エディ、ローチ、カスダマト

小学校には毎日行っていた。安定した清潔な食事にありつけるから。それ以外では食べられることがまちまちで給食は生命線だったからだ。あいつの暴力もさることながら母親も日頃のDVのストレスで僕に辛く当たることが多かった。食事を与えられることはほぼ無く、勝手に家のものに手をつけるとそれを理由に母親にも叱責される。今は虐待発見時の通報義務などが、わりと世間一般にも浸透しているが、当時の僕はただの不潔な問題児としてしか周囲には認識されていなかった。

彼岸や盆の頃は近所の墓場に行くと果物や缶詰、瓶詰が置いてあるし家の裏にある果樹園も夜中に行けば落ちたばかりのリンゴや梨は選んで食べられる。ただどうしても冬だけは耐え難かった。


そんなときは、給食室に食べ物が搬入される時間はわかっていたから近所のパン屋のトラックが給食室の搬入口にくる頃に授業に出ないで物陰に隠れていた。トラックのリヤドアを開けて、運転手がパンを持って給食室に出入りする隙をついて荷台に出入りパンがいっぱいに積まったケースを箱ごとかっぱらい、中のパンを空のランドセルに移しかえて学校近くの川まで全力で走ったこともあった。そして橋桁の陰に隠れて食べられるだけ食べた


家の中にいる夜中は恐怖で満足な睡眠はとれないから小学校に行くと緊張がとけてすぐに眠ってしまう。だから簡単な読み書きも怪しいくらい学習は遅れていた。そんな状態が続くものだから、四年生くらいのときに発達障害の疑いをかけられた。養護教諭が僕の両親に連絡をとろうとするもどうにもままならず、背景がわからないまま様々な検査を受けさせられた。


るい痩が目立ち痣や不潔な皮膚も疑われ全身の検査も行われる。聴力検査では左耳に殴打による鼓膜の度重なる穿孔が原因の伝音性難聴があることがわかり、視力検査では色弱を見つけられる。緑を感じる視細胞の感度が低い2型3色覚だそうだ。それに、特に危険だと指摘されたのが知覚の感受性の低さだった。傷みや苦痛を健常者の数分の一程度にしか感じることができない状態だという。痛みや苦痛は重要な防御機能であり、それが無いということは、速度計やエンプティシグナルの付いていない車に乗るようなものだ。


もうひとつ。これは養護教諭を愕然とさせた検査だ。知能の発達にも何らかの障害があるだろうと疑いを持たれたためウェクスラー式知能検査を受けさせられたのだが、そこで僕のIQがヒストグラム上位2.2%の非常に高いレベルにあることがわかった。長年続いた虐待からの防御的な反応なのかは不明だが、異常値が多かった。


それから間もなく僕は児童相談所に一時保護され、数週間後には父方の独居の祖母に預けられた。そこでは暴力や以前ほどのひもじさはなかったが、厄介者と肌で感じるような扱いをされる日々だった。孫として僕を可愛がる様子は無く、毎日両親に対する不満を聞かされ、お金を使うことを極端に嫌う祖母に、祖父が生前着ていた洋服を不恰好に縫い詰め、ベルト穴に紐を通して落ちないようにしたズボンを履かされていた。


そんな生活の中でもテレビが観れるようになったことと夜眠れて勉強が出来るようになったことが革命的だった。それまで知り得ることのなかった情報が手に入ってくる。なかでもボクシングが一番目を引いた、いままで一方的にのみ受け続けた暴力と似ているが全く違うものが写し出されていたからだ



精悍な男同士が拳をふるってどちらが強いか決めるためにインターバルを挟み47分間も殴り合う。鮮烈な印象を受けた。あいつから受けていた暴力を真っ向から否定してくれているような行為だった。それからボクシング選手の真似をしてパンチを出したり、子供ながらでたらめだが外に出てロードワークなどをするようになる。


勉強もきちんと授業を受けることができると、まるで簡単なものだった。上位2.2%のIQをもっているのだから当然と言えば当然である。

20歳の青年が小学生の漢字を覚えたり、算数の数式を解いたりするのと変わらないから、いままでの不足分はすぐに追い付く。それどころか学力だけで言えば地元の有名中学校に入ることも難なく可能になるほどになるのも時間の問題だった。


ただし当時の僕は両親から離れ、偏屈な年寄りに育てられる問題児でしかなく有象無象の公立中学校に行くことしかできなかった。そして高校に行く頃にさらなる問題がおきる。


祖母の死だった。僕がもうすぐ15歳になる頃に祖母が脳出血で倒れ、そのままあっという間に亡くなってしまったのだ。15歳はまだ保護の対象であり、何らかの収容施設に入らなければ行けない。それはどうしても嫌だった。ようやく手にいれた僕のちっぽけな自由が、また何者かに奪われてしまうような気がしてならなかったのだ。


そこで考えた結果学校の先生に、中学校を出たら働きたい。と相談する。

「そうか。だったら競一、夜学に行け。昼間は働いて夜は勉強ができるぞ。」

と僕にとって蜘蛛の糸のような言葉を贈ってくれた。労働者になれば保護は必要無く、その上夜学なら勉強も出来るのだ。さっそく出願し、受験の準備をする。といっても定員数40に対して、出願者が25名の夜学である。公立高校入試の模試で毎回ほぼ満点を取り続ける成績があるため出願のみでほぼ入学決定である。


夜学でひたすら働き続け、夜は勉強する。といっても夜学の授業はレベルが低いため、僕だけ許可をもらい同教化の問題集を教師から譲ってもらいそれを解く。複雑な問題で理解ができずに教師に聞くときもあったが、大概そんなときは教師もその問題が解けることはなかった。


住まいは非常に安価な1Kのアパートで外国人もたくさん住んでいた。そこに越してきた外国人の一人との出逢いが僕の人生を夢に近づけた。








「アライワ!『ボクシング』!昨日、試合。勝ったでしよ?なぜ次戦わない?」

メイクフォンの父親ロムレーンが、試合の翌日遅めに練習に顔を出した僕に問いかける。『ボクシング』とは僕のあだ名だ。タイ人はあだ名をつけるのが好きらしい。もともとムエタイだけ教えているこのロムレーンジムにボクシングを教わりに来た僕がよほど物珍しかったかららしい。

「ああ、ロムレーンごめん。『ボクシング』は勝ちがいっぱいはダメなんだ。だからトーナメント途中でおわり。コートー」

なんだか僕も片言になってしまう。コートーはごめんなさい。だ。練習着に着替えながら、ジムの壁に張り付けてある鏡越しにロムレーンをの顔を見ながら話す


レベルが低い大会とはいえ、一応ファイトマネーの出るプロ興行だ。優勝を続けたり、あんまり勝ちが増えると目立ってしまう。それに僕はあくまでロムレーンジムでは『客』でありライセンスは他県に存在するJBC公認の新帝国ジムというところで取得したことになっている。


あと僕はボクシングは好きだがスターが持っているような才能は皆無だ。勝つことが出来るのはレベルの低い大会だからである。

勿論トレーニングは毎日している。それどころか僕は苦痛をあまり感じないので、ハートレートと血中酸素濃度が計れるブレスレット型の測定器を付けていないとハードワークのためチアノーゼで気付くと倒れている。なんてことすらある。


「『ボクシング』は勉強したい。お医者さんになりたいからお金いっぱい必用。無理はだめ」

そうロムレーンに伝えると残念そうな顔で首を振る

「『ボクシング』はハート強いよ。だからもっと試合でる。ルンピニーでボクシングするの。ファイトマネーもいっぱいよ」

ルンピニーとはタイでムエタイとボクシングの興行を取り仕切るスタジアムのことだ。ロムレーンは17歳のときにそこで王者になった。18歳のときには国際式に切り替え20歳のときにはWBAジュニアバンタム級で世界チャンピオンになった本物のボクサーだ。

「ありがとう。でもできないよ。タイに行くのお金かかるし、タイ人は強いしね。コップンカープ」

バンテージを巻き終わり、バッグから試合と同じ重さの黒いウィニングのグローブに手を通す。ロムレーンはミットを嵌めた手をひらひらと振って笑っている。

3分と30秒ごとに設定したタイマーがブザーを鳴らす。グローブとミットを合わせて挨拶をして練習を始める。


ロムレーンのミットは非常に高度だ。ボクサーに合わせて体力の限界まで追い込む。ガードが下がると容赦なくミットの表面で叩かれ、パンチは全て全力で打たないと、もっと強く打てと怒られる。

ただいつも笑っている。ボクサーに対しても笑顔でやれ、と常に諭す。試合の勝負けは二の次で、挑戦することと強いハートをもとうと頑張ることが大事だと、そんなことを常に言っている。そんな人柄のせいなのかジムは老若男女、ジム生でない人まで出入りする次第だ。


僕はそんなロムレーンが好きだ。因みに僕は『医者になりたい』だけで医者ではない。医学生ですらない。

地元の看護学校の優待生枠で授業料免除で通学できているだけの看護学生である。

高校の先生が内申書にとてつもない歯の高い下駄を履かせてくれ、看護学校に僕と一緒にいって事情を話し嘆願までしてくれた。入学試験はほとんど満点だったため、あとは採用する側の胸先三寸だった。僕の脚色のない惨めな身の上話を高校の先生が涙ぐみながら話してくれて、僕はその横でなんとも言えない申し訳ない気持ちでもじもじしていたのを覚えている。


「おー、サワディーカップ!競一今日は遅かったね。」

メイクフォンがジムの二階から降りてくる。

「ボクシングの試合、決まるかもしれないよ」

いたずらっ子のようなにやけ顔を僕に向けながら勿体ぶっている。

「どういうことだい、メイクフォン。」

「相手はアマチュアボクシングで有名な選手だよ。インターハイの優勝経験あり。大学でも国体に出場して決勝まで行ってる。その選手が一部上場の企業をスポンサーにつけてプロデビューしたんだよ。」

「なんだい血統書つきだね。僕に噛ませ犬になれってことかい。どこの誰がそんな話をもってきたの。やらないよそんな試合」

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はるけき私のサルバドル 第三艦橋大破 @skcl0824

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