2月14日 昼食
駿介が和樹の隣の席を借り、机を突き合わせた。どちらの机にも購買で買ってきたばかりのパンなどが置かれている。
和樹の机の上にはやきそばパンのほかはカレーパンのみだったが、駿介はサンドイッチだけではなくおにぎりやから揚げなども購入しておりボリューム満点だった。
お昼は毎日のように一緒に食べており、たいがい駿介が話題を振ってきて和樹が聞いているというパターンが多かったが、今日は和樹から話題を提供した。授業に集中できなかった和樹にとって、今朝の出来事は早めに笑い話にしたかった。
「へぇ、朝来たら机の上が荒らされていたんだ。しかも囲碁の本だけが置かれていたと」
今朝の一連の出来事を一通り説明したところ、駿介は興味深そうに食いついてきた。そしてきっぱりと断言した。
「それはずばり、いじめの標的になったってことだな」
「なんでそう嬉しそうに話してるんだよ。友達がいじめの対象になってるんだから、もっと深刻な顔しろよ」
反発した和樹の言葉に、駿介はいかにも心外そうな顔をしつつ話を続けた。
「いやそうは言っても案外いいことかも知れないぞ。いじめられるってことは周りから存在を認識されたってことじゃないか。認識されていなかったらいじめられることさえないわけだし。和樹は良くも悪くもあんまり周りと関わろうとしないタイプだから、ちゃんと社会と関わっていけるのかこれでも心配してたんだ」
「ちょっと待て。それじゃ、俺はいじめられる価値もない空気のような存在だったってことになるんだが」
「あれ、自覚なかったのか」
駿介は大げさなアクションで呆れたポーズをとってみせた。
「ま、それはともかく、出る杭は打たれるってことじゃないのか。自分にはない特別なものを持っていれば、妬みの対象になるわけだし」
「特別ななにか、ねえ。うーん、隠された才能があるわけでもないし、人さまから見てうらやましがられるものなんて、何も思いつかないけどな」
和樹の言葉を聞いて、駿介は食べかけのサンドイッチを口に運ぶのを止め、今度は演技ではない本当に呆れた顔をしてみせた。
「それは僕を怒らせるためにわざと言ってるのか? はー、どうしてこうリア充は無自覚でいられるのかな。高校生活で彼女ができるやつなんて、ごくごく限られているのに。ましてや笹山さんみたいなかわいい子と付き合えるなんて!」
弥生は友達グループで集まってお弁当を食べていた。話が盛り上がっているようで、ときどき拍手さえあがっていた。
和樹の視線に気づいたのか、弥生の視線も瞬間こちらを捉えるが、周りの目を気にしたのかすぐに会話に戻った。それでも、同じ場所から見ていた駿介には見られていた。
「以心伝心というかなんというか。ともかくうらやましいよ。でもその代わり、クラス中の、いや学年中の男子のやっかみを集めているのは覚えておけよ」
そんな捨て台詞とともに駿介は席を立ち、トイレへと向かった。
次の授業は実験があるため教室を移動しなければいけなかったので、和樹も用具を持って席を立つと、机の位置を元に戻した。
その時、隣の机の上にスマホが置かれていることに和樹は気づいた。先ほど駿介が出していたものだ。持って行くのを忘れたのだろう。一週間ほど前に、駿介から買い替えたという自慢を聞かされたばかりで、最新のタイプの機種だった。
まだトイレにいるだろうから途中で渡そうと、和樹は駿介のスマホを手に取った。手のひらよりは少し大きめのサイズだ。確か画素数がいいとかで、写真を綺麗に撮れるのが特徴なんだと駿介は言っていた。
和樹はこの前、弥生と撮ったプリクラを思い出した。弥生と写真を撮ったのはもちろん、プリクラ自体に触れるのもその時が初めてだった。言われるがままにポーズをとって急かされながら文字を書かされたので、その経験はあまり記憶に残っていなかったが、写真は自室の机に大事にしまってある。
確かに駿介の言う通り、そんなに明確な宝物がある時点で、周りからねたまれても仕方ないなと和樹は心の中で苦笑した。
トイレに入ると駿介がちょうど手を洗っているところだったので、鏡越しにお互い気づいた。
駿介は振り向きつつ笑みを浮かべたが、和樹の手に自分のスマホが握られていることを見た途端、表情をこわばらせた。
いつになく真剣な顔をした駿介の、ドスのきいた声がやけにはっきりと和樹には聞こえてきた。どこか閉塞感のある空間に、声が響く。
「見たのか」
言葉としては聞き取れていたものの、駿介の変わりように驚き、思考が止まっていた。何と答えればいいのか分からず、和樹の頭の中は混乱で満ちていた。
「中、見たのか」
重ねられた問いに、和樹は何か答えなければいけないという焦燥に駆られた。状況がよく分からないまま、思いつくままにしゃべり始めた。
「そりゃ……そりゃ見たかったけど、ロックがかかっていたから見れなかったよ。彼氏のメールチェックはかかせないのに、本当に残念だ」
「……ははは、勝手に彼女づらするなよ」
その後は、彼女のスマホを盗み見るのはありかなしかなどの話に終始した。居心地の悪い空気を、笑って流したかった和樹の試みはうまくいった。
しかし、威圧感さえ覚えた駿介の表情と問いかけは、和樹の中で妙なしこりとして残り、脳裏に焼き付いて離れなかった。
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