ほしをさくねこ
雨昇千晴
ほしをさくねこ
どうにもこうにも、具合が悪い。
さすっている腹の方ではない。その下の寝床のことである。
手を変え足を変え、もぞりもぞりと落ち着く場所を探ってみたが、やはりふこふことした感触が足りず、腹から尾までの座りが悪い。
やれやれ、仕方なく立ち上がった。
猫たるもの、日がな一日ごろごろと惰眠を貪り、あらゆる面倒を
まあ良い。寝床のふこふこが足りぬというのなら、自力で調達するくらい容易いことよ。
取り
白いびらびらに噛みついて、引っ張り出しては爪で裂く。
ぢぢりぢり、ぢぢりぢり。
千切れても薄いびらびらは、重ねたところでしれている。どんどんと引っ張り出しては、両手を振るい千切っていく。
――ふと、耳慣れぬ音がした。ふつりというかふちりというか、そんな音だ。
足の方(今さらだが人間が前脚と呼ぶ場所は手のことである。後ろ脚と呼ぶ場所だけが足なのだ)を見ると、爪にびらびらの一部が引っかかっている。踏み止めてゆっくり爪を引くと、ふつり、ふつん、と音を立てた。
何と、これだけで音が変わるのか!
毛の立つ震えが尾の先まで走る。こっかん、と派手な音をたてる缶詰ではなく、つつり、と静かに開いた袋から、食べ物がこぼれ出た時以来の震えである。
ちょうど箱のびらびらも尽きたので、今度はチラシとかいうつるつるの紙を探してみた。こちらも速く裂くと、じざざざじっ、と音がするが、ゆっくりすると、ぴつ、ぴつ、ぴつ、と音を変える。
愉快さにぱすぱす尾が揺れて、しかし寝床をふこふこにするにはまだ足りない。
もっともっと千切らねば。
チラシの封筒は、ばざばざ、ぢびぢび。
ゆれる新聞は、ざじゃばじゃ、びつべつ。
布団は、ずざざん、ぺすぺす、と裂け、その先でベッドは、ぱきぴし、ぽこぽこ、と白い千切れ跡をつけていく。
――ふむ、これらも千切れるのか。それならば……
空を噛み、部屋の空気を一気に割く。壁紙もラックも窓もろとも、タンスもソファーも天井ついでに噛み裂いて、ばじ、ぶり、ざか、べち、かろんかろん、引き千切る音に囲まれる。壁向こうの隣家のご自慢、4K70型テレビとやらまでびつびつ裂いたが、なに、猫のご愛敬というものだろう。
さて、これだけ千切って働いて、それでもふこふこにはまだ足りない。積んで、集めて、また寄せて、びらびらが全部埋まっても、ちっとも足りない。具合が悪い。
外はすっかり暗くなり、丸い月が白光を帯びて浮いている。
月光の差す夜を噛み、一気呵成に千切り上げた。
あまりに細長く切れたので、月のほとんどは残ったが、真ん中に星のきらめく裂け跡ができた。
手元に寄せて月を千切ると、ちじちじ、とグラシン紙のような音を立てる。ゆっくりやっても変わらないのは珍しく、気づくとすっかり細かくなっていた。……しまった、細かすぎてふこふこしない。
さて、まだまだ引き裂き、どこまでも千切り、すっかりまだら模様の夜空の下に、星ごと破片を重ねてみる。
そこまでしてもまだ足りない。あと少し、どうにも尾の先の座りが悪い。
仕方なく、星をひとつ蹴転がして、銀河の上に爪をかけた。そのまま下へと振り下ろす!
「ぎゃっ!」
悲鳴が出た、と気づいた時には尾の毛先まで逆立って、目を押さえ全身が暴れていた。
勢いもよく引き裂いた瞬間、閃光がほとばしったのだ。カメラとやらのように何百ぺん、いや何千何万べんもの皓光である!
どうやら銀河は引き裂くたび、強い光を起こすらしい。そう悟るまでに数回同じように暴れまわり、すっかり寝床がダメになってしまった。
もそもそと寝床を整え、再度銀河を裂きはじめる。ゆっくりと千切れていく銀河は、ぱちばちぴちびち、と音を立て、なにやら魚を鱗ごと裂く様を思わせた。
こうして、大量に千切った銀河を破片の山にのせ、その上に寝そべってようやく寝床が落ち着いた。
疲労感にそのまま沈み込む。苦労はあったが、これで穏やかに眠ることができるだろう。
……どこかで絹を裂くような音が聞こえた気がするが、なに、後のことなど
ほしをさくねこ 雨昇千晴 @chihare
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