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「豆まき?」


 セレスの発言にカエデは目を点にした。公国ではあり得ない習慣なだけに、姉の入り知恵としか思えない。案の定、カエデが睨むと姉は口笛を吹き出す。


「カエデ様がお産まれになった東方の御国の習慣と聞きまして。是非ともカエデ様とともにおこなってみたかったのです」


「はぁ」


 と髪をかく。


「災厄を払う行事とお聞きしました。私の為にも、是非」


 にっこり笑って言う。


 季節の分け目には厄が起きやすい。また穀物には生命力と魔除けの呪力があるとも信じられていた。

 と、セレスの目は微笑をたたえていたが力強い意志も宿る。


「これは私の独り言です。カナデ様も肯定して頂きましたが」


「はぁ」


「共和国が【サンプル】を誘導し、公国に大打撃を与えたのは事実です。でも、その証拠が無い。証拠を示せと言われれば、それを契機に賠償や不利な条約締結に追い込まれるのは目に見えます」


 聡明な目で語る。口惜しいだろうな、と思う。彼女が権限をもてば、腐敗した貴族たちを抑制し、あるいは統率し整理し、国を動かす事ができたただろう。だがセレスは末子の第三公女、政に口を出す権限すら無い。


「――ですが、人事院がこの件に絡んでいるという証拠を掴む事ができました。第二公子、ローベルトが噛んでいる事も」


「売国ですか」


 カナデは小さく息をついた。彼女を応援したい。が、しかしカナデは公女から国籍も上位騎士の階級も拝命したとは言え、この国にいるべき人間では無い。姉もまた然り。迷いはあった。


「売国ではなく、属すだけという事のようです」


 そんな言葉、露も信じないと双眸の奥で意志が物語る。

 カナデは観念して剣を握った。


「貴方が拾った命だ。その為なら、如何様にも使って頂けたらいい」


「じゃ、カエデちゃん、鬼ね」


 突然、姉が割り込んできた。


「は?」


「もぅ、わざわざ聞かなくても。豆まきに決まってるじゃん」


「公女陛下の御前ですが、姉上?」


「お姉ちゃんって言いなさいっていつも言ってるのにぃ。ぷんぷん」


「ぷんぷんが通じる年で――」


 不要な事を言ってしまった。殺気を感じたので、自主的に退室をする。無論、それで終わる姉弟喧嘩では無いが。


 セレス第三公女は小さく微笑んだ。

 そして小さく息をつく。


 鼓動が収まらない。彼の前に出た時はいつもこうだ。彼に助けられた時から。


 龍型の【サンプル】がセレスを捉えた。その上肢ごと、カエデは切り捨てた。今でもあの映像が浮かぶ。


 彼に助けられたのに、彼を道具として利用する事しかできない自分が悔しい。

 姉弟に護衛を任せたのもそうだ。セレスには命を託せる相手が残念ながらいない。


 親をなくした子ども達を少年兵として育成する事もそうだ。貴族中心の騎士隊では有事に対応できない。ならば、真に強さを知る者が鍛えて欲しい。その教育や整備までカエデに依存している。


「本当にお願いしたい事はそうではなかったんですけどね……」


 取り繕った笑顔を消して、彼女は息をつく。


 公国法では上位騎士以上が、公族との婚姻を許される。セレスの願いはそれだけと言った所で、カエデは信じてくれるだろうか。


 姉のカナデは何気なく言う。


『公女様は考えばかりが先に出る。先に動いてみたらいいのに』


 カナデは今や、セレスにとってかけがえのない親友であり、軍師だ。少年兵の育成も彼女の案である。実際、騎士隊以上に少年兵は頼もしいと思う。


 と、少年兵育成の為の屯所を駆け回っているカナデを窓から見やる。


 追われているカエデと、巻き添えの少年兵達。先頭を走るのはレン、リック、ジョーだった。さすがと、言

うべきか。あれほど鍛錬を繰り返しながら、愚痴をこぼしながら、まったく脱落しないのだ。


 と、カナデは豆を弾いた。カエデも少年兵も必死で避ける。石柱にめり込み亀裂まで生じさせる威力は、兵器レベルと言っても過言では無い。豆を投げるカナデの方が鬼の形相のようで、なお可笑しい。


 窓を開けて、セレスは飛んだ。

 はしたないと言われようが、何と言われようが――。


「セレス様、なんて無茶を」


 カエデが即座に受け止めてくれた。彼の心臓の音が聞こえる。


「私だけ、仲間はずれはイヤですから」


 そう小さく笑んで。悪戯をしたようで。セレス自身、心臓が弾けそうなくらいに暴れ狂って。でもこの場所は譲りたくなくて。


「これ厳密には豆まきじゃないんだけどなぁ」


 そうカエデはため息つくのが、また可笑しくて。


「リア充、死ね!」


 豆をさらに投擲する姉の横暴を回避しながら。セレスを強く抱き締めないと、バランスが崩れるから、安全の為にもより彼女を抱き締めて。


 引退を夢見る鬼教官と、国と民を誰よりも考えていた第三公女の物語は大きく動いていくのだが、それはまた別のお話になる。


 今は二人とも、お互いの鼓動を感じて――なお鼓動を早めていったのだった。


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鬼がきた! 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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