第2話
丸山氏の案内で辿り着いた僕の新しい寝床は、なんというか、予備士官学校の宿舎と比べるのもちょっと申し訳ないぐらいに豪華な代物だった。
古いがよく手入れされていて落ち着いた雰囲気を醸し出している洋館。どことなくブリティッシュ。
「ほう、ヴィクトリア朝風とは趣味がいい」
「わかんのお前?」
得意げに呟く遠野に聞いてみる。
「いや、ここまでブリティッシュだともうヴィクトリア朝風と言っていいんじゃないか?」
良かった、こいつの芸術的(?)センスは僕以下だと判明した。
「丸山氏はどう思う?」
「え、俺? うーん、あいにく建築様式について詳しくなくてね。いいんじゃない、ブリティッシュ」
唐突話を振られた丸山が戸惑いがちに答える。まあ、バカにいきなり話しかけられちゃ戸惑うよな。
「ともあれ、中に入ろうか。親交を深めるのは、荷物を置いてからにしよう」
……まともだ。ついでに思いやりに溢れてる。最高。
しかも、なんと、驚いたことに、案内されたのは個室だった。しかも広い。予備士官学校の標準的な四人部屋を、五部屋分ほど壁ぶち抜いて繋げたくらいある。素晴らしい。最高だ。成金万歳。ああ、予備士官学校を中途退学してこっちに移籍しようかしら。あ、ダメだ、母親に殺される。システマ的な何かで。
いいよ、個室。プライバシーとかいう幻想は、檻の向こうにあったんだ。なんせ予備士官学校の官舎はもともと米軍が使っていたものだから、トイレにもシャワー室にも仕切りというものは存在しなかった。
「ところで丸山くん、なんかこう、ロックでキュートなCDとか持ってない?」
「CD? キュートかは分からないけど、談話室になんかしら置いてあったと思うよ。先輩方の残していったものだから、少し古いと思うけど」
三度丸山の後に付いて談話室なる部屋に入る。
「おお、暖炉まであんのか。これ、火は入る?」
「滅多に清掃されてないから、煙とか凄いんじゃないかな」
「ま、季節的にも合わないしな。実家にあったから懐かしかったんだ」
「そういえば、佐倉くんはどこかのハーフ?」
「母がロシア人だ。まあ、母親もアジア系の顔だからハーフには見えないだろうけど」
大方、生徒会長殿からそんな事を聞いてたんだろうか。ん? いや、そんなはずはないな。
「はは、なんでかそういうのって分かるんだよ、俺。さて、それじゃ俺はここで待ってるから、荷物片付けてきなよ」
お言葉に甘えて部屋に戻る。途中、遠野にCDを適当に一枚押し付けてきた。
部屋に置いてあるCDプレイヤーに飲み込ませ、スピーカーに接続。音量を最大。
一足先に遠野の部屋から爆音が轟いてきた。往年のアニメソングだ。男性向けの電波ソングとかそんな感じの。
僕の方はというと、ビニールビニール連呼しちゃう感じのハードロック。
爆音の中、がっつりと家捜しを始めた。盗聴器に隠しカメラの類いを捜索。部屋中十五分ほどかけて何も仕掛けられていない事を確認。CDプレイヤーをスピーカーきら引っこ抜く。
ああ、耳鳴りがひどいな。しばらくして耳鳴りが収まると、誰かが扉を叩いているのが分かった。
押しひらくと、なんとも言えない表情の丸山が立っていた。隣の遠野の部屋のアニソンはまだ鳴り響いている。近所迷惑だ。
「一体なにやってるんだ!?」
「ああ、いや、ちょっと宗教的な理由でね。あんまり気にしないで」
まあ全く気にしないなんてできないだろうけど、それで押し切る。
ようやく遠野の部屋のアニソンが止んだ。途端に、静寂が戻ってくる。遠野が扉を開ける音がやけに響いた。
「……おい、殺すぞ」
普段余計な事しか囀らない遠野の口からシンプルな脅迫が出てきた事を考えると、こいつ、相当本気だ。
「気に入らなかったか?」
「あれが気にいる奴がこの世に存在すんのか!? ミコミコミコミコミコミコ繰り返しやがって頭がおかしくなりそうだった!」
まあまあ、落ち着けよ。プレゼントやるから。
遠野の怨嗟をさらっと流し、部屋に招き入れる。
「丸山くん、悪いけど先に行っててくれないかな? 次は大食堂だよね?」
「構わないけど……道、分かる?」
「だいたいの方向と距離を教えてくれれば」
部屋の窓から丸山が離れていくのを確認し、鞄を開く。
着替えとか諸々の中身を取り出し、底板を外す。中には実家から持ち込んだ拳銃が六挺収まってる。
「好きなの選びなよ」
「選べって、全部ガバじゃねえか。四五口径は好きじゃないんだよ」
「いいから選べよ。丸腰でいいのか? さっきの若い警備員、明らかに怪しかっただろ」
「確かにそうだけどよ……。仕方ねえ、これ借りるぞ」
遠野が選んだのは無名メーカーのカスタム品だった。僕が手を加えたのはベルトクリップを追加したくらい。僕はいつも携行しているGSRの短縮モデル。これは自作のインサイドホルスターに入れてある。右腰の後ろ側に挿し込んだ。上着着てるからあんまり目立たないだろう。
放課後サティスファクション @yukihara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。放課後サティスファクションの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます