そのネタ、セクハラだよね?

いなばー

そのネタ、セクハラだよね?

 不意に加藤が大きな声を出した。


「それって、セクハラ!?」

「え?」


 三宅は小皿を手に持った状態のまま凍り付く。

 会社のコンプライアンス推進政策によって、同僚にセクハラなんてマジでシャレにならないからだ。

 向かい合わせに座る二人の横を寿司が流れていく。


「信じらんない。女子の真ん前でよくそんなの食べる気になるよね?」


 加藤が指差すのは三宅の小皿。

 ここで三宅は同僚の訴えが難癖だと気付く。

 今取ったのはただの赤貝の握りなのだ。

 加藤はどこまでもうるさかった。


「ぷるりとした弾力を持つその赤味を帯びた肉を、男は黒光りするもので濡らしていき……」

「醤油付けてるだけですから」


 同僚を適当にいなしながら三宅は赤貝の握りを口元に運ぶ。


「男の下卑た息を敏感な柔肉に感じて思わず『ああ……』と声を漏らしてしまい……」

「貝は声なんて出しませんから」


 そう応じてからひょいと寿司を口の中に放り込む。

 コリコリとした食感は期待した通りだ。


「『いや……優しくして……私、初めてなの……こんなの……こんなの初めて……私、食べられてるぅ!』」


 加藤を無視したまま寿司を飲み込む。

 お茶でほっとひと息。


「うわ……マジで食べたよ、こいつ……」


 加藤が人でなしを見るみたいな視線で同僚を見る。

 そろそろちゃんと反論すべきだと三宅は思った。


「あのな、赤貝はただの貝ですから」

「でも、あんな見た目だもの。よからぬ劣情を抱いての犯行だとしか思えないよ」

「犯行ってなんだよ。だいたい、お前のはもっとドギツイ色……」


 ここで三宅は黙り込んでしまう。

 背筋を冷や汗が伝い落ちる。

 一方の加藤はニヤニヤ顔。


「今のはカンペキセクハラだよね?」

「い、いや、その前の加藤の発言だって……」

「ゴチでーす、三宅!」


 自分の分の皿をずいっと三宅の方へやる。


「洋子、お前なぁ……」

「おっと、喧嘩中は馴れ馴れしく名前で呼ばないように」


 恋人の口先に人差し指を当ててから、加藤は身軽に席を立った。

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