第1章「そして少女たちはツチノコ狩りへ向かう」3話

 走る棺桶ハイエースの旅もいよいよ大詰めだった。

 大詰めだと、いうのに。


「……この道路、誰が何を考えて作ったんだ?」


 細く狭い峠道だった。

 対向車はおろか、車一台で道幅いっぱいを埋め尽くしてしまうような、しょぼくれた道路だ。ふたりの乗る大型車ハイエースならばなおさらで、子供ひとり通るような隙間もなかった。

 道の外側は深い谷になっており、遙か底に川が流れているのが見える。


 都市には決してありえない、果てしなく危険デンジャラスな道である。

 とはいえ、ならまだよかった。


「なんでこの道、ガードレールすらついてないんだ……?」

 おそらくは空きスペースがなかったのだろう。

 道の外側にはこれといった安全保証セーフティーが無く、茫漠とした虚空がただ剥き出しになっているばかりだった。

 一歩誤れば、即座に脱輪し、谷底に転落するだろう。

 それどころか、対向車が来るだけで詰みだ。すれ違う余裕は無いし、避難用のスペースはここ数十分見ていない。


「うぅ……。さすがに集中力の限界かも」

 奈那が目頭をもみほぐす。

 入山してからすでに一時間が経っている。

 ただでさえ慣れない運転にこの悪路だ。体力に着実に奪い取られつつあった。。

「落ちたらゴメン。でも……寧々と一緒に死ねるなら本望かな」

「待て待て待て待てお前がそんな弱気でどうする。高速道路で華麗にドリフト決めた天才奈那ちゃんはどこ行った」

「あの頃の奈那ちゃんは……死にました。乙女の秘め事をのぞき見されたあの瞬間に……」

「乙女の秘め事ってさっきの野ションか? だったら謝るから――」

「わー! 野ションとか言わないでよー!」

 文句を言いながらも、人が歩くようなのろのろとした速度で、前へ前へと進んでいく。

 寧々たちの痴話ゲンカに笑うかのように、猿とおぼしき獣の鳴き声が山中に木霊こだました。


  ○


 道中の困難さに比べ、到着はあまりにあっけなかった。


 古びたトンネルを抜けると、急に平地に出た。

 森を切り開いて作ったのであろうその土地には、広大な田畑と茅葺かやぶき屋根の家屋がみっちりと詰まっている。真ん中には小川が流れており、昔話にでも出てくるような古い村を彷彿とさせる景色だった。

「はぁ……、やっと着いたー」

 隣で奈那が安堵の溜息をつく。

 つまりはこの村こそがくだんの鼓間村であり、これから寧々たちが滞在する居留地であり、ツチノコ探しに奔走しなければならない職場であった。

 平均的な村がどれくらいの大きさなのか、寧々は知らない。ただ、どちらかと言えば小さい方なんじゃないかと思う。総人口でいえば、多分、そのへんの小さなマンションにも負けているだろう。

 どこもかしこも文化遺産もかくやと言わんばかりのオンボロぶりで、立ち並ぶ木製の電柱すら、この村にあっては驚異的な最先端技術に見えた。

「……マジかよ」

 寧々が溜息をつく。

 田舎とは聞いていたが、まさかこれほどとは思わなかった。

「ツチノコどころか、ビッグフッドやチュパカブラあたりを発見しても、私は全然驚かないぞ」

「おー、そしたら賞金に上乗せしてくれるかな? ツチノコで300万なら、チュパカブラだといくらくらいになるんだろう?」

「……さぁな」


 幸い、村の道路はハイエースでも楽に通れるほど広かった。

「いやぁ、気持ちいいねー」

 奈那は峠道とはうって変わって、のびのびとした笑顔を見せる。


 車を進めていくと、田畑で農作業をする村人らしき老人の姿がちらほらと見えはじた。

 老人たちは、寧々たちの車を見つけるなり、無遠慮な視線をぶつけてくる。

 歓迎されている……とはとても言えない雰囲気だ。

 これには、さすがの奈那も困惑した様子を隠せないようだ。

「依頼主の人はちゃんと話つけてるのかな? さすがにちょっと居心地が悪いというか……」

「……なんでこんなガンつけてくるんだ、こいつら」

 寧々が助手席からハンドルの中心部をを殴りつける。

「ひゃっ!?」

 途端に鳴り響く、パとプの中間のような調子外れの電子音クラクションが周囲を威圧する。だが……。

「だめだ、全然びびらん」

「……むしろ、わたしが一番びっくりしたんだけど。もう、急に大きい音出すのやめてよ」

「すまんすまん」

 と、寧々は口先だけで謝りつつ、

「……にしても、こうなると、さっさとその依頼主とやらに会っておきたいな。このままじゃヨソ者は立ち去れ、とか言われて惨殺されかねないし」

「……寧々は田舎に偏見ありすぎだと思うな」

 奈那が呆れた調子で言う。

「まぁ、とにかくまず待ち合わせの場所には行っておかないとね。大丈夫、目印も見えたし、あそこに行けばなんとかなるはず」

「目印?」

 寧々の疑問に、奈那がすっと指を伸ばす。

「ほら、あそこ」

 奈那が指さす先、村の外れには巨大な岩石がそびえ立っていた。

「……石?」


 ○


 巨石の前に車を止める。そこは森を切り開いて作られたとおぼしき広場になっていて、駐車場にするのにもうってつけだった。

 村からも少し離れているから、あの無遠慮な視線に晒されることもない。

 待ち合わせにはこれ以上の場所もないだろう。

「むこうもなかなかいい場所選んだな」

 そう言いながら、寧々が周囲を見渡す。どうやらまだ待ち人は来ていないらしい。


「ひとまず降りようよ。もう肩が凝って凝って」

「賛成だ。私もいい加減に腰が痛くなってきた」

 二人は車から降りる。長いドライブで全身の筋肉が凝りに凝り固まっていた。長い伸びをすると、体の内側からばきぼきとイヤな音が聞こえた。

「ふい~、空気がうまい」

 奈那が満足げに顔をほころばせる。

「……私はカーテンを閉め切った部屋の、じめっと薄暗い空気が一番好きだ」

「いつか病気になるよ……」

「そしたら奈那が看病してくれ。……そんなことより、だ。私としてはこっちが気になる。すげえ石だな、こいつ」

 巨石を見上げた寧々は、驚嘆の表情を浮かべていた。

 石の高さは十メートルほどはあった。横幅の狭い長方形で、周囲にはが巻かれている。寧々には分からない紋様があちこちに書き込まれ、異様さを際立たせていた。

「……この村の神様、ってわけか」

「神様? 石なのに?」

「……寺で何を学んできたんだお前は」

「だってわたし神も仏も信じてないし」

 生粋の無政府主義者アナーキストなので、と奈那は付け足す。

「そんなもん、私だって信じてない」

 そう言いながら、寧々は巨石を撫でさする。

「でも、おしょさんがよく言ってただろ。昔はでかい石を神様だって崇める人がいたって。この石もきっとその類なんだろ」

「へえ、石は石にしか見えないけどなぁ」

「ま、信仰なんてそんなもんだろ。鰯だっておけらだって、みんなが拝めば神様だ」

 寧々は巨石をぺしぺしと叩く。そんな理不尽な暴力にも、巨石は微動だにすることなく、ただそこにそびえ立っていた。


「その石には、あまり触らない方が良いですよ」


 ふいに、声がした。

 二人が振り向くと、十二~三歳くらいとおぼしき少女が立っていた。黒留袖の和服を着て、黒髪を短く切りそろえている。

 端整な顔立ちも相まって、日本人形を思わせる風貌だ。

 なにより人形めいてるのはその表情で、あらゆる感情を封じ込めたような生彩のない視線が、彼女の印象をぐっと大人びたものにしていた。


「おっと、すまんすまん」

 少女に言われるがまま、寧々は素直に手を離す。

「気をつけた方がいいです」

 少女の声色は変わらない。

 おどかすでもなく、心配するでもなく、事務的に伝えるべきことを伝えるための、抑揚のない口調だ。

 だが、その内容は突飛のないものだった。

「――は人の血を吸いますから」

「……なにそれ?」

 奈那の質問に、しかし少女は答えない。ただ、じっと二人を見つめて。

「あなたたち、もしかして――」

 と、言いかけて、すぐに口ごもる。

「……途中でやめないでよ。続きが気になるじゃん」

「いえ、きっとただの気のせいですので」

「ちょっと、どこ行くの!?」

「何が目的か知りませんが、さっさと帰った方がいいですよ。……忠告はしましたから」

 それきり何も言わずに、少女は去っていく。

 後には寧々と奈那と、巨石だけが取り残される。


「……なんというか、ちょっと痛い子だったね」

「ああ、そうだな。めちゃ可愛かった……」

「……ねえ、ちゃんと人の話聞いてる?」

「厨二病和服少女はいいよなって話だろ?」

「……」

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アナーキー・イン・ザ・クトゥルフ~無職と邪神と鉄パイプ~ ■■■■ @mitata

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