迷惑なアプリ

カツオシD

迷惑なアプリ

「このたびはユーモア変換アプリ、『左様でござる』をインストールして頂き、ありがとうございました。『左様でござる』は、あなたのメール文書を楽しく変換して、人気者にする

面白ソフトです。存分にご活用ください。尚、このソフトは利用規約にもありましたようにインストールは無料ですが、アンインストールには若干料金がかかります。ご了承下さい」


 スマホの俺宛のメールの中に、こういった内容のものがあった。大方詐欺まがいもので、問い合わせれば高額料金を請求してくるのだろうが、こんなものに引っ掛かるやつがまだいるのだろうか。

 インストール済みという文章が多少気にかかったが、無視して消去した。


ところが・・・、これはとんでもない悪質なウイルス・アプリだったのだ。


 それが分かったのは昼食時間。

社員食堂で日替わり定食を食べていた俺にかかってきた上司・志村課長からの呼び出しメールを受けた時だった。

「今どこにいるでござるか? すぐに戻って来られよ」

 一瞬、課長は時代劇ファンだったのかと思ってしまったが、これこそが『左様でござる』のイタズラだったのだ。


 昼飯もそこそこに営業2課に戻ると、スタッフ全員がなにやら深刻そうな顔でスマホをいじっていた。話を聞けば、この部署に所属するスタッフのスマホが全て『左様でござる』ウイルスに犯されているという。


「だめだ。消えん!」

 志村課長が舌打ちをした。課長をはじめ、スタッフ全員がやっきになって『左様でござる』を消そうとしているのは、それがお得意様との連絡に支障が出るからだった。


「田端君、さっき芳川産業の社長からも『ふざけてるのか』と言う怒りの電話が入ったのよ。その場で、申し訳ありません。実は他からも指摘があり、調べた結果・・・と謝っておいたけど、あなたが送ったメールが原因だからお詫びに行ってちょうだい」

 清瀬係長が俺にそう命じた。

 今朝送った見積もりメールの文章も侍言葉に変換されていたらしい。


 これは大変だと焦り、謝りに行こうとした矢先、当の芳川産業社長からメールが入った。

「事情は係長から聞いて納得したニャン。あの見積もりでお願いしますニャン」

 どうやら芳川産業は別のウィルスにやられているらしい。

 となると、これはかなり広範囲に拡散しているのではなかろうか。


 興味本位でツイッターを覗いてみると、あるわあるわ! フォローしている有名人達も、数多くが『語尾変換ウイルス』に犯されていた。

 例えば、某・有名市長のツイートでは、その語尾に全てダヨ~ンが付いていて、論争相手のフォロワーの語尾には、ナンチャッテ~が付いていることから熱を帯びた討論が、まるで絞まらないものになっていた。



「他はどうでもいい。ウチの社としては、こんなウイルスに犯されていては仕事にならん。不本意だが金を払ってでも除去してもらえ」

 志村課長が清瀬係長に命じて振込先を調べさせたところ、なんとその宛先は、赤十字やドラエモン募金だった。

「なんてことだ。こいつら義賊でも語っているのか!」

利益目的でないとすると、いったいどこのどいつがこんなことをしているのだろう?

色々調べてみると政府広報オンラインにその答えがあった。


『最近パソコンやスマホのメールで強制的に語尾変換される悪こんじょなウイルスが出回っとうとの情報が、数多く消費者庁に寄せられとりもうす。

手口はアンインストール(ウイルスの除去)をすんのには料金がかかるちゅうもんじゃ。これにはアノニマスを名乗るもんが犯行声明をだしとるけん、こげん相手に騙されず不安ば感じよった場合は、お近くん消費生活相談窓口まで御相談くれんね。

消費者ホットライン「188」番に掛けるっち、お近くの消費生活相談窓口ば御案内いたしますけん』


「アノニマスか・・・やっかいな連中だな」

 志村課長がニガニガしく呟いた。


 政府広報オンラインでさえ『九州弁語尾変換』されているところをみると、もう日本中のメールの全てがウイルスに犯されている可能性がある。

 実害もかなり出てきたようで、防衛大臣には運悪く、アジアの某国の人が日本語をしゃべる時に使うと言われる語尾変換がされた為、スパイと疑われ野党から追求を受けているというニュースまで報道されている。

その大臣はツイッターで「私は清廉潔白アルヨ!」と弁明を述べていた。


しかも、この語尾変換ウイルスは全世界規模で広がっているようで、某独裁国家では側近が将軍にあてたメールで語尾が最上級の敬語から小僧扱いの言葉に変わっていたことで、読んだ本人が激怒したとか、某国の保守系の大統領候補のメールの英語がtahとかWus といった南部の黒人がよく使うAfrican American Vernacular Englishに変換されたせいでワスプと呼ばれる人々の支持率が落ちたとかいうニュースまで飛び込んできた。


 極め付きは、いつもインタ-ネットで声明文を出す恐怖のテロ集団の文章までが、まるで「映画テッド」の主人公が使うような低俗すぎるスラング(Son of a bitchとかfucki'n)に書き換えられ、世界中から大笑いされているということで、このアプリの影響力の大きさが分かる。


 こういった冗談アプリは、確かに誰にとっても迷惑なのだが、俺には肩肘張ったこの世界の緊張が、少しだけほぐれた様な気がした。




         ( おしまい )

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