湯呑みにシャリを突っ込むな!

大沢 澪

いいか? 湯呑みにシャリを突っ込むな!

「アタシら、カラダが資本なワケよ。うっかり太ったら仕事にモロに響くから」


 そう言いながらトロのネタをつまみ上げた。小皿の醤油に浸し、口に運ぶ。目尻に皺が走り、メイクの厚ぼったさが際立つ。


「刺身を食えって言うけどさ、私は寿司の上に載ってるこの味が好きなんだよね。だからお店で食べる。なんか文句ある?」


 お皿に残ったシャリを湯呑みに入れた。もうすでに三皿分のシャリが入っていて、口からはみ出ている。空になったお皿を湯呑みに乗せて押さえつける。裏にシャリ粒のついたお皿を重ねて置く。


 残業を終えてお腹が空いていた。久し振りに回転寿司に来たのが間違いだったのかもしれない。ちょうど空いていたカウンター席は、いかにもな盛り髪にサテンドレスのキャバ嬢風の女の左隣だった。スーツの背中に折り皺のついた連れのオジサマは、嬢がすり寄るたびに薄くなった頭頂部をそっくり返らせていた。


 湯呑みにティーバッグを入れてお湯を注ぐ。流れるお皿に目を遣ろうとして気づいた。


 その嬢は「シャリ残し」だった。


 ネタを剥がしてシャリを湯呑みに捨てる。イクラの軍艦巻きは海苔を剥がしてイクラを包んで口に運ぶ。

盛り上がったシャリから漂う酢飯の臭いに軽い吐き気がした。


 おそらく顔に出ていたのだろう。嬢が私を睨みつけて絡んできた。連れのオジサマも迷惑そうにこちらを見ている。ご機嫌取りを邪魔されて内心、ムカついているのだろう。回転寿司で取れるご機嫌なんてその程度だろうけれど。


「こっちは客だよ。何しようと勝手よね」


 他の客に不快な思いをさせる権利まであるとは思わなかった。


 私は崩れかけたメイクのまま、無視して食べ続けた。

 お皿が増えていく。

 フライドチキン、チーズケーキ、プリンアラモード。

 残業のあとはせめて好きなものを食べないとやっていられない。

 オーダーしていた品が届いた。

 とんこつラーメン。


 香りが広がり、嬢が鼻を押さえる。


 私は無視して、麺を音高く啜り上げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

湯呑みにシャリを突っ込むな! 大沢 澪 @ai_oosawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ