討論会

カツオシD

討論会

「ですから、日本においても法人実効税率を現在の35%から周辺諸国並みの25パーセント、できれば20%程度に引き下げることが成長戦略として必要なのです」

 そう言い切ったのは、あまり聞き慣れない王様証券のチーフエコノミスト・間宮だった。

 これに異を唱えたのは商農短期大学の畑野教授。間宮の主張が全て終わらない内に反論を開始した。

「法人税を引き下げる必要がどこにありますか? 日本の殆どの企業は欠損金の繰越控除を受けているのに対して庶民は失業していても消費税が10パーセントと……」

 要するに、企業の負担を軽くした方が景気対策には良いのか、企業から税金をしっかり取って消費税を安くした方が良いのかという議論らしい。


「何を言うてるんか、さっぱりわかりまへんなあ。こんな論争、いつまでやっとるんやろ」

 横に座っていた田中さんがそう言って笑った。


 この公民館に集められた人達は町内会連合の役員たちで、特に政治に興味があるわけではない。定例会議との呼び出しを受けて来てみると、パネラーによる討論会を聞く羽目になったというわけだ。

 あまり興味もない議題で、前方では大アクビをする人もいた中、パネラーの間では議論が白熱化し始めたようで、激昂した畑野教授が「この政府の使い走りめ!」と言いながら立ち上がり、間宮に掴みかかった。


「お、これは面白い」

 椅子に埋もれていた田中さんも、起き上がって壇上に注目し始めた。


 ケンカになりそうな雰囲気に、慌てた連合会会長・佐々部さんが止めに入ろうとした時、「あたたたた~」と悲鳴を発し、畑野教授が膝を抑えて倒れたではないか。

 会場は騒然となり、身構えていた間宮さんまでが心配そうに駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか畑野さん。膝は大事だから気を付けないと」

「すまんね間宮君。肩を貸してもらえるか」

 退屈な議論に飽きていた聴衆は敵味方を超えた助け合いに拍手を送ったが、俺にはこの二人が漫才コンビのようにセットで全国を回っているように思えた。


「見苦しいところをお見せしました」

 畑野教授は聴衆に向かって詫びると先程までの議題を変え、今度は聴衆にも興味がある健康管理についての話題を語り始めた。

「実は私、このところ膝が痛みましてね。医者の話では軟骨がすり減っているようなんですが、年が年だけにどうにもならないんですよ」


「やっぱりなあ、偉い先生でもわしらと同じ悩みを抱えとるんやなあ」

 田中さんが納得したように頷いた。

「ほんとにね。私も膝や腰の痛みには困ってますわ」

 相槌を打ったのは同じ町内会婦人部長の岩田さんだった。


「ところで間宮君、君は確か昨年の特定秘密保護法案についての討論会の時には腰板でギプスをしていたようだが、良くなったようだね」

 畑野教授は間宮さんに話題をふった。

「ああ、覚えておられましたか。おかげさまでケロリと治りました」

「治った? さすがに若いなあ……」

「いえ、違いますよ。この頃は良いサプリが出てますんで。ヒアルロン酸とコンドロイチンを補給したんですよ」


「ほう、やっぱりああいうのは効果があるんかいな」

 田中さんも岩田さんも聞き漏らすまいと身をせり出した。

 見れば会場の聴衆はどなたも還暦を回っていると見えて、興味津々のようだ。


「と、いうと、あれかね。D食品の『ヌタ~ノV』?」

「いや、あそこはゲテモノ専門で、わけがわからない深海魚を使ってるそうですから使いません。私が使ってるのは『膝腰ノーペイン』というやつで、偶然にもそこの会長さんの商品ですよ」

 これには佐々部さんも「いやあこんな有名な先生にも使って頂いていたとは」と、狂喜乱舞で、「もしよろしければ畑野先生には、半額で」と言い出した。

「それなら会長、まずは町会連合の人たちに優遇しなくては」

 畑野教授の笑いながら言った言葉に公民館が湧いた。

「えっ、それはちょっと……」

 佐々部は、しまったとばかりに口を抑えたが、もう後には引けなかった。

「佐々部さ~ん」

「男だ、会長!」という声が壇上に投げかけられ、ついに笹部さんは折れた。

「わかりました。それじゃあ、間宮先生のお言葉ですし、ほかならぬ役員さん方ですから、今回ここでご注文の分に限り半額と致します。でもここだけの秘密に願います」

「岩田さん、行きまひょ!」

 田中さん岩田さんを始め、殆どの町会役員たちに壇上でもみくちゃにされながら、注文を受けている佐々部会長を見ながら、俺はふとこの討論会そのものが仕組まれたものではなかったのかと疑念を持った。



 後日、10パック(10ヶ月分)を買った田中さんに「膝腰の具合はどうですか?」と聞くと、「効果なんて全然あらへん」という答えが帰ってきた。



     ( おしまい )

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