2月14日 放課後
弥生は用事で少し遅くなるとの連絡があり、駿介からは特に連絡がなかったが欠席の様子だ。放課後の部室には瑞姫しかいなかった。昨日のように全員が揃う方がまれともいえた。
和樹は瑞姫と一局打っている最中で、中盤を迎えていた。瑞姫がハンデを置く形で対局していたが、和樹の当初のリードは既に消え、盤面では乱戦模様を呈していた。
対局を進めながらも、和樹は瑞姫にも今朝の出来事を喋っていた。
「ふーん、内田の机が荒らされていたとはね」
「そうだよ。しまっておいたはずの囲碁の本が出されてたんだ」
「犯人は分かってるの?」
「いや、足音を聞いたからもしかしたらそれが犯人かも知れないけど、姿は見てないから見当もついてないよ」
「そもそも、その犯人らしき人と遭遇しかけたのって朝も早くなんでしょ。なんでそんな時間にいたの」
瑞姫の問いかけに、弥生と一緒に毎日朝早く登校していることを話した。
「えっ、内田と弥生ちゃんってそんな早くにいつも来てたんだ。知らなかった」
「まあそりゃね。あえて広めるような話でもないから」
瑞姫は何かを考えるように、椅子を不安定な状態で揺らし始めた。進行中の盤面をじっと見つめている。
椅子がぎぃぎぃ鳴り始めて1分ほどだろうか、瑞姫はその動きをぴたっと止めると、和樹の石を攻める一手を打ってきた。
「でもさ、今朝は弥生ちゃん学校に来るのが遅かったんだよね」
「メールで一緒には登校できないって聞いてたけど、あんな時間ぎりぎりになるとは思ってなかったな。代わりに駿介が早くに到着してたけど」
「毎日朝早くに登校している弥生ちゃんが遅刻しそうになって、遅刻魔の今井が朝早くに来ていて……そして内田の机には投げ出された囲碁の本か。これは囲碁部員の中に犯人がいるとみて間違いないね」
盤面から顔を上げるが、瑞姫の顔は真剣そのものだ。
「それはあまりにも短絡的すぎるだろう。それくらいの偶然なんて転がっていると思うし、犯人を探し当てたからって、それでどうしたって話だろ」
「内田はそういうノリが悪いねぇ。出てきた謎に対して興味は湧いてこないの? 不思議な出来事の謎を暴くのって面白そうじゃない」
盤上の戦況は、和樹にとってかなり思わしくないものに傾きつつあった。和樹の陣形はどこも穴だらけで、どこをどう対処すればいいのか分からなくなっていた。
「触らぬ神に祟りなし。むやみ関わらない方がいいと思うな」
「なんで? 本当に気にならないの?」
「進んで謎を解決しようとは思わないな。大した害もないんだし、ほっとけばいいじゃん」
「あーもう内田のくせにごちゃごちゃごちゃごちゃと」
瑞姫はそう言いながら放った一手で勝敗は決した。終わってみれば和樹の石はほとんで死んでしまい、瑞姫の圧勝だった。
「あたしと一緒に、ことの真相を突き止めるわよ」
「お待たせしました」
弥生が部室を訪れたのは、下校時刻も近づいてきたころだった。弥生が入ってくるのと同時に瑞姫は席を立とうとした。
「おっと、お邪魔ものは退散するとしましょうかね」
「今から帰るところなんだから、一緒に帰ればいいじゃないか」
反射的に出た和樹の言葉に、瑞姫は首を振る。
「カップルのためのイベント日に、割って入るような無粋な真似させないでよ」
「やだ瑞姫ちゃん、邪魔だなんて思ってませんよ。確かにイベントのためにやってきましたけれど」
弥生は笑いながら鞄の中から箱を取り出すと、和樹に手渡した。
「はい、和君。バレンタインのチョコです」
熱い熱いとぼやきながら瑞姫が出ていくのが和樹にも見えてはいたが、和樹の意識は綺麗にラッピングされた、生まれて初めてもらった本命のチョコに注がれていた。
彼女は甘くなかった 斉藤海 @umikawauso
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