる。


 「あ、主よっ!?妾の腹から音がなったのじゃ!?な、なんじゃ爆発でもしてしまうのかっ!!?」


 きゅるる…ぐきゅ〜、ぐるるるる…と安綱の腹がけたたましく鳴っており、己の身体から聞こえる音に怯えて震えていた。


 「……それは空腹の音だ」


 「ふふっ、凄い音ですね。先程の河原で魚を取りましょう。何匹か見かけましたので…それにそろそろ夕暮れ、見通しのいい河原で今晩は過ごした方がよいかと」


 「うむ、河原で火を起こし休むとするか」


 「空腹…これが腹が減るという感覚なんじゃのぅ…」


 乱丸に釣られて空を見上げると木々の間から覗く空は既に赤みがかり、冷えた風が森の草葉を揺らしていた。乱丸の提案に頷き、今晩の過ごす場所を決めると皆で河原へと戻っていった。





 


 「はむっ!がふっ!んぐんぐ……お乱!おかわりじゃっ!」


 「まだ足りぬと…貴様の胃袋は底無しか」


 「はいどうぞ。ふふ、口元に白身がくっついてますよ?」


 乱丸が差し出した焼魚を両手で受け取りあっと言う間に骨になる。そして既に安綱の背後には魚の骨が十匹も転がっていた。

 やれやれと呆れるが、幸せそうに魚を頬張る安綱を嬉しそうに世話を焼く乱丸を見て不覚にも頬が緩んでしまい手で押さえて隠していた。



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