特別なDashボタン

あがつま ゆい

特別なDashボタン

Dashボタンとは、Amazonが提供する新しい購入システムで、Wifi環境さえあればわずらわしい手続きなしでボタンを押すだけで消耗品を購入できる画期的な購入システムである。そんなDashボタンにまつわるお話。




「あーだりぃー」


その日、佐久間さくま 清隆きよたかは退屈で退屈で仕方がない仕事を死んだ魚のような目をしながらこなしていた。

彼は現状に大いに不満を抱える、それでいてその不満を改善する方法を知らないし調べる気力もない、仮に知ることが出来たとしてもやろうとする気力なんてこれっぽちも湧かない本当の意味での底辺フリーターであった。


ある日の休日。リア充に殺意をみなぎらせながら毎週土曜に開かれているフリーマーケットの露店を冷やかし目的で歩いていると奇妙な店を見つけた。

そこには「お金」「友情」「愛情」という印字がされた、いかにも怪しいDashボタンが並べられていた。


「おい、じいさん。何だコレ?」


佐久間は店主に尋ねる。


「ああこれですか。見ての通りDashボタンです。私の特別製ですがね。お代は使った分だけお支払いいただければ結構。ボタン自体はタダで良いですよ」

「へー。ボタンを押したらお金や友情が転がり込んでくるって寸法かい?」

「ええそうですよ」


店主は「ボタンを押せばお金や友情をお届けします」と言い切った。


「バッカバカしい。まあいいや。タダってんならもらってやってもいいぜ」


そう言って冗談半分に「お金」と印字されたDashボタンを引き取った。



帰宅後、Wifi設定を済ませて、「お金」のボタンを押した。

直後、瞬間的に頭がくらりと来たがそれ以外には特に変わったことが無く、ボタンは購入が完了したことを示す緑色のランプが点灯していた。



3日後の火曜日

会社帰りにスマホを覗き込み、1年前に3等が当たって以降惰性で買っているミニロトの当選番号を見る。


「08、11、17、21、26、(13)……か」


自分の選んだ数字を見てみる。


「08、11、17、21、26……?」


彼は見返した。


「08! 11! 17! 21! 26!?」


眼が驚がくで見開かれる。


「おい、ちょっと待てよ! まさか、1等か!?」


1等、約1300万円が当たった瞬間だった。



「もしかして……こいつのおかげか?」


佐久間は先週手に入れたDashボタンをじっと見つめる。もう一度、「お金」のボタンを押した。

やはり瞬間的に頭がくらりと来た。が、すぐに消えた。ボタンは購入が完了したことを示す緑色のランプが点灯する。



翌日、宝くじ売り場で初めてスクラッチを買った。そして削ってみると……


「!!」


予想通り、そのスクラッチの最高当選金額である100万円が大当たりした。


「すげぇ! すげぇぞ! もう金に困らなくて済むぞ! 何だこりゃ本当にスゲエぞ!」


完全に確信する。これはDashボタンのおかげだと。

勢いで会社を辞めて完全にギャンブルだけで飯を食うようになった。その後も競馬、競艇、パチンコ、あらゆるギャンブルで勝って勝って勝ちまくった。



その週の土曜、佐久間はフリーマーケットに朝一で乗り込んだ。


「オイじいさん! すげえよアンタのDashボタン! 使ったらミニロトとスクラッチ、それに競馬やらなんやらで大当たりだよ! 「友情」と「愛情」、まだ残ってるか!? 2つともくれ!」

「ありがとうございます。ただ、使ったら使った分だけお支払いしていただく必要がございます事をお忘れなく」

「ハハッ! カネなら心配いらねえぞ! いくらでも稼いでくるからよ!」



2つのDashボタンを持ってさっそく家に帰り、「友情」と「愛情」のボタンを押す。「お金」の時と同じくくらりと来たがすぐに持ち直した。そして購入が完了したことを示す緑色のランプが点灯した。



翌日


佐久間のスマホが鳴る。見た事のない番号だ。怪しい飛び込み営業かもと思いつつ電話に出る。


「もしもし、そちらは佐久間 清隆さんですか?」

「そうですけどそちらはどなたですか?」

「よおキヨ! 俺だよ! 高宮たかみや まもるだよ! 高校以来だな!」

「高宮 守? ああ! もしかしてお前マモか!?」

「そうそうマモだよ! フェイスブック見たけど何でもお前目黒に住んでるそうじゃないか! 俺も最近目黒に越してきたから合わないか? 場所は目黒駅東口でいいかい?」

「いいねぇ。久しぶりに会おうよ!」


こうして、かつての親友と再会する事となった。




目黒駅東口、そこに高校時代の面影をはっきりと残す青年が立っていた。


「ようキヨ! 急な話ですまなかったな」

「ああ、大丈夫だよ。マモ。 お前高校のころから全然変わってねえな」

「ハハッ。よく言われるよ」


それからは仕事の話からアニメやゲーム、今でも交流が続いている学友の最近の話なんかで大いに盛り上がった。無論、携帯の番号も教え合う。


「あー、もうこんな時間か。はええな」

「あ、そうだ。これから夜に合コンするんだけどお前も来ないか? っていうか男が急に抜けて1人足りないらしいから出てほしいんだけどいいか?」

「ああ! 行く行く!」


流れる様に急きょ合コンに参加することになった。




「はいどうもー。佐久間 清隆と言いまーす。よろしくー!」


参加することになった合コン、その女たちの中に直球ストライクな人がいた。


「初めまして。 高須 やよいと言います。よろしくお願いします」


いい名前だし顔もいい。完璧な好みだ。


「彼女はああ見えてアニオタだからアニメの話すれば一発だぜ?」


マモが告げ口する。言われたとおりアニメをネタにしたトークをすると見事という位食い付いてきた。

話が弾んで弾んでどうしようもなかった。


その日の帰り際に……


「今日は楽しかったです。またお話しましょうね」


そう言って彼女の携帯の番号を手に入れる事が出来た。


「すげえ。凄すぎるぞ! あのDashボタンは!」


金、友情、愛、それらが一挙に彼の元へとなだれ込んで来た。濁流のような快楽に心の底から酔いしれていた。





「これさえあれば一生カネに困らねえし友人も女も増やしたい放題だ! ハハハハハ!」


その日もキャバクラでさんざん飲んで大騒ぎした後の事だった。

ピンポーン。

彼が帰ってくるのを待っていたかのように夜中に呼び鈴が鳴る。

酒に酔って上機嫌だった佐久間の元に訪問者が現れた。


「はいはい、誰ですか?」

「どうも、私のDashボタンの対価を徴収しにまいりました」


あの日会った露店商がいた。


「対価? ああ、カネか? カネならいくらでもあるぞ。持っていけ」

「いえいえ。お金は必要ありません。お支払いいただくのは、あなたの寿命ですよ」

「寿命?」


妙な事を言い出した。


「ええ。ボタン1回につき2年の寿命を頂きます。お金11回、友情3回、愛情5回。合計で38年分になりますね」

「バカバカしい! 帰れ!」


玄関のドアを閉めて振り向くと、家の中に男が立っていた。


「な!? お前いつの間に!?」

「バカバカしいとは失敬な。そう言えば自己紹介がまだでしたな。私は、あなたたち人間で言う「死神」と呼ばれている者でして……」


さっきまで黒かった眼が血の色に染まっていた。

首根っこを掴む。それも凄まじい力だ。片手だけで佐久間の身体を持ち上げる。


「あがっ! あががっ!」


しばらくの間宙ぶらりんになり、酸欠で意識が飛びそうになったところで男は彼を開放する。


「ごほっ! げほっ! がはっ!」


荒い息遣いで酸素を取り込む。


「ご安心を。寿命はしっかりと徴収いたしました。引き続きDashボタンをご利用ください」


そう言って男は去って行った。


「クソッ! 何なんだアイツ!」


佐久間は警察に通報する。その後の取り調べやらなんやらで深夜遅くまで時間がかかり、モヤモヤした気持ちを抱えつつ寝ることにした。



翌朝

玄関をノックする音、というかドアを思いっきりぶっ叩く音で彼は目覚めた。


「ハイハイ、誰ですか?」

「お前、佐久間 清隆だな!?」


男はガンギマリと言える狂気と憎悪に満ちた目で佐久間を敵視する。直後、男はナイフ、それも大型のコンバットナイフで佐久間の腹を刺した。


「俺の彼女を横取りやがって! 俺はプロポーズしたんだぞ!? 婚約指輪だって送った! それをお前のせいで全部台無しにされたんだぞ!? くたばれ! くたばれ! くたばれ! くたばれ!!!」


ナイフを引き抜き、何度も、何度も腹を刺す。

腹から堤防が決壊したかのように大量の血が噴き出る。彼は激痛を感じつつも全身から力が抜けて何もできず、その場にうずくまって倒れ2度と動かなくなった。


「もう寿命は残ってなかったようですねぇ」


それを見ていた男がぼそりとつぶやく。


「これをご覧のあなた、そう、そこのあなたです。私の特製Dashボタンが欲しければぜひともお求めください。友情、愛情、お金、全てボタンを押すだけであなたにお届けいたします。ただし自己破産は受け付けておりませんのであしからず。ではご縁があったらお会いいたしましょう」

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