第3話unfit

カオルからの着信が数件、メールも入っていた。

 ふらふらと喫茶店を出て定まらない足取りで家に帰った。

「ちょっといい、君」

 ふらふらしていたからだろうか、路地で二人組の警官に呼び止められた。特に何も悪いことはしていないけれど、僕は酷く狼狽した。それが怪しさに拍車をかけたのだろう、警官は僕の行く手を阻んで逃がそうとはしなかった。

「なん、ですか?」

「いや、物騒だからね、ただの職務質問。職業は?」

「……アルバイトです」

「ふうん。ふらふらしてたけど、お酒でも飲んでるの?」

「いえ、飲んでないです。ちょっと疲れてて」

「そっか、一応ちょっといい」

 そういって警官は端末を僕の前に差し出した。ディスプレイには生体認証の画面が表示されている。指を差し出せと言う事らしい。

 任意なので断ることもできるが、それだと余計面倒なことになると分かっていたので素直に従った。

「赤羽カオルさんね」

「え?」

 僕は思わず聞き返した。今彼は何と言った? カオルの名前を言わなかっただろうか。

「赤羽さん、えっと、住所はこの近くだね」

「嫌いや、僕は――」

「じゃあ、お気をつけて。ご協力ありがとうございました」

 僕に危険性はないと判断したのか、お座なりにそう言って警官は去っていった。

 僕はもうわけが分からず、気付くと家の前に立っていた。思考が働かないまま立ちつくし、動くことができなかった。

 ポケットの携帯が鳴り響き、僕の意識を呼び戻した。着信はカオルからだった。

「あ、やっと帰って来た」

 リビングでは携帯を持ったままカオルが待っていた。

「ただいま」

「まったく何してたの? 遅くなるなら連絡してよ。心配するでしょ」

「うん、ごめん。喫茶店でちょっと寝ちゃって」

「ふう……、何か食べる?」

 カオルはそれ以上責めることはせず、優しくそう言ってくれた。

 カオルもまだだったらしく、僕等は遅い夕食を二人して食べた。味気ないレトルト食品を機械的に口に運ぶ。

「何か、あったのか?」 

 よほど普段とは違う装いだったのだろうか、カオルが心配そうに尋ねた。

 僕は迷った。

 言うべきだろうか、でも何を。僕が男っぽくないとか、さっきの職務質問のこととか、比重で言えば今しがたの方が大きい。でもこれはあまりに大きな問題だ。僕が、赤羽カオル? 自分の中でさえ、まだ消化できていないことを口に出すことは出来なかった。

「ううん、何でもないよ」

 結局口を吐いたのはまたしても小さな嘘。

 夕食後はすぐにベッドに入った。「もう寝るの?」とカオルは怪しんだ、というより心配していた。喫茶店で寝ていたことになっているのでそれも仕方がない。

 だけど本当はすごく疲れていた。ほとんどが精神的な面で。



 翌日、休みだった僕は一人で出かけた。行き先は市役所だ。

 僕にしては珍しく、行動を起こすことにした。見ないことにして、後回しにすることもできた。だけどそれは余りに大きく、容易く記憶の隅に流すことはできない代物だった。

 市役所の隅に設置されている端末の前に僕はいた。

 各種証明書を発行する端末だ。今では生体認証がほとんどで、紙媒体の証明書はほぼなくなったと言っていい。だけど、たまに生体認証を導入していない所が僅かにあり、それで今でもこの端末は存在しなければいけない。

 個人番号を入力するか、生体認証で指をかざすかで証明書は格好される。18桁の英数字の個人番号を記憶している人は稀だ。僕自身最初の数字すら覚えていない。

 指を押しつけるとすぐに証明書は出てきた。

 恐る恐る覗きこんだ紙には望まない結果が記されていた。

「赤羽、カオル」

 性別の欄には男性と記されている。渇いた笑いが漏れる。

 もう、ダメだ。一人で抱えることはできない。すぐに家へととんぼ返りした。

 カオル……は僕か、じゃあ、彼女は? 残る選択肢は一つしかない。

 カオル――彼女はリビングで寛ぎ、珈琲をすすりながらスナック菓子を食べていた。息を切らし、血相を変えてリビングに飛び込んできた僕を見て目を丸くした。

「どしたの?」

 僕は無言で証明書を手渡した。

「ん? なんで私の――」

 名前を見て自分のものだと判断したのだろうが、次の性別欄に視線を移すと言葉が止まった。そのまま凍りついたような時間が数秒流れた。

「これは?」

 冷たい彼女の声が僕を問い詰めた。

「それは――」

 そして僕は事の顛末を語った。と言っても昨日の夜から今までの事だけだ、話すはすぐに済んだ。

 彼女は黙って聞いていて、僕が話し終わると、

「行こう」

 と言って部屋を出た。

「どこに?」

 追いかけながら僕は尋ねた。

「市役所」

 僕は再び彼女の運転する車に揺られて市役所に向かった。市役所に着くと彼女は駆け足で先に行ってしまった。僕は急いで後を追いかける。

 彼女は先刻の僕と同じように、市役所の隅にある端末を操作していた。僕が歩み寄ると既に彼女の手には一枚の紙があった。

 僕に気付くと、無言で手渡した。そこには新藤マコト、性別は女性とある。半ば予想していたが事実として見せつけられるとくるものがある。

「くそっ、どうして気づかなかった。転入届のとき……、そうかあのときは。引っ越したときも……、ああ、そうだ」

 帰りの車内、彼女は一人でぶつぶつ呟いている。時折汚い言葉も漏れ聞こえたが僕は聴こえないふりをして無言を貫いた。

 家に帰ると僕等はどちらともなく居住まいを正し、向かい合って座った

「さて、さてさて」

 重い息をついてそう話し始めた彼女だったが、次の言葉が出てこない。

「入れ替わってた、というより、間違えてたね」

 僕の言葉に彼女は何も返してはくれない。

 テレビを付いておらず、無言の時間が続いた。

 彼女は腕を組んでしきりに何かを考えている。きっと、僕なんかでは及ばないような色んな事を考えているのだろう。

 こんなときでも僕はただ彼女の言葉を待っているだけだ。  

 僕は静かに待った。彼女が出す答えを素直に受け入れようと、今までそうしてきたように。

 泰然自若として待ち受けていたわけだけど、次の彼女の言葉に早くも狼狽を見せることになる。

「よし、薬を飲もう」

 彼女のその言葉を聞いてから理解するまでにかなりのラグがあった。

「ええ! 例のあの?」

「そう、記憶を取り戻そう」

 伏せた眼を上げて彼女は言った。その瞳は決意に溢れていた。



 リビングから自室に移動した。小さなテーブルの上には水が入った二つのコップ、そして二つの白い錠剤。

「ねえ、やっぱり止めようよ」

「どうして?」

 「だって……、確かに僕等は互いの名前を使って、図らずも周りを騙して生きてきたわけだけど、仕事なら変えればいいし、何だったら引っ越したっていいじゃない」

「いや、もう先送りにしたくない」

「仕事で、誰か別れたくない人とかできたの?」

「違う、そういうことじゃない」

「だったら!」

 思わず、怒鳴るような声になった。彼女は僕の声に目を丸くしている。自分でもこんなことはあまり記憶にない。

「この土地は嫌いじゃないし、仕事も知り合いが増えて楽しくなってきた。だけどそれほど未練があるわけじゃない。君が、言ったように引っ越して仕事を変える選択肢もあるさ」

「だったら……」

「だけど、違うんだ。今回の事はきっかけに過ぎない。最初は何も感じなかった。記憶は失っても自分は自分で、むしろ新しい視点で生きられると楽しみでさえあった。けど、日々生きているうちに感じる漠然とした不安、いや、不安というより、なんだろう。周りとそぐわない何かを感じるんだ。ずっと何か、隅に置いたままの問題を抱えてるような」

「それは、記憶を取り戻さないと解決できないの?」

「たぶん、いや、確信に近い何かがある」

「でも、だけど……」

 僕は未だ首を縦に振ることができない。彼女が抱えてる不安のようなものは、僕のそれと一緒かもしれない。記憶を取り戻せば解決するかもしれない。だけど……。

「どうして、そんなに記憶を取り戻すのが嫌なんだ?」

「わからない。なんとなく、としか言いようがないけど。怖い」

「わかった、無理強いはしない。私だけで飲むよ。一人が記憶を取り戻せば、全て解決するかもしれない」

 そう言って彼女は薬に手を伸ばした。

「それは、ダメ」彼女を制した。「飲むなら、一緒じゃないと」

 彼女は伸ばした手を引っ込めた。

「うん、そうだね。元々は私が言いだしたことだし。でも、私の中で飲み事は決定している。だから、待つよ」

 彼女の決意は固い。とても覆すことは出来そうにない。僕が覚悟を決めるしかないのだ。

 何が怖いのか、自分でもわからないけど、兎に角思い出したくないのだ。今のこの生活を続けたいと思う。思っていた。だけど彼女のように良い用の無い不安も生まれてしまった。それを抱えたまま今まで通り過ごしていけるかといえば、それは即答できない。

 彼女は、石のように動かずに僕の前に座っている。

「待つってどれぐらい?」

 僕は女々しい抵抗を続けた

「……三十分」

 待ってくれると言うより、むしろ急かされている気分だった。余計なことを言ったばっかりに時間指定ができてしまった。

 その後は何もできず、ただただ時間が過ぎる。

 おそらく三十分は過ぎた。それでも彼女はまだ待っていてくれている。このまま待っていれば、取りあえず今日はやり過ごせるのではないだろうか。そんな甘い考えが浮かんだ矢先だった。

「そろそろかな。さて、決断は出来た? それとも、やっぱり私だけ飲もうか」

 もう逃げ場はない。迫る決断に全身の毛穴が開いた。

 頬を伝う汗がテーブルの上にぽたぽた落ちる。

「分かった、そんなに辛いなら、本当に無理することないよ」

 彼女はそう言って小さくため息をついた。諦めてくれた、一筋の希望が見えた。だけどそれも一瞬。

「やっぱり私一人で飲むよ」

 そう言って今度は止める間もなく錠剤を喉の奥に流し込んでしまった。

「あ、ああ……」

 飲みこんでしまった。もう取り戻せない。

 記憶を取り戻す恐怖より、独り、取り残される恐怖が勝った。

 僕は反射的に薬を飲みこんだ。

 そんな一瞬で薬が効くわけはないけれど、僕の意識はすぐに遠のいた、たぶん、混乱、興奮による気絶だったと思う。

 意識を失う直前、彼女はまだぴんぴんしていて、動いた口が「ありがとう」って、そう言ってるように見えた。



 目が覚めると布団の中にいて、右手だけが熱を持っていると思ったら、彼女の左手を握っていた。

 手が振動を伝ってか、横で眠っていた彼女も目を覚ました。

「おはよう、そして久しぶり、カオル」

 少しかすれた声で彼女が呟く。

「おはよう、マコト。うん、そう。久しぶりだね」

 記憶を、取り戻してしまった。だけど、あれほど抱いていた恐怖も、後悔も、思いのほか少ない。

 僕は、いや私は赤羽カオル。身体は男、だけど、心は女だ。

 それを意識し出したのは小学生、そして確信したのは中学校に上がってからだった。

 小学生のときも、女の子のグループにいて、女の子とばっかり遊んでいた、そのときの男子の存在は。粗暴で、乱暴で下品、ただの嫌いな存在でしかなかった。性別というものが彼等と同じことがそのときは信じられなかった。

 中学正になるとだれでも性というものを意識するようになる。授業でだって教わるぐらいだ。ただ、性の知識は教えてくれても、その感情は教えてくれない。中学生にもなると女の子の中には胸が膨らむ子も出てくる。そんな女の子に対する男子の視線というものは、女の子の方からすると敏感に感づくもので、男子のいやらしい視線というものを女の子たちは理解するようになっていった。

わたしにも、男子が発するいやらしい視線というものが分かった。でもしれは受け取る側であって、発する側の気持ちは同じ男子ながら分からなかった。胸の膨らみなんて、自分の母親と同じではないか、それに何を興奮すると言うのだろう、そんな気持ちだった。

 普通である事なのに、それが分からなかった。

 代わりに、体育で男女別で着替えるときなどは、物凄く恥ずかしくて嫌だった。同じ男なのに、自分でそう思っていても、裸を見られるのは恥ずかしかったし、男の子の裸をまともに見れずに目を背けてしまう。

 自分がおかしい、自分が間違っているのだと思いたくはなかった。

 けれど、テレビや新聞、世間には残酷な事実が溢れかえっている。トランスジェンダーや性同一障害という単語が嫌に耳に着いた。調べていくうちに自分がそれに当てはまると知り、間違っているのは自分だと知った。

 同性愛者というだけで死刑になった時代と比べたら、今ははるかに寛容になったと言えるだろう。世間的に受け入れられているとしても、個人の感情は縛ることはできない。やはり、自分と違う、皆と違う異端は排斥したくなるものだ。

 だからずっと隠してきた。人とあまり関わらないように生きてきた。

 高校卒業、抱えきれなくなり、両親に打ち明けた。驚きこそされ、拒絶まではされないと、そう高を括っていた。

 打ち明けたとき、両親は神妙な顔で「そうか」と言っただけで。否定も肯定もしてくれなかった。けれど、それからの家庭の空気は明らかに変わった。重苦しい空気が蔓延し、会話はほとんどなくなった。

 夜中、両親が私のことで言い争っているのを聞いてからそっと家を出た。

 なんとか日々を生き抜いてはいたけれど、否定されるのが怖く誰とも深く関わろうとはしなかった。そんな生き方は慣れてはいたけれど、それでも、一人で生きるのは辛くて、寂しかった。

 そんな頃だ、マコトと出会ったのは。

 といっても、最初はネットでのやり取りだった。同じ悩みを抱えている人たちが集まるサイトでの出会いだった。

 ほとんどが私が一方的に話を聞いてもらっていたけど、時にはマコトも弱音を吐くときもあった。

 ある日、実際に会おうという話になって、住んでいる場所は少し離れていたけれどマコトは車で会いに来てくれた。

「カオル?」

 初めて会ったとき、私達は互いに抱いていた印象と相手が管理違うものだから驚いた。

「そうです。……マコトさん?」

 私はマコトのことを男だと思っていた。ここで言う男とは生物学的にだ。逆にマコトは私の事を生物学的に女だと思っていた。

 確かにネットでのやりとりでは、私の口調は女だったし、マコトの口調は男だった。だけどそこでは、そんな事関係なかった。同じ悩みを抱えている人たちでも格好、口調はそのままって人たちが大勢いた。私達はただ単に勝手なイメージを抱いていただけだ。

 だけど今更、性別なんて私達は気にしなかった。

 すぐに仲良くなった私達はそれからも親密に連絡を取り合った。一緒に旅行もした。回り方見れば、普通のカップルに移ったことだろう。だけど恋愛感情は互いに抱いてはいなかったと思う。どちらかといえば友情に近い感情。

 マコトと出会ってからは、辛い生活の中でも潤いが持てた。

 ある日、マコトがある薬の事を話してきた。例のあの薬の事だ。

「もし、これを飲んで記憶を失くしたらさ、もしかしたら普通に戻れるんじゃないかな」

「普通って?」

「だから、互いに抱えているこの悩みの事も忘れて、普通の男と女として生きられるんじゃないかな」

 その時は冗談めいた口調だったけれど、その日を境にマコトは思い悩む事が多くなった。そして、例の薬を私の目の前に差し出した。

「買っちゃったよ」

 事情気味にマコトは言った。

「どうするの、それ?」

「どうしようか、一応二錠あるんだけど、一緒に飲んでくれる?」

「いいよ」

 二つ返事で私は答えた。

 きっと深くは考えていなかった。毎日は相変わらず辛いものだったし、未来に希望なんて持っていなかった。やけっぱちだったのだ。

 記憶を失くすことが、今の自分を失くす事だとは理解していた。まるで心中自殺みたいで少し酔っていたんだと思う。なにせ、心は乙女なのだから。

 それから私達は、計画と呼ぶにはおそまつなものをたてて実行に移した。



 薬のせいか、まだ少し頭がぼんやりする。

「結局、私は普通にはなれなかった」

「ああ、私――僕も同じ。記憶を失くして暫くは大丈夫だったけど、やっぱり違和感は出てきた。それを認めるのが嫌で、あくまで違和感に押しとどめていたけど。結局無理だった」

 私達は宙を仰いだままぽつりぽつりと話しだした。

「これからどうしよう」

「うーん、どうしようか」

 だけど二人とも口調はどちらかというと陽気で暗い雰囲気はなかった。

 結局、普通になれなかった私だけど、あれほど記憶を取り戻す尾を嫌がっていたけど、いまはわりとさっぱりしている。ふっきれたというか、前ほどの不安も絶望もなぜかない。

 違う生き方なんてできない、偽って生きることが正しいとしても、私はもう迷わない。これが自分だと。大っぴらにはしなくても胸を張って生きていこう。

 横に寝そべるマコトもどこかふっきたような表情をしている。

「この先」私は言った「私はまだマコトと過ごしたいって思う。できれば一緒に生きていきたいって思う」 

 正直な気持ちだった。もはや愛と呼んでくれても構わないその感情は、口に出すと余計に溢れてきた。

「よし」マコトはごろりと身体を私の方に向けた。「セックスしよう」

「ええ?」

 マコトはよく突飛な事を言ってよく私を驚かせていたけれど、今回のそれは今まででも一番だった。

 冗談だよ、って笑い飛ばす言葉を待っていたけれど、彼女の目から真剣さは消えてくれなかった。

 反応に困って慌てふためいているとマコトは起き上がって服を脱ぎ出した。今までもマコトは私の事など気にせずに着替えていたから裸は何度か見たことがあった。けれど今回は状況が違う。私は目をそらして彼女の方を見れない。

 身に付けていたものを全て脱ぎ捨てた彼女は「さあ」といって私を促した。

「どうして?」

「なんとなく」マコトはいたずらな笑みを浮かべた「今更、普通を演じるつもりはないけどさ、さっきのカオルの言葉を聞いてついムラムラしちゃった」

「ムラムラって……」

「一応、中身は男だから性欲が強いのかな。だけど、もちろん対象は女の子だよ。今までのセックスもそうだった。相手が、身体が男なのは初めて」

 恥ずかしげもなくマコトはそう言った。

 私の方はと言えば、そういった経験は女性に対しても、男性に対してもない。

「でも、私は身体は男だよ。マコトは気持ち悪くないの?」

「いや、全然。カオルは、私の事気持ち悪い」

「そんなことない」

 むしろ綺麗で、たとえ同性でもマコトの美しく引き締まった身体の前には緊張するだろう。

「じゃあ大丈夫だ。カオルが一緒にいたいって言ってくれたように、僕もそう思っている、今まで言葉にはしてなかったけれど君のことは好きだよ」

 その好きがどんな好きでも、もう構わなかった。

 私もゆっくりと衣服を脱ぎ始めた。

 マコトは電気を消すと私を押し倒してキスをした。今までまともに手を握ったこともなかったのに、いきなりのことに私の心臓は高鳴っていた。

 妙な感覚だった。

 セックスというものは一生縁のないものだと思っていた。女性は同性としか思えず、男性とはまともに話せない。それ自体は別に気にはしていなかった。元々性欲という感覚もあまり理解していなかった。

 でもいま、マコトと抱き合って、理解できた気がする。なぜ恋人たちが抱き合うのかを。運命の相手というものがいるならそれはマコトのことだろう。マコトの中の男性を見て、マコトは私の中の女性を見ている。

 私はただ寝転がっていただけで、マコトが全てリードしてくれた。初めて感覚に恐怖と興奮が入り混じった。ぎこちなくて、少し歪なセックス。

 幸いに私の性器は機能してくれて、果てることもできた。

 互いに息を切らしながら、なんとか事を終えた私達はそのまま抱き合って眠りについた。

 そして翌朝、僕等はその地を旅立った。


「さてさて、何処に行こうか」

 マコトは運転しながら機嫌よさそうにそう言った。その横で私は地図を広げながら目的地を決めていた。

「海の見える場所がいいな」

「いいね、お金貯めて、小料理屋でもやりたいね」

 そうやって未来を想えるぐらい私達の心は回復していた。

 きっと、何処に行っても私達のような人間を受け入れられない人達はいるだろう。本当の意味で安心できる場所なんてないのかもしれない。だけど、それは私達に限った事じゃなくて、人は他人とは完全には分かり合えない生き物だから、価値観や宗教、肌の色の違いで対立は起きるものだ。

 それは同じ痛みを持っていないから。他人の痛みを知ることができないから。

 私達は、同じ痛みを抱えてそれを理解会える。たぶん、それもそう思ってるだけで完全には理解できていないかもしれない。それを愛ってやつで埋め合わせているのだろう。

「マコトは私のどこが好きになったの?」

「何、いまさら?」

「マコトは、美人だし、スタイルがいいし、私が本当に女でも惚れていたかもしれないけど。私は何の特徴もないし」

「少しおどおどして、小動物っぽいところかな。なんか、守ってあげたくなるような存在だったんだよね。そして、所謂女の子ってイメージがあったね。あと料理もおいしい」

「もし、でかくて、筋肉がムキムキだったら?」

「それは勘弁」

 車内は笑いで包まれた。

 行き先なんてどこでもよかった。隣にマコトがいれば何処でだってやっていけるような気がした。相変わらず頼りっきりだ。

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アンフィット 月見あお @sigure144

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