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夕方だろうか、僕の部屋には西日が差し込み、壁をほんのり赤く染めていた。
部屋の西隅に、勉強机があって、そこに僕がいた。背格好から、今の僕だ。机に向かっているところから、勉強をしているのかと思ったら、背を丸め、俯き加減で何かに熱中している。手元を見ると、携帯ゲームがあった。どうやら僕は、ゲームに夢中になっているようだった。
部屋を見回すと、壁のあちこちに天宮奈々のグラビアの切抜きや、ピンナップ写真がベタベタと貼られていた。
ごく普通の、高校生の部屋だ。
もう一人の僕は、ゲームに飽きたのか、スイッチを切ってゲーム機を放り投げ、あーあ、と伸びをして立ち上がった。
そのまま部屋を出ると、とんとんと階段を降り、玄関に向かった。玄関で靴を履き、そのまま外へ出た。外へ出ると、母親が窓越しに声を掛けた。
「こんな時間に、どこへ行くの?」
母親の問い掛けに、僕は生返事をして、ぶらぶらと歩き始めた。
この時、僕は傍観者から、完全にもう一人の僕と同化していた。
「これが、絵里香さんと結婚の約束をしなかった、もう一人の啓太さんよ」
気がつくと、アニマが僕と一緒に歩いていた。
僕は立ち止まった。立ち止まった僕に、アニマは話し掛けた。
「この時間線に、真兼絵里香さんは、存在しないの。もちろん、真兼病院も、高校もね。病院や、高校は存在するけど、それは別の名前、経営者によって存在します。これは、あなたが熱望していた、平々凡々とした高校生活の世界です」
絵里香がいないって?
僕は自分の記憶をさらってみた。
確かに真兼絵里香の記憶はある。が、それは記憶の片隅にあって、どこか曖昧としていた。真兼絵里香という名前から、顔を思い浮かべようとしたが、どういうわけか、ぼんやりとしていて、曇りガラスを透かして見るように、努力が要った。
もう一つの記憶は、断続がなく、幼児から小学校、中学校、高校と一続きの記憶として思い出せた。
それは平々凡々、波風のない、ある意味退屈な日常が続く日々だった。のっぺりとした、灰色の年月だ。
そんな僕を、アニマは面白そうに観察していた。
「どう? これが啓太さんの、理想の生活。いつも思っていた、平々凡々な毎日よ」
「ああ、そ、そうだな……僕は、こんな毎日を夢見ていたんだ……」
アニマに答えた僕だったが、言葉にどうしても力が入らなかった。どういうわけか、僕には強い喪失感があった。
絵里香との恐怖に満ちた毎日を、僕は思い返していた。なぜか、その記憶は、極彩色に彩られているように思えたのは、不思議だった。
アニマはするりと、言葉を続けた。
「
僕は曖昧に頷いた。僕だってSFの一冊や、二冊、読んでいる。小説だけじゃなく、マンガや、アニメだって、見ているから〝並行宇宙〟という言葉の意味くらい、判る。
宇宙は一つだけじゃなく、無数に──それこそ無限に──存在するのだそうだ。ほんの少し違った世界、例えば真兼絵里香が存在しない世界だったり、あるいは歴史が大幅に違って、第二次大戦でドイツが勝利した世界だったり、日本がアメリカに勝利した世界だってあり得る。
「ここは、真兼絵里香さんがいない、並行宇宙のひとつ。無限に存在する、平凡な生活の啓太さんの宇宙のひとつ……。ほら!」
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