松の循環

YGIN

第1話

旅行先でのこと。


とある有名なお城を観にいくための道中、

一本の背が低い小さな松があった。

このような街路に挟まれ唐突に生えているのは珍しい。


面白くなってその松を携帯で撮った。


けれど松は携帯の画面には反映されなかった。


何度か撮り直した。けれど写らなかった。


写真の松があるべき箇所ははなぜか黒く霞がかっていた。


不気味に思ったけどきっと携帯の故障だと気を落ち着けて、その場をあとにした。


予定通り城をグルリと観光した。

その景観は圧巻だった。

けれどなんだか怖かったので写真は一枚も撮らなかった。ちゃんと撮れてしまうのが怖かったから。携帯に異常はないと知るのがイヤだったから。


帰りはバスを利用してホテルまで向かった。

路線が来た道と全く違ったのであの松の場所を通ることはなかった。


翌日。

どうにも寝つきが悪くてホテルの朝食バイキングは間に合わなかった。


仕方無しにホテルをチェックアウトしたあと、近くのコーヒーショップでモーニングセットを頼んで腰を下ろした。


1泊2日の小旅行だったため、後はお土産を買って空港へ向かうだけだった。


だけれど、どうしてもあの松のことが気にかかってしまった。


昨晩、撮った松の写真はすべて削除してしまったけど、あの松から離れようとすればするほど引きずり戻されてしまうような感覚があった。


そこで私は意を決してもう一度あの場所へ向かうことにした。


今度は昨日ホテルに忘れてしまっていたコンパクトデジタルカメラを持参している。何なら近所を歩いていた人に写真を撮ってもらうよう頼んでみても良い。


ともかく怖がることなんてない。

むしろ写真に写らない松なんて世紀の大発見で大金持ちになれるかもしれない。


と、無理矢理期待感を持って件の場所へ向かった。


そこに松はあった。

こういった心霊現象って、次の日に行ったらなくなってました・幻でした、っていうオチが大抵なのに、この松は堂々と残っていた。


松は昨日よりなんだかいっそう不気味に見えた。


とにかく私は意を決してデジタルカメラのシャッターボタンを押した。


そしてどうせ視るにはちがいないのに、片目を瞑ってわざとらしいぐらい画面を離して見た。


すると何事もなかったように綺麗な松が撮れていた。


あら? 私は拍子抜けした。


なんだ、やっぱり携帯の方がおかしかったんじゃん。


私はなんだか胸のつかえがとれた気がした。

ホッとするとはまさにこのこと。

ウンウンと一人頷く。そしてお土産買う時間も確保したいし早く空港に向かおうと足を動かす。


だけれど足は動かない。

え?

奇妙な気持ちになって眼前を見る。


するとなぜかそこには一人の男性がいた。


男性はスラリとした今風の若いお兄さんのような感じだった。


だけれど、顔はとても青ざめていて余裕がなさそう。


彼はキョロキョロとしたあと、すぐ下の地面に落ちていたデジタルカメラを拾った。


あ、それ私のですけど。


言おうとして声がでないことに気づいた。

それに変だと思った。

さっきまでデジタルカメラはしっかり手に持っていたはずだし、そんなところにあるのはおかしい。


ん?


いやよくみればおかしいのは私の目の方だった。


今見えている景色はさっき私が見ていた景色とは真反対だった。


つまり私が今見ている景色はあの松側から見た景色だ。 


意味が分からなかった。


混乱しているうちに、男性は拾った私のデジタルカメラで私を撮り始めた。


ちょっと、いきなり何撮ってるんですか。


だけど相変わらず声は出ず、男性はパシャパシャとかまわず機敏な動作で私を激写する。


まもなく彼はシャッターを切り終え、戦々恐々の表情で画面の方を覗いた。

そしてとても利発そうに手で頬を覆って何かを考える仕草をみせた。


と。

彼は突然ハッとしたように顔を上げると、その場を勢いよく走り去って行ってしまった。


え? ちょっと待って。それ私のカメラなんですけど。


私は頭がついていかなくて彼を追いかけようとした。


だけれど足は、何故かセメントで埋められたみたいにピクリとも動かない。


叫ぼうとしても口が動かない。

あれ、口? 口っていうか。


口の感覚がない。


ピクリとも。

ピクリとも動かない。


何も。動かない。何も。感じない。


動かすことができるのは僅かばかりの視線だけ。


それ以外は。

まるで自分自身がここに生えていた松のように動かなくなった。










私は唖然としていたけれど、

しばらくすると男性が戻ってきた。


息を切らしながら、眉を八の字に曲げ、相変わらず余裕がなさそうだった。


彼は私の目の前まで来ると言った。


「ありがとう、必ず助ける」


そうして彼はゴクリと唾を飲むと、また意を決したように走り去って行った。





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