ずれた怪談

@yosomi

第1話 口裂け女

 僕の住んでいる街には、柳川という川がある。名前の由来の柳の木と、少ない人通りの所為か色々と不気味な噂のある場所だ。

 その不気味な柳川で変な女性に会った。彼女に会わなければ、後であんなに息を切らせて走る状況になることは無かっただろう。

 声を掛けた事は、決して軟派な理由では無い。ただ単に、夜に人通りの無い川沿いの道で、川を見つめた女性がずっと動かなかったら心配して声を掛けたというだけだ。

「あのー、大丈夫ですか?体調でも悪いんですか?」

 橋の上で川を眺めていた彼女が反応する。

「ねえ」

 ゆったりとした動作で彼女が僕の方を向き。

「ワタシ、キレイ?」

 大きな瞳で、真直ぐに僕を見ながら聞いた。

「へぇ?」

 いきなりで予想外の質問に面食らい変な声がでた。しかし、彼女は変わらずに真直ぐこちらを見ている。

うーん、マスクをしていて顔の見えない部分はあるが、長い黒髪の似合う綺麗な人だと思う。

「き、綺麗だと思いますよ」

「コレデモ?」

 綺麗といった言葉を聴いた彼女は一瞬怒ったような表情を浮かべ、マスクの下の顔を僕に見せつける。そこには耳の近くまで裂けた口があった……

「あのぉ、痛くは無いんでしょうか?できればすぐに病院にいった方がいいと思うんですが?」

「コレデモ、キレイカ?」

 僕の言葉を聞いていないのか、再度問いかけてくる。

「えーと、あの綺麗ですよ。目も大きいですし、鼻筋も通ってますし。マスクをとっても僕は綺麗だと思います」

 僕は彼女の顔を見ながら、できる限り誠実に伝えていった。しかし、初対面の女性に面と向かって、綺麗とか真剣に褒めるのってすっごい恥ずかしい。

「わかった。ありがとう」

 彼女は視線を僕から外し、つぶやくように言った。口調からは怒りが消えていたので真剣さは伝わったのだろう。

「あっ。すいません。僕はこれで。」

 時計を見ると既に、約束の時間は過ぎていたため、僕は走り出す。



「今日、少し遅れたのは、仕事じゃなくてそれが理由」

 遅れて着いた居酒屋で、僕はさっきの少し変わった女性の話をしていた。

「お人好しだな。危険な可能性もあるんだから、無視してもいいと思うぞ」

 と友人の阿部がいつも通り冷静に返す。

「まー、無事だったからいいんじゃないの」

 水卜が適当にフォローする。

「それよりも私は、武藤が女の子に『綺麗』とかいってるの見たかった」

 友人の美季がからかう。

「だって、あれは向こうも真剣だったからで……。というか、皆あるだろそういう変わった人にあった話」

 恥ずかしさからごまかしに3人に話を振る。お願いごまかされて。

「私、あるよ」

 

次回 唐傘に続く

 

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