回転寿司を極めたら旨味のブラックホールが生成された

夢霧もろは

装置破壊犯のメモ

 世界で一番うまい料理が回転寿司であることに異論の余地はないだろう。

 いやいや回らないお寿司はもっとうまい、などという主張をときおり耳にするが、その認識には誤謬がある。回らないお寿司は、回らないという欠点を補うため厳選したネタを握らざるをえず、同じネタなら回るお寿司の方が当然うまい。

 しかし回るお寿司といえど、レーンから取った皿は静止しているではないかというツッコミもあろうが、それはまったくもって正しい。よって回るお寿司の本当の食べ方は、けっして皿を取ったりせず箸も使わず、レーン上で回っているお寿司をそのまま頬張ることである。ただし、これには相応の鍛錬が必要であり、それ以上にマナー的な問題が大きい。よって真の金持ちはお店を貸し切り、非合法な速度で回るお寿司を嗜むのである。


 なぜ回るお寿司は、そんなにもうまいのか。

 その秘密は長らくベールに包まれていたが、ついに私は突きとめた。

 ウラシマ効果。高速で動く物体は、時の流れが遅くなる。すなわち我々の舌と回るお寿司の間には、わずかながら時間のズレが生じ、それこそが旨味の正体というわけだ。

 つまり回るお寿司といえど普通は、お寿司を箸で運ぶ速度でしか舌との時間のズレは生じないから、実のところ回らないお寿司と同じということになる。それでも大衆が回るお寿司を求めるのは、時間流の摩擦から生じる旨味を本能で知っているからである。


――魚は回遊する。


――万物は流転する。


――お寿司は回転する。


 その真理を究めるため、私は物理学者となって、粒子加速器の使用権を手に入れた。

 山手線ほどの円形トンネルを使って、ほぼ光速まで加速した粒子を衝突させる巨大装置。かつてブラックホールを生みだすと恐れられたその装置に、私はお寿司の粒子と、それから私自身を突っこむことにした。

 お寿司が粒子サイズになったデメリットより、多大な時間のズレが発生するメリットの方が上回るだろう。

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回転寿司を極めたら旨味のブラックホールが生成された 夢霧もろは @moroha

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