お前と俺、君と僕
屈橋 毬花
お前と俺、君と僕
【敗北宣言】
「お前は何もできないな」
これが、一時の俺の口癖で、自分のことを威張ってはお前のことを下に見ていた。
サッカーだろうが、野球だろうが、勉強だろうが、芸術だろうが、俺が上でお前が下。俺はできて、お前はできない。
「そうだよね、君は凄いよ」
これはお前の口癖で、本当に心の底から言っていて、俺には憧れの目を向け、他の奴にも俺のことを自分のことでもないのに、誇らしげに話していた。
圧倒的な実力の差。
誰もがそう認めてくれた。
事実に偽りなどなかった。
──────なかったのに。
俺はお前が怖かった。
不安で仕方がなかった。
俺はお前に負けていると叩き付けられることが。
俺はもう気付いていた。本当に負けているのは、俺の方だと。
何ができるできないの問題ではないのだと。
それでも、俺は幼い臆病心からそれを真正面から受け止めることが嫌で、お前を下に見ているフリをした。そうであれ、そうなれ、と心の中で懇願しながら。
お前は相変わらずニコニコして俺に憧れているんだ。俺がお前をどう見てるかなんて知らないで。
お前は俺を越えようなんて思ってない。自分の成長よりも俺の成長を喜ぶ馬鹿野郎なんだ。
お前と帰るいつもの帰り道。上を見ると微かに星が見えた。最後だけでも、かっこ良くいたくて、お前に顔を見られないように、俺は上を見たままゆっくりと口を開いた。
「───お前には適わねえよ」
十何年一緒にいたお前に十何年経って言った最初で最後の敗北宣言。
それでも、お前はこう言った。
「君は凄いよ」
口癖のお前の言葉。
だけど、この時のお前の言葉は普通に受け取るには少し頭を使った。
【親仰対象】
君は、自分のことを堂々と自慢して、僕のできないところを指摘する。
僕は、それがたまらなく嬉しかった。
こんな僕でも、自分自身を諦めてしまった僕でも、まだ見てくれている人がいる。それがありがたかった。
皆は僕のことをお人好しと言う。だけど、僕は決してお人好しなんて言われる人間じゃない。ただ僕は、自分自身を諦めてしまう程のどん底を見た人間に過ぎないのだから。
何をやっても上手くできなくて、挙句の果てには、人に下手とも何とも評価されない存在。下手の下を知った瞬間。無関心の恐ろしさと
もう何も言われることもなければ、見てももらえない。僕がどんなに頑張ったとしても、その結果がどうであれ、僕を見てくれる人はいない。
誰も見てくれない僕の周りで、君だけは僕に言うんだ。
───お前は下手くそだな。
君は君ができることを誇らしげに僕に教える。何をやってもできなくても、君は何かを新しく習得したら、またそれを僕に教えてくれるんだ。見離すことはなかった。僕を放ることはなかった。こんな僕の隣にいつもいて、僕のことをみんなに笑いながら話してた。「何にもできねぇんだ」と言いながらも、君はこう付け足す。
───それでも、こいつは懲りずに頑張ってんだ。
僕にとって君は神様みたいなものなんだ。
何でもできる君は凄くて、かっこ良くて、僕に色んなことを教えてくれて、それでいて、唯一僕を見てくれる優しい人で。本当に君は僕の憧れで、皆にその凄さを知ってもらうのに必死だった。それが、僕の毎日の楽しみで、今日もその一日が終わろうとしている。
二人並んで歩く帰り道、君は微かに星が見える空に顔を向けて口を開いた。
「お前には適わねえよ」
いつになく真面目に、からかいの色も無しに、それは僕に向けられた言葉だった。何もできない僕に何かを見つけてくれたのか、君はその見つけたものを認めてくれた。僕には、それが何かは検討もつかないけれど、確かに君のその言葉は本心だと分かった。
「───君は凄いよ」
声は震えなかったけど、君と同じはずの星空はぼやけて見えた。
Fin.
お前と俺、君と僕 屈橋 毬花 @no_look_girl
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