終章 無限の可能性

「さあ、これから前人未到の驚異の科学実験に取り掛かるぞ! 啓太、用意は良いか?」

 絵里香の言葉に、僕はあたふたと器具を用意し、叫び返した。

「ああ、大丈夫だ! 用意は出来ている!」

 僕の言葉を耳にしたのかどうか、絵里香は無言で目の前の我楽多に向かい合った。

 いや、絵里香の言葉によれば〝絶対無敵の超高性能ロボット〟なのだそうだ。事実、それは巨大ロボットのような、シルエットを持っていた。

 僕がスイッチを入れると、ロボットの胸がぱくりと開き、座席が現れた。絵里香は用意した梯子を伝って、ロボットの胸に攀じ登った。座席に腰を落ち着けたが、やや窮屈そうだった。

 あれから絵里香は、全体にふっくらとなっていた。体重は多分、十キロほど増えているらしい。それも当然だ。何しろ、日がな一日、目が覚めているときは、始終食べ物を口にしているのだから、多少太っても不思議はない。

 座席で絵里香が合図したので、僕はロボットの胸を閉めるスイッチを操作した。ロボットの胸の蓋が閉まって、絵里香の姿を隠した。

「よし! スターターを入れろ!」

 ロボットの拡声器から、絵里香の声が聞こえた。僕はささっとロボットの機関部に走り、クランクを所定の場所に突っ込んだ。全力を込めて、クランクを回すと、モーターが不機嫌な音を立て、始動し始めた。

 ぶすんぶすん! ばすんばすん! と、大袈裟な音を立て、ガソリン・エンジンが始動を開始した。エンジンが回転して、ロボット全体が、不気味に振動し始めた。

 がちゃがちゃと盛大に騒音を蹴立て、巨大な人型ロボットが、ぬーっと立ち上がる。

 僕は本能的な恐怖に、後じさった。

「動いた! 動いたぞ!」

 拡声器から、絵里香の喜びの声が響いた。

 がちゃん、がちゃんと騒音とともに、ロボットは手足を動かした。

「よし、外へ出る! 啓太、シャッターを上げろ!」

 絵里香の命令で、僕は研究室のシャッターのスイッチを入れた。シャッターは長い間動かしていなかったので、錆付き、動かすと「ギギギギ!」と黒板を爪先で引っ掻くような異音をたて、上がり始めた。

 どすどすどすっ! と、ロボットは地響きを立て、前進を始めた。

「どうだっ! 啓太、やっぱり、おいらは天才だ!」

 拡声器からは、絵里香の得意満面な顔を想像できる、喚き声が響いた。だが、僕はロボットの進行方向を見て、慌ててロボットの前面に回りこんだ。

「絵里香! このままじゃ塀にぶつかるよ! とめなきゃ!」

 ロボットは僕の制止を無視し、ずしずしずし! と地面を震わせ、突進していた。真兼病院の塀に突っ込むと、ぐわしゃーん! と盛大な音を立て、鉄製のフェンスが破壊された。

「駄目だ! 止められねえ!」

 絵里香の悲鳴が、拡声器から聞こえた。明らかに、通常の絵里香の声とは違い、恐怖が滲んでいた。

 大変だ!

 僕は出来る限りの全力で、ロボットを追いかけたが、何しろ歩幅が違いすぎた。見る見る絵里香の乗ったロボットは遠くへ去って、町の只中へ突っ込んでいった。

 僕は顔を両手で覆った。

 もう、これ以上、見ていられない!


 結局、僕はアニマに総ての事柄を、元に戻すよう頼んだ。

 金持ちとか、有名人とか、女の子にモテモテの人生とか、そんなのいらない! もしそんな願いがあったとしても、それは自分で勝ち取るものだ、と思ったからだ。

 天宮奈々はアイドルに戻り、マネージャーの月影留美も、元の仕事に戻った。あれほど集まった芸能レポーターは、いつの間にか、いなくなった。

 絵里香から薬を受け取った、父親の剛三氏は、薬の分析をやって新薬の開発をしていたが、結局何の成果もなく、諦めてしまった。

 ツッパリの大賀は、僕を見るとコソコソと物陰に隠れ、目を合わせなくなった。

 絵里香は再び、手当たり次第に発明や、実験に勤しんでいる。僕は相変わらず、絵里香の助手として、怒鳴り散らされながらも、黙々と勤めていた。

 結局、この方が良かったのだと、僕は納得している。

 アニマは最後に、僕にこう忠告した。

「総ては元通り。でも、この世界では、啓太さんは誰も経験したことがないような、驚くべき経験をするでしょう。でも、絶対、啓太さんは大丈夫。何があっても、無事でいられますから、安心してください」

 そう言われても、安心できるわけがない。アニマによれば、僕はこれから次から次へと、普通の人間が経験することがない、驚くべき冒険に巻き込まれるのだそうだ。それも絵里香のせいで!

 まあ、それでも良いのかも。

 やっぱり僕は、絵里香を愛しているのかもしれない、と思うようになった。絵里香は丸っきり、その気はないらしいが。

 その後、絵里香のせいで、僕は「手製の宇宙船による銀河系大戦争」とか、「次元スリップによるモンスターの侵入」「超能力者との掛け合い漫才」「古代超文明の遺物による大騒動」などの大事件に巻き込まれることになる。

 まだまだ記したい事柄はあるが、それはまた、別の話である。

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最凶最悪絶対無敵彼女! 万卜人 @banbokuto

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