握ってほしいっ!

みすたぁ・ゆー

握ってほしいっ!

 俺は決意を胸に、近所にある回らない寿司屋の暖簾をくぐった。カウンターの向こう側に立っているのは、中学時代から想いを寄せている里沙りさ。現在、彼女は高校に通いながら、寿司職人になるためにこの店で修行をしている。


 弾けるような明るい笑顔、大きくて澄んだ瞳、思わず指で突っつきたくなるような頬――。


 何もかもが俺の理想通り。そばにいるだけで幸せだ。思い切って会いに来て良かった。




 半年前、中学を卒業した俺たちは別々の高校に通うことになってしまった。


 里沙に会えなくなるのが悲しくて、卒業式の日は脱水症状になる寸前まで号泣。こんな運命を与えた神を恨み、神殺しの剣を探す旅に出ようとまで考えた。


 ただ、俺は知力も体力も時の運も技術もコネも財力も権力も暴力も、何ひとつ持ち合わせていない。例え神を殺せたとしても、その後の世界で生きていけるか不安だ。そのため苦渋の選択ではあるが、神殺しは諦めたのだった。


 それ以来、里沙と会えない日々に耐えてきたが、もう限界。FXで資金を一億円ほど稼ぎ、食事を装ってやってきたというわけだ。




「いらっしゃい! ――って、もしかして矢場井やばいくん!? 久しぶりぃ! まぁまぁ、立ってないで席に座って!」


 促されるまま、俺は里沙の前のカウンター席に座った。そしておしぼりで手を拭いた後、注文をするために里沙へ視線を向ける。


 いよいよ計画を実行する時だ!


「矢場井くん、何を握ってほしい?」


「そうだな、俺の手かな」


「へっ?」


「俺の手を握ってほしい!」


 俺はキョトンとしている里沙の眼前に自分の右手を差し出した。


 ――これは一か月ほど山にこもって考えた、究極かつ至高の計画! これなら合法的に肌の接触ができるッ!


「……ん、いいよ。矢場井くんの注文なら」


 少し考え込んでいた里沙だったが、やがて天使のような穏やかな笑みを浮かべて頷いた。直後、彼女は刺身包丁を握ると、その切っ先を俺の右手へ近付けていき……。



(おしまいっ!)

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握ってほしいっ! みすたぁ・ゆー @mister_u

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