Lineプレ・地震観測編 その3

 八時二十分四十九秒、東京都千代田区大手町の気象庁本庁。地震火山部地震津波監視課にアラーム音が響き渡る。同時に同課が管理するスーパーコンピュータに入電、瞬時に地震の解析が始まった。最初に弾き出したのは「最大震度五弱、震源地不明」、これは単独の地震計に基づくものなので高度利用者向け情報として提供される。再計算の途中に別の 海底地震計のデータが入り、そのデータも合わせ仮想領域上に地震が再現された。その結果震源は愛知県沖、推定マグニチュードは七・四、震源の深さは二十キロという想定がなされる。推定最大震度は六弱。この結果が「緊急地震速報(警報)」として一般向けに提供され、警戒が呼び掛けられる根拠となるデータだ。ここまでで地震波観測から一・六 秒、地震発生からは四・八秒後。気象業務支援センターを通じ、情報提供機関にその結果が流れた。

 同時刻、NHK総合テレビ(名古屋)。東京都渋谷区の放送センター内にあるニューススタジオで臨時ニュースを放送している真っ最中、デジタル符号を使用してテレビに「緊急地震速報」の信号が配信される。赤地に白の「緊急地震速報」の字幕スーパーが画面上部に表示され、「ポーン、ポーン、ポーン」の電子音。デジタル放送の遅延問題を解消す るため、ソフトウェア更新によってテレビ側に準備された機能だ。続いて独特のメロディと共に地図情報を伴った緊急地震速報の表示が現れる。「愛知県沖で地震。強い揺れに警戒」そして震度四以上の揺れが観測されると予測されたのは「東海・静岡・和歌山・山梨」(東海は東海三県を指す)。

 副調整室の判断で画面が静岡放送局の屋上カメラ(静岡市葵区)に切り替わる。音声では「緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください」とあらかじめ録音されたものが流れ、それが切れると臨時ニュース担当のアナウンサーがその旨を繰り返す。やがて、画面が揺れ始めた。

「現在の静岡の様子です。地震の影響で画面が大きく揺れています。強い揺れが続いている間は机の下などで落下物から頭を保護してください。倒れやすいものからは離れてくだ さい。──」

 アナウンサーが冷静に伝える。画面左側には縦に「東海北陸地方で大きな揺れを感じました」という字幕スーパー。名古屋市東区東桜にある拠点局・名古屋放送局のフロアーで も揺れを感じたため、東海北陸向け映像に対し独自に挿入されたものだ。

 映像には段々とブロックノイズが目立ち始める。経由する名古屋局と静岡局間の回線状況が悪化しているのだ。通信が途絶して放送事故になるのを防ぐため、映像は名古屋市内に変わる。名古屋放送局の屋上カメラから写された栄地区の映像。車や人などは緊急車両以外通っていなかったが、画面は大きく揺さぶられている。

「こちらは名古屋市内の様子です。道路に車などは見られませんが、激しく画面が揺れています。そして今、東京渋谷にあるこのスタジオでも大きな揺れが感じられています ──」

 それが合図だったか、渋谷の放送センターから代々木公園越しに新宿の摩天楼を映す映像へ。こちらも小刻みに揺れる。

「繰り返します、現在各地で揺れが観測されています。揺れている間は机の下などで、頭を保護してください。倒れやすいものの近くからは離れてください」

 そこに地震速報。

「ただ今地震に関する情報が入りました。震度の情報です、震度七が愛知東部と静岡西部、六強が神奈川西部、静岡中部、六弱が愛知西部、静岡東部、伊豆と──」

 画面が日本地図に切り替わり、愛知県の下に「×」の記号。宮崎県から茨城県(東京湾除く)は紫色の縁取り、東京湾と北海道・東北・九州東シナ海側・沖縄などの海岸線には赤い線が 入る。他の沿岸も黄色い線で囲われていて、全て点滅し始めた。デジタル符号では改めて「緊急警報放送開始」の信号が配信される(警戒宣言発表時にも配信済み。またアナログ 放送が終了しているため、直接音声に載せる信号ではない)。

「──大津波警報が発表されました。海岸沿いに住んでいる方はすぐ高台へ避難してください。繰り返します、大津波警報が発表されました。海岸沿いに住んでいる方はすぐ高台 へ避難してください。非常に大きな津波の恐れがあります。早く高台へ逃げて下さい。──」

 津波警報の表示が終わった後、映像が愛知県・伊良湖岬に切り替わる。

「こちらは──愛知県田原市、伊良湖岬の映像です。左に見えるのは太平洋でしょうか、現在この海岸には大津波警報が出されています。今のところ、津波は来ていないように見 えます。しかし津波は遅れてやって来ることもあります。また、第一波より第二波、第三波の方が高くなることもあります。解除されるまでは絶対に海岸線に近付かないでくださ い」

 画面上に字幕テロップが流れ、それに呼応し画面は東海四県を中心にしたマップ。

「震源の情報です。震源は愛知県沖、震源の深さは二十キロ、地震の規模を示すマグニチュードは七・七と推定されます。この地震により太平洋側の広い範囲で大津波警報・津波警報が発令されました。最大震度は七、愛知県東部、静岡県西部で観測しています。──新しい情報が入ってきました。震度七は愛知県豊橋市、静岡県湖西市で観測しています」

 八時二十分四十六秒、愛知県豊橋沖・深さ二十四キロを震源に東は富士川河口付近・西は伊良湖沖まで震源域は拡大した。断層の破壊運動は一分三十九秒間続いたとみられ、東 海・東南海連動型として分類されるこの地震は気象庁マグニチュード八・〇、モーメントマグニチュードで八・二と最終的に発表される(最初の速報マグニチュードは津波警報を 迅速さを重視し、揺れ始め一分のデータのみを使用している。よって巨大地震の際の過小評価は免れない)。その震源域の広さゆえ豊橋や浜松といっ た主要都市でも震度七を観測、名古屋市の一部でも震度六弱の揺れが計測された。

 事前に警戒宣言を出すことが出来たおかげか、東名高速道路で大規模な路面崩壊が起こる状況でも死傷者数は奇跡的に少なかった。また先の大地震の印象が強かったか、浜名湖周辺の大部分が海水に浸かる大津波にも関わらず、津波による行方不明者はゼロに近い。御前崎原発は送電塔が倒壊したため外部電源の一系統が断絶、だが冷却は安定的に進み、津波に関しても取水口に軽微な被害が発生したに過ぎなかった。

 自衛隊は陸上自衛隊第十師団司令部(名古屋市守山区)が統合運用本部を兼ね、豊川駐屯地の全部隊出動を始め人員を大量投入する。全てが上手くいくはず、



 だが、駿河湾海底で新たな脅威が生まれようとしていた。

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Line 愛知川香良洲/えちから @echigawakarasu

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