3
途端に、僕は無限に存在する、〝僕〟を意識していた。僕の上下前後左右に、無限に連なる〝僕〟がいた。それら無限の〝僕〟は各々別の人生を歩み、微妙に異なる記憶を持っていた。
その中には「紬啓太」という名前ではなく、まるっきり別の名前の〝僕〟がいた。
優等生の〝僕〟。
ツッパリの〝僕〟。
それどころか、小学校で事故に遭遇し、車椅子で生活している〝僕〟もいた。
あるいは高校を途中で退学し、都会で一人暮らしをしている〝僕〟もいた。
無限の可能性の〝僕〟は、無限の可能性の中で生きていた。それら無限の〝僕〟は、紬啓太の、人生の決断の結果なのだった。
が、様々な生活を送る〝僕〟は、共通した思いを抱えていた。
〝いつか、どこか、別の世界で、今とまったく違う生活が……こんな退屈じゃない、刺激的な毎日があるんじゃないか……?〟
無限の可能性の世界で生きている〝僕〟が抱く、圧倒的な感情が、僕を打ちのめした。
僕はアニマに叫んだ。
「何で、こんな光景を見せる?」
「あなたはたった一つのかけがいのない、総ての〝紬啓太〟の希望なのよ! この世界では、啓太さんは、誰もが経験したことのない、刺激的な一生を送る運命よ。絵里香さんの薬で、あたしが目覚め、啓太さんを通じて、世界を知った。あたしは、啓太さんの秘められた望みを叶えるため、総ての力をふるうわ」
僕は今までの出来事を思い返した。
「それじゃ、僕の変身も……あの時、伊藤の攻撃に平気だったのも……」
「そうよ! あの瞬間から、啓太さんは不死身の身体になった! 天宮奈々と、月影留美が啓太さんに一目惚れしたのも、あたしがそう仕向けた。絵里香さんの変身も、あたしの仕業……」
僕はアニマの言葉に、仰天していた。
「何だって! でも、天宮奈々が芸能界を引退して、転校を決めたのは、絵里香の薬を注射される前だぞ!」
「因果関係なんか、あたしにとって障害ではない。絵里香さんがあたしのために、タイム・レシーバーを開発したから、時間を遡って、現象を変えたの」
「そのため、絵里香にタイムマシンを作ってほしい、と頼んだのか!」
「そう! 今のあたしは、時間と空間を超越した存在になっている。啓太さんが望めば、どんな世界だって実現できる」
アニマは誇らしげに叫んだ。
僕はふと、疑問を抱いた。
「どうして僕のために、そんなにしてくれるんだ?」
アニマはふっと、微笑した。
「判らない? なぜ、あたしが〝アニマ〟と名乗っているか」
僕は顔を左右に振った。
「いいや、判らない……」
アニマの瞳が、奇妙な光を放った。
「あたしは、あなたなの。あたしは、啓太さんの一部……。心理学の用語で、アニマとは、男性の女性的な一面を表した用語よ。だから啓太さんの望むことは、あたしの望みでもある……」
僕はぞっとなった。
アニマは、僕の一部だと主張している。だから僕の無意識の願望を、超越的な力で、実現するのだそうだ。奈々と、留美が僕に対し、信じられない形で一目惚れしたのも、さらに絵里香が美少女に変身したのも、僕が望んでいたからだ。
アニマは僕に迫った。
「さあ、どうする? 絵里香さんが存在しない世界だって、思いのまま。それでも啓太さんには、どんな美女だって、一目惚れしてくれる。世界一のお金持ちにもなれるし、スポーツ選手になれば、オリンピックで金メダルを取ることだって、簡単だわ。世界一の有名人にもなれるわ! あなたの望みは、何でもかなう……」
アニマの言葉は、蠱惑的だった。アラビアン・ナイトの、魔神を呼び出すランプの話があるが、アニマの誘惑はまさにそれだった。僕はクラクラとなって、必死に自分の欲望を抑えた。
駄目だ!
そんなの、僕の願いじゃない!
僕は決意した。
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