自分という自我

赤ちゃん

第1話君という事実

「貴方が人間である確率は二十五パーセントです」


 いきなり何を言っているんだろう、こいつは。

 思わず耳を疑いたくなるような言葉を開口一番にぶつけられ、目を丸くする。言葉が詰まって出なかったので一度咳払いをした。


「ええと、どういうことですかね?」


 ~*~*~


 ここは公園の隅に存在する占い師の部屋での出来事である。

 俺は色々な確率を占ってくれるという噂を聞き、こんな変哲な場所までわざわざ出向いているのだ。

 しかし、来てみると占い師であろう女に意味不明な言葉をぶつけられたというわけである。

 本当に意味が分からない。

 俺が人間である確率? そんなの百パーセントに決まっているだろう。なぜ二十五パーセントなどという意味不明な確率になっているんだ。


「あなたの腕を見せてくださいませんか?」


 俺がずっと考え事をしていると、占い師の女がそう言った。意味は分からないがおそらく占いに関係のあることなのだろうと思い、言われた通り袖をまくって腕を出した。

 あらわになった自分の腕が俺の視界に入る。その瞬間、息をのんだ。


「機械の……腕……?」


 思わず呟いた。

 なんで俺は自分の腕が機械なことを知らなかったんだろうか? いや、今大事なことはそんなことではない。知らなかったとかではなく、なぜ俺の腕は機械なんだ……?


「なぜ腕が機械であるのか覚えていますか?」

 

 占い師は俺の腕を触れながら言う。

 俺は言われて記憶をあさり始めた。何か思い当たることはないだろうか? 思い出せ、思い出せ。


 そうして数分経っただろうか。

 きちんと数えていなかったので分からないがおそらく数分は経っている。数分をかけて俺は腕が機械になっている理由に思い当たった。

 占い師は良く待ってくれたと思う。客が来ないのもあるのだろうが、数分の間完全に沈黙していたのだ。その間ずっと待っていてくれたと思うと、まだ何も始まっていないが感謝を言いたくなる。


「これは俺が事故の時に失ったものです。片手がないと不便ですので義手をつけたのです」


 占い師は頷きながら、俺の言葉を聞く。すべて聞き終ると、また新たな質問をしてきた。


「では、なぜそんな大事なことを忘れていたのですか?」


 本当に占う気があるのだろうか? ただ個人情報を聞き出しているようにしか思えない。しかし、この質問には俺も答えたかった。だから今ここで帰るなんてことはしない。

 なぜ忘れていたのかは俺が一番不思議に思っていて、知りたいんだ。


「少し待っていただけますか?」


 占い師は頷く。

 俺はその仕草を見てまた考え始めた。

 

 記憶喪失。

 全てはこれで解決する。事故で腕を失ったのだ。なら衝撃ですべてを忘れるという事も十分あり得るのではないか? 

 そこまで考えておかしいことに気づいた。

 腕を失ったのは確かに事故なのだろう。しかし、義手をつけたのは意識が戻ってからのはずだ。そのことすら忘れているのは明らかにおかしい。しかも、今まで生活していくうえで一度も気づかなかっただなんてそれこそあり得ない。

 考えれば考えるほど泥沼にはまっていく。意味が分からない。俺は一体どうなっているんだ。


 そこで、最初の言葉を思い出した。


『貴方が人間である確率は二十五パーセントです』


 俺は恐る恐るズボンをまくる。

 そこにあったのは機械の足だった。


「――――—!!!」


 言葉にならない絶叫が響き渡った。


~*~*~


 カタカタカタとキーボードをたたく音が静かな部屋に反響していた。


「今回も失敗でしたね。本当に使えない奴らです」


 男は落胆する様子も見せず、ただ淡々と呟く。

 それはこの実験がもう既に何度も繰り返されていることを如実に表していた。

 しかし、男の言葉からもわかるように成功例は存在しない。


「仕方ないだろ、ロボットって言うのは単純じゃないんだ」


 少し年老いた男が言い聞かせるように言う。


「それは分かりますけどね。ただの言葉に洗脳されすぎでしょう。そこまで影響力なんてないでしょうに」


「まあ、カインの言う事も理解はできる。だが、彼らは俺達と違って、自己が保ててないんだ」


 カインと呼ばれた文句を言っていた男は、大きく頷く。


「私達も入社試験の時に『貴方が人間である確率は五十パーセントです』って言われましたもんね。アエリアさん」


「そうだな。そう言えばそうだった」


 二人の男は声を出して笑う。


「ロボットの自我を確かめるために、ニセの占い師を質問役に使うなんて上層部の考えることは分からないよな」


「そうですね、アエリアさん。今回で何体目になるか……。さっさと実験方法を変えればいいと思うんですけどね。成功例もないというのに」


 アエリアは頷いた後、とあることに気づき言った。


「カイン、お前の腕、機械なんだな」


 カインはアエリアの言葉に肯定する。


「ええ、そうですよ。事故で失ったんです」


「足も機械だったりしないのか?」


「はは、冗談きついですよ、アエリアさん。そんなわけないじゃないですか」


 カインは声を出して笑う。アエリアも「そうだよな」と言って笑った。

 その少し後ろにあった監視カメラに二人の首筋が反射して映っている。そこにはとある数字が刻み込まれてあった。


 「50%」


***


 さらに別の場所。

 モニターに映るアエリアとカインを観察しながら高笑いをする人物がいた。

 部屋の片隅に部屋の名前が刻み込まれている。


 「75%、実験成功者収容所」

 

 さらにその少し上、天井につけられた監視カメラに反射する人物の首筋にもとある数字が刻み込まれていた。

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