福を呼ぶ2月3日の恵方巻

AranK

第1話

2月3日。アパートの中は冷蔵庫みたいに冷え切っていた。

その中で俺はドアでも窓でもない方向に向かって無言で恵方巻を食っている。


このアホみたいな光景を節分の行事に思いついたのは関西のすし屋らしい。

ローカルな行事だったのがどういうわけか東京まで定着して、おかげで心底どうでもいいのにとりあえず乗っかって口にギリギリ入るくらいの太巻きを無言でかじらなきゃならない羽目になっている。


バイト先のコンビニでも恵方巻が販売ノルマに挙げられて、末端の俺にまでうんざりするような営業の圧力が寄ってきた。

経験年数だけ長くて無能なくせに店長にすり寄るのだけは一流のバイトリーダーが張り切ってるのを見たのはこれで二回目だ。

「友達いないと売るのも大変だなあ」とか言って、わざわざ休みの俺のアパートに買い取り分の恵方巻を持ってきたのはついさっきだ。

「しばらく恵方巻じゃ飽きるだろ?」とかいってご丁寧に節分用の豆まで持ってきて、あまつさえ「福はー内ー」とか抜かしやがる。クソが。せせら笑って人を見下したツラを思い出すだけでも胸焼けがする。

そもそもこの日はバイトリーダーも休みだったはずだ。

大方ごますりのためにバイト先に顔だけ出して、買い取り分の恵方巻を引き取ってきたに違いない。


だからテーブルの上にはピラミッドみたいに積まれた恵方巻の山がある。

最強寒波とやらのおかげで、冷蔵庫に入れなくてもしばらくは日持ちするだろう。

天気予報によれば、1週間はこのクソみたいな氷点下が続くらしい。

それまでは大丈夫だ。

あとはこのバイトリーダーの死体をどうするか。

恵方巻をかじりながら、首がありえない方向にねじ曲がっているバイトリーダーをちらりと見下ろす。

この後どうするかを、恵方巻を食い終える間に考えなければならない。


今年の方角は北北西らしい。

北北西。北陸にでも行って雪の中に埋めれば、案外上手いこといくかもしれない。なんてことを俺は考えている。

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