夕焼けの向こう側へ
不死身バンシィ
夕焼けの向こう側へ
「――やっぱり、ここだったか」
少し開けた草原にぽつんと、まるで何かのオブジェのように置かれている年季の
入った木製のベンチに、彼女はいつものように座っていた。
この三年で何度も見た光景。
街外れの小山の中腹にあるこの草原は天然の展望台になっており、ここから街が
一望できるようになっている。
「うん。むしろ、遅いなーまだ来ないなーって思ってたところだよ。……卒業、おめでとう」
「ああ、卒業おめでとう。まあこっちも色々あってな。……来月には、もう向こうに行くんだっけ?」
「4月から新生活だからね。それまでに向こうの生活に慣れないといけないから。……だからここに来るのも、今日が最後」
「そうか。こいつも寂しがるな」
そう言って、俺は彼女の横に腰掛けた。
恐らく自治体がここを訪れる人達のために置いたベンチだったのだろうが、今となってはここを知っている住人自体があまりいない。ここに越してきた日、探索を兼ねた散歩でたまたまここに座っている彼女を見つけたのが縁の始まりだった。その日以来、俺と彼女は毎日のように二人並んで、夕焼けに沈む街を眺めた。
だけど、それも今日で終わる。
「――君は、寂しがってくれないの?」
彼女が体をこちらに向けてそう言った。彼女の体を包む海苔巻きの黒が、夕陽に
照らされて輝いている。
「ああ、寂しがったりしないよ。すぐに追いつくから。一緒にってわけには行かないけど、必ずまた、君の横に並んで見せる。銀座の最高級SUSHIバーで」
「エンガワ君……!」
「イクラ軍艦巻ちゃん!」
決意を込めて、彼女の体を抱き寄せる。彼女の柔らかさを感じる。
最高級特選イクラならではの豊かな弾力とハリ。
俺は彼女のキュウリにキスをした。
「あんまり、待たせないでね。そうじゃないと、私誰かに食べられちゃうから」
「ああ。一秒でも早く迎えに行く。なぜなら――」
寿司は、鮮度が命だから。
夕焼けの向こう側へ 不死身バンシィ @f-tantei
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