第13話

「アルス・アインとは何、か」

 雪の深い森を歩く中、アリスの問いかけに、デイズは枝葉に覆われた空を見上げながら、そう囁いた。

 声は木々の葉に吸い込まれ、積もる雪を踏む音だけが響く白い暗闇。

 息を白ませながら、狼は肩に銀の槍を携えつつ、双眸を細める。

「……昔話は聞いたことがないか?」

「――――賢者が聖なる書物を使って、神の獣を鎮めたっていう話」

「おう」

「その聖なる書物が、アルス・アイン……本当なの?」

「伝承は人伝いに、歴史を伝って捻じ曲げられるものだ。嘘かどうかは自分で考えればいい。

 俺は、俺の知っている事実が喋らない」

「それ、私も聞きたいわデイズ」

「お前は中にいてもよかったんだぞ、ミオナ」

 ペタンと垂れる尖った耳。

 うんざりとした面持で後ろに振り返る狼男に、ミオナはベェと舌を覗かせ、腰に携えていた大型の三連装大型拳銃を突き出した。

「だめッ。私だって対災厄兵装『ガウェイン』の持ち主よ。聞く義務があるわ」

「……渡したのは俺だぞ」

「そうね。押し付けられたわ」

「物は言いようだ、シオナが泣くぞ……」

「言いなさいよ、アルス・アインの賢者さん」

「―――――錬世の石術師がかつて、この世界にいた。文字通り、世界の理、その全てを握る、世界を創る鍛冶師がいた。

 精製されるあらゆる武具は、神を撃ち滅ぼし、星を撃ち抜き得るものばかり。彼女の創る武器は、全てが神送りになるものばかりだった。

 その目はすべての過去と未来が映り、その手には宇宙の理があった」

 懐かしむように狼男は、その双眸を細めた。

「ああ。未熟な俺を育てた女性。荒々しく、炎のような、それでいて風のような女性だった。

 名工ナヒ。

 文字通りの伝説の鍛冶師。

 歴史の表舞台に立たないはずのコルウェルクの一族の中でも、特に異端児となった女性。

 彼女は、その生涯を掛けて、13の兵器を作り上げた」

「それがこの……」

「ああ。対災厄兵装。

 いずれ現れるであろう災厄に対抗するために、彼女が作った武器。

 アルス・アインはその13の兵器を創るために生まれた、宇宙の核そのものだよ」





 パチリ。

 薪が暗闇で爆ぜて火の粉が星の海へと舞い上がる。

「―――――ナヒの姉貴は、未来を見通す目を持っていた」

「未来?」

「ああ。いわゆる千里眼っていうやつだよシオナ」

「……馴れ馴れしく呼ばないで」

「そりゃ悪い」

 悪びれもせず、銀の狼は手に取った木の枝を折り、炎にくべれば、火花が舞い上がり、暗闇に火の粉が舞い上がる。

 荒野の真ん中。

 かろうじて隆起した岩場の影で、焚火を起こしつつ、夜を過ごしていた。

 炎の向こうには、体を縮こまらせる金髪の少女。

 じっと炎を見つめながら、こちらを時折一瞥しては、睨むようなそぶりで相貌を細める。

 まるで親を亡くした仔のよう。

 狼は小さく肩をすぼめると、近くに留めたバギーに乗せていた、巨大な黒塗りの長銃に手を伸ばした。

「ナヒはその目で、この宇宙の未来を観測した。

 あらゆる可能性、あらゆる事象、そしてその結末のすべてを見て、その上で彼女はそれに対抗する『全て』を作り上げた。

 武器、兵器、人種――――彼女はあるものに対抗するためにあらゆる可能性を練り上げた。

 そのうえで、彼女は作り出したあらゆるものに、『自由』を望んだ」

 星の瞬く夜空を指しながら、静かにたたずむ巨大な三メートル超の巨大な狙撃銃を一瞥すると、狼は手に握りしめた木の枝を再び炎に投げた。

「だがな、彼女が言うには、あらゆる策は意味をなさなかった。すべての未来は、全ての可能性は、あらゆる自由はある一点で収束し、途切れていたのだ。

 そこから久遠の闇が広がり、宇宙という枠組みは焼却されていた」

「……」

「何を錬成しても無駄だった。星の知識、宇宙の理論、全てを抽出し、変容させ、現界させようとも、未来は変わらなかったという。

 だからこそ、彼女は、名工ナヒは最期に己の魂を燃やし、1つの権能を抽出し、そこから13の兵器を造り上げた」

「対災厄兵器……その一つだけで大陸一つを抹消しえる武器」

「ああ。そしてその核となるのが『アルス・アイン』―――――隔離型宇宙創世器の別名。全ての源、あらゆるものの設計図だ」

「アルス・アイン……聞いたことはあるけど」

「なら関わらないことを勧めるよ。アレは人が収めるにはあまりにも強大すぎる。そのせいで時空連続線が一つ犠牲になったんだからな」

「あのナヒと知り合いなの、あなたは」

 懐疑で細める彼女の双眸に、狼は暗闇の底で焚火を見つめながら、懐かしむようにその口の端を歪めた。

「昔だよ。まだ俺が子供のころ、こんなふうな荒野に放り出され死ぬか生きるかとうろついていたら、彼女、そしてコルウェルクの一族に拾われた。

 俺の石術はな、連中から掠め取ったものだ。決して教えぬと頑として拒んだジジイの目を盗んで、石鍛冶の術を見て、憶えて、そして使えるように訓練した」

「あの、剣の群れ……」

「アレは石の剣。俺が使える数少ない石術の一つだ。

 石の中に眠りし星の意識を抽出し、星の中に胎動するエネルギーを取り出し、作り出した剣と繋げる術。

 早い話が、星の生命エネルギーを精製した剣の数だけぶつける術だよ」

「……と、とんでもない。だから、あれだけの帝国軍の数を」

 驚きに目を見開く少女に、銀毛の狼男は紅い瞳をふと見開くと物珍しそうにニィと口の端を歪めて笑って見せた。

「そういやシオナさんよ、お前なんでアルドシア帝国に追われていたんだい?」

 そうして頬杖を突き、品定めをするように、炎向こうからこちらを覗き込む、暗がりの狼男に、少女はフイッと顔をそむける。

「関係、ないです」

「ああそうだ。今まで関係ない。だからこれからはそうはいかない」

「……?」

「お前、俺が何百人の改造兵士と魔獣を倒したと思う。おそよ攻城兵器なしででも城塞都市を落とせる数の大隊をせん滅したんだぞ。

 間違いなく、俺は連中の敵になった。

 しかも、俺はあんたを助けるためにやったんだぜ」

「……押しつけがましい」

「ああそうだ。だがなシオナ・ハークウェル、これで俺たちは、同じものから逃げる羽目になったんだ。

 ここでお前を捨て、お前が別の道を進んだところで、いずれ生きていれば、俺たちは別の場所で出会い、また同じものから逃げる羽目になる」

「……未来が見えているとでも?」

「ハハッ、まぁナヒの姉貴も似たような眼を持っていたよ。

 どのみちまた出会うんだ。そうなる前に俺はあんたの仲間でいたい。それとも俺の額に今度こそ剣を突き立てるかい?」

 炎の向こうで試すようなそぶりを見せる狼男に、少女は顔を伏せた。

「……私は、あなたといたくない」

「別にそれならそれでいい。次の街まで送ってやる。

 ただ俺は、次に出会うとき、同じ敵を持つあんたとまで、敵同士にはなりたくはないっていうことだよ」

「……同盟、てこと?」

「難しいこと言うなよ。人は自由だ、お前の進みたい道を行けばいい。ただいつかあったとき、笑顔で出会えるように、今のうちに手は握っておきたいだけだよ」

 爆ぜる火の粉に当てられながら、狼はゆっくりと立ち上がると、前かがみに少女にその大きな手を突き出した。

 毛深い銀毛の手の平。

 分厚く、闘いの年月を感じさせるその手はそれでも暖かく、炎に照らされわずかに輝いていた。

 スゥと細める赤い双眸。

 牙を覗かせニィと嗤いながら、尖った耳を震わせ狼男は、とても楽しそうに笑った。

「デイズ・オークス。よろしくな」

「……強制なんだ」

「いやかい?」

「……シオナ・ハークウェル」

 シオナは、恐る恐る手を伸ばして少女は、狼男の手を握りしめた。

 焚火に照らされた薄暗い闇の中、狼男デイズは優しく微笑み、彼女、シオナの小さな手を握り返す。

「ああ。よろしくな、シオナ」

「――――ねぇ、デイズ。それで」

「後だ」

 戸惑いがちに語り掛けるシオナの会話を切り、狼男は彼女の手を放し、長い尻尾を翻した。

 そうして背中を向けると、岩場に寄せた車両の後部から大きな布袋を取り出し、デイズは目を丸くする彼女に投げつける。

「ほれ」ボフッと柔らかく、だが分厚い感触が顔にあたり、シオナはのけぞりながらその分厚い筒状の者を握りしめる。

「い、いたぁ! 何するのよッ!」

「簡易式の寝袋だ。紐をほどいて使え」

「え?」

「寝ろ。今日は夜も深い。お前の目的やらなにやら聞いていたいところだが、俺たちにはまだ明日があるからな」

「……聞きたいことがある」

「子守歌にしては、その話はきっと重すぎる。必ず話してやるから、いい子にしてくれよ」

「……」

 そう言われるままに、彼女は不満げに唇を尖らせつつ、筒状のものを縛る紐をほどくと、細長く分厚い布が横に広がった。

 ちょうど寝床になるサイズのソレの上に座りながら、シオナは恐る恐るデイズのほうへと振り返る。

 彼は変わらず焚火の番をするかのように、胡坐をかき膝を立てながら薪を炎の中に投げ入れる。

「……デイズは寝ないの?」

「すぐに寝るよ。何せ今日は優秀な俺の相棒がいるからな」

「……そこの銃?」

「はははッ、それもそうだが、また別だよ。明日夜が明けたら見せてやるよ」

「?」

「ニヒヒッ、見せて度肝抜いてやる。それまでいい子に眠りなシオナ」

「――――ありがとうデイズ」

「ばぁか」

 床に就くシオナを横目に、目を伏せつつ、デイズは地面に横たえていた尻尾を横に振って、照れくさそうに牙を覗かせた。

 疲れていたのだろう、すぐに聞こえてくる寝息が、時折爆ぜる薪の音とともに薄闇に溶けていく。

 闇は深く、舞い上がる炎を前にして、地平すら見えない。

 それでも見上げれば星は数多、夜空に瞬き、大地に光を降り注ぐ。

 静寂。

 どこまでも広がる荒野に一人、狼男は物憂げにつぶやいた。

「……ナヒ、じじい。おれもようやく」


 


 






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アルス・アインの賢者と古き獣の詩 @hand-to-hand

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