ブドウエビを食べたかった

彩月アマイ

ブドウエビを食べたかった

 皆はブドウエビというエビをご存じだろうか。その名の通り、体は葡萄の果実のように赤く、肉は葡萄の果肉のように歯ごたえが有り、味は葡萄の果汁のように甘みが強いのだという。千葉以北の太平洋でのみ獲れるというそのエビは、漁獲量が非常に少なく「幻のエビ」と呼ばれることもあるらしい。

 私はあの時、八百円というその値段に財布の紐を固くしてしまって、十年経った今も後悔している。


 私とブドウエビは、かつてよく行った仙台の鮨屋で出会った。

 私の家は静岡にありながら、仙台の鮨屋に何故よく行ったのかというと、仙台に娘が居たのだ。生意気にも有名大学の学生だった我が娘の顔を見に、はるばる仙台へ夫と二人でよく訪ねたものだった。

 あの時も、一人暮らしでろくな物を食べていないであろう娘に、寿司でも食べさせてやろうといつもの鮨屋に三人で向かった。娘の下宿先の近所の、回らない割にリーズナブルな鮨屋だった。

 座敷に通され、何を頼もうかと席に落ち着いた時、それは私の目に飛び込んできた。

 壁に掲げられた、本日のおすすめ。三百円台のよく知った活魚の名が並ぶ中、見慣れない八百円のそれは、一際高額に見えた。

「すみません。あのブドウエビとは、どのようなエビですか」

 声をかけた店員が、何と答えたのかは覚えていない。それでも、強烈に食指が動きそうになったことは覚えている。娘もお零れに与りたいのか

「一期一会かもよ」

などと煽り立てた。

 しかし、終に私はブドウエビを頼まなかった。やはり八百円が高価に思えたのだ。今にして思えば、本当に馬鹿げた判断だった。

 その後も何度か件の鮨屋に娘と行ったけれど、ブドウエビの入荷は二度と無かった。


 あれから十年。娘は大学を卒業し、嫁に行き、仙台を離れた。娘の居ない仙台は、思っていたよりもずっと遠かった。

 もうあの鮨屋に娘を連れて行き、ブドウエビを頼む機会も無いのだろうなと、私は今も後悔しているのだ。

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ブドウエビを食べたかった 彩月アマイ @ayatsuki_0921

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