エピローグ
「デカいな…ほんと」
晴天の昼下がり、目の前に横たわる黒い巨体を見ながら、私は呆れたように口を開く。
私が現実で目を覚ましていた間、1日じっくりと治療でもしたのか、体には未だ疲労感なり痛みなりが残ってはいるものの、外を歩く程度には回復していた。
目の前の巨体、ブループの亡骸は、ここエアグレーズンの基地に移動させられ、本島の方から研究者か何か、詳しくは忘れたけど、その亡骸を調べるための人員を呼んでいるのだそうだ。
倒した後、目を覚ます前日まで雨は降っていたらしいく、目覚めた日は本島への連絡、昨日は基地の方へ亡骸の移動、そして今日がその調べる連中の到着日だと。
一昨日はさほど風とかが強い感じはしなかったが、その日も昼過ぎまで強い風が吹いていたらしい。
---[01]---
風も相まって、本島への報告がなかなかできなかったとか、天候に移動が左右される…、テレビでしか見ない不便さを、話を聞いて体感した気分になる。
現実程、天候を無視して移動ができる場所ではないから、この世界の連中も大変だ。
電話とは言わないまでも、何かしらの連絡手段を確立するべきではないだろうか。
「というか、なんでまたこいつを調べる事になってるんだ?」
疑問はいくつかあって、隣に立つイクシアに、ソレを投げかける。
「フィー曰く、もともとこいつらと遭遇しない様に生活している事と、遭遇しても基本は軍が総出で時間をかけずに一瞬で叩き倒す事、その結果、残る死体は損傷が酷い事が多い。でも、今回のこいつは、損傷個所は確かにあるけど、数少ない調査対象の中でも、より一層損傷度合が少ないからだって」
「なるほど」
昔のアニメで、普通なら損傷で原形をとどめずに消えるはずのモノが消えなかったから興味深い…実験…調査しよう、みたいなシーンがあったが、要はそう言う事か。
---[02]---
今まで損傷していてわからなかった事が、今回はわかるかもしれないって話ね。
「あと、ウチ的にはこれが一番大事なんだけど、調べる事以外に大事な事がある。こいつの甲殻やら鱗やらだ。こいつのは魔力を吸収すると、格段にその強度とか衝撃吸収能力、対魔力能力を高める性質がある。普通の攻撃がこいつに効かなかったのもそれが理由で、そんな素材を使った装備は言わずもがな、強力だ」
「それを聞いて、あの時を思い出すと、ほんとゾッとする」
「言えてる。・・・まぁとにかく、それでその素材回収を調査のついでにやる訳だ。このまま本島に持っていくのは、大変で重労働だからな」
「ブループの秘密になんて興味が無い私達からしてみれば、そっちが本命って感じだな」
「そういう事」
巨大なモンスターの素材を集めて装備にする…か。
---[03]---
久々にゲーム的な部分が出てきたな…、別にこの世界はゲームではないんだけど。
「そう言えば1つ聞きたい事があるんだけど」
「なに?」
「イクはさ。真っ白な空間で目が覚めて、女性に話しかけられる…みたいな体験をした事ある?」
ブループを倒した時は、ほんと無我夢中だった、そのせいもあってか細かい所の記憶が曖昧だ。
どうやって攻撃したのかとか、魔力が使えないって言っておきながら、その瞬間には使えていて、何か特別な事をしたのかもしれないけど、覚えていないとか、元々知らないのかもしれないし、ただ忘れているだけかも…。
とにかく、記憶が穴だらけになっているような気がしてならないんだ。
そんな中で、鮮明に覚えているのが、あの白い世界、目の前に現れた女性、会話、どう考えても普通ではない出来事、それがこの世界での当たり前だとは到底思えない。
---[04]---
記憶が曖昧ではあるけど、その世界から目を覚ました後、私はブループを仕留めている。
何か関連性があるのなら、情報が欲しい。
だから、この場を借りて、流れで聞いてみる。
イクシアは強い、だからこそ、もしかしたら私の戦闘能力が上がったかもしれない現象を、彼女も体験しているかもしれない…そう思った。
「・・・何だそれ?」
「意識を失ったり、眠りについた後、そういう世界を見たり、もしくはその世界に行ったり、みたいな体験をした事があるかって話」
僅かな期待はあれど、諦めの方が強い…、案の定、イクシアの言葉は希望ではなく予想の方の答えが出てきた。
「知らないな。それは白昼夢か何かか? まさかブループと戦っている時に、そう言った事があったの?」
---[05]---
「いや。大した事じゃない。気絶した時に見た夢だよ。死にかけた時にあの世が見えるとか、そう言う類の何かだ…多分」
「本当に? いや、マジでさ。少しでも変だと思う事があったら、すぐにフィーに相談しろよ? というか、ウチに聞くぐらいだったら、フィーに聞け。ウチが答えてやれるのは、あくまで戦い方ぐらいだ」
「本当に危なくなったらそうするよ」
「ああそうしろ」
「もうフィーに怒られるのは嫌か?」
「怒られるのも嫌だし、その火の粉が飛び火してくるのも嫌」
「そらそうだ」
フィーの事である以上、イクシアなら尚更だな。
私の監視じみた事をフィアにやらされている事もあって、彼女自身、これ以上嫌われたくないとかそういった理由が、過剰に対応してくる原因になっているのだろう。
---[06]---
とりあえず、あの現象が何なのかはわからない…か。
イクシアが単純に知らないだけなのか、それとも特別な事で下手に口にできないのか。
多分前者だ。
イクシアは、役を作る事は苦手だろうし、もしくはフィアに聞けと言ったのが、彼女ならごまかせると思ったからか。
どちらにしても知らないのか、特別なのかの2択だ。
「ん?」
その時、視界を横切る兵の動きに違和感を覚えて、私はその兵を視線で追う。
ブループを調べる人たちが来たのかとも思ったけど、それにしては兵の向かった先が、停船所とは反対側だ。
「何かあったのか?」
---[07]---
「さあな」
最初に横切っていった兵と、同じ場所へ向かうように、1人、また1人と、兵の数が増えていく。
物騒事なのか、手に武器を持った兵もいて、なかなかに穏やかじゃない。
「問題事かな?」
「それなら、警鐘が鳴る。そして幸いな事に、鐘は壊されていない」
そしてイクシアは私に、急がなくていいから無理せず後から来な…と言い残し、兵が向かっていった方向へと小走りで向かっていく。
フィアから私を見ていろと言われているだろうに、その私を置いて行くのは少々問題だな。
まぁ彼女の言う通り、問題事ではないのかもしれないし、私の野次馬根性を考慮した行動なのかも。
---[08]---
私は、ブループの亡骸を横目でチラッと一瞥して、イクシアの後を追った。
向かった先にあったのは、防波堤に接触した見た事のない形をしたボロボロの船。
こちら側はブループに襲われた直後、少々過敏になっている所はあるだろう。
そのボロボロの船が、もし敵の船だったら…、そう思えば、準備をする事に何の疑問も抱かない。
いかにも沈みそうな船、所々に破損個所があり、船上を覆うように布でできた屋根と壁が、ドーム状に取り付けられている。
しかし、そんな屋根も案の定ボロボロで穴だらけ、雨は入り放題で、風もまた同じ、正直あれでは形だけで、その本来の目的を果たせてはいない。
そして本題。
敵の船…と考えての、兵士達の武装だったが、その必要は無かったと思える。
---[09]---
そもそも敵襲なら、こんなボロボロな船を一隻、しかもこんな昼間に送り込んだ所で、何の意味もない。
イクシアが言った通り、一応の準備だけで、兵士達も問題事だとは思っていないのだろう。
何より、穴の開いた屋根から差し込む光で、目に入った中の様子が見える。
そこには、筋骨隆々で鎧をガチャガチャと着こんだ連中が、すし詰めになっている…なんて事はなかった。
少し離れた所から見ている私がそうなのだ。
近くまで行っている兵達には、より一層、その中の人間達が無害である事を理解できているだろう。
チラチラと見える船内にいる人の姿を見て、先頭に構えていた兵士が、武器を持つ手の力を緩めるのが見える。
後ろの人間達にも合図を送り、それを機に皆が刃を収めていった。
何人かが、大慌てでこの場を後にし、残った人が船を固定、中の人達を外へ誘導していく。
---[10]---
恐る恐る…と言えばまだマシかもしれない。
中の人達は、猛獣の檻に放り込まれた小動物のように怯え切っていた。
全員が全員、服と言うにはあまりにお粗末なモノを身に纏い、やつれていて、全身痣だらけ、見ているだけでこちらの胸が締め上げられるような光景だ。
出てくるのは女性ばかり、男の姿は見当たらない。
竜種の人はおらず、人種か、竜種と人種のハーフばかり、総勢10人を少し超えるぐらい、そんな文字通りボロボロな女性達が、船から出てきた。
この世界での歳の外見はわかりづらいけど、全員、十分若いと言ってもいい年齢だろう。
あと、服とか、痣とか、それ以外に共通点があった。
全員、左足を庇う様に、引きずる様に、人によっては右足だけで跳ねるように移動している。
---[11]---
でも、誰もが、その移動すら困難なようで、兵士たちが率先してその肩を貸していた。
異様な光景だ。
なんでそんな事になるのかと、疑問に思って、観察するように見てしまう。
結果、その女性達皆、左足のアキレス腱が切れているように…見えた。
好奇心で見てしまった事を後悔する。
聞かされるだけなら良かったけど、それを自分の目で見てしまった事は、キツい。
ただの事故でそうなったにしてはおかしな事ばかり、女性達の共通点という事もあって、それが人為的なモノだと理解できる。
なんで…なんでそんな事ができるのか。
何の目的で、何がしたくて…。
不快だ…、とにかく不快だ…、そう思える程にその光景は異様だった。
---[12]---
その人達を見て連想される単語には、お世辞にも明るい意味を持つモノは無い。
感情を表に出せば、否応無しに彼女達への哀れみでいっぱいになってしまう。
それは、この場で誰も望まないモノだ。
だから私は、少しでも感情を押さえ込む、そして、役に立てる事なんて、今の私にはさほど多くはないだろうけど、何かできる事があるはずと、重い体をその人達の方へと向けた。
有り合わせで超特急、とにかく近場にあったモノを集めてきたように、乱雑にタオルやら衣服やら、食料やらを掻き集めて戻ってきた兵達。
私も、持って来られたモノを受け取って、それを彼女らへと配っていく。
その時、歩いてきた少女が、足を縺れさせて転びそうになるのを、手を伸ばして止める。
正直つらい。
---[13]---
さほど大きくもなく重くもない、少女の体を支えた時、支えた腕を中心に全身を痛みが走った。
自分の体が万全ではない証明であり、その事を自分も承知していたつもりだけど、その体の警鐘に思わず顔が歪む。
「ご…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
少女は、兵に渡されたモノを落とし、崩れるように座り込んで、目に涙を溜め、頭を抱えながらひたすら謝り続けた…、体を震わせて…。
完全に状況を把握していないにしても、少女が悪い所などない。
他の人達よりはマシではあるけど、ボロボロのワンピースを身に纏った人種と竜種のハーフの少女、軽く少女の身長を越えるであろう長い尻尾、膝から下が甲殻や鱗で覆われ竜のソレのようになった足、鱗等の色は黒く、赤黒い線が血管のように足や尻尾に走っているのが、真っ先に目に付いた特徴だ。
そんな竜の足の影響なのか、少女の足は他の女性達と違ってアキレス腱を切られている…といった事は無い。
---[14]---
でも、そんなハーフの特徴に負けず劣らず、目に入ってくる長い黒髪、おそらく少女がスッと立てばソレは膝あたりまで来るだろう。
長さもそうだが、何より薄汚れた容姿とは裏腹に、その髪だけは毎日手入れを欠かしていないかのように、サラサラとしていて風になびいていた。
「謝らなくていい」
シュンディの時と言い、こういう時になんて言葉をかけていいのかわからず、ただテンプレを返す事しかできなかった。
少しでも安心してもらおうと、その頭を優しく撫でる。
こちらに敵意は無く、君に危害を加える存在ではないと、そう教えるためにも、撫でる行為は少し長く続いた。
「安心して、ここにはあなたに危害を加える人はいないから」
そう言って持っていた食料を手渡す。
---[15]---
「ご飯、落としちゃったから、コレ、新しいのね。服は、水たまりに落ちた訳じゃないし、大丈夫だと思うけど、気になる事ようだったら兵士に言ってね。みんな良い人達だから」
体の震え、怯えが抜けきらない少女だが、感情も落ち着いてきた所、私の言葉にコクリと頷いた。
「あ、あの」
少女が頷くのを見届けて、他の所へと行こうとした私を、少女は呼び止める。
「え…えと…、お名前…聞いても…いい?」
早速問題でもあったのかと、身構えてしまったが、そんな事は無いようだ。
「私はフェリス。あなたは?」
転ぶのを防いだのも何かの縁、何の迷いもなく名乗る。
「フ…フルー…ト…」
---[16]---
「フルート…か。可愛い名前ね」
自分の言葉に嘘が無い事を強調するために、出来る限りの笑顔を向ける。
そんな私に少女もまたぎこちないけど、その口元に僅かな笑みを浮かべた。
怯えていた少女が、少しであっても笑みを浮かべてくれた事、そしてそれが自分の成果だと思うと、今後の励みになるな。
体の疲労感も幾ばくか、軽くなった気分だ。
「フェリ、問題ないか?」
食料やら衣類やら、今できる事をやり終えた所で、イクシアが近寄ってくる。
「今までどこに?」
私が船の所に着いた時ぐらいはそこにいたけど、兵士達が手分けして事に当たった辺りから、姿が見えなかった事を思い出す。
---[17]---
「フィーに事を知らせにね。全力で走ってきた」
「それはまたご苦労な事で」
「やれる事をやっただけだ。それで、調子は?」
「兵士の人達が服とか食事だとかを、用意できる分だけ用意して、今それを配り終えた所。問題は今の所無い。けど、これはどういう事態なの? 囚人にしてはちょっと偏ってるよね? 種族とか歳とか、あと性別」
「まぁだろうな」
私が変な状況だと理解しているのと同じで、イクシアもまた思う所があるようで、さっきまでと比べて彼女の雰囲気が曇っているように見える。
イクシアは少しの間、口をつぐみ、一呼吸置いて口を開いた。
「この人達は、多分オラグザームの人間だ」
---[18]---
「オラグザームって戦争してる敵国の?」
「そう。連中は竜種の純血至上主義だ。この人達に純粋な竜種が混ざっていないのはそのせい。男がいないのは…、まぁ使える奴は奴隷兵として使うし、そうでなかったら殺すから」
「本当に? ここにいる人達は10人ぐらいだし、たまたまいないだけかも」
「嘘は言ってない」
「嘘をついているとは思っていない。嵐にブループ、そしてコレ、頭で処理が追い付かなくてさ」
「まぁ今は信じられなくても、その内わかる。ウチの言葉が正しいって…」
イクシアの声は低く、何かを堪えるように力が入っていた。
まるで何か思いつめたかのような雰囲気を纏う。
ブループの前で話していた時の、いつもの雰囲気はその影を隠し、今、私の横にいるのは私の知らないイクシアだった。
---[19]---
『イク…シア…?』
その時、思いがけない方向から、彼女を呼ぶ声が出る。
周りの兵士の誰かではなく、その声は、船から降りてきた一人の女性から発せられた。
詰まりながら、震えた声で…、まっすぐイクシアを見て、何度も彼女の名前を呼ぶ。
『イ…クシ…ア…、イクシ…ア…』
それは何かを思い出してもらおうとする言葉、突然の事に言葉が出て来ず、頭に最初に浮かんだ言葉をとにかく口にして、自分の存在を教えようとする行動。
そのイクシアの名前を何度も呼ぶ赤髪の女性は、立ち上がろうとするも、力が入らず、何度もその場に尻餅をつく。
それでもくじけず、瞳に涙を浮かべながら、何度も何度も立ち上がろうとした。
---[20]---
「イク?」
私よりも体がボロボロの女性が、体に鞭を打って何かを訴えかけようとする。
イクシアの事を、しっかりとその目に捉えて、何度も何度もその名前を口にする…、それが無関係な人が取れる行動だろうか。
私は様子を伺うようにイクシアの方へと視線を向ける。
そして彼女は、信じられないモノを見たかのように、その目に驚きの色を浮かばせて、ただ一言、言葉を漏らした…。
「お母さん…」
---[21]---
「ようやく邂逅を果たした」
薄暗い路地に、ポツンと机を置き、商品とは名ばかりなモノを並べている店。
その店主たる老婆は、何もない空を見上げて呟く。
「動き出す…、動き出す…。ぐるぐるぐるぐる…、全ては渦を巻き、同じ場所へと吸い込まれる。熟す前に…、どちらが落ちる? どちらが完熟を迎える? 待ち遠しい…、待ち遠しい」
机の上に乗った商品を、1つ1つ指でなぞりながら、老婆は不敵な笑みを浮かべる。
その様子は不気味でありながら、夕食ができるのを待つ子供のような、純粋さがあるモノだった…。
…つづく…。
Gift of Nightmare【EP2】 野良・犬 @kakudog3
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