第3話闇との契約
広告屋 池中光一 第3部
2月1日東京支店の始動である、朝からの来客に備えるために私と稲田、マキの3人は前日より東京に入り準備をした。私達が何かをするのではないが始動日に私がおれば何かの役に立つと考えたのと、タダシ初め東京のスタッフにも会社は本気で東京支店の事を考えているんだと思ってもらいたかった。朝9時から花屋の行列が始まった、支店オープン祝いの蘭の行列である。大阪のプロジェクト参加企業の東京本社、東京支社の名前が殆どでその中に個人名が一人上川誠一の名前を見つけた。私はあえて隠さなかった、彼の花は他の団体に対するお守りになると考えたのだ。
10時前にダブル専務が登場し驚いた。
「いい事務所だね、おめでとう」
「おめでとう池中社長、東京は市場が大きいし新しいものがそこら中に転がっている但し玉石混合だがね頑張って、その中から宝石を見つけてください」川上専務の話は意味深である、いらん土地をつかまされるなと言うことなんだろう。
「君の自慢のデジタル事業部も東京に来ているのかね」相川専務に聞かれた。
「はい来ています、既に受注を受けフル稼働中です」
稲田もタダシも次から次に来られる来客の応対に必死であった、私もダブル専務だけに対応する訳にいかず他の来客にも挨拶をしていたらダブル専務に呼ばれた。
「東京で新たな銀行を開拓しているみたいですね、相川専務と話して君の会社のバックに銀行団を形成して1行ではなく3行ぐらいのシンジケートを組ませて融資をさせる計画を進めているんですよ、でないと君の会社を飲みこもうとする銀行が出てくるかもしれないからね」
「その件ですが私にも考えがあり大阪でお話しが出来たらと思っています」
「明日は大阪か」
「今日の夜には大阪に戻ります」
「それじゃ明日の13時に電話をくれないか、相川専務と打ち合わせが終わる時間でね」
「分かりました必ず連絡します」
昼をまわり来客が誰もいなくなった会社のロビーで4人は顔を合わせてため息をついた。
「タダシ感覚はどうや」
「仕事を出すので直ぐに来てくれが7社、マーケの依頼が5社ありました」
「初日は挨拶だけだと思っていたのに仕事の話だらけやった」稲田が疲れ切って嘆いた。
「お茶を出すのが大変で途中でお茶碗を買いに行ってもらったんですよ」
「今日は各企業の大阪からの連絡が行き渡っていて、ご祝儀の仕事が舞い込んだだけや、これからは東京支店の実力で取らなあかん」
「京浜さんから頂いている仕事も合わせ頑張ってくれよ、原稿はいくらでも書いて東京に送る、タダシもそろそろ爪を隠さずに自分でも書け」
お昼でも食べようとしているところに石川次長が部下を連れて現れた。
「池中社長、東京オフィスオープンおめでとうございます」
「ありがとうございます、石川次長もご栄転おめでとうございます、今後ともよろしくお願いいたします」
そこに俺を上川に引き合わせた関西を基盤に最近は関東方面も拡大している難波建築工業大阪本社の江川部長が知らない男性を連れて入ってきた。
「石川次長この度はご栄転おめでとうございます」
「江川さん大阪から来られたんですか」
「こちらで打合わせがございまして」
「石川次長、失礼して池中社長に挨拶をさせていただきます」
「それはそうだ光オフィスのオープン祝いに来てるんだもの」
「池中社長、東京支店開設おめでとうございます、当社の東京営業部の八島も挨拶に連れてきました」八島の名刺には取締役営業部長と書いてあった。石川次長は既に面識があるようで軽く会釈をする程度の挨拶をしていた。
「ここなら当社からは歩いてこられますね」八島取締役が言った。
「そうなんです、うちも丸の内なんで歩いてこられますよ」石川次長が答えた。
「ここは目立たない場所なんですがみなさんの会社に呼ばれても直ぐに行ける場所だと思い契約しました」
石川次長は小さな声で東京プロジェクトの顔合わせの日程を調整しているので後日連絡をするよと言って帰って行かれた。タダシに仕事を2件土産に置いて行った。
「池中社長、近日中に東京で飲みましょう、当社が席を用意しますので次来られるスケジュールを江川にでも連絡をしておいてください」ゼネコンも帰って行ったがタダシはゼネコンのホームページを受注していた。
「あかん初日でパンクや、社長何とかしてください」タダシの悲鳴が出た。
「支社長、頑張ってやり抜きましょう」いつの間にか西が横に来ていた。
私達は東京のスタッフに別れを告げ4時の新幹線に乗った。マキは弁当を2個とシュウマイにビールを持っていた。稲田も買おうとしたのでグリーンはパッセンジャーサービスが買いに行ってくれるから中で買えばいいと教えた、但しマキの買った弁当はないとだけ付け加えた。新幹線のグリーン車の席を向い合わせにし大阪まで酒盛りが続いた。
「東京の人員を確保しないといけないんだが、東京に行きたい奴を捕まえないとあかん」
「それやけど、3人ほど面接で面白い人材を確保してる」
「直ぐに採用して光の仕事の仕方を教えてくれ」
「明日呼んでるから一応はあってくれ」
「分かった社長室に連れて来てくれ、それとマキに頼んどいたんやけど俺の横に役員室を作ったから明日引越せ」
「何も聞いてないぞ」
「何も言ってない、明日家に車が8時に迎えに行く、お前専用の車と運転手や」
「俺に運転手付きの車、俺が運転でお前を迎えに行くならまだしも」
「あかんお前は役員として取引先や銀行と接しなあかん俺は叩き上げや、お前は光のエリートや自覚しておいてくれ」
「俺は中途採用の社員や」
「今は違う大阪は完全にお前が動かしている」
「家帰るのが遅くなったらどうしたらええねん、8時には解放したれ」
「分かった」
「どこに行くにも必ず乗って行けよ」
これで稲田は光の役員としての貫禄も付くはずである。まずは外面からや。
新大阪で稲田と別れマキにどうするか尋ねると。
「光ちゃんあまり食べてないからお腹空いてないんか」
「少し空いてる」
「それじゃマキが見つけた店に行こ」
「私が説明するからタクシーに乗って」
マキに連れて行かれたのは会社のすぐそばに最近できたオープンカフェのようなレストランバーであった。
「土曜の帰りに御洒落や思って、お昼食べに入ったら美味しかってん、イタリアンポイ料理を出すねんけどスペインバルなんやて」
店は若いサラリーマンとOLでそこそこ入っていた。
席に着きメニューを見ると本格的なスペイン料理店であることが分かった。
「1杯目のドリンクは俺に任せてくれな、食べ物はマキが頼み」
ウエイターを呼んでアンバーエクスポートとマンサニージャを頼んだ。マキはエビの塩フリット、ラムチョップ、野菜のアビージョ、パエリアを頼み満足していた。
「マンサニージャてなに」
「ドライシェリーを絞ったジントニックみたいなもんや、スペインでは食前酒みたいなもんかな」
「アンバー何とかわ」
「スペインビールや」
「光ちゃん何でスペインの事詳しいん」
「若いころに1ヶ月ほど旅行をしてたんや」
「初耳や」
「初めて人に話した、タダシも知らん事や」
「タダシさんが知らん秘密を私だけが知ったん、嬉しい」
「それやったら夜の事は二人だけの秘密違うんか」
「当たり前や、あんなことやこんなことは人に話でけへん」
「マキも料理簡単に頼んでたやんか」
「全部写真付きのメニューや」
「そうか」
「スペインで何してたん」
「大きなリュック背負てうろうろしてただけや、バックパッカーや」
「ふーん白人が何人かでリック背負て京都の町や大阪城をうろうろしてるのと一緒か」
「そうや」
店の料理はおいしかった、本格的なスペイン料理は旅から帰って来て初めて口にした。しかし会社に近すぎる社員たちの憩いの場を潰しかねないので今日を最後にすることにした。
「光ちゃん18年入れんかったね、もう行けへんつもりやろ、社員に悪いとか考えて」
相変わらずマキは鋭かった、帰りのタクシーで私の手をもてあそびながら私の心の中を見透かしていた。
翌日は朝から稲田の引っ越しで横がうるさく何んぼほど書類があるんやと驚いた。
途中私の部屋に一度顔を出し車最高や新聞も良く読めた感謝やと言っていた。
お昼を回り川上専務に電話をすると2時に会社に来てくれと言われ電話を切ってマキに出かけると内線を入れて鞄に書類を詰めて外出した、外出するとマキが部屋の鍵を閉めに来る、時たま掃除もしてくれているようでゴミ箱はいつも綺麗になっている。
喫茶店で少し時間を潰して川上専務の会社に行くと新しいプロジェクトのリーダーになった高橋次長が受付に立っていて手招きでエレベーターに乗った。
「高橋次長が受付に立っていたら緊張するじゃないですか」
「東京おめでとう」
「ありがとうございます」
「今日は私も会議に入るように言われているんですよ」
「そうだったんですか」
「3人の闇を見せていただきますよ」
「闇なんて何もないですよ」
「そうしときましょう」
相変わらずクールな人だ。
ダブル専務と高橋次長に新たな銀行、3行紹介を受けていて不良債権は関東中にあることを説明し但し紹介者は浪速建築工業で50%は工事発注すること、工事単価はよそと同じで欲は出さない。大証2部上場を東証1部上場に格上げをしたいのが目的であり、大阪本社から役員が東京の営業部長として就任してプロジェクトの担当をすると言っている事までを一気に話した。
「話は分かった100%発注しなくてもいいのか」相川専務が聞いてきた。
「100%出すのであれば全てをゼネコンのJVにしないと難波建築工業には無理があると思います」
「私は100%発注で30%を完全発注し70%をJVにしていただける方が安心するんだがね、そうだろう高橋君」
「そうですねホテルの工事は浪速建築工業のおかげで価格を落とす事が出来ましたがまだまだ東京では名前の売れていない建築会社ですから販売時のデメリットもあるでしょうね」
「一部は設計会社を有名処で進めるのも手ですよね」
「池中社長、今の話を難波さんに理解を求めてJVにしてもらえっればありがたい」川上専務
「分かりましたゼネコンさんと話をします」
仕事の話はそこまでで私の会社の話になった。
「池中君も今はやりの上場を考えているのかね」相川専
「そこまではまだ考えていませんが資本金は2月1日で1億にしました」
「そうか税務署から逃げたな、これで国税が来るまで2年は最低時間がある」相川専務が笑いながら言った。
「税金逃れじゃないんですよ銀行が資本金を積とうるさくて」
「そういうことか」相川専務
「上場するなら声をかけてくれよ、株を持たせてもらうからね」川上専務
「当然私もだよ」相川専務
会社の話をし高橋次長に受付まで送られて
「株、私も買うからね」と言われた。
上場も考えなくてはいけないかもしれない。
会社に戻り上川に電話を入れた。
「ゼネコンの発注の件ですが30%は確保しました、それと残り70%はJVで難波建築工業さんに入っていただきます、一応100%受注と言う形にしました」
「それはいい話ですね、今日はどこにいるんですか大阪です」
「残念です、祝杯を上げたかったんですが東京なんです、次に大阪か東京でお会いできるときに置いておきましょう」電話を切った。俺も難波建築工業の株を買っておこうと考えてしまった、多分ダブル専務と高橋次長は株をすぐに買うはずだ。
稲田の大阪プロジェクトは順調で大きなお金が動いては一部が会社に還元される、光徳の専務はたまに解体屋の指定をしてくるぐらいで金の無心はまだない。
東京のプロジェクト会議が始まる慌ただしい日が続き東京での土地買収がスタートした、さすがに東京である坪単価が違うダブル専務が言ったシンジケートからの融資が必要になり上川とも話し3銀行に絞り込み話合いの末、500憶までのシンジケート融資が確定した。
東京のプロジェクトの各デベロッパーの担当とも仲良く話が出来るようになり大阪で話した新聞の部数や広告金額、マーケの話は東京でもうけたが大阪弁がひどすぎると笑われた。
上川ルートの銀行の不良債権はプロジェクトの人間を驚かせた、不良債権は都心から関東圏全域にあり第1回目の買い付けは250憶を越えた。仕事は増え社員の数もそれに合わせるように増えついに東京での募集も始まった。急成長企業であるためか仕事がきついイメージがあり中々人材発掘に苦労をしたが20代の若手を5人採用しタダシが大阪から鍛えられて来ている人間とパートナーを組ませ上手く動かしだした。東京日帰りが増えマキの怒りが頂点に達し始めた。
「光ちゃん、私な最近コンビニ弁当ばっかりやねんで」
「俺も新幹線の弁当に飽きてきた」
「仕事忙し過ぎや、経理に一人入れて」
「直ぐに手配して採用し」
「手配はしてる、明日から5人ほど面接や」
「経理は大事な会社の一部や信頼のおける人を取りや」
「そう思てるねんけど履歴書だけでは分かれへんねん」
「面接の第1印象を大事にし、椅子に座るところからしっかり見て観察しマキの感は鋭いから大概は見抜けるで」
「そうかなあ」
「そうや、マキが採用した人間は誰もやめへんやろ、そこがポイントや」
「明日の土曜日は時間あるん」
「午前中は会社や、午後には手が空く」
「新しいマンションの内覧会に行きたいねん」
「そうか、もうそんな時期か」
2月から走り抜いてもうすぐ4月になろうとしていた。難波建築工業は東京と大阪で今季来期分の受注を伸ばし東証2部にも上場を果たした、私の株も少しは利益が出ているようである。
マンションの内覧会は派手であった高級車が多く止められ私のフェラーリがくすんでいた。
「池中社長」西上君が声をかけてきた。
「最上階は私がご案内いたします」
マンションのロビーにいた人達が私とマキを見た。
「最上階は素晴らしい景色ですよ」
部屋に案内された、そしてモデルルームがそこにあった。
「凄い本物のマンションはモデルルームよりも開放感がある」
マキは窓に行き外を眺めている。
「素晴らしい出来栄えですね家具も全て新品同様になっていますね」
「カーテンは同じものを新調しました」
「ありがとうございます」
「来週から引っ越しが出来るんですが、順番は抽選なんですよ」
「マキに引かせます、私が引いて後の方なら何を言われるか」
「うちが抽選のくじ引き担当なん」
「お願いします」西上君が頼んでくれた。
抽選の結果はそんなには悪くなく4月7日が引っ越し日になった。マキは家具屋さんに電話をし搬入を頼んだ、支払いはマキが全額払っていたため途中で工房に何度もマキは見に行っていたらしい、家具屋は頑張って良いものを作ってくれた。
家は引っ越し屋に全て荷造りまで任し私は東京にいた。
「出かける時に今日の帰りは梅田やで間違って上六に行きなや」
帰りの新幹線でマキに言われたことを思い出し梅田のマンションに帰った。
何から何まで全て引っ越し会社がしてくれて車まで運んでくれていた。
部屋に入ると引っ越しは全て終わっていてマキがリビングで一人ぽつんといた。
「お帰り、ここ広すぎや一人で居ると寂しなる」
「飯まだやろ、何か食いに行こ」
ここはやはり広すぎたのかマキがぽつんと一人でリビングにいる景色に私も寂しさを感じた。
しかし上六以上に梅田は便利だ、上六には静かな夜が訪れるが梅田には静かな夜はない、どこを歩いていても人がいる、店も開いている。どこか違う国のような気もした。マキと二人で串カツ屋に入り食事をして部屋に帰ってマキから全ての部屋の説明を受けた。
「あの家具屋さんにお願いした家具見てベッドも私のドレッサーも光ちゃんの机も全て最高の出来具合や、いただいた家具が古なったらあの家具屋さんでまたオーダーするねん」
少し寂しさも和らぎ元気になったマキはリビングにワインのボトルとグラスを置き引越し祝いをしよと言った、部屋の明かりを半分にし二人だけのお祝いを最上階からの景色を見ながら楽しんだ。
週が明け月曜の昼に忘れていた人が訪ねてきた。
「内線で社長、株式会社企業警備保障の飯田様がアポイントは無いがお会いしたいと来られていますが」
少し考えて思い出した刑事さんや
「直ぐに社長室に案内して下さい」
「社長覚えていてくれてたんですね、ありがとうございます」彼の名刺をもらった。
「警備の会社ですか」
「警備には違いがないんですが企業に集るやくざや右翼等の対応を会社に変わり我々が代行する会社です、社員は全て大阪府警OBです」
「面白い会社ですね」
「顧問料は月に5万円で問題が生じた時には経費を頂くシステムです」
「うちも顧問していただけますか」
「もちろんです、今日は営業に来たんですよ」
安くすんで良かったと思った。
内線で青木さんを呼び手続きを任せた。
「社長このステッカーを会社の入り口の良く分かる処に貼ってください基本的にこのステッカーが貼られている会社には大きな組織は来ません、良く言い聞かせていますから」
「1度飲みに行きましょう。紹介できる会社も多いと思いますよ」
「ありがとうございます、それでは失礼します」飯田さんは帰って行った。
内線でマキを呼んだ。
「このステッカー誰かに言って会社の入り口の目立つところに貼ってくれ」
「何このダサイステッカーは」
「やくざが来なくなるお札や」
マキはダサいとまた行って部屋を出て行った。
4月から消費税も5%に上がって請求書のソフトを作り替えるとか騒いでいたのは出来たのか、野村證券が総会屋の関係企業に利益供与をして社長が辞任してたし難波建築工業の株はインサイダーにはならないか心配である。
4月に入り大阪のプロジェクトも東京のプロジェクトもデベロッパーは入手した土地で2年間はお腹がいっぱいになり3年以上かかる大型案件や超高層案件に絞り込みだして検討するが用地は少なくなってきたが決済金額に変動はなかった。5月に幕張の横の莫大な土地を持つ北海道の会社が危ないらしく銀行から引き取り要請が来て6社JVで成立し土地を抱いた、超高層マンションが6棟出来るらしくプロジェクトでも大騒ぎをしたが最後は決着がついた。ゼネコンは3社JVで少し強引ではあったが難波を参加させた。
「池中さん難波が好きですね」
「難波のプロジェクトでもありますが、あそこが参加すると東京の工事費が大阪並みに下がるんが利益確保と販売価格調整に凄く役立っていると思いまして」
「そうですね、あそこは東京価格がないですからね、大きくなる可能性のあるゼネコンですね」
上川から電話がかかってきた。
「東京でも最大のビックプロジェクトに押し込んでくれてありがとう、お礼と言っては何だが難波のネーミングを改めさせてみようと思うんですよ、ナニワの言葉だけを残して検討したいんで担当と役員を生かせるので受けてやってください、もちろん大阪で、ですよ」
4月の末に難波建築工業の専務と取締役担当部長が会社に来て社名のロゴとネーミングの見直しを依頼された上にビックプロジェクトのお礼に一席持ちたいと言われ恐縮していると必ず5時に迎えの車をよこすから来て欲しいと言われ了解した。
稲田が「大きな仕事を取ったな上場企業のネーミングなんか朝霧でもよう取らんわ」
「そうなんか金になるんか」
「最低1億の仕事や」
「そんなに金かけるんか」
「ネーミングを変えたらテレビCMや新聞雑誌に広告を打つ全部まとめたら5億にはなるで」
「頑張ってや、担当取締役」
「お前が受けたん違うんか」
「いや会社が受けたんや、そやから担当取締役にも同席してもろたんや」
「騙された、大概忙しいのに」
ぶつぶつ言いながら部屋を出て行った稲田だが少し嬉しそうであった。
5時になり車が来ていますとマキが内線で知らせてきたので早く帰ると約束して内線を切った。
車はそう遠くない心斎橋吉兆に付けられて私が下りると江川部長が玄関で待っていてくれた。
「今日は無理を言ってすみません、池中社長は忙し過ぎて誰も捕まえる事が出来ない人だから強引に専務がお願いしたんですよ」
「そんな事はないですよ、何時でもお付き合いはします」
「全員揃っていますお入りください」
部屋に通されると私が上座で栗原専務と松木取締役、江川部長が下座に3人で座る格好になった。あまりに、この並び方は歪なので専務に私の横に来ていただき並び方を変えた。
「今日は池中社長とは初めての面談で失礼しました、本来であれば1月に発表のあったホテルの建築計画の時にお礼に伺うのが筋でしたが中々池中社長のお手すきのお時間が無くて今日まで延び延びになり申し訳ありませんでした」
「あのホテルの建築にJVで参加したことで社名が一気に全国区になりどこの支社支店も営業がしやすくなったと張り切り受注が大きく伸びています」松木取締役
「それに今度は日本最大のマンション計画への参加、私どもが望んでも手の届かなかった仕事を受注させていただきました、このご恩は会社の誰もが忘れる事はありません、当社で出来る事は何でも気楽におっしゃってください」栗原専務
「いや私のような駆け出しの青二才にそこまで気を使わないでください」
「何を言われているんですか光さんはこれからますます伸びますよ、何でしたら関連企業全ての社名変更を発注いたしますよ」松木取締役が言い4人で笑った。
お酒も進み東京の難波プロジェクトの話になり
「3年分で500憶は確実にプロジェクトから仕事が行きます、私の別のプロジェクトにも参加いただいてますから、まだまだ受注は伸びます受注体制を宜しくお願いいたします」
「早い工事は夏にも始まります、ミスや事故の無いように万全を期して取り組みます」
「池中社長はどこにお住まいですか」
「梅田の東興さんの建てた超高層に4月に最近引っ越しました」
「あれは良いマンションです構造が素晴らしい免震構造で折れる事がないから安心ですね、何階をお買いになったんですか」松木取締役
「一番上を」
「最上階ですか、確か最上階は1件しかないはずですよね」江川部長
「江川君、引っ越し祝いはちゃんとしてるんだろうね」栗原専務
「はい江川部長からは素晴らしい家具を頂きました妻も凄く喜んでいました」
江川部長を助けておいた。
「それは良い事をした」栗原専務
「専務予定の7時です」松木取締役が時間を気にして専務に言った。
「強引に来ていただいたんですが政治家からの同じく強引な呼び出しで行かなければなりません江川を置いて行きますからゆっくりして居って下さい、お送りも無用です」二人の役員が消えた。
「池中社長、先ほどは、ありがとうございました、首が飛ぶかと思いました」
「池中社長がしていただいている事は当社のどの役員も出来なかったことです」
「いやこの仕事を纏められたのは江川部長ですよ、当社がチンピラに困っているのを助けていただいたからですよ」
「あんなことは簡単な後始末です」
「でも全てがうまく運び良かったですね」
「6月の株式総会で役員に昇格することが決まりました」
「それは良かった、おめでとうございます」
「池中社長に逃げられたらすぐに降格しますよ」
「そろそろ私も逃げていいですか、この後2件新地のクラブに行ったことにしといて下さい、江川部長は誰かを連れて行ってくださいよ、ばれない為に」
私は江川部長に別れを告げ歩いて堺筋に出てマキの携帯に電話をした。
「光ちゃん今どこ」
「長堀や」
「北浜のバーにすぐに来て電話が切れた」
タクシーで店に駆け付けるとやくざ者が席に座り凄んでいた。私を見るとこの女の連れかと言われた。
「そうだが、それがどうした」
「俺の酒が飲めんと言いくさるんか、お前が代わりに飲むんか」
「お客さん絡み過ぎですよ、やめてください」マスターが言った。
その時にエレベーターが開き2人の大きな男が入ってきた、やくざ者に近づき肩に手を置き
「チンピラ帰るで」と言った。
「誰じゃお前ら」
「関東上川組の大阪支部の頭してる入山や」
「待って下さい。何でそんな大物が出て来るんや」
「口を閉じて早く帰れば見逃す、何か聞きたい事が有るなら事務所で聞く」
男は大人しくなり金を払い帰ろうとしたが
「堅気さんに謝れ」
「すみませんでした」
「こいつは2度とここには来させませんご迷惑を掛けました」
2人のやくざは私に深々と頭を下げ帰って行った。
「何かありそうなんで上川さんに頼んだ、何もなければここの客として1杯だけ飲んで帰ることにしてもらっていた」
「光ちゃんに電話を入れよ思てんけど睨まれて、マスターが中に入って大変やってん」
「もう大丈夫や、企業警備保障より上川の方が早いと思たんや」
携帯電話が鳴った。
「池中さん、大阪でもボディガードを付けます、大事な体や危ない事には今日のように対応して下さい」
「ありがとうございました」
「今日の阿保は、うちの親戚筋の枝の枝のチンピラです、多分あなたなら殴り倒しておしまいの相手ですが、やくざはめんどくさいからやめてくださいね、それではごゆっくり」電話は切れた。
「今のチンピラは本物のやくざだったみたいや、こんなオフィス街にも現れるんや」
「池中さん危ない世界の人とも付き合いがあるんですか」
「今のは関東上川組総長上川で友達や」
「凄い友達ですね」
「そうやねん付合い辞めて言うても、二人で西成にお好み焼き食べに行ったりしてるんですよ」
「マキもその後行って美味しい言うて食べてたやないか」
「付き合いと食べることを一緒にしたら罰が当たる」
「意味が全然分からん」
マスターが笑っていた。
「マスター私に18年をハーフロックで」
「うちも同じものを下さい」
「マスターゴールデンウイークは」
「休み以外開けてますし電話くれたら開けますよ」
「光ちゃんどこも行けんつもりやろ」
「どこ行っても満員や6月に2泊でどこか行こ、それよりゴールデンウイークに両親呼んで大阪見物させたり」
「そうや、忘れてた。そうするわ、アウディー使うで」
「どうぞ、どうぞ、アウディー乗って会社行って稲田に説教されてんからな」
「なんでやのん」
「あまりにも似合わん言うて」
カウンター越しにマスターも「似合いませんよ、やくざが市営バスに定期券で乗っているみたいですよ」
「何か説得力がありそうで分からん例えや」マキはよけいに混乱した。
次の日の昼にマキが社長室に来て
「ゴールデンウイーク3人来てもいいか」
「誰が増えたん」
「親戚のおねえちゃんも連れて行って、頼まれたみたいなんや」
「布団の用意は出来てるんか」
「お客さんようにあと二組用意してるから大丈夫や」
「それじゃ呼んであげればいい」
「ありがとう賑やかになるわ」
5月3日に来て5日に帰るらしいがマキの予想では1日早くなりそうで3泊4日になるかもしれんと言っていた。
2日に会社に両親と親戚の従姉と言うのがやってきた。
社長室に案内して少し時間を潰してもらった。
「自社ビルと聞いていたが立派なビルや」父良蔵
「社長室も凄いけど横の応接には驚かされましたテレビのドラマに出てくる部屋や」母理恵
「マキチャン凄いところにお嫁さんに行ってんね」従姉亜紀
「壁の賞状は大手企業からの感謝状ばかりやし結婚式の時のお客さんも凄かったもんね」母理恵
「早くマンションが見たいわ」従姉亜紀
「梅田て、言うてたけど新大阪で降りてタクシーに乗ったからどこか分からんかったなあ」母理恵
「この机大きくて仕事しやすそうや、わしの机の倍以上ある」父良蔵
「父さんは役員言うても岡山の会社で光一さんは社長さんやし大阪本社の都会の会社や今や東京にも支店が有るてマキが言うてた」母理恵
「ごめん待たせた、光ちゃんは後から直ぐ追いかけて来るから車で行こ、稲田取締役の運転手さん借りたから」
「マキええんかそんなことして」母理恵
「稲田取締役さんがそうしろて言うてくれてん」
稲田の車で4人はマンションに向かった。
10分とかからずにマンションに付き運転手に礼を言って帰した。
エレベーターで最上階に上がり部屋に入った。
「何この玄関の広さは」母理恵
リビングに続く扉をマキが明けると30畳近いリビングに3人は声さえ出さずに驚いていた。
眺望で驚き、泊まる部屋が二部屋用意されている事にも驚いていた。
「マキチャン凄いマンションやん、いくらぐらいするん」従姉亜紀
「ちゃんと聞いてないけど3億ほどしたみたいや」
「私の生涯賃金の1,5倍や」父良蔵
「凄いお金持ちやねんね」従姉亜紀
「その代わり仕事で会社に居ても口きけへん日もあるし、東京に行ってる事も多いし大変やで」
「車はフェラーリやろ」
「マキも運転するからアウディーやねん」
「マキまで外車か」
「可愛い奴や日本車と値段もあんまり変われへん」
光一が帰宅した。
「すみませんほったらかしで」
「マキお茶も出てないで早く出しなさい」
「お父さんはビールの方がいいですよね」
「ありがたい、のどが渇いていたところです」
「この後、晩御飯の店を予約していますから」
「光ちゃんどこ行くの」
「北浜の郷の舎の座敷を押さえてる、無理言うて肉料理も追加して置いた」
「やったー正月に持って帰ったお重の店や」
「あのお重は美味しかった」母理恵
「マキチャン旦那さん紹介して」
「ごめん社長室に居てもろたから紹介済やと勘違いした」
「母さんのお姉っさんの娘さんで高山亜紀さん、光ちゃん美人やから見とれたらあかんで」
「この度は御厄介になります、マキちゃんとは姉妹のように育てられて結婚式の披露宴にも出席させていただきました」
「御厄介やなんて遠慮なく自由にしてください」
広いリビングで少し話をしていると携帯が鳴り手配していたタクシーが2台下に来た。
私と父親が1台にマキが母と亜紀さん3人がもう1台に分かれ北浜に向かった。
店では大将が板場に立ち料理を作り私達に出してくれた、料理は手の込んだものが多くマキだけ増量されており約束の肉料理はしゃぶしゃぶ仕立ての料理だが冷蔵庫で冷やされタンパクにいただけた。
「マキちゃん何時もこんなの食べてるん」亜紀
「光ちゃんが居てない時は有り合わせかコンビニ弁当や」
「一人の時は作るのがめんどくさいねん」
「マキチャンは仕事もしてるから大変や」亜紀
「そうじゃないんや、仕事は私がしていたいんや、光ちゃんと、ちょっとでも一緒にいてれるからや」
「マキちゃんの大阪弁だんだん磨きがかかってきたな」亜紀
「会社の会話には大阪弁以外はないもん」
「お父さんお酒いかがですかあの冷蔵庫の中から選んでください、マキもやろ」
「うちも飲むけど亜紀姉ちゃんは酒豪やで」
大将が飛んできた今食べてる肴にはこれですと冷やされたグラスが入ったマスを3個と1升瓶を持って来た。なみなみと注ぎグラスからこぼれたお酒が升に溜まるまで入れる。
3人に日本酒を出し「池中君だけやでと言いながら焼酎のロックを出してくれた。
「うちの店は日本酒を売りにしてるから焼酎を出してないんですが彼だけは特別で隠して出してるんですわ」
「どうして焼酎なんですか」亜紀
「最近焼酎が好きになり食事の時は焼酎なんです、大将ごめんもう飲んでもうた大きいグラスで下さい」
時間をかけて食事を楽しんだ後、少し疲れたと言う両親に部屋の鍵を渡しタクシーの運転手に梅田タワーのエントランスに付けて下さいと言ってお父さんにチケットを渡し先に帰らし3人で北浜のバーに寄った。
「池中さん今日は両手に花ですね」マスター
「「マキの親戚のお姉さんです」
「初めまして亜紀です」
「おねえちゃん美人やろ、マスター一目惚れしたらあかんで、岡山には毎日いかれへんからね」
「マキちゃん、あほな冗談はやめて顔から火が出るやん」
「タバコに火が付くかな」
「光ちゃんは親父ギャグ辞めて」
「親父やもんな、マスター」
「何を飲まれますか」
「3人とも18年のハーフロック」
「マスター緊張してないか」
「してませんよ」グラスを落とした。
「マスターほんとに一目惚れや」
「マキちゃんやめて」
「亜紀姉ちゃんもか、こんな事あるんか」
「俺とマキの時も3時間で一緒に暮らしてたで」
「うちは長い間好きやて言えんかったんや、言う前に同棲してた」
「光ちゃん1度でも好きやて言うてくれたか」
「絶対に1度は言うてる言わされてるはずや」
「許しといたろ、うちは聞いたんを未だに覚えてるもん」
3人は18年で乾杯した。
「このウイスキー美味しいですね、名前は」
マスターが私の顔を見るので横を向いて知らん顔をしていると。
「グレンモレッジの18年シングルモルトです」とマスターが言った、酒の説明はマスターの仕事で私の出番ではない。
他の客もいなくなり4人で話すうちに亜紀さんとマスターも気軽に話せるようになり明日も来るので開けてくれと頼みマンションに帰った。ご両親はお風呂に入り自分たちの部屋でテレビを見て寛いでいた。
「すみません、先に帰らせて」
「いや先にお風呂に入れさせていただき、気持ちが良かったよ」
「母さん浴衣出してたんどう」
「着させてもろてるよ、父さんも浴衣着てますよ」
「明日は私の運転で大阪見物やから適当に寝てね、父さんビールいるなら冷えてるよ」
「1本もらえるか」
「缶ビールやけどええか」
「それで十分や、あそこの日本酒が美味しくて飲み過ぎた、ビール飲んだら寝るよ」
「光ちゃんビールは」
「シャワー浴びてからにする」
「亜紀姉ちゃんお風呂入ってな、お風呂2か所にあるから遠慮なしやで」
「トイレだけや思てたらお風呂も」
「一番奥のゲストルームにもシャワーだけある、光ちゃん今行ったわ」
「私とおばさんらが寝ている部屋の間のお風呂とトイレにマキの寝室の横にトイレとお風呂洗面」
「贅沢なマンションやなあ」
「実はうちも買って何日もしてから分かってん」
「間取りも見んと買ったん」
「光ちゃんもそうやで、取引先が建てたマンションなんや」
「リビングの家具とかカーテンとか全部もらいもんや、父さんと母さんが寝ている部屋や姉ちゃんが寝る部屋の家具やカーテンは私が選んでん」
「凄いお洒落なドレッサーがあった」
「今使てるリビングの家具が古なったら全部そこの家具に替えるねん」
「あかん違う世界の話を聞いてるみたいや、お風呂入る」
何時もなら裸でも平気なのだがパジャマを着てビールを飲んでいるとマキと亜紀さんがほぼ同時にリビングに来てビールを飲んだ。
「明日はどこに行くん」
「大阪城に行って通天閣に上って後は考えてない」
「母さんらが行きたいとこリストアップしてると思う」
「私天王寺の美術館に行きたいんです、今ちょうどモネ展してるんですよ、それが大阪の1番の目的なんです」
「そうか姉ちゃんは絵が好きやったもんね」
「モネ、モネ、モネ」
「どうしたん、へんな光ちゃん」
私は1冊の大きな本を書斎から持って来た。
「この本は私には必要がないので持っていて下さい」
それはモネを特集した画集であった。印刷技術を極めた画集でマニアやモネファンの間では非常に高額で取引されている物であった。
「これ幻のモネの画集です、こんな高価なものは戴けません」
「いえ、出版された時に印刷屋繋がりで、うちが何時も使っている印刷会社の社長が日本美術印刷から取り寄せ頂いたもので誰も、お金は支払っていません。気を遣わずに、どうぞお持ちください」
「姉ちゃん頂いとき、どうせすぐに会社の資料室行の運命や」
「マキちゃん資料室て」
「光ちゃんが1年~2年でため込んだ本や会社の資料を保管する部屋やねんけど半分は光ちゃんの本で占領されている、姉ちゃんこっち来て」
マキは亜紀を書斎に案内した。
「凄い本の量」
「これはもうすぐ会社の資料室行きなんよ」
「だから気にせんと貰って」
「ありがとう知り合いのモネが好きな絵の先生に見せたら大喜びするわ」
翌朝はマキが早く起き味噌汁、卵焼き、めざし、お漬物をテーブルに並べてみんなで朝食を食べた。
「マキちゃんお味噌汁が作れるようになったんや、母さん嬉しい」
「結婚すると変わるもんやな」父も感心しながら朝食を食べていた。
「食べたら大阪城公園に案内するわ、行きたいとこリストはある」
「マキに言われたから書いて来たけど」恥ずかしそうに母親がリストをマキに渡した。
「大阪城公園、新世界、道頓堀、梅田の地下街、海遊館、天満宮、エキスポランド、四天王寺」
「2日掛けてゆっくり案内するけど亜紀姉ちゃんのリクエストの天王寺美術館もコースに入れるわ」
「マキ、かしてみ車で行きやすい順番を付けたるわ」
光一がリストに順番と止めやすい駐車場の簡単な案内も入れた。
「これで完全や、後は私の運転技術だけや」
「それが1番心配や」
「光ちゃん大丈夫や先週は何度も運転してるし、まだあてて無いもん」
「池中君はどうする」
「少し会社に出て書類を整理して晩御飯には合流します」
「休日まで大変だね」
「休日気分で書類整理だから楽なもんですよ」
楽な仕事ではなく光徳の土地に対する解体費用や立退料の計算を稲田と詰める作業で近鉄の高橋さんも応援に来てくれる予定になっている。
「マキ、俺車で行く、帰りに高橋次長に車を貸す約束をしてるから」
「先に出ますがみなさん大阪を楽しんできてください」
マキは大阪城公園に光一は会社に出発した。
会社の入り口横の駐車場に車を止め上がると稲田が直ぐに部屋に入ってきた。
「1件だけやくざがプレハブ建てて不法占拠している土地があるんやけど」
「大丈夫やもう解決しといた」
「何で知ってるんや」
「高橋次長と先週お茶した時に聞いて対処しといた、建築は浪速建築工業を指定にする」
「難波を動かしたんか」
「違う東京や」
「あそこの動きは大胆で早い、いや早すぎるぐらいや」
「それだけ向こうの世界で力があるんやろ」
高橋さんが受付をパスして社長室の扉をノックしながら入ってきた。
「おはようございます」
挨拶を交わし3人がそろって座り直ぐに打ち合わせが始まった。
「池中社長例の件は」
「難波建築工業を指定することで、やくざには出て行ってもらいプレハブは昨日のうちに解体して更地になっているはずです」
「難波さんは喜んでいましたよ」
「あそこは上場企業なのに裏社会に強い会社ですね」
「大阪のど真ん中で建築屋を3代に渡り続けてきた強みでしょうね」
「それはあると思う、組事務所の並びでビルを建てているのを見た時は肝の座った建築会社やと感心した事が有ったが今回のも中々凄い仕事や」
「プレハブはどこの組が建ててたん」
「稲田取締役、知らぬが花て言葉もあるやろ、俺らは広告屋やからな」
「はははそうやった」稲田が笑いでごまかした。
「金は使いましたか」
「多少は動いたでしょうが工事利益で吸収できる範囲でしょう」
「私も解体費や転貸費用を見直しました。全体で2億は高いと思います、高い部分を全てリスト化していますご覧ください」
「ありがとうございます、午前中の作業が無くなりました」
「出来れば午後から赤い奴を借りて帰りたいと思いまして」
「このリストを今すぐ近隣対策を任せている会社にFAXを入れて電話をし検討させます」
1時間ほどで回答が来た。
この数字で頑張るが予備に2000万円程予定して欲しいと言うものであり高橋次長も快諾頂いたので近隣対策会社に作業開始をお願いする電話を入れた。
「借入枠はまだありますか」
「まだ余裕はだいぶありますが」
「千日前で土地が出る予定なんですが入札に出ていただきたいのです」
「千日前のどこですか」
「これが地図でこの斜線を引いている土地なんです」
「マンションもオフィスも無理でホテルはビジネスがやっとなんですが、当社にギャンブルの会社から好条件で建物を30年借り上げると言う話が来ているんですが当社が入札に動くと絶対に何かあると勘ぐり他社が調べ上げて入札に来る可能性があるんですよ。割り込み参加者が出なければ30億です。細かい数字は後でお渡しますお願いできないでしょうか」
「30億ならまだ余裕がある、また銀行用の買い取り保証書を入れてくださいね」
「この土地の利益としては2億を考えています、少ないですが税金手数料は別途違う形でお支払いたします」
「充分ですよ、心配しないでください」
「何時も嫌な立場を押し付け申し訳ない」
なんとか昼までに全てを終わらせ高橋は光一のフェラーリで帰って行った。
社長室で二人が向き合い言た。
「池中、俺にもそろそろすべてを話してくれや」
「そんなに難しい話やない」
「もともとは難波銀行の四ツ橋支店がうちに持ち込んできたビルが裏の大きな駐車場のマンション開発を邪魔していたんや、銀行が不良債権の関係とビルをやくざが一時占拠していて、それを直接銀行から安く買うとやくざを使って価格を落とさせたと悪評が出るのを恐れて大手は手が出せなかった、それをうちが買うことにして更地にし近鉄と新生保に卸したんが始まりや、そこから難波銀行の支店長と不良債権処理担当者が金欲しさに大量の不良債権をうち経由で大手に卸したんや、その時に東興さんで知り合った難波建築工業の江川部長にチンピラとの車事故を解決してもらい関東上川組上川総長と知り合いになり全ての絵は総長が書いている」
「やばくないのか」
「俺はやばくないと信じている」
「ここまで来てやくざの介入はゼロや、こんなことの方が不思議や」
「こんな不動産取引に首突っ込んでくるんか」
「金の匂いのするとこには必ず現れるのがやくざや」
「早い時期にダブル専務が神戸の上と話し合って建築で金を流す約束で初期は助かった」
「後半は上川の力が絶大で今や神戸よりも関東では大きな看板になっていて神戸本家とは分家をし独立組織として認められているみたいや、だから関東上川組どこにも神戸の名前が入っていないやろ」
「東京の商いは全て上川の庇護のもとや」
「どこで儲けるんや上川わ」
「ゼネコンや難波建築工業や、あそこは大阪2部上場企業や、そこを東証1部にしたいんや」
「なんでや」
「今の株価は700円程や、これは東証2部に上場をして最近300円以上上がってる、ちなみに俺も5000万円程小さく目立たんぐらい買って少し儲けてる、東証1部上場後の株価はまだ上がるはずやし上川は1部上場を果たした難波建築工業を完全に掌握し政治銘柄の中堅ゼネコンを吸収して政治の世界と手を結びODA の世界まで手を伸ばそうとしてると思うんや、だから今、俺らのやっている事には興味はないが建築工事の売上高は欲しい、今、俺を殺すわけがないし将来も殺さんと思う、酒を何度か飲んでそう思たんや、上川とのパイプは全て俺がする。稲田は裏社会とはかかわるな、俺が会長になったらお前はタダシが社長を出来る人材に育つまで光の社長をする人間や」
「そこまで考えて動いてるんか、裏の事は何も考えん表の仕事はなんぼでも増やしてくれ俺が責任を持ってやり遂げる」
「むきにならんと肩の力抜いて、腹減らんか」
「喉乾いた、片付けてビール飲みに行こうや」
「行こ、行こ」
さすがにゴールデンウイークのオフィス街は何も開いていない大阪駅前第1ビルまで運転手に休みを出している稲田を連れタクシーで向かった。やはりここには開いている店が数件あった。
「いあらっしゃーい」女性の声に迎えられ店に入った。
「俺らみたいなんが何人か居るてるで」
「ゴールデンウイーク難民や」
「生二つ下さい」
「この串カツセットと刺身盛り合わせにきゅうりの漬物ください」稲田は適当に肴を頼んだ。
「お前、子供どこも連れて遊びにいかんで大丈夫か」
「中学受験で勉強中や、そんなことせんでもと思うねんけどな」
「給料は上がったやろ」
「3月末の明細見て何かの間違いや思たわ」
「それぐらい働いてる」
「あれ12かけたら凄い数字になる」
「下もたまには飲みに連れて行ったり、自腹を見せ付けるんや感謝しよるで」
「相変わらず悪賢い奴や」
「悪賢いけど悪人やないで、生お代わりください」
「俺も生お代わりください」
「俺、今度安く土地手に入れた事を嫁さんに言うたら偉い喜んで今は住宅メーカーと毎日打ち合わせしてる」
「あの株主配当のおかげや」
「税金は残しときや」
「今度はデジタルやと思てるんや」
「タダシの世界か」
「まだ俺らの世界や、俺らは大手が捨て行く案件を拾い集めて仕事を作るんや、今年の始めにうちのポータルサイトに出した家具屋は海外からもオーダーが来て大変らしい、今では500社以上が出店してる今整理をさせ月に1万円から出店できるサービスにして1万店の巨大アケード街を作るんや先越されたら終わりやけどな」
「大手の後ろには面白いもんが転がってる稲田も仕事のネタや思てデジタルの奴ともっと話してみ面白いで」
「俺もパソコンをもっと使うわ」
二人で2時間ほどビールや焼酎を飲み稲田と別れてマンションに戻り少し眠った。
2時間ほど経った時にマキからの電話で起こされた。
「もうそろそろ店に入るから来てね」
「今マンションやから10分もかからないで行ける」
北新地の食道園に予約を入れている。今日は会社名で入れている。接待で稲田がよく利用するので会社名で入れるとサービスがいいらしい。
食道園に着くと既に4人は来ており私の分のビールも出ていた。
「ナイスタイミングや」
「乾杯が先や」
一口飲むと寝ていた頭が呼び起こされて元気が出て来た。
「マキの運転で楽しめましたか」
「楽しめたよ、美術館も海遊館も良かったが私は通天閣が1番楽しかったよ」
「何でよ、お父さん」
「あの素朴さと言うか手作り感は昭和が残っていた、何故か嬉しかったよ」
「私は天王寺美術館で初めて本物のモネを見て感動しました」
「何故か偶然に北浜のマスターにお会いしたしね」
「いややわマキちゃん」亜紀は顔を赤くした。
「あの人は元々朝霧新聞の報道カメラマンをしていた人で中々の人物なんや」
「新聞社の報道カメラマン、凄い人なんですね」
「まあ唯の世捨て人とも言う奴もいてるけどね」
「店開けさせてみんなで後で行きましょう」
私は店を出てマスターに電話をし開けてもらう約束をした。
「マキ食べ過ぎるなよ」
「1キロまでにする」
みんなが笑った。
「ここのお肉も料理も全て美味しいわ、昨日のお店も、お母さんマキチャンが羨ましいわ」
「わしがどこにも連れて行っていないみたいじゃないか」
笑いが絶えない食事を終えて北浜のバーに向かった。
マスターは店を開けて私達の来るのを待っていて私達が3階に上がるとエレベーターを止めに行ってくれた。貸し切りになった。
マキはジンリッキー私とお父さんと亜紀さんは18年で母さんはお酒が薄くて甘いカクテルが出されて乾杯でスタートした。
「このウイスキーは美味しいね」
「これが一番のお気に入りです」
「亜紀姉ちゃん黙ってんと、話をしないと恋は始まりませんよ、マスターも」
「マキちゃん酔っていない」
「こんなぐらいでマキは酔いません、二人とも大人やねんから」
「マスター何か乾き物でも出して」
「光ちゃんが助け舟出してどうするの」
「亜紀姉ちゃんもマスターも目がハートマークに成ってる」
「マキちゃんそれぐらいにしなさい」
「ほら母さんに怒られた」
マスター以外は笑った。
マスターがナッツのお皿を2か所に置き
「彼氏はいないんですか」と聞いた。
「誰もいません」
「友達からでもいいので連絡先を教えて下さい」
「マスターカッコいい」
「マキ」お母さんがたしなめた。
「私、携帯電話がないので私から電話をさせていただきます、でも家の電話番号はここに書いておきます」高山 亜紀000-000-0000
「私の携帯はこの名刺に書いています」
みんなの前でマスターと亜紀さんが電話番号を交換した。
「マスター今日はバイクちがうやろ3杯、私に付けて飲んで下さい。ついでにお代わりを」
「うちもお代わりお願いしますへへへへ」
「マキちゃん、からかわないで私は本気なんやから」
グラスが下に落ちガチャンと割れる音がした。
「みなさんすみません」
「マスターも本気みたいや」二人以外が微笑んだ、二人は伏し目がちに相手を見つめた。
時間は遅くないが余りご両親に負担をかけても行けないので亜紀ちゃんを残して帰ろうか迷ったが全員でマスターに礼を言ってマキの車は運転代行を呼び父親と私がタクシーに乗りマンションに帰った。
次の日は朝5時半にマキに見送られて東京に向かう為にタクシーに乗った。
今日は上川と会い色々な話をしないといけない、また上川から面白い話があるとも言われている、伊丹7時に出発の羽田行はまだ席に余裕があったがビジネスクラスで東京に向かった。雲の上は何時も通りの快晴で気持ちよく東京へ送り届けてくれた。
羽田で約束の場所に以前迎えに来ていただいた女性が来ていて車に案内された。今日はホテルではなく料亭のようなところに案内された、上川は下座に座っていたが私が断固下座だと言いはるのに根負けをしてテーブルを半回転させて下座も上座も無くして向かい合って座った。
「相変わらず頑固な人だ」
「あなたの上座に座れるほど人間が出来ていない」
「今日はせっかくの休みに東京まで呼び出し申し訳ない」
「休みはお互い様だと思いますが」
「私たちの世界には休日とか仕事の日とかの区別はないんですよ」
「そんなもんなんですか」
「朝食は」
「家で食べてきました」
「それではお昼を早く用意させましょう」
「東京はいつ来ても人が多い街で、力を感じますよ」
「東京に引っ越されたらどうですか」
「大阪弁が抜けないのでだめでしょう」
「今日は仕事関係者から面白い話を聞いて来たんですよ」
「何んですか」
「朝霧広告が大阪支店を撤退するにあたり仕事の引き継ぎ先を探しているようなんです」
「条件は」
「大阪の昨年の赤字3億と社員の50%を引き取る事らしいんです」
「営業と新聞社からの天下りにマーケに制作部あたりをつまみ食いして経理、総務、年寄りを捨てていく腹なのでしょう」
「それが東京移動組以外には早期割増退職金で退職を促しているみたいであまり残らない可能性があるんです」
「組合がうるさいし退職金積み立ても50%も準備されているか怪しいもんですね、3億は早期退職金の不足分でしょう」
「1番のポイントは大阪朝霧広告社の名前を使う権利を付けると言うんですよ」
「今、現預金はいくらぐらいありますか」
「20億はあると思います」
「買いましょう、看板を。光大阪朝霧広告でも大阪光朝霧広告でもいいじゃないですか看板代3億は安い買い物じゃないですか、あそこのクライアントも上手くすれば取れますよ」
「クライアントはいりませんが看板は買います。進めていただけますか」
広告代理店の合併吸収はこの先大手も含め始まるのである。
「初めは池中さんの名前は出さずにぎりぎりで出し相手が断れないようにします、当分は二人だけの話にしておいて下さい、ただ朝霧にはそれほど時間はないようですよ」
「楽しみに待っています」
「話は変わりますがプレハブは綺麗にしておきました」
「難波建築工業の特名は昨日確定させました」
「あなたは何もかも手際よく片付けてくれる、助かります」
「いえ上川さんのスピードにはかないません」
「少しお待ちくださいね」
上川が席を立った、庭は良く手入れがされていて新緑が東京の埃もかぶらずに輝いていた。
上川が席に戻ると仲居さんではなく少し貫禄のある男性二人がビールや簡単な肴を運んできた。
「実はここは私が買い取り、私専用の迎賓館にしているんですが何時の仲居さんには休みを出しているので今日はうちの人間に手伝わせています」
「少し驚きました」
「ビールでも飲んで少し落ち着いて話しましょう」
「いただきます」
「難波建築工業の専務さんに、ご馳走になりました」
「ご馳走だけで済むような話ではないんですけどね」
「いえいえ充分ですよ」
「あなたの1番良いところは爪を伸ばさないところです、私達が覚悟している金額の必ず下の報酬しか望まない、他の人間なら俺は東京の上川のバックがいてと勘違いをするんですが、あなたは違う」
「いや今でも頂きすぎています、本業でも儲けさせていただいてこれ以上は罰が当たりますよ」
「今度、私が少しだけ応援している新興のサプリメント会社と通販会社があるんですが、広告や印刷関係の面倒を見てやってください、東京の朝霧広告に相当高いお金で広告や印刷物、デザインを出しているようです、収益はかなり出ていて、まだまだ伸びる会社です、宜しく頼みます」
「ありがとうございます朝霧の看板を頂いた上でご紹介ください」
「分かっていますよ」
「上手くいけば1年半後に難波建築工業は1部に上場し資金力も6000億ぐらいにはなります、株価は私の予測では当初は3000円ぐらいにはなるでしょう池中さん買いなさい、私も別会社で買わせていますこれぐらいは役得ですよ、但し売却は私にして下さい、あなたのお友達も含めて」
「大阪の友達全てに話しておきます」
「賢明な判断です」
全てを見通されている。この流れは上川が作り上げた流れでそれに挑む気はないルールは上川に有る私達は堅気社会で生きているが譲歩は必要である。
「株の話は怒らないでくださいね察しのいいあなたは私の未来を既に見ている、いや見据えているはずです」
「ODAまで行くんですよね」
「素晴らしい」
「多分政治銘柄の中堅建築会社で日本では無名だがアジアでは有名な会社の買収も進められているのかと思います」
「あなたは怖い人だ、私の未来を既に見透かしている」
「だから私はあなたを信用したんです。そこまでの世界を夢見る人は小さな嘘はつかないと」
「大丈夫ですよ、私があなたを最後まで守ります、やくざもお金問題もです、あなたには私と同じ世界まで来てもらわないといけないんです」
時間のたつのは早いお昼を食べ少し日本酒を飲んで既に1時になる。
「上川さん帰りの飛行機の時間が近づいて来てます」
「送らせます羽田ですよね」
「はい羽田です、嫁さんの両親が遊びに来ていて晩飯を食べないといけないので本当に申し訳ないですが今日は帰らせていただきます」
「充分お話は出来ました、私は満足していますよ」
上川は玄関で車に乗り込む私を最後まで見送ってくれた。
帰りの席にはやはり朝の女性が乗り込み羽田まで送り届けてくれた。
マンションに帰りまだ時間があるのでシャワーを浴び東京の酒と汗を流した。
大阪朝霧広告を買収すると話題性もある、ビルが手狭になるのが問題だ、もう一つの大きい方は10年契約で1棟丸々一つの会社に貸しているので追出さすことは出来ない光徳の収益で安いビルを探すかと考えていると携帯が鳴った。
「帰って来てきてる、今から鶴橋のお寿司屋さんに向かうマスターも呼んだってん」
「直ぐに向かう」
鶴橋のすし屋にはまだ誰も来ていなくて少し待っているとマキの賑やかな声が扉の向こうから聞こえてきた。
「マスターこっちですよ」
ご両親に亜紀ちゃんマスターにマキが入ってきたので大きなテーブル席に移動した。
オーダーは全てマキに任せてみんなでビールを飲んだ。
「マキ食べる分んだけを頼まないとお寿司は乾くと美味し無くなるで」
「大丈夫第1回目と2回目に分けて頼んだよ」
「賢いやん」
「食べる事に関しては光ちゃんよりも優れてるんや、マスター堅いで気楽にしてな」
「ここは鶴橋に毎日運び込まれる賢島の魚や貝が沢山あり珍しい魚や貝も多く有りますガラスのケースの中を見て来て下さい」
両親と亜紀さんが見に行き魚貝の種類の多さに感心し席に戻って来た。
2時間ほどの会食の後に最後の夜はマンションの夜景でお酒を飲むことにして家に戻った。
家に戻る時にはマスターと亜紀さんは緊張感が取れていて打ち解けて話していた。梅田のネオンを眼下に気持ちよく飲みマスターが帰る時に宴会は終了した。
翌日はマキが新大阪まで送りに行き、ご両親の大阪見物は終了した。
連休が明け数日が経った時に上川から朝霧大阪の譲渡が決まったと連絡が来た。引き取る社員は東京行きを断った制作2名と営業3名総務経理で2名総勢7名が来る予定だと聞いた。
「譲渡契約書は朝霧の顧問弁護士が作成する、社長は譲渡契約時に顔は出さん、池中さんも弁護士に任せておけばいい、向こうはまだ売ってやった気分や、そのうち東京も食われる」
全ての段取りを上川がしてくれお礼はどうしたらいいか聞くと
「東京で1杯酒をおごれと」だけ言われた、多分泊りになると覚悟した。
「稲田時間あるか」
「1時間ぐらいなら」
「部屋に来てくれ」
稲田が部屋に来た。
「朝霧の大阪支店を買うことにした」
「今、何を言った」
「だから朝霧の大阪支店の譲渡を受ける」
「社員は7名がうちに来る、制作の2名は山田とこにいた奴や、後はお前の知り合いやろ」
「営業先は全て譲渡を受ける、引継ぎの話を朝霧の大阪支社長としてくれ」
「俺がか」
「お前しかおらんやろ、内容も取引先も全て判断できるやろ」
「吸収するんか」
「朝霧広告の名前付きや」
「会社名はどうするねん」
「光朝霧広告にするつもりや」
「新聞社がうるさく言うてけいへんか」
「話はついてる、買い切り面も合意した」
「完全制覇か、ついでに東京に行った時に朝霧東京本社の客2社取ってきたすぐにバレて騒ぎになるわ」
「完全に喧嘩売ってるで」
「うちが、お前の話でJVしよ言うたんを断ってきたんは今の社長や、もう少し恥かしたる」
「せやけどどこからの話や」
「聞かん方がええ先や」
「聞かんわ」
「何時行ったらええねん」
「アポ取って行ってくれたらええ、青木さんも連れて行って経理の引継ぎと仕掛り調べてくれ、後でいらん金は払いたない」
「後は頼む」
稲田が部屋を出て行ったが、扉の向こうで何か考えているらしく稲田は動いていなかった。
来週は東京での物件会議がある石川次長に連絡して状況を先に聞いてみる事にした。
会議は順調でタダシがかなりみんなを説得し調整に動いてるらしい、東京行きを辞めと言うと「たまには顔見せろ、飲みに行こ」と言われ1泊で行く事にした。
タダシに電話を入れて大阪朝霧を買った話をすると、笑いながら大阪光朝霧広告社はダサいから光と朝霧が分かるや名でネーミングを東京の制作でさせるから発表は少し待ってくれと言われたので快諾して置いた。
内線で「マキ、今夜は残業か」
「残業はないです、でも出れるのは6時半ごろになりますよ」
「グランドのバーで待ってる」
「追いかけます」
マキは両親の観光ガイドで疲れているようだが頑張って働いている。今日はゆっくりできる店で美味しいものを食べさせてやろう。
6月になりネーミングが決まった「株式会社朝光」アサコウ。
関西セット版と首都圏版に全面広告を入れて発表した。
ダブル専務は知っていたが多くの取引先の知り合いは新聞を見てお祝いの連絡をくれた。
「池中社長、大胆な事しましたね、うちの社内では少し騒ぎになりましたよ、光が朝霧に食われたん違うか言うて」
「広告には光は朝霧広告大阪支社を引き継ぐと書いています」
「タイトルだけで話をしてる奴がいてたんですよ、お祝いは何がいいですか」
「人も増えるのでお祝いは仕事でお願いします」
「仕事なんて3年分はあるんじゃないですか」
「それじゃ近日中に飲みに行きましょう」
「それでは近鉄で全て仕切らせてもらいますよ」
「お願いします」高橋次長は多分他のデベロッパーにも声をかけて大きな宴会になりそうだと思った。大阪、東京共に順調で銀行もかなりいい物件を出してきている、関東資本のデベロッパーが私に会いたいと言って来ているが会うのはまだ早い気がした。上川からも東京を今年1年で盤石にしてから東京系デベロッパーに合う方が良いとも言われている。ほっておくことにした。朝霧から来た営業は不動産広告の営業ではないためデジタルで好きな事をさせる事にしたら彼らの営業先のホームページやデジタルの仕事を次々に受注した。話を聞くと朝霧はデジタルでの提案は何もしていなかったために焦っていたが光には最新の技術があることが分かり営業先に行くと大変喜ばれて受注に繋がったと言うことらしい、頭の固いのが上に居てると会社も年をとり動きが鈍くなるんかと痛感した。
「稲田、今日は夜開いてるか」
「開いてる」
「久しぶりや飲みに行こうや」
「手が空いたら下に行くから待っててくれ」
「先にグランドのバーに行ってる」
「分かった」内線は切れた。
グランドのバーは稲田がデベロッパーと待ち合わせ場所にしてる為かなり来ているようであるが会社支払いであるためマネージャーは安心して飲ませていた。
「社長、新聞広告見ましたよ、すごい勢いですね、向かいの会社の人はどうですか」
「みんな頑張ってるし給料が上がったて喜んでたわ」
「社長とこの方が高いんですか」
「うちは仕事きつい分給料は高いよ、18年でハーフロックしてください」
「最初のビールはよろしいんですか」
「そうやな、ビールからにするわ」
15分ほどで稲田が来た。
「お待たせ」
「そんなには待ってない、1杯飲んだらお好み焼き屋に行こ」
「どこのお好み焼き屋や」
「西成や」
「偉いとこに知ってる店があるんやな」
「マキも知ってる、7時半には来れる言うてた」
稲田がビールを飲み干し稲田の車で西成に行き運転手は帰らせた。
「梅雨は鬱陶しいてかなわん」稲田
「あんまり蒸し暑いとこなんか行ってないんやろ」
「受注している土地、銀行から出てくる土地は全て見に行ってこの目で判断してるんや」稲田
「そうか俺は最近広告屋としての仕事をあまりしてないからな、ここやこの店や」
「小綺麗な店やんか」
「女将さんもべっぴんさんや」
「いらっしゃいませ、あらまた来てくれたんですか」
「後で大食いも来よるわ、生2杯と大食いが来るまで簡単なもの適当に出して下さい」
「今日はどうしたんや」
「最近、稲田とゆっくり話もしてないから酒でも飲みながらと思たんや」
「そうやな、仕事の話をする時間しか無いもんな」
「朝霧から来た営業、デジタルで活躍してるやろ」
「俺もびっくりするぐらい仕事取って来てる」
「お前が会社飛び出してからは上の頭の固い新聞出がもっと力が強よなって朝から晩まで新聞広告を売りに行かされたみたいや、実際辞めたかったらしいが辞めれんかった言うてたわ。デジタルは上に提案してたらしいけど全然受け入れてもらえんでうちに来てデジタルのレベルの高さが分かって今まで行った先に行ったら何んぼでも仕事取れるて言うてたわ」
「そうかあいつらも最新の武器もたしたら活躍できるんや」
「俺らは頭固なったら現場に口出さんとこ」
「お前、既に口出さんやんけ」
「大阪は稲田、東京はタダシや」
「俺が口出すとこない」
「お待たせ」思っていたよりも早くマキが元気に入ってきた。
それからはマキの天下になり私と稲田はマキの頼む物を少し分けてもらい酒を飲んだ。
「家の設計は出来たんか」
「俺の部屋が出来るんや、4畳半やけどな、子供部屋は二部屋とも6畳あるのにや、でも嬉しいわ」
「稲田さん良かったやん、家に居場所が出来たやん」
「マキちゃん俺は家長や居場所は前からある」
「リビングのソファーやろ、情けない」
「あほソファー言うても1畳はある」
悪いと思ったが笑ってしまった。マキと稲田の漫才は面白い。
「マキ資料渡すから稲田とビル見て来て欲しいんや」
「また買うの」
「本社ビル手瀬間やし、大きいビルに変わりたなってん、今のビルは買値の40%高く売れる言うてくれてる」
「どこのビルや」
「高麗橋のビルや土地も広さも倍になる」
「かなり大きいな」
「1階に5台の駐車スペースがある、お客さんや出入り業者が助かる」
「今度は最上階に社長室を作れよ」
「考えとく」
「明日昼からでも見て来てくれ東興さんの子会社の西上君が案内してくれる」
「正規のルートで買うんか」
「仲介を頼んだだけや、銀行の不良債権や」
「やっぱり闇か」
「闇言うな、人聞きの悪い」
「あんたら二人の漫才も面白いで」と一人でとマキは笑っていた。
急に話を変え「最近ダブル専務、静やね」
「川上さんは社長レースや、相川さんは親会社に行く事が多いみたいや、あそこもいらんもん沢山持ってるからな」
「整理手伝わんでもええんか」
「手伝いがいる時は連絡くれるはずや」
携帯が鳴った。噂をしていた川上専務からの電話で会った。
「池中です」
「すまん夜に電話して」
「どうされたんですか」
「君、関東上川組の幹部に知り合いはおらんか」
「どうしはったんですか」
「うちが買った東京の土地の横に30坪ほど持っていて1坪5000万で引き取れて言うて来てるんや」
「上川組から直接ですか」
「いや上川の枝や言うてる」
「明日こちらっから連絡します、その組の名前と土地の場所FAX入れておいてください、それとまともな金額も」電話は切れた。店に戻るとマキが
「なんかあったん」
「たいしたことない、専務に頼まれ事をされただけや、明日で済む話や」
「またゴミ掃除、手伝わされるん違うんか」
「そうや、大きなゴミをどかさないかん、気にせんと飲もうや」
マキは女将さんところに行き何か話している。
「それお願いします」
「特別な物ないか聞いてたんよ」
「そしたらてっちゃんがある言うてくれはったから二人とも好きやろ」
「どのぐらい頼んだんや」
「300gある言いはったから全部頼んだ」
「お前も頑張って食べろよ」
「うちは、てっちゃん大好きやから言われんでも食べるよ」
2時間ほどでかなり食べて飲んだ、稲田を見送り私たちもタクシーを拾い北浜のバーに行った。
「久しぶり」
「お忙しそうで、新聞見ましたよ」
「18年と言いながらマキを見ると指を自分の顔に当てているので2杯と言った」
「あれから亜紀姉ちゃんと連絡してるん」
「先週の日曜に神戸で会ったよ」
「進んでるやん」
「俺あの子に惚れたわ」
「そうやろ」
「堅気の商売をする」
「何するん」
「カメラマンに戻る、池中さんの会社でつこてくれ」
「この店どうするんや」
「売りに出す」
「なんぼで」
「このままの状態で保証金は持ち回りで200万や」
「俺が買う、俺専用のバーにする」
「辞める前に連絡してや、カメラマンは何時でも採用するけどモデルルームや環境撮影でもええんか」
「何でもする、事務所も借りて商品撮影が出来るようにする」
「マスター本気や結婚考えてるんや」
「こないだ神戸で会ってまだ話してないけど自分の中ではもう決めてる」
「うちがキューピットやで忘れたらあかんで」
「何を偉そうに言ってるねん」
「おめでたいからお代わりください」
明日の上川への連絡どうすればよいのか彼らの本業に対し口を出すことなど出来はしない、上川が知らないことが組織内にあるのか、少し気が重くなってきた。
「光ちゃん何を考えてるん顔が怖い」
「何も考えてないボーとしてただけや」
「本当に、近鉄の川上さんの電話が原因なんちゃうのん」
「違う違う、マスター私にもお代わりを入れてください」
「マキ明日の昼から東京に行くかも知れん」
「昼からやったら1泊の可能性有るから用意せんと」
「これ飲んだら今日は帰ろ」
「1泊やったらあれもせなあかんからね」
「マキちゃんあれてなんや」
「あれはあれや夫婦のあれや」
「これ以上は聞かんとくほうが良さそうや」
マキには光一の何かを考えている横顔に大きな不安が浮き出て見えていたて。
翌日は朝から社長室でFAXを待った。
9時にFAXが来た。
所在地 東京都江戸川区00030坪
隣地所有者 谷口 哲郎
一般価格 坪250万円~300万円
請求価格 坪5000万円
関東上川組内 谷口組と書かれていた。
「池中です」
「どうされました、急にお電話が来るなんて」
「今日は東京ですか」
「大阪に来ています」
「どこかでお会いできないでしょうか、相談があります」
「12時にあなたの会社の前の喫茶店の奥で一人で待っていてください、私も一人で伺います」
「ありがとうございます」
マキに東京行きが無くなったことを伝え少し早く会社を出て向かいの喫茶店に入った。
奧の席に上川は座っていた、何も飲んでいないので今来たところだろう。
「お忙しいのに無理を言って申し訳ありません」
「気にしないでいいですよ、何を飲みますか」
「アイスコーヒーをお願いします」
上川は手を上げて「アイスコーヒーを2杯お願い」と言った
「あなたの仕事関係の話ですか」
「私の仕事関係と上川さんの仕事関係が知らないところで縺れてしまったようで」
「具体的に」
東京で三鉄不動産が開発しようとしていた土地の横に幅1メートル奥行き約100メートルの土地を上川さんところの谷口と言う人が押さえていまして1坪当たり5000万円総額で15億円を要求して来られていて開発がストップしています」
「私にどうしろと」
「正直に言います、私も昨夜遅くにこの話を聞きました、その時にも違和感を覚えました上川さんが我々のプロジェクトに対しこのような事はしてこない、では上川さんところの人が本業としてしているのであれば口を出しては筋が通らない、とにかくお会いしたいと思い昼から東京に行くつもりでいました」
「池中さん、あなたの言う通りこの土地の触り方は私達の本業と言っても過言ではありません、しかし親が仕切っている土地で子供が凌ぎをかける事は、これも筋が通りません、何か住所や所有権者のわかるものはありませんか」
私は先ほど来たFAXのコピーを手渡した。
「これは最初に土地を購入した不動産屋にはめられていますね、うちの谷口と不動産屋があらかじめ端を別登記にして本体の大きな土地を売りつけ端の2足3文の土地を売りつける計画ですよ」
「私もそう思います、不動産のプロがしてはいけないミスをして高いお灸を据えられているとしか思えないのです」
「この話は私に預けてください、夕方に電話を入れます」
それではと上川は喫茶店を出て行ってしまった。会社に戻り一人部屋にいると稲田とマキが入ってきた。
「顔色が悪いぞ、医者に行ったらどうや」
「光ちゃんのことが心配で稲田さんに相談したんや」
「大丈夫や昨日の川上さんからの電話の件は成るようにしかならん、話し合いは済んだ」
「今、少し会社から出て行っただけで済んだん」
「そうや、解決はしてないが話し合いはした」
「誰と話し合ったんや」
「関東上川組上川総長とや」
「どこで」
「向かいの喫茶店で待ち合わせて話をした」
「関東でも5本の指に入る組織のトップと向かいの喫茶店で」
「あの店なら他のやくざは入ってこないからな」
「やっぱり、お前のやっている事は信じる事が出来ん、解決したと思てていいねんな」
「そう思てくれても問題ない」
「マキ、ビル見に行けへんのんか、俺もついて行くで」
「東興さんの西上さんに電話します」
内線がマキから来た。
「13時30分にビルの前で待ち合わせしました、13時15分に稲田さんの車で出発です」
内線が切れた、ビルを買わずに15億を私が出せば話は早かったのではと頭の片隅を過ったがそれでは本質的な解決にもならないし不動産の落とし穴に落ちた経験を生かすことも出来ない、やくざのプロ的な仕事と不動産のプロは必ずどこかで同じ問題にぶつかる、今回は少しだけお灸をされれば2度とこのようなミスをしないだろう。
マキが内線で降りますと告げてきた。
3人で車に乗りビルを見に行った。
確かに大きい北には日商岩井のビル、大広の元本社ビルが建ち完全なオフィス街である。
「池中、大きすぎんか」
「大は小を兼ねるや」
「ここやったら自転車通勤が出来る」
「マキちゃんは社長夫人やと言うことを忘れてるで」
「社長夫人が自転車通勤したらあかんのんか」
「帰りお酒飲まれへんで」
「それはあかん」
「漫才済んだか、西上さんが困ってるで」
ビルの中を案内された。
1階は受付とロビーになっていて打ち合わせスペースとしては広く取れて明るいのがいい。
「1階明るいわ、吹き抜けがあるからやね」
「贅沢なつくりやけど明るくて感じがいい、上も見に行こうや」
「稲田焦るな、ビルに電気来てないから階段や」
「2階から上は全フロアー同じ作りです少しきついですが8階の最上階に行きましょう」
最上階は明るく大広の旧本社ビルよりも背が高いため北向きでも暗くなかった。
「屋上に出れるんですか」
「以前の所有者が屋上を社員に開放していたらしくベンチなども置かれています」
屋上は気持ちが良かった。
「決めたこのビル買う、西上さん手続きしてください」
「早く決め過ぎてない」マキ
「俺は池中に賛成や、ここで新生大阪朝光の出発や」
稲田の元気が俺にも伝染してきた、夕方の電話が楽しみになってきた。
「マキ、稲田昼飯は」
「おなか空き過ぎて倒れそうや」
「俺もまだや」
「西上さんは」
「まだです」
「北浜、静の鰻を食べに行こ」
マキの飛び上がる姿を久しぶりに見た気がした。
マキは特上のご飯大盛りを食べて満足し、西上さんとは鰻屋の前で別れ会社に戻った。
事務的な作業をこなし新しいビルの間取りを考えていた時に携帯が鳴った。
「池中です」
「上川です、今から会社を出る事が出来ますか」
「はい出れます」
「ではグランドホテルのバーでお待ちしています」
「直ぐに向かいます」
グランドビルのバーの一番奥に上川ともう一人男がいた。
「お待たせしました」
「池中さん、彼が谷口組組長の谷口です」
「初めまして朝光の池中です」
「今、東京から着きました」
「お呼びになられたんですか」
「解決をするのに当事者がいなくては話し合いになりません」
「大阪まで申し訳ありません」
「この人は私が全面的に支援している池中社長や」
「この人の事業の一部にお前が食いついた言うことや関東上川組は全面支援を約束している、それを理解したうえで解決策は持って来てるんだな」
「勿論です親が支援している先に食い込むことはありえないことです、ただ今回は経費も掛かっています経費分だけ見ていただきたいのです組長の顔を潰すような話はしません」
「説明をしてください」
「一坪5000万は取り消します、一坪500万で取引してください市場価格よりも高いですが分筆や登記費用、不動産手数料、税金などです」
「分かりました1坪1000万円で、三鉄不動産に買わせます、拒めば私が責任を持って買わせていただきます」
「谷口もそれで納得してるんか、まだ何かあるか」
「何もありません私の顔も立ていただき、いい仕事が出来ました」
「池中さん苦労をかける、今後はプロジェクトメンバーを組内で徹底し絡むのではなく守る方向で動くように話を通す、今日は谷口の顔も立った私の方が礼を言いますよ」
「谷口お前からも礼を言いなさい」
「私のことを大切に考えていただきありがとうございます、東京で何かあればご連絡下さい、うちにも命かけれる奴は10人や20人はいてます遠慮なく連絡ください」
「池中さん会社に帰って近鉄に連絡を入れてあげなさい」
「今日は本当にありがとうございました」
私は二人に深々と頭を下げバーを出た。
会社に帰り川上専務に電話を入れた。
「専務15億の交渉を直接谷口組組長谷口さんと話してきました」
「君自身が合いに行ってくれたのか、無茶をさせて申し訳ない」
「いえ、お会いして交渉し3億で話が付きました、これ以上は多分無理です」
「3億とは安くなった責任を持って決済をさせる君の機動力は素晴らしい感謝している」
「今度お酒をご馳走してください、それでチャラです」
「いや12億の損出を防いでくれたんだよ、私の方で何か考えるよ」
電話を切って川上の決断の速さと責任を持つと言う言葉で何か少しだけ嬉しかった。
内線で稲田とマキに解決したことを伝えた。ビルの引っ越しも近い。
新しいビルのレイアウトが決まった全てに余裕を持たせたレイアウトで少々人が増えても大丈夫であり、社長室、稲田の役員室、役員応接が8階すべてを占めて普段二人では寂しい気がするぐらい広々としている。
「工事来週から入るねんけど近鉄の川上専務さんが仕切る言うて聞けへんねんけど」
「仕切らせたり、この前のお礼のつもりや」
「近鉄の社員さんが何人も来て寸法の図り直しやエレベーターの検査をしてるんで営業は新ビルに行きにくいんや」
「それもすぐや」
稲田の愚痴を聞いて経理に行くと青木さんが横に来て東京の売り上げが目標の160%を超えていてオバーワークに成っているのではと心配して聞いて来た。
「タダシと話をします、人が足りないならすぐに入れさせます、経理から見たらどこがオーバーワークなのかも直ぐにわかるんですね、これからも経理の視点で話をしてください助かります」
「社長それと銀行が何行か挨拶に来たいと言っています」
「マキに私のスケジュールを管理させていますから空いているところに入れてください」
「分かりました」
「奥さんとはまだ頑張っていますか」
「勿論、現役バリバリですよ」
「そこの変態2人、ここには女性が3人いてることを考えて発言するように」
マキに怒られた。
暑い夏がやってきた、不動産広告は少し暇になる時期で9月の秋売りの打ち合わせが中心でもっぱら飲み会の話で盛り上がっている、来週の土曜に業者が来て1日で引っ越しを済ます予定で、机の周りは段ボールの箱だらけである。マキが珍しく大学時代の友達と食事に行くと言っていたので今日は一人でどこに行こうかと頭の中は仕事を忘れていた。家で本でも読みながら飲むかとも思ったが取りあえず北浜のバーに入った。
「今日は早いですね」
「たまには早くてもええやろ」
「マキちゃんは」
「大学時代の友人と飲みに行くらしい」
何も言わないのにジンリッキーが出てきた。
「暑い日の最初はこれかなと」
「ありがとう、すっきり系が飲みたかった」
「上手い、一気飲みしてしまった、お代わりしてください」
「店に入って2分でお代わりは新記録かも」
「今度このすぐ裏に会社引越してくるねん」
「どのビルですか」
「大広の前の角ビルや」
「あそこか、3分で店来れますよ」
「それでや、スタジオ兼事務所借りる言うてたやろ、あのビルに20坪ほどの空き部屋があるんや使うか、金は要らんで地下やから日がさせへん」
「スタジオは外部の明かりが要らないから最高ですよ」
「それじゃ来週の土曜日昼間に見においで鍵も渡すから、うちの仕事全部取るだけでかなりあるで」
「気を使わせてすみません」
「マキにマスターにちゃんと言うてきといてて言われてるんや」
「マキちゃんにも今度お礼を言うときます」
「あいつは亜紀さんの事を考えてるんやろ」
「次、何入れます」
「18年を頼むは」
携帯が鳴った。
「池中です」
「どこにおるねん」
「北浜のバーや」
「10分で行く」
うるさい奴が来る。
「稲田さんですか」
「そうや、エレベーター〆といたれ」
10分もしないで稲田は現れた。
「マスタービールや、冷たいやんけ、俺を捨て一人で飲みに行くなんて」
「覗いたとき忙しくしてたからパスしたんや」
「マキちゃんに聞いたら帰った言うから追いかけてきたんや」
「マキまだおったんか」
「帰るとこみたいやったけどな」
「マキ学生時代の友達と飲みに行く言うてたから、今から会うんやろ」
「マスター俺も18年」
「そうや、このバー俺が買うてん」
「買ってどうするねん」
「マスターは新しいビルの地下にスタジオと事務所を出す、仕事はうちを中心にしてもらう」
「それは営業部から制作に言うとくけど、報道までしてはった人が広告の写真でもええんですか」
「堅気になろ思てん、結婚するんや」
「おめでとうございます」
「まだ相手からOKもろてないんや、堅気の仕事初めてプロポーズしよと思てるんや」
「なんぼでも仕事は協力します、他所の代理店も紹介しますわ」
「今日は何かあるんか」
「何も無い、何も無いから飲みに来たんや、それよりこのバーどうするんや」
「このまま俺専用のバーにする、会社の横みたいなもんや」
「俺にも鍵貸してくれ、たまに飲みに来る」
「マスターの引っ越しが住んでからや」
「腹減ってきたは新地の鉄板焼屋行こうや」稲田
「マスターお勘定して」
新地までは稲田の車で行き運転手を帰らせて鉄板焼屋に入った。
「いらっしゃいませ、お好きなお席に」
綺麗な女性がカウンターの中から声をかけてきた。
「美人やろ、最近ここを接待につこてるんや、また連れて行けてみんなうるさいんや」
「ビールと後、適当に肴を出して下さい」
「へ―稲田さんにしては趣味がいい店を見つけてるやんか、言葉使いも丁寧やし」
「何、勘ぐってんねん、そんな違うで」
「分かったから早飲め」
「新しいビルの役員室広すぎへんか」
「あれぐらい広く取ってもこれから客が増えたらこれでよかったて思うわ」
「そんなもんかな」
「稲田さん、こちらは会社の方ですか」
「うちの社長です」
「朝光の池中です」
「沢山の方がここで稲田さんに池中さんに合わせろて、良く言われてる方ですね」
「こいつが噂の池中です」
「いいんですか社長に、こいつなんて言って」
「二人の時はいいんです」
「鱧の梅肉あえです、直ぐに焼き物もしますので少しお待ちください」
「俺もダブル専務や高橋次長なんかと使わせてもらうわ」
「稲田最近、仕事入れ過ぎてないか」
「まだ入れる、秋売りが来たら万歳やけど来年の春は少し余裕ある」
「それ新人が育ってのことやろ」
「そうや」
「読朝広告の名前忘れてもうた、感じのいい課長いたやろ」
「斉藤課長か」
「多分そんな名前やった、引き抜いたらどうやねん」
「中堅以上の引き抜きね、探り入れてみるわ」
「向こうはお前に興味津々違うか」
「どんだけ広告取ってるか聞きたいん違うんか」
「東京と大阪で今年は22本ぐらいか」
「それだけ違うやろ、デジタルに企業ネーミングや会社案内なんかも多いやろ」
「そうやな、不動産以上にデジタルやマーケの絡んだ制作物も増えてる」
「青木さんがデジタルオーバーワークや言うてた、人入れたいて」
「そうするは、デジタルと制作補充して来年の新卒でも探すわ」
「新卒を採用するなんて、思ても無かった」
「仕方ないで急成長し過ぎやし」
「広告協会が社長に会合に顔出すように言うてたで」
「今度1度顔出しとくわ」
「仲が宜しいんですね」
「腐れ縁ですわ」
「稲田がうちに来てから急成長してます、感謝してますよ」
「冗談言わんといてくれ、全てはあんたの影の努力や」
「豚平焼けてますから、焼きそばも出来上がります」
「芋焼酎のハーフロックを大きなグラスで2杯下さい」
「何回も頼むの悪いやろ、少し前から大きいグラスにしてて言うてあるんや、ボトルもお客さんに合わせて芋と麦おかせてもうてる」
本当に大きなグラスで出て来た、通常の2杯分以上が入りそうだ。
「いらっしゃいませ」
お客が入ってきた、忙しくなる時間帯なのであろう。
「あら稲田さんやん」
「総合の田中課長お一人ですか」
「直ぐに大西部長も来ます」
扉があき大西部長が入ってきた。
「池中社長、久しぶりやん、たまには会社にも顔出して下さいよ」
「済みません、会社の引っ越しや何やかやで落ち着いたら顔出します」
「田中お前は知らんやろ、朝光の池中社長や挨拶しときや」
「朝光の池中です」
「総合の田中です」名刺を交換しテーブル席に移った。
「稲田さんが居るんちゃうか言うて来てみたら社長まで、今日はついてる」
「最近は東京が多いのですか」
「半分半分です」
「うちの東京もプロジェクトでかなり仕入れが出来て喜んでますよ」
「今建てる御堂筋のホテル、あれ池中さんが全て仕切りはったんや」
「そうなんですか凄い人だとは聞いていましたがお会いできて嬉しいです」
「たいしたことありません唯の広告屋です」
扉があいた。いらっしゃいの声と高橋次長の声がかぶった。
「池中社長や」
高橋次長は池中の横に来て
「専務の無理なお願いありがとうございました、池中さんが直接先方に合って話を決めていただいたらしいですね」
「高橋さん座りましょう」
「あれ大西さんも一緒やったんですか」
「私も今ここにきて偶然です」
「もうすぐうちのタヌキも来ます」
「専務が来られるんですか」
「専務喜びますよ」
「みなさんお座敷上がられたらどうですか」
みんなで座敷に引っ越して飲みながら専務を待った。来たのは良いがダブル専務に東興電鉄不動産の大阪支社長までついて来た。
「池中君大きな借りが出来た」
「とんでもないです」
挨拶の最初が今回のやくざとの解決で始まるのでみんなが話を聞きたがった。
高橋次長が土地の横に関東の大組織の下部組織の土地があり1坪250万ほどの土地が5000万と言われたのを池中社長が直接交渉で1000万に下げて来てくれたことを説明した。
「川上さんから聞いて驚いている、関東のあの組織は誰も手が出せないで困っている。下部組織と言っても力はあるからね、たいしたもんだ」
「今回はまぐれですよ」
不動産の話が中心で全てプロジェクトメンバーなので安心して話も出来て和やかな宴席になった。最後に東興の支社長が暑い夏をみんなで力を出して乗り切りましょうと言って解散した。
「稲田、帰るふりして逃げるぞ」
「明日早いので私達、今日はここで失礼します」
「それでは私達はクラブでも覗いて帰るよ」
元気なダブル専務や支社長、殆どの人がクラブへと消えていった。
「安田バーに行こうや」
「賛成や」
安田バーは静かであった。
「マスタージンリッキー2杯や」
「お好み焼き食べて喉が渇いた」
「お前は強いなあ」
「なんのこっちゃ」
「さっきでも他所の広告屋は帰れへん、最後まで付合い仕事の糧にする」
「うちは接待を何んぼしても構わんけどせんでええ時はせんでええんや」
「そこやお前の強さは、仕事を取るときは鬼にもなるけど相手を必ず喜ばせる、お客さんが喜んで金払いよる、そんなことは朝光に来るまで無かった」
「難しく考えすぎや、広告は物売る手伝いや買物してくれる人に、ここで売っていますよと知らせるのが仕事の1番や2番は売っている物が買物客にいかにプラスになるかを伝える事や、他所の広告屋は買物客の顔が見えてないから頓珍漢な説明文やビジュアルを使い買物客が家でチラシを手に取っても捨てられるだけや、うちが他社より進んでるのは買物客の顔を先に見に行ってから広告を作ることが出来る点や」
「よそも阿保じゃない買物客の顔を見に行き出す、その時はもう遅い。顔を見に行ってる間にデータベースとネットマーケで報告が済んでる、うちの勝や」
「先の先を見越して会社のシステムを作ってきた言うことか」
「偶然かタダシがそうなるように仕向けたか、タダシの仕掛けが正解やな」
「タダシが東京で仕架ける事を大阪に持ち帰るだけで先手が打てる言うことか」
「そう言うことや、たまには東京見物に行っといで」
「8月に東京に行く仕事があるからじっくり見物してくるわ」
「マスターグレンモレッジの18年をハーフロックで」
「俺も同じものを」
稲田と久しぶりに二人で話、稲田のやる気を肌で感じた。秋の販売計画は大丈夫だろう。
家に帰るとマキはまだ帰っていない、こんなに遅いのは初めてで少し心配になり最近もたした携帯にかけると留守電に切り替わり出ない。その時マンションの玄関が開く音が聞こえた。
「ただいまです、友達が電車に乗り遅れたので1人泊まります」
と叫んでいる、かなり酔っているようだ。玄関に行くとマキと友達がいたが酔ったマキを送り届けてくれたような感じであるがこんな時間から帰らすわけにはいかない。
「早く遠慮せずに上がってください、マキは私が連れて行きます」
マキをリビングに座らせ友達に風呂のある部屋を進めマキのパジャマを渡した。
「マキ気分悪ないか」
「だいじょじじぶなききが」
「あかん寝かそ」マキを寝室に引きずっていきベットに寝かしつけ、着ている物を脱がそうとすると
「変態、へんばいや」冗談なのか寝ぼけているのかがわからない。
マキの友達は静かにしているので寝たのかと思っていたがシャワーを浴びる音が聞こえてきたので勝手に寝るだろうと思いビール出してリビングで少しだけ時間を潰しマキの待つ寝室向かった。
朝起きるとマキの姿はなくキッチンで話声が聞こえるので起きて覗きに行くと二人で朝食の用意をしていた。
「マキ二日酔い違うんか」
「良く寝たから大丈夫、へんなこと言えへんかった」
「服脱がしたら変態て言われたぐらいかな」
「ごめんなさい、それと紹介遅れてごめんなさい彼女は高校の友達で近藤真知子さんです」
「昨日は夜分にすいませんでした」
「気にしないで良いですよ、眠れましたか」
「ぐっすり朝まで眠れました、ありがとうございました」
「光ちゃん朝ごはん食べるやろ、顔洗って来たらできてるわ」
「そうする」
顔を洗いテーブルに着くと味噌汁にご飯、生卵、つくだ煮などが並べられていて3人で食べた。
「真知子な今務めてるとこで営業してるんやけど本当は制作や企画の仕事がしたいねんて、就職する時もその約束で入社してんけど1年は営業を経験してからて言われてもう2年以上経つし相談に乗っててん」
「あの酔っ払い状態でか」
「違うあれは最後にフランシスアルバートを2杯も飲んだからや」
「2杯は飲むなって言ってるやろ」
「私がもう1杯飲むて言ったんです」
「近藤さんはお酒が強いんねんな」
「営業で毎日が接待なんです、女は安居酒屋に行っても、お酌係で便利使いできるので、昨日は退職しようと思いマキちゃんに相談していらんです」
「うちにおいで、うちには企画部はないけどマーケで採用して企画部作りも進めよ」
「西君の例もある、制作部で採用やけど打ち合わせなんかはクライアントの会社に行かなあかんで」
「採用してくださるんですか」
「後はマキと話して最短でうちに勤められる日を決めてくれたら、稲田に言って席を用意さす」
「マキ、後は頼むで」
「真知子大丈夫やったやろ」
「マキありがとう」
「高校の友達と言うことはマンション住まいか」
「親戚の家に居候してます」
「先日東興の西上に進められてワンルームマンションを投資用で2部屋買うたんやけど会社に貸すから社宅として使ったらええ、居候は肩身も狭いしマーケや企画は夜が遅くなる」
「知らんうちにどに買うたん」
「会社のそばや、若い奴が帰れなくなったら寝泊りしたらええと思たんや」
「そうか、そんな部屋があったら便利やわ」
「いいんですか」
「鍵は青木さんに渡してあるから」
「青木さんは知ってたんや、、、なんか悔しい」
「しかし凄いマンションに暮らしているんですね、私が泊めていただいた部屋にはベッドが2個ある上にお風呂もありました」
「別の部屋はシャワーもあるよ」
「マキ凄い人と結婚してんね」
「マキも頑張って会社を大きくしてくれたんで買えたんですよ、今社員数は大阪に40人ほど東京は30人ほどいてますがマキが会社に入った時は私を入れて5人でしていました」
「マキ、頑張ったんや」
「そうやで、私も5%やけど株主やし」
近藤さんの採用を決めマンションの前で別れて出勤した。
「真知子は頑張り屋で神戸大学出てお菓子メーカーに就職してんけど朝から晩までお店巡りや大手スーパーの棚を見て少しでも売りにくいところに並べられていたら担当を接待して棚の目線ラインに置き直してもらうんやて、子供向けは子供目線なんやて」
「恐ろしいほどに細かいマーケティングやメーカーが商品を売るために独自で考えた手法なんやろなマーケも出来そうや、この際マーケティング企画部を立ち上げてそこの担当にするか」
「それ面白そうや」
「部長はマキや」
「何でうちなん」
「お前は俺の下でどれだけマーケをこなしてきた、俺が担当役員をするから頑張れ」
「経理や総務は」
「もう大丈夫や青木さんの同僚が来てくれることになってる」
「マキを少し楽にしたろ思てんけど、しんどなりそうやな」
「うち頑張る、その代わり光ちゃんは少しのんびりして」
「40男は仕事を頑張らなあかん、もう少しだけ走る」
「こけんようにしてや」
「ハイハイ」
出勤は健康のためと地下鉄に乗せられ淀屋橋から肥後橋を越え歩いて京町堀の会社まで来ていたが明日の引っ越しで淀屋橋からも5分ほどで会社に行ける、マキの難癖を逃げ切るためにはどうするかが問題でマンションから会社まで歩こうなんて提案は絶対に受け入れないと私は誓った。翌日は午前中から新オフィスの引っ越しに来ている。
引越しはすべて引越し業者さんがしてくれ私たちは自分の段ボールを開け自分の机の中、割り当てられた棚にいれるだけなのだが、荷物が多い社員は悪戦苦闘していた、私は必要な箱以外はロッカーに仕舞い込み直ぐに引越しは終了した。稲田を見に行くと似たようなものでロッカーの上は段ボールの箱が並べられていた。
「俺済んだけどお前は」
「終了や」
「そこの不良役員、少しは真面目にかたずけたらどう」
「前の引越しから開けてない段ボールをロッカーの上にあげただけやで」
「俺も同じや」
「あれがないとかは許さんからね」
「それと近藤が来る日決まりました、8月10日から来れるそうです、稲田さんは履歴書を管理してますよね」
「間違いなく預かったが直ぐに探し出す」
「だから真面目に荷物を開けて下さいて言うてるんです、はいコピーしていましたから今度こそ持っておいて下さね」
「ごめんな気を付ける、マキちゃん怒っても可愛いで」
「二人で逃げるのは許しますが、必ず携帯に出てくださいね」
「了解した」
「俺も稲田に同じや」
「最低コンビや」
「最強コンビの間違いちゃうか」
「亭主1号仕事以外は さ い て い です」
「稲田出るぞ」
会社を出ても特に行くとこが決まってるわけではない。
「どこ行くかやな稲田ええ考えはないか」
「ここは北浜や昔株屋が跋扈していた時代は昼から酒飲める店はなんぼでもあったけど今は殆ど無くなったんや、綺麗なビルばかりが出来て、昔の縄のれんは消えていった」
「梅地下の立ち飲みか、堺筋まで下がって船場センタービルの地下街に行くかどっちがええ」
「船場センタービルの地下やあそこは椅子があるから楽や」
2人で堺筋を歩き船場センタービルの地下に入った。土曜日であるため閉まっている店もあるが昼から酒を飲ませている店も数件あった。
「ここでええやん」
「お前は立のみが嫌いなんやなあ」
2人で広いがほとんど客の入っていない店に入った。
「土曜日やから定食はやってないよ」
「生2杯下さい」
「肴はカウンターのショーケースの中の物かそこに書いてあるのだけやで」
「冷奴にケースの中のマグロの刺身に、しょうがの天婦羅下さい」
「それ全部2個ずつにして」
「今日引越してる社員の顔見てたら嬉しそうなんや、休日出勤悪いな言うたら」
「怒らないでくださいね、正直言って南堀江で仕事してた時は3流のデザイン会社でした、京町堀に来て誰にでも会社を話せるようになりました、そして今橋のこのビルです、周りは1流企業のビルばかり、この場所で仕事が出来ると思うと嬉しくなるんですよ」
「若い奴も色々感じているんやな」
「せやから来年は新卒1人でも採用しよ、俺が預かるから」
「まだ内定もうてない奴おるやろ直ぐに色んな大学に電話したらええねん」
「求人会社の学生を集めたイベントがあるから出店してみる、その時はマキちゃん借りるで」
「マキは一応新卒1期生やからな」
「そう言われたらそうなんや」
「丁度説明役にぴったりや」
「3人ぐらいまでやったらかめへんけどタダシもハルの学生3人と新卒を別に2人採用する言うてたわ」
「大阪もハルから何人か応募が来てて面接は随時させてるけどまだ当たりくじがない言うてたわ」
「そうやな今年あたりから大手も社内のデジタル強化でハルの学生を狙てるからな」
「それにゲーム屋がええ学生を高級で採用しよる」
「1発当てれば報奨金が1000万単位や、勝負に出る学生も多い言うてたわ」
「俺が今学生なら1発勝負にかけてみるわな」
「それよりお前未だに一人でクライアントに遊びに行ってるらしいな」
「俺の営業スタイルや」稲田
「それはそれで先方も喜んでくれてるけど無理にでも誰か連れ歩けや」
「なんでやねん」
「稲田2世もうちには欲しいんや、社員みんながお前みたいになると困るけどノンアポで遊びに行って役職もまだない新人を誘い出し飲みに連れて行ける若手の営業を育てたいんや」
「そうやな、上もいつかは入れ替わる、5年後の課長候補を捕まえさせることも大事やな」
「月曜からでも考えてくれや」
「早急に検討して順番に連れ歩くようにする」
「それと秘書はいらんか」
「そんなものはいらん」
「便利や思うで」
「運転手さんに頼んで業務管理をしてもらう」
「それはあかん派遣の運転手さんの業務外や派遣会社からクレームがつく」
「可愛い秘書じゃない、元秘書でいったん子育てなんかで会社を離れてまた復帰したい人が沢山いてる。優秀な人も多いらしいで」
「それも派遣か」
「違う一般採用で募集する」
「お前はどうなんや、運転手は要らん言うし行動はいつも一人や」
「俺も考えてる、マキが企画に移動するから俺のスケジュール管理は解放したらなあかん」
「二人で一人の秘書でええやん」
「それもそうやな青木さんに面接させるは」
「何で青木さんやねん」
「あの人は大企業の経理や総務にいたから偉いさんの行動管理も知り抜いてる、せやから青木さんが見てうちの会社向きな秘書を探してもらうんや」
「任すわ」
「生、お代わり2杯頼みます」
「それより今期の利益を青木さんに聞いたら昨年度よりも40%以上伸びてて最終的には東京次第やけど50%以上になりそうや言うてた、ええ事やけど無理し過ぎてないか」
「大丈夫やまだまだ大きなる、不動産広告も大事やけどデジタルは伸びしろが半端じゃない、今デジタルが付きおうてる会社は朝霧の元の取引先の優良企業や、この繋がりで東京も朝霧から仕事取り続けてる、時代は古い体質やシステムを引きずる会社を見捨てていく。新しいことにチャレンジできる会社だけが生き残るんや」
「とにかく俺は今の仕事を大事にして足元をすくわれんようにする」
「古くて大きな会社でも新商品を作るのに必死や、俺らも今を大事にして明日に必死にならなあかんなあ」
「9月スタートの販売のマーケはどうやねん」
「どのアンケートも快調や、回答も結果よしや売り出し日の問い合わせまで来てる」
「今回も客を呼んで呼びまくらなあかん」
「本業は広告屋やからな、不動産屋君」
「誰が不動産屋やねん」
携帯が鳴った。
「池中です」
「谷口です」一瞬誰かわからなかった。
「近鉄でお世話になった谷口です」
「あの時は大変なご迷惑をおかけしました」
「池中社長は今日大阪におられますか」
「大阪にいます、どうされました」
「社長に買っていただきたいものがあります」
「私が買うのですか」
「6時に先日お会いしたホテルのバーでお会いできませんか」
「大丈夫です、お伺いします」電話が切れた。
「何の電話や」
「東京のやくざの組長からや」
「なんやねん」
「俺に買ってほしいものがある言うてた」
「関東上川のトップか」
「いや上川の枝の組長や」
「大丈夫なんか」
「大丈夫や会いに行ってくる」
「まだ早いから、もう1杯の飲もうや」
「飲んでてええんか」
「酒臭なるけど酔いはせん、大将焼酎のロック2杯下さい」
マキに電話をし6時から人に会うので北浜のバーで待っていてくれと頼んだ、マキは誰に合うのかは聞かなかったが声のトーンが少し変わったので心配をかけると心が少し痛んだ。
ホテルのバーに行くと谷口は一人で奥の席にいたがボディーガードらしい人間が入り口で二人コーラを飲んでいた。
「お待ちになりましたか」
「いや私も今来たばかりです、何を飲まれますか」
私はビールをお願いした。谷口は私のビールをウエイターに注文した。
「無理を言って申し訳ありません」
「今日は私が買うお話ですよね」
「変な物を売りつけるんじゃないんですよ、月曜に多分あなたに大手不動産から連絡が入ります、このへた地の件です」
土地の区画図の大きな土地を塞ぐ格好で細長い土地が確認できる。
「このへた地がなければ開発は不可能です」
「この土地を私に買えと言われるのですね、御いくらですか」
「私はこの土地を3000万ほど使い手に入れました、多少乱暴な事もしました5000万円で買ってください」
「それじゃあなたの商売にならないじゃないですか」
「いやこれでいいんです、あなたに借りを返したいんです、あなたが先日3億と言ってくれた時に私の顔が立ちました、私たちの仕事は顔が商売道具です、あの土地を2億以下で取引していたら2度とこのような話は来ません、総長が絡んでも谷口は金にしよったと言われるのと素人が絡んで何の利益もなしに土地を手放した言われるのでは100倍も1000倍も違うんですよ、それに、この土地の横は池中さんのお仲間の会社で結果は同じことになります、それよりも池中さんが有利になるようになればと思い大阪に来ました」
「それでは1億で譲ってください、交通費込です」
「あなたは面白い人だ、損するかもしれない土地に1億出すと言う、うちの総長が好きになるだけの人や感心しました」
「この件、上川さんは」
「総長には話してきました、お前の好きにしろと言われて来てます」
「手続きは先日の不動産屋が会社に連絡を入れます、宜しくお願いいたします」
「池中さん、今度は東京でお会いしたいですね、私もあなたのファンになりましたよ」
借りが出来たのか貸が出来たのかは分からないが谷口組長に好かれたのは確かである。
北浜のバーに行くと社員が10人以上店に居て騒いでいた挙句にケータリングでピザやお寿司、王将のギョーザまでテーブルに並んでいた。
「マキ、マスターはOKしてくれたんか」
「OK違うかったらこんな事できません」
「こんばんわ」
「近藤さんも来ていたんか」
「社長ビールです」
若いデザイナーが私にビールを進めてくれた、あまり口を聞いたことのない青年だ。
「ありがとう頂きます」
「社長たまには若手とも飲んでください、お願いします」
「この店が来月から会社の専用バーになるから社員は無料開放する、鍵は総務で借り」
店内に歓声が起こった。
「マキ何時までいてるんや」
「私も逃げます」
マスターに5万円を預け足らない分は月曜日と言ってみんなに別れを言って店を出た。
「マキ何がどうなってるんや」
「デザイナーやデジタルの若い子らが飲みに行きたい言うてんのを聞いて連れてきたんやけど、「あんなに沢山ついてくるとは思わんかってん」
「近藤さんも大変やったね」
「沢山の人に挨拶が出来て楽しかったです」
「用事は済んだん」
「無事終了や」
「お腹減った近藤さんも手伝いしてくれたからご馳走して」
「何が食べたい」
2人が肉を食べたいと言うので新地の末広に行くことにした。いつものように食べ過ぎのマキの手を引きマンションに帰る事を予測しながらタクシーで向かった。
月曜日に珍しく全体朝礼を屋上でした、屋上に出れることを知らなかった社員は驚いていた。
私の挨拶と稲田の激で10分もかけずに終了した。
部屋に戻ると総務から東興電鉄不動産の斉藤支社長から電話です。
「池中です」
「斉藤です、池中さん今日の午前中どこかで会えないか」
「時間はあります、今からでも向かいますよ」
「待っています」電話が切れた。
谷口組長が言っていた私の仲間から電話がかかると言っていたのはこのことか、鞄を持って部屋を出た、総務には午前中東興で留守にするとだけ伝えた。
東興までは歩いて行ける距離だが余りにも熱いので行だけ稲田の車を拝借した。
東興に着くと石川次長の後を任されている澄川課長が受付で立っていた。
会議室に行くと斉藤支社長と総合の大西部長、3人の課長が私を待っていた。
「池中社長急に呼び出してすまない」斉藤支社長が頭を下げた、説明は澄川にさせる。
私の前に書類が置かれた、思っていた通り谷口組長に買わされた土地だ。
「説明は私がさせていただきます、我々は戸建て住宅開発を進めています、現在行政との事前協議も進み大規模開発に関しては問題がありませんでした、ここにきて開発が進んでから契約をしようとしていた土地が第3者の手に渡ってしまいました、この間1ヶ月ほど交渉をしていたのですが今日の朝先方より池中社長の名前が出てこうして来ていただいた状況です」
「私は土曜日にある人に呼び出されてこのお話を聞きました、東興さんが絡んでいたのは今、知りました、先方はあなたの仲のいい会社がこの土地が無ければ開発が出来くなり大変に困ると言われました、私には借りがあるからあなたになら売る、買って下さいとだけ言われたんです」
「どうされました」
「買う約束と契約日だけを決めて別れました」
「いくらで買う約束をしたんですか」
「1億です」
「池中社長その土地当社に譲ってください」
「当然お譲りしますよ、但し1億は保証してください」
「当然です手数料や税金すべて上乗せさせます、利益ですが3000万をゼネコン経由でお支払いいたします、それでなんとかお願いします」
「ゼネコン迂回の3000万円は必要ありません、私は誰かプロジェクトの仲間が苦労しているんだろうと買っただけです、利益は戴けません」
「分かりましたお仕事でお返しします」
「ありがとうございます」
「池中さんは、どなたから買われたのですか」
「聞かない方がいいですよ」
「そういう方なんですね、池中さんは、お守りみたいな人だ」
「これからも何かあれば力を貸してください」
「何もなくても朝光を宜しくお願いいたします」
少し取引の日程などを話して雑談もし会社に戻った。
会社に戻り総務に帰社を告げると
「稲田さんが車を運転手ごと盗まれたと騒いでいましたよ」と言われた。
部屋に入り冷蔵庫から冷えたお茶を出してマグカップに入れていたら扉がノックされてマキが入ってきた。
「社長、南堀江時代の自転車と違うんですよ車の乗り逃げはやめてください、それとお茶は私を呼んでください」
「車は5分か10分ぐらいはええやろ思たんや、お茶ぐらい自分で入れれる、だから冷蔵庫買うたんや」
「やっぱり早く秘書さんを付けないとあきませんね」
「稲田と二人で一人雇うことにした」
「どちらの部屋にいてもらうんですか」
「そこまでは考えてない」
「二人雇ってください、車も乗ってください、総務には私が話しておきます」
「分かりました、御意見をありがとう」
「冗談違いますよ、直ぐに手配しますから」
マキは少し怒っているのかもしれない。行動のすべてを把握されそうだ。
内線が鳴り相川専務からの電話を告げられた。忙しい日だ。
「池中です」
「今東興の斉藤さんから電話が来たJVの話なんだが最後は君が尻を拭いたようだね」
「とんでもないですよ、偶然です」
「あの戸建て用地まだ販売は2年後だが君とこに広告を出す約束を斉藤さんとしておいたから暇な時に現場を見ておいてくれ、それと何か新しい街開きも計画してくれ、頼むよ」
電話が切れた資料を鞄から出し透明ファイルに入れて付箋に2年後街開き広告受注と書き稲田に渡そうと思ったが近藤とマキの最初の仕事にと思い直しマキを呼んだ
「今度は何ですか」
「今日朝から東興に行って新生保不動産と住銀地所のJVの戸建320戸の広告受注した、マーケティング・企画部の最初の仕事や2年後やけど打ち合わせは始まる、頑張って新しい街開きを提案してくれ、これ資料や」
「ありがとうございます、近藤もきっと喜びますよ」
「時間を作って、近藤と現場見に行きや」
「もちろん現場を見ん事には何も出てきません」
「2年間の集大成を作ってや」
マキは近藤と新人が来るまで企画の部屋で仕事をしているようだが初日から仕事が決まり元気よく部屋を出て行った、扉を閉める時に光ちゃん今日はと少し甘えた口調で言うので空いてるとだけ言った。
稲田が営業から戻り車の件の文句を言うので2年後の戸建320戸受注して資料をマキに渡したと言うと怒っていたことなど忘れて部屋を出て行った。昼に昼食難民になりながら北浜の街を歩いているとやっとビルの奥に定食屋を見つけ入った。定食は5種類ありどれも味噌汁を豚汁に替えると100円アップになっている。串カツ定食と豚汁を頼み新聞を見ていると私の席の前に誰かが座った気がした、新聞をたたみ顔をあげると上川が座っていた。
「相席いいですか」
「どうぞ」と答えた。彼も私と同じものを頼み私を見て言った。
「谷口の件を何も言わず飲んでいただきありがとう」
「いえ私こそ感謝しています」
「いくらで東興さんに」
「スルーしました」
「あなたらしい解決だ」
「谷口さんがご報告されると思い上川さんには連絡をしませんでした申し訳ありません」
「その通りです谷口から聞いています倍の価格で買われたとか彼が東京でのボディーガードをしたいと言ってましたよ」
「今日はどうされたんですか」
「これは本当の話なんだが、あなたがビルの奥のこの店に入るのを偶然に車の中から見たので私も食事がまだなので追いかけてきたんですよ」
「今日は大阪でお仕事ですか」
「後1件話を付けて4時の飛行機で帰ります」
「相変わらずお忙しいですね」
少し小さな声で「暇なやくざは野垂れ死にするだけです」
定食が二人の前に出された、上川も私も何も残さずに食べた。支払いは私が済ませ店を出た。
ビルの通路で「1分経ったら出てください、私と同じでは勘ぐる人も出てきますから」上川は先に出た、私がビルの外に出ると上川の姿はなかった。
6時に出れると言うマキと北浜のバーは避けて梅田に出た、行く当てもなく地下街を歩いていると今日は早いから買物して家で食べよとマキが言い出したが買物が嫌な私は梅地下にある2坪ほどのすし屋に行こうと説得したら、それじゃビヤガーデンに行きたいと言うので阪神のビヤガーデンに上がった。飲み放題食べ放題で男性が4000円女性が3000円マキに関しては間違っている。
「光ちゃんがビール取って来て、うちがお料理を取ってくる」
大ジョッキーで飲むと途中から温くなるので中ジョッキーにビールを注ぎテーブルに着いた。
時間がまだ早いのか景色の良いところに席を決める事が出来た、待っていると両手にもてないほどの料理をお皿に入れてマキが席に着いた。
「後でまた取りに行くけど揚げもんばっかりでサラダがあんまりないねん」
「そんだけ持って来たら十分やろ」
「ビール何で中にしたん」
「外で大ジョッキーで飲むと直ぐに温くなり不味くなるんや」
「光ちゃん賢いやん、乾杯」
次のビールはマキが取りに行き大ジョッキーに変わっていた。
「すぐ飲むから温くならへんて」
そうかもしれんと思った、周りは知らない間に満席になり騒がしくなってきた、若い人の一気飲みコールも聞こえて来てみんな楽しんでいるようである。
「光ちゃんあの開発案件何時から知ってたん」
「土曜の夕方や」
「それで月曜の午前中に受注したんか、信じれんスピードや」
「近藤さんは10日言うてたやろ水曜からやな、全部署に顔を出して挨拶させときや」
「うん、そうする今は暇や言うて毎日会社に来てマーケの資料なんかを読んでる」
「マキちゃんや川内真紀ちゃんやろ」知らない男が声をかけてきた。
「あ、山口君、久しぶり」
「大学卒業以来や会社の人と来てるんか」
「会社の人と言えばその通りや」
「私、三鉄不動産販売に行っています山口です」名刺を受け取った、マキと私は仕方なしに名刺を渡した。
「朝光の社長さんでしたか、失礼しました、マキちゃんも池中になってるてことは結婚してるんか」
「旦那が前に座ってる、今日はプライベートやからまた今度話しましょ」
「会社来る事が有ったら言ってな、広告の仕事、探しとく、失礼しました」
「名刺見る限り三鉄不動産の子会社やけど光ちゃんのこと知らんかったもん、不思議や」
「関係会社の人間まではあんまり知らん、稲田なら販売の現場に顔出すから知り合いもいてるやろ」
5分後彼を連れて男性が来た
「三鉄不動産の坂田と申します、彼は何も失礼は無かったですか」
「坂田さん久しぶりですね」
「覚えていただいていましたか」
「彼が今、広告屋の名刺をもろて来た言うので見ると池中社長の名刺でビックリしました、彼は販売会社の若手で余り世の中の事を知りません注意しておきます、専務にはご内密に」
「坂田さん私はそんな事しません、席に戻り安心して飲んでください」
「今日は打ち上げなんです、申し訳ありませんでした」二人は自分たちの席に戻ったようである。
「光ちゃんごめんな、ゼミが一緒やったから気やすく話しかけてきたんや」
「気にせんでええて、あんな小僧にマキを取られる心配はせん」
「光ちゃん好きやで」
増々騒がしくなるビヤガーデンを後にして新地のバーに店を移した。
「マスター18年をハーフロックで」
「うちも同じものを」
「マキの大阪弁は完成されてきたな、漫才言葉が抜けた」
「そうやろ、稲田さんが近くにいて無かったら綺麗な大阪弁になるねん」
「確かにあいつの大阪弁は大阪の下町独特の商売人の言葉が混じってる、東京言葉なんて聞いたことがない、ほんまに早稲田に4年も行ってたんか思うわ」
マスターも参加してきた「25歳ぐらいから来てますけど今と同じですよ」
3人で笑った。マキが稲田の大阪弁から急に話を変えた。
「光ちゃん、車通勤やけど赤い奴で通勤してもええで、飲んだら代行呼んだらええねんから」
「あれは不便やて言うたやろ」
「それじゃ車買い」
「それやったらマキが朝車に乗って俺を送れや」
「アウディーか」
「帰りはなんとでもなる」
「アウディーの横に光ちゃんが乗って会社来たらみんなびっくりするわ」
「なんでや」
「あのビルの社長やで」
「車種何か関係ない」
「でも光ちゃんは最近自分の物なに一つ買ってないやろ、車買い」
「考えとくは」
私には今ボディーガードが付いているはずで彼らも車が必要になるうえ、見失う事も出て来る、やはり電車かな。
「車通勤は考えとく、車は今の処は赤い奴で十分や」
「今年海に行ってない次の土曜か日曜に海に行こ」
「墓参りの後に行くか」
「それでもええよお母さんにも頑張ってるて言いたいし」
マキが話を変える度に何かかが決まる気がした。
「お前お腹空いてないんか、あそこではあんまり食べれんかったやろ」
「後で御蕎麦食べに連れて行って」
2杯お代わりをして新地の蕎麦屋で私はビールにおでんマキは盛蕎麦におでんにビールで〆てマンションに帰った。シャワーを浴びてもう一度ビールを飲んでいるとマキの携帯が鳴った。
マキは私と違い湯船に入るので時間がかかると思い
「携帯鳴ってるで出るか、ここに置いとくで」
マキが出たのかどうかは分からないが携帯の呼び出し音は消えていた。
風呂から出たマキに何かあったんかと聞くと亜紀さんからの電話だったが今お風呂なので後で架けなおすと言って切ったらしい。
「携帯鳴ったら気になるんか」
「そら気になるは11時やで」
「そうかもう11時か」
「テレビつけてえか」
リモコンを渡した。
マキは何気なく見ていたが岡山市内に集中豪雨が降りかなりの被害が出ているニュースが映し出されていた。マキは携帯を手に取ると実家に電話を入れた、繋がらないようで違うところに電話を入れた。
「マキやけどおねえちゃん先っきは済みません、今お風呂あがってニュース見てびっくりした」
「真紀ちゃんのお母さんところは床下浸水らしいけど今電話が繋がらないんよ、夕方は大丈夫や言うてたけど、私の家が土砂崩れで無くなった」
「怪我はない」
「私もお母さんも体は大丈夫やけど避難してる」
「どこに避難してるん」
「公民館なんやけど寝るとこも無いぐらい人が来てる」
「明日ここにおいで」
「裏山が凄い音がして家が揺れたから母さんと着の身着のままで飛び出したから携帯があるだけやねん」
「早く電話くれたら」
「いや10分ほど前やねん」
「さっきの電話が家を飛び出して直ぐやったんよ」
「どこにも連絡するとこが無かったから」
「電池まだある」
「ある」
電話をいったん切りマキは違うところに電話を入れた。
「マスター亜紀姉ちゃんが大変やねん」
「どうしたん」
「集中豪雨で崖崩れで家が無くなったらしいんや、車貸すから助けに行って」
「直ぐにマンションに行くから車出しといて」マキはまた電話を切りかけ直した。
「ねえちゃん避難所の住所言うてマスターが車で迎えに行ってくれる」
マキは亜紀を説得して大阪に来ることを了解させた、マスターにはカーナビに住所入れてるからそれで向かってと言って送り出した。
それから1時間ほどして実家に連絡が付いた。
「母さん無事か父さんは」
両親は無事で床上ではなく床下浸水だが山の方で崖崩れがあり停電が続いていたらしい、今は回復して2階にいてるそうだ、両親は大丈夫だから心配しなくていいと言う、亜紀と亜紀の母さんはマキの実家が引き取るのでマスターに連絡してくれと言われていた。
最終的にマキが折れマスターに連絡をして実家に送るように頼んでいた。
「光ちゃんごめんな夜中に大騒ぎして」
「そんなことはええ、それより亜紀さんとお母さんが住む家を考えたらなあかん」
「潰れた家は建てなおさんと処分してマスターと結婚するねんからお母さんも一緒に大阪に出て来たらええ、仕事は稲田の秘書や」
「それも明日か明後日話してみる、マスターも準備が要るやろうし」
「お前明日岡山行ったらどうや、近藤は明後日からやろ」
「朝1の新幹線で行かせてもらう」
「それじゃ寝よ」
マキは私が起きると姿はなかった、起こすと悪いと思い静かに出て行ったんだろう、テーブルに光ちゃんごめん朝は外で食べてと書いた手紙が置いてあった。
何時もより1時間早くマンションを出て地下鉄入り口に入る前に吉野家を見つけて朝食を食べ会社の近くの喫茶店に入いった。コーヒーを飲んでいると携帯が鳴り朝から稲田の大阪弁が耳元でうるさかった。
「そうかマキちゃんは岡山行ったんか、ご両親も何もなくてよかった会社に居てるから」と言って電話を切った、心配してくれていたんだ。
昼前に会社にマキから連絡があった。
両親の家は靴が濡れたぐらいで大丈夫だが今から潰れた亜紀の家に行くと言って電話が切れた。あいつ充電機持ってるのか心配になった。仕事をしているとマキから再度連絡があった。
「光ちゃん、亜紀姉ちゃんとこはあかんわ叔母さんはうちの実家で預かるけど亜紀姉ちゃんは大阪に連れて帰る、マスターが車で連れて帰ってくれる、夜になると思うけど帰るから心配せんといて」
「何か買っておくもんはないか」
「お腹減って帰るからお寿司でも買っておいて」
「マスターのぶんも買っておくから帰らすなよ」
「分かってます」
何とか落ち着いたようである、家が全壊で泥の中で色々な物を探すと言っても崩落の可能性が無くなるまでは手が出せないやろ、時間ががかりそうである。心配している稲田にも話しておいた。
仕事を片付け稲田に寿司の事を話すと新地から配達してくれる寿司屋を教えてもらい8時に配達を頼んで会社を出た。最近見つけたマンションの近くのバーで2杯飲み部屋に帰ると3人は既に帰っていた。
「光ちゃん手ぶらやん」
「8時予約やから15分ほどで来る、ちゃんと手配はしてる」
「マスターありがとうな」
「いや車貸してくれて助かった、バイクやったら行っても何も出来んかった」
「亜紀ちゃんも大変やったな、お母さん大丈夫か」
「母さんは家全部なくなったけど命があって幸いや言うて、マキちゃんのお母さんと仲良く話をしてました」
話しをしている時に寿司が配達されてきた。
「光ちゃん何人前頼んだん」
「マキが4人前で後は1人前ずつで巻き寿司を混ぜたんや」
「信じられん発言やけど全部食べたる」
マキと亜紀ちゃんがシャワーを浴びたいと言うのでマスターとビールや他の酒を用意し先に飲み始めた。
「マスター昨日今日とご苦労さん」
「マキちゃんから連絡貰わんかったら今日の昼まで知らんかったかも、車も借りれて逆にこちこそありがとうございました」
「亜紀ちゃんも喜んでくれたん違うか」
「お母さんに結婚したいと言ってきました」
「どさくさに紛れてか」
「そう言う訳ではないんですけど、少しぐらい安心してもらと思てです」
「許可は下りたんか」
「大事にしてやってて言われました」
「良かったやん」
「お母さんどうするん」
「マンション変わって引き取ります」
「金は」
「少しぐらいは貯蓄があります」
「何時でも言ってや、仕事の先払いもするからな」
「ありがとう、何とか頑張ってみます」
マキが汗を流しジーンズに履き替え出て来た、亜紀ちゃんもマキのラフな服を借りてリビングに出て来たのでお寿司で慰労会の始まりである。
「このお寿司どこの」
「新地の喜多川や」
「えーーー高級寿司屋や」マキ
「いただきます、亜紀姉ちゃんも遠慮せんと食べて美味しいで」
マキの食欲につられ全員の箸が進みお酒も進んだ。
「やっぱりこの御寿司4人前は無理や」
「お前、鉄火巻きに太巻き、ばってら何個食べた、既に4人前は食べてる」
「お腹空いててんもん」
「俺の注文の仕方にミスは無かった言うことや」
亜紀ちゃんとマスターが笑い少しは亜紀ちゃんの悲しみも取り除く事が出来た。
「結婚決まってんてな」
「そうやでマスターが家壊れた現場で亜紀姉ちゃんにプロポーズしてん」
「えらいとこでしてんなあ」
「おばさんにもその場で結婚させて下さいて言うてんで」
「今日からでも一緒に成れるけど式は上げや」
「内輪だけの式と披露宴て言えるほどではないけど知り合い呼んで亜紀を紹介したいんです」
「亜紀ちゃんは」
「お任せしてます」
「そう言うたらうち何時もマスターとしか呼んでたから本名知らんわ」
「マキ知らんかったん」
「光ちゃん知ってるんか」
「東郷洋介45歳や」
「何で知ってるん」
「昔、聞いただけや」
「稲田は新聞社の先輩と分かった時に名前聞いて知ってるで」
「うちだけ知らんかったんか」
「会社では東郷さんて呼ばなあかんで」
「洋介でもマスターでもなんでもいいよ」
「亜紀姉ちゃんは」
「洋介さんて呼んでます」
「何か光ちゃんより上等に聞こえる」
「あほ人の名前にランク付けるな」
みんなで笑った。
「二人は今日どうするん」
「私は家に帰ります、亜紀さんをお願いしたい」
「亜紀ちゃんがええなら泊まって行って」
「明日亜紀ちゃんとアパート探します、部屋借りれるまでお願いします」
「うちは何日でも大丈夫やで」
明日からの予定を決めマスターは帰宅した。亜紀ちゃんの荷物探しは雨が落ち着き市の許可が出てから手伝うと言うことで当分はマキの服で我慢することになった。
翌日はマキの友人の初日なので出勤するしかないマキは鍵と自分のキャッシュカードを渡し今いるものは全てこのカードでお金を出して買って、お昼はマンションの周りに何でもあるからと言って出勤した。会社に行くと総務に近藤さんは立っていてマキを見つけると飛んできて
「マキチャンの実家はどうやった」
「うちは床下浸水で靴が何足か濡れただけや」
「真知子とこわ」
「私とこは高台で被害ゼロやった」
「良かったやん」
「後で話すけどそうでもないねん、それより全セクション言うても少ないけどな紹介すわ」
マキは近藤を連れて営業部や制作、デジタル、総務経理に今度出来るマーケティング・企画部の設立のための新人と紹介して歩いた。
「マキが言うほど少なないやん、会社も広いからビックリした」
「役員室行くか」
「今度でええわこれ以上まだ偉いさんには会いたない」
「大阪は社長プラス朝霧から来た稲田取締役だけやで」
「それじゃ稲田さんだけ紹介して、社長は朝も合ったし前にも2回会ってるから」
稲田の部屋をノックして中に入ると光一もいた。マキは先ほどと同じ説明をして二人を正式に紹介した。
「企画部に配属されます新人の近藤真知子です」頭を下げた。
「近藤さんの初仕事が来てる、大きな仕事や頑張ってください」稲田が真面目に言った。
「真知子ちゃん頑張りや、しんどい時はしんどいて言うんや、何とかなるもんやで」
「社長らしからぬ自己紹介や」マキが半笑いで言った。
マキと近藤さんは新設された企画部の部屋に帰って行った。
「稲田取締役て怖そうな人やね」
「怖くないって、身内には強い味方や。仕事面では厳しく言うが、外の人間からは守ってくれる人や、仕事中毒やけどな」
「社長と稲田さんが並んでたら、やくざ屋さん見たいや」
「人の亭主をやくざ扱いするか、でも少し見ためは有るかも」
「大きな仕事て」
「2年後にオープンする320戸の街開きと全ての広告企画や街作りから参加しやなあかんねん」
「凄い仕事があるんや」
「いや東京では2000戸のマンションの計画に参加してるよ」
「あまり名前を聞かない会社やけど中身は凄いんや」
「新セクションやみんなを驚かせたろ、それとうちがこの部の部長なんやけどええか」
「当たり前やん、創業に近いメンバーやもん当然や」
2人は今後の仕事も含めこれからを話しあつた。
「稲田これどうする」
「そうやな嫌とも言えんしやってみるわ」
「これから日本中に出来るらしいで、テレビCMも考えてる言うてたわ」
「ショッピングモールて行ったことがないんでまだピンと来ないんや」
「今日、時間あるんか」
「昼からは何も入れてない」
「それじゃ昼から見にいこ」
「どこ行くねん、梅地下とその他の地下街や」
「今大阪にあるショッピングモールはそれぐらいや」
昼を済ませてから歩いて梅地下に向かった。
「熱いわ」
「だから車で行こ言うたやろ」稲田
「食後の散歩のつもりやったんや」
「真夏の真昼に散歩すること考えるお前の頭が信じれんわ」稲田
うだうだと文句を言う稲田と旭屋の先から地下におり喫茶店で休憩してから見て歩いた。
「こんな多くの店が何フロワーにも分かれた構造でメイン店舗として近鉄百貨店が入る」
「百貨店言うても近商ストアーやろ」
「いや百貨店の地下の魚や野菜も含めて生鮮食料品が入る、それと飲食街を一纏めにして出す計画らしい」
「高いんか」
「価格は抑えるけど商品は百貨店レベルをキープするそうや」
「飲食店の一纏めて」
「真ん中にテーブルと椅子を大量に用意して、その周りに有名飲食店を並べてセルフで食べさせる計画らしい」
「なんとなく理解できてきたは」
「要するに若い奴だけやなく若い夫婦から年のいった夫婦まで全ての満足を作る言うことやな」
「服屋も世界中から探して来て誘致するらしい、飲食もな、話題作りや」
「広告は難しないけどテレビにどう取り上げてもらうかやな、局回りするわ」
「頼むで今世紀中に50店は出したい言うてたからな」
「大きな仕事や」
「アメリカには既に沢山あるらしい企画の近藤、営業、デジタルは2名や、制作を各一人ずつ連れて1週間ほど見学してこいや今がチャンスや」
「行かれへん奴は可愛そうやな」
「あほ順番で行かしたらええねん、特にデジタルにはアメリカが先に行ってるデジタルコンテンツを盗ませろ」
「なんやそのデジタルコンソメて」
「コンソメ違うコンテンツや、デジタル行って教えてもらえ、早く人選して直ぐに行け9月の頭の制作は終わってんねやろ」
「そうやな今ならいける早く帰って段取りするわ」
タダシにも直ぐに段取りして行けと声をかけた、お前は必ず行けとも言った。
早かった会社に帰り2時間後には社内でアメリカ研修と人員、スケジュールを発表しパスポートの無いものはこの研修を依頼したJTBに直ぐに行けと言った。稲田の速さの秘密はどうやらキャンセルされた同じような研修がありそのままその研修を半値で買ったようだ。マキからのクレームが来た。
「私が研修メンバーに入ってない」
「今は亜紀ちゃんのこともある次の便で行け」
「いつなんや」
「11月の終わりや」
「嘘ついたら寝てる間に眉毛剃ったるからな」
「あほな事を内線で言うてくるな」
電話を切られた。新婚旅行も我慢させて働き続けている、怒って当然やな。
亜紀ちゃんとマスターはとんとん拍子で全てが進み岡山にも何度も二人で帰り崩れた家からアルバムなどを持ち帰っていた。マンションは天六の住都公団の3DKを借りてお母さんを呼びよせる準備も進んでいた、拒むマスターに金はなんぼあっても邪魔にはならんと言って結婚祝いとしてマキと相談して200万を持たせた。仕事で返すと言うがそれは別で、いい仕事をしてくれと頼んだ。
アメリカ視察から社員が帰ってくると社内に大きな変化が見られた、見た事も無い商材や商品が並び所狭しと置かれている、デジタル事業部は連日徹夜で会議をしている、何か始まりそうな感じが伝わってくる。アメリカで稲田が買いあさってきた週刊誌や月間詩は全て分解されて広告や記事広告に分類するとともにホームページアドレスを抜き出し全てチェックしていた、デザイナーも刺激を受けてきたようでデザインの入る部屋も本だらけになっていた。お金は全て稲田のカードらしい経理に言って清算してやらないといけない。
9月は問題もなく始まった広告は順調で人も良く来ている。マンションは価格を抑えた商品と大型案件が特に売れている、銀行から安く仕入れた土地の商品は同じ工事費で作ると当然安く仕上がる利益を多くしても周りのマンションより低価格になりプロジェクトはすべて順調に進んだ、東京も同じことが起きている、まだまだ銀行からは土地を吐き出ささねばならない。
明日はマスターの式と披露宴である、仲人は無しで隠れキリシタンだったマスターの関係で南森町、天神西町の天満教会で式は執り行われる。
「明日の式やけど私何を着て行ったらええの」
「夏物のスーツあったやろ、あれでええやん」
「靴や鞄は」
「お前の式、違うんやからそこまで気を遣わんでも」
「うちのお父さん亜紀姉ちゃんの父親代わりでバージンロードを歩くんやもん」
2人で衣装ケースの前に行き夏物や秋物を出して1時間ほどかかり当日の服を決めた。
「光ちゃんは」
「俺は何時もの礼服や、冠婚葬祭これ1着や」
「自分の身の回りはほったらかしやから、結婚してから私は沢山買うてもうたけど光ちゃんは何も買えへんから今度は光ちゃんの買物に行こ」
天満教会は外観とは違い中は広く何度か付き合いで出た結婚式場の教会ではなく宗教としての教会がそこにあった。二人は牧師の言葉にうなずき指輪を交換しキスをして結婚を認められた。
披露宴は直ぐ近くにあるレストランバーが借り切られ立食形式で執り行われたがお年を召した方用のテーブルと椅子は用意されていて楽しい時間が過ぎた。最後に二人の仲を取り持ったマキが挨拶をすることになった。
「みなさん亜紀姉ちゃんと洋介さんの結婚を祝福していただきありがとうございます、マキは今すごく幸せな結婚生活を送っています、二人にもきっと幸せな結婚生活が待っています人生を楽しんでください」
凄くまともな挨拶をしたので驚いていると
「うちの亭主にも何か挨拶をさせます、朝光広告代表池中光一です」
会場が少しどよめいた。
「亜紀さん洋介さんおめでとうございますマキの強引な推薦で一言だけ、結婚生活を意識したことはありません何時もの会話の中に自然と生活が生まれて来ていると思います、妻に幸せかと聞かれたら幸せですと答えます、それでいいんだと思います日々の会話を楽しんでください、おめでとうございます」
「嬉しい光ちゃんも幸せて言うてくれた」
「こんなとこで言わすな」
「自分で言うたんやんか」
披露宴は終了したが帰りにマスターの友人数人に捕まり名刺交換が始まった朝霧新聞社の広告部立川、安井 社会部 野中 朝霧時代の彼を良く知る数人と会場の外で立ち話をし彼らが今度会社に遊びに来ることになった。マスターには朝霧新聞の仕事も始まると予感した。式の後はマキの両親を新大阪に送り届けてお腹が空いたと言うマキと梅田に戻りエスト北にある鉄板焼きの店に入った。
「お洒落な店やね」
「俺も初めてやけどマキの言う通りお洒落な店や」
「いらっしゃいませ、何を御飲みになられますか」
「芋焼酎ロックで」
「うちは生ビール下さい」
「お料理はコースと単品があります」
「彼女にコースを私にはこれとこれを」メニューを返した。
「結婚式に稲田さんもタダシさんも来たがってたのに」
「あいつらはデジタルの仕事で東京で会議や仕方がないわ」
「今日しか時間が合わんかったんや」
「違うやろ式に来るつもりで開けてた処に仕事を入れてんやろ」
「俺が入れたん違うデジタル事業部の奴らや」
「お酒来たからマスターに乾杯しよ」
マキはコースで次々来る串焼きを食べていたが
「すみませんコース料理いつ終わるのですか同じものが来てるみたいで」
「終わりと声をかけてくれるまでなんです」
「終わりにしてください」
「今焼いている串が2本あるのでそれで終わりにします」
「なんぼでも来るから食べてたらお腹がいっぱいになっても出てくるから」
「俺もマキは何時まで食べ続けるのか驚いてたんや」
「何でやのん」
「前に大きく書いてあるやろ、終了は2本前ぐらいにお声かけ下さいて」
「食べる事に集中して見てなかった」
「それよりこの店に入る時に隣にお洒落なバーがあったからそこに行ってみよ」
「マキの手を引き立たせて店を出た」
隣のバーは1Fにカウンターと少しの席があり地下は広い空間になっているみたいであった。
「マキ同じでええやろ」
「グレンモレッジの18年をハーフロックで2杯下さい」
「ここもオシャレな店やね」
「梅田も探せば色々ありそうやけど若いのが多いのがしんどい」
「そうやな、うちは平気やけど光ちゃんはゼネレーションギャップが大きいな」
お酒がテーブルに置かれた。
「綺麗なクリスタル」
「高そうなグラスや」
「割ったらお酒より高つきそうやね」
「味は一緒違う」
「なんで、おかしいやん同じお酒やのに」
「時間がたち過ぎてるんや香りが飛んでもうてる、ここではあまり売れてないんやろ」
「お客様何かありました」
「このお酒はこの店ではあまり売れていないんじゃないかと、失礼な事を言って申し訳ない」
「そうですねモレッジの18年は店のオーナーがたまに来られて飲まれるだけです」
「そうなんですか」
「噂をしていたらオーナーが来ました」
オーナーと何か話しているようでオーナーがモレッジの18年をストレートグラスに入れ口に含みバーテンダーに言った。
「このモレッジを捨てなさい、予備はあるのか」
「有ります」
オーナーが私達の処に来て
「今新しいものに入れ替えさせます申し訳ない、お客さんの言う通りです時間が経ちすぎて香りが死んでいました、いつも18年ですか」
「だいたい最後は18年を少し飲んでフランシスアルバートで終わりにしています」
「面白い飲み方ですね」
「私自身もそう思っています」
「今のバーに来る若いお客さんとは違う洒落た飲み方ですね、これからもよろしくお願いします」
新しい18年が届きオーナーが席を離れて行った。
「この香りが大事なんや」
「ほんまや、先っきのとは香りが全然違う」
「これからここも通わなあかん」
「なんでやのん」
「さら開けさせてもうたからや」
「そうかオーナーだけやったらまた香りが死んでまうな、光ちゃんがこなあかんわ」
9月は仕事も忙しく東京行きも重なり大阪に腰を下ろして仕事をすることはなく打ち合わせをするばかりであった。10月に入り上川からの呼び出しもあり1泊で東京に出かけた。
上川との約束は5時であるため昼に東京支店に入ったが受付に扉がありナンバーキーが取り付けられていた。カウンターの電話でタダシを呼ぶと
「どちらの池中様ですか」
「朝光の池中です」
タダシが飛び出してきた。
「すいません、新人が内線に出たんです」
「別に気にしてない、このナンバーキーは」
「カードもいるんです、社内の情報を社外に出せなくするため全社員の出入りを管理しているんです」
「進んでるんや、大阪でも検討するから資料をメールで送っといてや」
社内に入ると流石に挨拶をする者もいて社長が来ていることが理解できた新人もいた。
「東京きても仕事先に直接入りここに顔を出さないから新人が増えて顔も名前も知らないやつが増えるんですよ、月に1度は顔出してください」
「出せるだけ出すようにする」
「今日は裏の仕事がメインや」
「5時に多分迎えが来る」
「5時まで時間があるなら見てもらいたいもんがあるんです」
「なんや」
タダシは資料と携帯を持ち外でましょと言いながら会社を出た。
ビルの下にある喫茶店に入りアイスコーヒーをタダシに頼み先に席に着いた、タダシが二人分のドリンクを持ち席に来て前に座っった。
「この席禁煙ですよ、奥が喫煙席です」
奥の席に変わった。
「最近、禁煙席増えたなあ」
「全席、禁煙も増えましたよ」
「それより見せたいもんてなんや」
「これ見てください」
タダシから渡されたパンフレットには大きなコンピュターの写真と見てもさっぱり分からん数字が書かれていた。
「これがどうしてん」
「そのコンピューターは今の会社のパソコン1000台分の仕事をします、2億はします」
「買いたいんか」
「違います、これ買うやつは馬鹿な大手だけです」
「もうすぐこの大型コンピューターの10分の1ぐらいの速さと演算力のあるパソコンが出ます、
うちの会社の名前でパソコンをネット販売したいんです」
「パソコンを売るんか」
「そうです日本で一番安くて1番早いパソコンを売り出すんです、アメリカではもう始まっています」
「商品はどうするんや」
「箱は既製品で名前だけシールで張ります、基板から心臓部までをバラバラで買い組み立てます、完全オリジナルの注文を受けて生産します」
「どこでするんや」
「出来ればインターネットで注文を受けて人件費の安い国で組み立てたいんです」
「だれが責任者になるんや」
「スタートまでは私が全責任を負います、海外責任者は東京のデジタルの下山に行かせます」
「下山言うたら大阪からお前が連れてきた奴やな」
「そうです」
「工場長でもええんか」
「彼の発案です、アメリカではガレージで組み立てて販売してるんです日本ではマニアがパーツ屋で部品集めて組み立ててる奴がいてるぐらいです」
「それなら秋葉原でうろうろしてるマニアを捕まえて海外に行かせたらどうやねん」
「マニアはマニアで商売人ちがいます」
「そうか」
「直ぐに営業部からも人を送り込みます、部品がそろいやすいのは中国ですが将来を考えると台湾です」
「金はなんぼいるんや」
「2億入ります、2億で物にならんかったら手を引きます」
「直ぐにやれや」
「そう言ってくれると思ってました、必ず成果を出しますよ」
「信じてるわ」
「俺のパソコン古なって来たので新しいのを手配しといてや」
「ネットが早いのがいい、うちのポータルを見に来る数も増えてるんやろ」
「急増してます、英語バージョン、中国語、韓国語、イタリア語、フランス語も公開してます、できれば将来的にですよ50か国語ぐらいはクリアーしたいんです」
「何かぐんぐんと進んでるな」
「今、国内のホテルを中心に海外向けに進めていますが色んな旅行者からも問い合わせが来てます、日本人じゃないですよ海外の旅行者がうちのサイトを利用してホテル予約をしてるんですよ」
「まだまだすることが山のようにあるんや」
「そうですよ池中さんにはもう少しだけ頑張ってもらわな」
「頑張りますけどここのコーヒーまずいな」
「ここは東京ですよ高くてまずい日本で1番住みにくい都市ですが、お金は1番転がってます」
「美味いこと言うな、何時からスタートさせるんや」
「許可出たらすぐに始めようと考えていたから明日から立ち上げの準備します」
「俺が今日来んかったら」
「僕が明日大阪に行ってました」
「無駄は無しか」
タダシの話を聞いてから支店に戻り社内に居ると少し狭い気がしたが大阪が広すぎるのかと思い直した。上川からの連絡が来た5分後に何時もの秘書が下で待っているので一緒に来てくれと言われタダシに別れを言って下に降りると既に秘書は待っていた。
車で案内されたのは先日の上川の迎賓館だった。
部屋に案内されて入ると先日と同じ上下無しの形でテーブルが置かれ上川が座っていた。
「呼び出して申し訳ないゆっくりしてください」
「上着も取ってください」
秘書が横に来て上着を受け取った。席に着くと同時にビールが運ばれてきた。
「どうぞ1杯目だけはお注ぎします」私も上川にビールをついだ。
「今日のお招きは」
「今日は我々とは違う商いをしている人がいまして、そのお話がしたくて来ていただきました」
「その商いとは」
「飲食関係なんです」
「飲食関係て幅がありますね」
「ホテルなどに入っているレストランチェーンです」
「ホテルの直営ではないんですか」
「昔は直営でしたが今は箱を貸して賃料だけを貰ったり、賃料を下げて売り上げの何%とかを貰ったりしているケースがほとんどです」
「そのレストランがどうしたのですか」
「ホテルのレストラン事業では大きくなれないことが分かり結婚式場を経営しようとしています」
「ホテルの中でですか」
「それは違います、結婚式はホテルにとって収入源です」
「ホテルで見てきたノウハウを外で生かそうとしているんです」
「都心の休眠地に安普請だが豪華に見える式場を建て事業化しようとしています」
「土地が高いでしょ」
「10年の定期借地です」
「だから建物も精々2階建てです、10年後には潰すのですから」
「土地建物はかなり準備ができていますが広告展開は全然です、特にホテルの中でレストランを展開してきたので広告は何もしていないに近い状況です、広告担当者の派遣と全ての広告を仕切っていただきたい」
「ありがたいお話です、しかし担当者の派遣とは」
「オープン日は決まっていますが何もしていないに近い状況です、会社の中に入りオープンまで全てを仕上げて欲しんです」
「今すぐのお話ですよね」
「そうなんです」
「何とか人を送り込み仕上げをお手伝いいたします」
「池中さんにそう言っていただくと心強い」
「努力します、会社はどちらですか」
「東京です、第1号の結婚式場はお台場です」
「詳しいことは帰りに秘書がまとめた資料をお渡しします」
「人が足りないときはうちの秘書も使ってください、優秀ですよ」
「ありがとうございます」
2時間ほど食事を共にし上川が行きたい店があると言うので車に乗った。
「今日は帰らないでもいいんですよね」
「そのつもりで家を出ました」
「良かった」
上川の車は都内を走り抜けて少しビルの高さが低くなったところで止まった。
「ここの上に私がよく来ているバーがあります」
「お供します」
二人で上がる前に秘書の女性が店の中を見てきて大丈夫ですと言った。
バーはオーセンティックな造りでカウンターに12~3人が座れる、テーブル席はない。
カウンターに二人で座た。
「グレンモレッジの18年のハーフロックでしたね」
直ぐにグラスが私たちの前に並んだ。
「乾杯」
「乾杯」
マスターは私を観察しているようだ。
「静かなバーですね」
「一人で来るにはいい店です」
「外に変なのが沢山いるんでしょ」
私は驚いた、このマスターは全て知っていて非難しているように聞こえる。
「そうです変なのが何人か来ています、付き人です」
「怖い芸人さんですね」
「そうですね」
私は口を出さないで二人の会話を聞いていた。
「池中さんこのマスターは何時もこんな感じです、気にしないで下さい」
「そうですか」
「この人、昔は私達の世界の人でした引退されたんです」
「お前もそろそろ引退を考えたほうが長生きできるぞ」
「あと3年は続けますよ」
「くだらん」
「池中さん御代わりはいかがですか」
「頂きます」
「ここで嫌味を言われながら飲むと反省が出来るんですよ」
「反省ですか」
「そうです生きていることの反省です」
「私は中々反省が出来ない。だから叱られに来ています」
「君は堅気の人だろ」
「はい普通の会社を経営しています」
「こいつが初めて連れてきた客ですよ」
「そうなんですか」
「君は上川の友達らしい、仕事仲間や同業ならこの店には連れてこない、信頼もされてる見たいや」
「上川さんには助けていただいております」
「この冷血で鞭のような男が堅気を信用するとわ」
「親父さんそれぐらいで許してください」
「バーのマスターに戻ることにする」
上川は優しい顔をしている。マスターとは昔何かあったのだろう。2杯飲んで店を出た。
上川の車はまた都内を駆け抜けた。銀座に出た。
車の周りに数人のいかつい男たちが現れ頭を下げた。ここは私達のような者が来る店です1度見て行ってください。店内は明るいが全ての席があまり顔を合わせないような配置になっており贅沢な配置になっている、どの席にも一人何もしない男が立ち周りを気にしている。
「遠慮なくお座りください、今女性がお酒を運んできます落ち着きませんか」
「静かに飲まれるのですね」
「こんなもんですよ、堅気のいる店では虚勢を張って大きな声を出すんです、同業が多いところでは静かですよ虚勢も不要で、いらないことを言うと何があるかわからないですからね、ここのいいところはやくざ以外お断りですから人目を気にしないで済む」
「やくざ以外お断りとは珍しい店ですね」
「北新地にもありますが景気は悪いそうです」
「上川総長いらっしゃい、何時ものでいいですか」
「グレンモレッジの18年か角があればどちらでもいいよ」
グレンモレッジがテーブルに来た。
「飲み方は」
「グラスに氷をいて半分お酒を入れて半分水を入れて混ぜてください」
二人の前にお酒が出されて飲み始めた時に奥の席からかなり高齢な紳士風の人が一人で横に来た。
「上川総長お久ぶりですね」
「お久しぶりです、お身体のほうは」
「歳ですからね、先日の話はありがとうございました、うまく話が付きました」
「それは良かった」
「また正式にご報告に行きます」
「お待ちしています」老人は席に戻った。
「こんな感じですよ、私達を静かに飲ませてくれる店が少ないんです、ここだけは別なんですよ」
「そうなんですね」
「私が何故ここにあなたをお連れしたか分かりますか」
「正直言って分かりません」
「あなたに私達の本質を見ていただきたかったんです、私達は社会の屑と言われていますが色々なところで必要悪でもあります、私達以上にたちの悪い堅気もいます、私の綺麗な部分だけではなく本当の裏社会の顔も見ていただきたかったんです」
「私は目の前にいる上川さんと何時も話をしています、それがこの場所であれ西成のお好み焼き屋であれ私の前にいる上川さんはあなた一人です、私は何があっても上川さんから逃げる事はしないし、この気持ちは変わる事はない」
「ありがとう、これから厳しい仕事が多くなります、私を信じてください、飲みましょう」
上川が女性を一人だけ呼んだ、口数が少なくお酒を造り笑顔で座っているだけの女性であったが安心感はあった。
「池中さんこの陽子は静かに飲ませてくれるのが上手い子なんですよ、一人で飲む時も横にいてくれるだけで落ち着くんです」
「なんとなく分かる気がします」
「もうすぐ谷口も来ます今日はゆっくりと飲みましょう」
「谷口さんには2度も助けていただいています、感謝しています」
「奴はあなたに惚れたようです、あれは火の玉のような男ですが筋は必ず通します」
「谷口様がおいでになられました」黒服が告げに来た。
「この席で一緒に飲むからグラスを用意して下さい」
私は立ち上がり谷口組長に挨拶をした。
「二人共顔なじみなんだから堅い挨拶は抜きで早く座って」
三人で酒を飲み始めたが私よりも谷口組長が緊張しいている。
「谷口頼みがある」
「はい」
「今から私と池中さんは5分の杯を交わす、意味は分かるな」
「分かります」
「池中さん一口飲んでください私も一口飲みます」
「関東上川組内谷口組 谷口哲郎が見届けました、おめでとうございます」
「池中さんこれであなたと私は生涯5分の付き合いで行きましょう、谷口お前も池中さんと杯を交わして置きなさい」
「池中の兄貴いただきます」
「見届け人は関東上川組上川が見届けた、今日から池中さんが兄貴で谷口が弟や生涯の兄弟になった、谷口、池中さんを守らなあかんしっかり頼むぞ」
知らないうちにやくざの兄弟が二人も出来てしまった。
「池中さん谷口は武闘派なんですが、不動産を触らせると天才的な処があります、これから東京の土地を多く商いするうえではこれほど強い味方はいませんよ大事にしてやってください」
「ありがとうございます、谷口組長宜しくお願いします」頭を下げた。
「今日からは谷口と呼んでください東京ではうちの組がボディーガードを付けます」
「谷口がガードしてくれたら、安心できる」
3人の飲み会は深夜にまで及び私は谷口組長の家に泊めてもらい朝早く羽田に送り届けてもらった、兄貴の東京でのスケジュールは必ず連絡くださいと谷口組長に頭を下げられ少し困ったが、彼の手を取り宜しくお願いいたしますとだけは何とか言った。
大阪に帰り会社に飛び込み稲田にタダシの話を説明し青木さんにタダシの海外組立工場を進めるにあたって輸出入に詳しい人を探してほしいと頼みマキの顔を見に行った。
「マキ元気か」
「お帰りなさい、岡島さんとこわ」
「まだや」
「電話が凄くて秘書の岡島さんが苦労してたから先に社長室に行ったって」
自分の部屋に入ると岡島さんが
「お帰りなさい、ここに電話が入った一覧を置いておきます、アポイントも入ってますのでスケジュール見ておいてください」
「これ東京土産です」
「ありがとうございます」
「他の人には配ってきたから安心してください」
電話はプロジェクト関係が殆どで東京にいる時に携帯にも架かってきたのでと見ていると1件知らない人からの電話があった、赤坂氏より電話連絡が欲しい090-5895-0000と書いてある。
「岡島さん赤坂さんてどこの人」
「会社名を聞いたんですが連絡をくれだけで」
「電話してみるわ」
直ぐに会社の電話からメモに書かれている携帯番号に電話を架けた。
「朝光の池中ですが赤坂さんですか」
「赤坂です、池中社長無理を言って申し訳ありません」
「はあ、どちらの赤坂様ですか」
「難波建築工業の栗原専務のご紹介でご連絡を入れさせていただきました」
直ぐにやくざだと分かった。
「ご用件は」
「一度お会いしたいのですが時間はありませんんか」
「今日の午後は会社に居ますので時間を指定していただければ」
「では2時間後の3時に御社にお伺いいたします」
「お待ち申し上げます」電話が切った。
栗原専務に電話を入れるが出張中で江川取締役と話すが、赤坂は知らないと言う。出張先か携帯で捕まえて赤坂の訪問趣旨を聞く約束をしてくれた。上川に連絡を入れると少し怒ったような感じがしたが「会う必要はないし多分訪ねてこない、話は私がしておきます」
「何か難しい問題が発生したのですか」
「いや栗原専務がいらない事をしたんでしょう、大阪を中心にしている古いタイプのやくざです、話は聞いてくれるはずです」
「分かりました」
3時を10分過ぎても赤坂は来なかった6時に会社を出て堺筋に向かう途中に3人の男たちに囲まれた。
「池中社長さんですね、3時に行けなかったので今来ました少しお時間を頂きますね」
上川組の大阪の人間が二人現れ
「話は済んでいるはずじゃないんですか、戦争をするつもりですか赤坂さん」
「俺も3代目原山組の赤坂や電話で手を出すな言われて、はいそうですかとはいかんのじゃ」
上川の大阪の人間が手を上げると車が4台現れ車から屈強なやくざ者が10人ほど出て来て3人の男を車に押し込んだ。
「池中社長申し訳ありません、不細工な事になりました、怪我はないですか」
「肩を掴まれただけですから、大丈夫です」
「私は後の処理がありますのでこれで失礼します」
誘拐されるところを助けられた、いや命を助けられたのかも知れないと思った。10分ほど中之島公園から新地に行き先を変えて歩いていると電話が鳴った。
「池中さん不手際で迷惑をかけた」
「いや助かりましたあのままだと誘拐されていましたから」
「先方とは私が直接話をすればよかった、今度からは必ず私自身でします」
「いや上川さん、こんなことはもう2度とないような気がします」
「この話が谷口の耳に入ったら大阪に乗り込んで原山組ごと潰しますよ」
「谷口さんには内密に」
少し上川が笑った気がした。
「専務はもうすぐ私の処に来ます。お灸をすえて置きます」
上川は笑いながらそれを言って電話を切った。原山組は聞いた事が有る。大阪の古いやくざで今も独立系で存在しているが力はもう殆ど無く西成で昔ながらの博打場をしてると、それが何で俺に絡んできたのかが不思議だ。携帯が鳴った。
「兄貴無事ですか」
「大丈夫ですよ」
「朝飛行場で別れてその晩に不細工な事になり私が大阪にいてたら」
「いや大阪の人に助けられました」
「許してやってください、私からもしっかり言っておきます」
「ありがとうございます」電話を切ったが昨日からやくざと話す時間が長くなった気がする。
マキの携帯を呼び出した。
「光ちゃんどこにいるん」
「中の島からグランドに移動中」
「私も行ってもええ」
「マキを誘うために電話したんや」
「直ぐに行くわ」
グランドのバーは静かであった、マネージャーが奥の席に案内してくれて何も言わない私にビールを持って来てくれた。
「後のセットは何人にしておきますか」
「二人でお願いします」
「疲れているようですね」
「今日は少し疲れました、18年を飲む時には回復していますよ」
マネージャーはテーブルから離れて行った。
マキは一人ではなかった亜紀ちゃんとマスターを引き連れていた。
「お待たせ、うち光ちゃんの横」さっさと座り前の席に二人が座った。
「だいぶ仕事は慣れた」
「私はだいぶ慣れてきましたけど稲田さんの大阪弁がうつりそうで」
「それは仕方がない」
「マンションや住宅の写真は面白いですね、仕事も毎日のようにありますし」
「大阪のパンフ写真を見てタダシがマスター顎足付で来てくれへんかなあ言うてたわ」
「顎足付てなに」
「顎は飯代で足は交通費や」
「広告業界の隠語やね」マスター
「芸能界でも同じ言葉使うようや」私
「それより一杯飲んだら鉄板焼きの美味い店あるから移動しよ」
1杯ではなく3杯になって移動した。
マキも亜紀ちゃんも気に入ってくれて良く食べた、稲田の紹介やと教えるとあの人は店を探すのは1流やとマキが褒めているのか、くさしているのか分からない事を言っていた。タダシの組立工場の話にマキが食いついた。
「それ絶対に成功するわ、今は、まだ1人1台の時代やないけど携帯でメールすること覚えた人がパソコンアレルギーからパソコン好きになってるてよく聞きくもん」
「私もパソコン初めて家にも欲しいと思ってたんです」
「俺、昨日タダシにパソコン頼んだんで俺のお古持って帰り」
「いただきます、ありがとうございます」
「それと結婚式場の新規開店の仕事取ってきた、オープニングから印刷物広告展開全て受注したから宜しくね、詳しくは明日話す」
「うろちょろする度に大きな仕事を取って来てさすがやね」
「マキが褒めてくれると嬉しわ」
「写真はかなりの制度を求められるしビデオも必ずいるマスター手配も頼むな」
「知り合いにビデオを専門にしてるのがいますから声かけおきます」
携帯が鳴り店を出て話した。
「先ほどはすみませんでした原山組が池中さんを狙うことはもうありません、安心してください」
「ありがとうございます」
「1つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「総長と5分の杯を交わし谷口の兄貴とも兄弟杯を交わされたとか」
「間違いありません」
「池中社長の立場が理解できました、私にも兄弟杯を何時か頂ければと思います」
「何時でも言って下さい」
「総長に話してご連絡いたします」話は終わった。
「光ちゃんなんの電話なん」
「大阪弁やな、仕事の電話や明日の空き時間無いかと言うてきたんや」
「忙しすぎるんちゃう」
「まだや来年は今年の倍働かしたるから」
「鬼や悪魔や光ちゃんや」
「そんな化け物と並列に並べるな」
「うちから見たら化け物や」
少し疲れたのか目まいがして椅子から滑り落ちた。
「光ちゃん疲れてるわ今日は帰ろ」
首に手を当てると血が流れていたスーツの背中にも流れていた、背中を壁向けていたため誰も気が付かなかった、あの時肩に手を当てた奴に少し切られている、痛かったはずである。
「光ちゃん首怪我してるやん、血も流れてる」
「マスター光ちゃんを病院に連れて行って」
私はマスターに連れられタクシーで北野病院に入った。怪我は大した事はなかった首の後ろを3針縫っただけで血もすぐに止まった。ただ医者が使うメスのような鋭利なもので切られているため警察を呼ばれた。警察には中之島公園を歩いている時に後ろから走ってきた若いのがぶつかりその時以外は何も考えられないと答えた。不信がる警官ではあったが、中堅広告会社の社長と元朝霧新聞の報道カメラマンが言う以上そうとしか事件に出来なかった。マスターも信じたようだ。
マスターと別れ歩いてマンションに帰る途中に先ほどの男が近づいてきて
「あの時に切られたんですねプロの手口です血もあまり出ません、もう少しきつく締めておきます」
男は直ぐに闇の中に消えていった、私としたことが血が流れている事にも気が付かないでいたなんて、やはり疲れているようだ。マンションでマキが待ち構えていた。
「光ちゃん本当のことを言うて」
「本当や切られたんが分かってたらさすがに飲みにはいかん」
「それもそうやけど会社のそばで騒ぎがあったてコンビニに買い物に行っていた会社の若い子が言うてたから」
「そんな騒ぎがあったら警察に逃げ込むわ」
「ふうううん首見せてみ」
「包帯はされてないけど何かはってる」
「大きなばんそうこう見たいや」
「これしたままシャワーは問題ない言うてたから先にシャワー浴びるわ」
シャワーを浴びリビングに行くとビールと簡単な肴が用意されていてマキは風呂に入ったようである。1人でビールを飲んでいるとマキも風呂から出て来た。
「うちも今日はシャワーにした」
「直ぐに後の用意するからゆっくり飲んどいてな」
マキが髪を乾かす音が聞こえ次に冷蔵庫を開ける音が聞こえた。
ハムとチーズ、漬物、取り合わせは悪いが全て好物である、18年と丸い氷にグラスを2個持って横に座った。
「光ちゃん乾杯しよ」二人でグラスをカチンと鳴らした。
翌日会社に行くと受付で難波建築工業の江川取締役と部下が私を待っていた。
「池中社長お詫びに来ました」
「その話は上でしましょう」
8階に上がり応接に二人を通し岡島さんにお茶を頼んだ。
「昨日は大変なご迷惑をかけ申し訳ありません、お怪我の方はどうですか」
「たいした事はないですよ、3針ほど縫っただけですから」
「専務が昔から付き合いのある原山組の赤坂に仕事が欲しいなら池中社長に頼めと言ったらしくて、それを原山組の赤坂さんが鵜呑みにして連絡を入れた結果このような事態になりました」
「専務は何で池中に私に頼めと」
「大阪の工事の多くは原山組の関係先の警備会社に任せています、赤坂は最近大手の現場仕事が良く来るので何かあると考えて専務の処に行きました、専務は出さないでいい池中社長の名前を出して別のゼネコンを紹介してもらいなさいと言われたようなのです」
「無責任な」
「そうです私もその点は専務に強く抗議しました、明日大阪に戻り次第お詫びに来させます」
「それはもういいですが、他のやくざに私を売るようなことは今回で最後にしていただきたい」
「それは東京からも強く抗議が入り当社の代表が本日東京に出向いております」
「基本的に難波建築工業の私の担当は江川さんです、今後もそれは替えるつもりもなく替えていただきたくもない」
「会社内は既に今日から私が大阪、東京を八島が担当し全体は私が統括し他の役員にはこのプロジェクトに口は出させません、池中社長の名前は社内では今後極秘事項にします」
「それぐらいはしてください、まだまだ来年には難波さんだけで東京大阪で1000億の受注をしていただかなくてはいけないんですから、今、私がこけると大きな損失ですよ」
「ありがとうございます、必ず期待に沿えるように努力いたします」
「それとお怪我のお見舞いと言っては何なんですがこれを」
お見舞いと書かれた封筒を差し出された。中を見ると銀行発行で企業名の無い3000万円の小切手が入っていた。
「こんなものは受け取れません、気持ちだけで十分です、江川さん来週飲みに行きましょう、お付き合いしていただければ今回の事はなかったことにします。水曜の6時にグランドホテルのバーでお待ちしています」
「必ずお伺いいたします」
江川取締役と部下は小切手を持って帰って行った。昨夜怒り狂った上川から相当叱られたんだろう難波の社長が全てのアポイントをキャンセルして東京に飛んで行くぐらいだから、しかし首を触ると傷が少しだけ痛んだ。
どこの誰に聞いたのか新生保の相川専務から電話があり危ない橋ばかりを渡らせて済まない、今度うちで1席持つから慰労会をしようと言われた。
近鉄の川上専務からもうちの土地の件で襲われたんじゃないかと気になって電話をしたんだと言ってきた、東興の支社長も同じで内容の電話があった。社内も少しおかしいので岡島さんに聞くと
「社長、今日は新聞をお読みではないのですか」
「首が痛かったから読んでいない」
「新聞に株式会社朝光社長暴漢に襲われ病院に運ばれると出てましたよ」
「岡島さん新聞を取って来てくれ」
記事には急成長を続ける関西中堅広告会社朝光の社長が夕方中之島公園で暴漢に刺された、幸い怪我は軽傷で済んだが傷口は鋭利なメスのような刃物で切られており警察はプロの犯行を疑っている、何かの脅しではないかとも考えられる。とんでもない記事が書かれている。
ドアをノックもせずに稲田が入ってきた。
「傷は、怪我の状態は」
「傷は3針の縫い、もう大丈夫だ」
「朝飯の時、新聞見て椅子から落ちそうになったわ」
「俺なんか今まで新聞に出ているとは知らんかった」
「急成長とプロの脅迫は週刊誌に狙われるで、取材止める手立てを考えないと」
「お前、何を言いだすんや」
「大阪はネタが余りにも無いぶん重箱の隅をつついて話し作るのが週刊誌や」
「気を付けるわ」
「本当に気を付けてくれな」
その後も見舞いの電話が続き午後からは見舞客まで来て1日仕事にならなかった、特に近鉄の高橋次長は俺の責任や会社を辞めるまで言い出し引き留めるのに大変だった。
夕方会社を出ようとすると稲田が慌てて駆け寄り入り口は使うな非常口から帰れと言われたが知らん顔をして会社の出入り口から外に出た。携帯が鳴り出ると上川からであった。
「新聞記事取り寄せて見ました、週刊誌がうるさくなりそうなので気を付けてください、私の声をかけられるところには既に何も書くなと言ってあります、怪我は大丈夫ですか」
「怪我の方は大丈夫なのですが関係者に動揺が少しだけ有りましたが何とか通り魔で終わらせておきました」
「そうですか、専務には強く抗議し社長には専務の進退伺を出させるように言いました、原山組は組長が引退しうちの傘下に入ることで手を打ちましたが、それで良かったですか」
「充分です、私のしょうもない怪我で血が流れる方が後味は悪いですよ」
「あなたらしい、難波のお見舞いも受け取らなかったらしいですね」
「早耳ですね」
「情報時代ですからね、水曜日私もどこかで合流したいのですが」
「西成のお好み焼き屋に7時ではどうですか」
「お伺いします」
上川は電話を切った。後ろから名前を呼ばれて振り返るとマスターと亜紀ちゃんが追いかけてきた。
「大変でしたね」
「病院に連れていただき、ありがとうございました」
「お見舞いのお花が凄かったですね」
「仕事の付き合いもありますからね」
「今日は帰られるのですか」
「どこかで1杯だけ飲んで帰ります」
「それじゃ気を付けて」
マスターと亜紀ちゃんは堺筋に消えていった。私は御堂筋方向に歩く事にしたがどこに行く当てもない御堂筋でタクシーを拾い大丸と心斎橋の間を入ってくれと頼んだ。帰ると言ったものの帰る気になれず熱帯魚でも見るかと思い店に来たが開いていなかった。何故か一人になりたくてミナミに来たがミナミの町に嫌われたようである。堺筋に向かい歩きタクシーを拾い梅田のエストの裏までと告げた。店は開いていた。
「ビールを下さい」
「今日はお一人ですか」
「その予定ですがうるさいのが来るかもしれません」
ビールを飲み干しモレッジの18年を飲んでいるとマキから電話があり店を教えた。
きっちり稲田付きで現れた。
「昨日の今日やから一人で飲みたいやろう思って買物して帰ろとしてたら稲田さんが俺が電話したら出えへんからマキちゃんしてくれ言われてん」
「ええよそろそろ電話したろかなと思ってたところやった」
「お前は俺以外には何でそんなに優しいんや」
「うるさい酒を頼め店の人が待ちくたびれてる」
「ビール下さい」
「うちにもビールを」
「稲田に紹介してもらった店で気が付いて騒ぎになってもうた謝っといてな」
「亜紀ちゃんから話聞いて、ここに来る前に電話入れておいた」
「あの女将さんには優しんやな」
「それこそ、うるさいや」
「ほんまや、うちの目はごまかされへんで」
「マキちゃんまで何を言い出すんや、俺には嫁さんと子供がいてる」
「冗談ですよ、あんまり向きになると怪しまれますよ」
3人で笑った、笑うと少し傷が痛む。
「寿司が食べたい稲田どこか連れて行ってくれ」
「梅田はガンコ寿司ぐらいしか知らん」
「阪急のホテルの処やろ」
「ここからは近いしお前ら帰るのも5分や」
「うちはどこでもええで」
3人でエストの北側を通り抜け3番街横の横断歩道を渡り店に入ると1Fは満員で2Fに通された。
カウンターではなくテーブルであるため寿司の注文はマキに任せて肴を頼んだ。
ビールを飲み干し芋焼酎のロックを飲みメバル、ウニ、太刀魚の刺身を楽しんでいる時に信じられない大皿の寿司がテーブルに乗せられたが刺身を置く場所すらなくなりサイドテーブルを借りて焼酎の瓶や氷、水、刺身を非難させてテーブルには大皿が乗せられた。
「お前、何ぼ頼んだ」
「面倒くさいから、写真のやつを頼んだらこんなに大きかってん」
「店の人も注意せいよ」
「注意されたけどこれでお願いて言うたんよ」
「あのーまだ後で持ってきますので、お皿空いたら呼んでください」
「マキお前は食べる事に集中しろ」
「そうする、ここまで多いとは思っていなかったから」
「確かにこれだけ寿司が並ぶと美味そうに見える、俺も手伝どうたる」
稲田が寿司に参加したため手持ちぶたさになったが、メバルや太刀魚で飲む芋焼酎は心地よかった。稲田の参戦で大皿をかたずけて店員を呼ぶと大きな下駄の上に色々な巻寿司が乗せられて出て来たが大皿に比べれば可愛いもんであった。刺身をテーブルに戻すと稲田が後はマキちゃんに任せたと言って逃げた。さすがにマキはダウンしたがほぼ完食していた。少し残った巻寿司を稲田と食べながら話した。
「今回の事件でお前も身に染みた部分はあるやろ」
「通り魔は避けられん」
「これからも通り魔が出るかもしれん」
「稲田さん、怖いこと言わんといて」
「だからや車通勤にしてくれ言うてるんや、マキちゃんも賛成やろ」
「分かったお前と同じ車を明日総務に頼む」
「絶対やぞ」
「マキちゃん聞いたな、確認取れよ」
「昼から総務に行って発注できてなかったらうちが直接する」
「そうしてくれ」
翌日車と運転手の手配を総務に頼み今週の残りのスケジュールを聞くとあまりたいした打ち合わせは入っていない、2日ほどのんびりしようと決めた。のんびりすると決めると手持ちぶたさになり新聞を読む以外に時間が潰せなくなりフラット外に出てみた。喫茶店に入ろうかとも思ったが最近セルフの店ばかりで落ち着かない、昔の喫茶店を探しながら歩いていると古いツタの生えたビルの奥に昔タイプの喫茶店があった、コーヒーも味が濃く私好みであった。来客までの1時間を何もせず何も考えず過ごし帰りにマッチをもらいまた来ようと思った。会社に帰り来客の応対を済ませ5時に会社を出ようとした時に近鉄の川上専務から電話で呼び出しを受け近鉄に向かった。
「急な呼び出し何か問題でも起きましたか」
「問題が起きた時だけ君を呼ぶわけではないよ」
「今日は高橋次長の姿もありませんしね」
「今日は内密な話なんだよ」
「内密とは」
「社長昇格が決まったんだよ、君にしていただいたようなもんだ」
「何をおっしゃるんですか、長い間会社に貢献してきたからじゃないですか」
「とにかく、おめでとうございます」
「そう言ってもらうと嬉しいが最後の社長レースの決定打は君のプロジェクトが評価された事とやくざとのトラブルを最小の被害に留めたことだよ、感謝している」
「発表と昇格は何時なんですか」
「11月の臨時株主総会で発表される」
「すぐですね」
「次からは奥の部屋に来てもらうことになるね」
「それで君に来ていただいたのは社長就任祝いのパティーを朝光で主催していただきたいんだよ、ホテル等は近鉄グループで頼むがね」
「いいんですか朝光では役不足ですよ」
「そんな事はない、君しかいないんだよ、招待客関係は高橋部長と話し合ってくれ」
「え部長、高橋さんもついに部長になられたんですね」
「当然だよ私の後は彼が社長になるんだから」
「分かりましたお引き受けします」
近鉄を出てから偉いもんを引き受けてしまったと少しだけ反省した。携帯から高橋部長に電話を入れた。
「部長昇格おめでとうございます」
「早耳ですね」
「専務に聞きました」
「社長就任祝いのパティーの件も引き受けてくれたのですか」
「高橋部長と進めてくれと言われました」
「明日そちらに伺いたんですが池中さんの都合は」
「私はほぼフリーです」
「珍しいこともあるんですね、10時にお伺いいたします」
会社に帰り青木さんに相談すると以前の会社で何度か同じようなパーティーの裏方を経験してるので経理、総務で仕切ると言われ安心した。
次の日の10時に高橋部長が来た。会社の受付で稲田と二人で待っていると
「やくざの事務所に間違ってきたのかと勘違いするじゃないですか」と冗談を言いながら部下を伴いロビーの奥まで入ってきた。
「おはようございます高橋部長」
「おめでとうございます高橋部長」稲田はさすがである。
応接でコーヒーを出し世間話を少しし稲田は退席し、代わりに青木さんが応接に入り就任パーティーの打ち合わせになった。政治家から文化人、同業者まで入れると最低でも2000人規模になり
会場はロイヤルホテルがいいのだがミヤコホテルで開催することにした、招待客名簿は既にあり青木さんが預かり発送業務を任された。司会はプロを雇うことにしたが誰を呼ぶかを決めなければいけないのとスケジュールが押さえられるかが問題である。候補としては何人か出たがあまりぱっとしないので次回の打ち合わせまでに各人が何人か候補を出すことで決着した。さすがにテレビを見ない私は誰の名前を出すことも出来なかったためマキに頼もうと思った。上川の東京ルートも聞いてみようと思ったがやくざであることを完全に忘れていた私が怖くなった。お昼を高橋部長と部下の人と3人で食べ別れた。
まだ時間がるので昨日の喫茶店に行こうとしたが携帯に社に戻るようにと岡島女史から連絡が来た。
「岡島さんどうしたん」
「新生保の相川専務が連絡を欲しいそうです、急がれていたので携帯に入れました」
「ありがとう」会社の電話から専務に電話を入れた。
「今からそちらに行ってもいいか」
「私が伺います」
「いや私が行く」
10分もせずに相川専務が一人で会社に来られた。
「どうされたんですか」
「うちの親会社の不良資産が出る事になった」
「かなりあるんですか」
「2000億近い」
「市場価値は1300億有るか無いかや」
「親会社が優良資産を売却し売却益で損失をカバーする事になった、うちの会社は2番目の受け皿やビルは関連のビル会社が引き取らされる、うちは工場跡地や郊外の大規模な土地が回ってくる、その中には日生球場や吹田の大規模な社宅も含まれる、うちに来る土地のプロジェクトを始動するが君が幹事を務めてくれ」
「私がですが、畑違いじゃないですか」
「君は誰に対しても平等に動く事が出来る、その上幹事をする事で全ての広告を押さえられる、君に色々と苦労をかけたお返しだよ」
「ありがとうございます」
「今1番手がサルベージをしている残りすべてを解決しろと言ってくることは間違いない、資料が出来次第、君に渡す新たなプロジェクトを立ち上げてくれ」
「時期的には」
「サルベージでいらない土地や建物が順次送られてくる来週の末ぐらいから資料が出来るはずである、土日に社員に纏めさせる、再来週から取り組みたい、遅れてくる資料は第2弾にすればいい」
嵐のような専務の話を全て聞いてふと東京も多いのではと思った。
「専務、関東の資料は」
「それも一緒に来る関東はまだ掌握できていないが本社管轄になるため同じルートで債権が来るはずである関西の倍近くあるのではないか」
「東京も忙しくなりますね」
「君も忙しくなるね」
「ありがとうございます」
専務が帰られた後稲田を探したが社外にいるらしい携帯に電話を入れると直ぐに社に戻ると言うので私の部屋に来るように言った。
「何かあったんか」
「新生保の相川専務が来て親会社の不良債権の整理が始まりかなりの数があり新プロジェクトを立ち上げるんだが幹事会社と幹事を俺にやれと言ってきた」
「プロジェクトの幹事会社と幹事にか」
「そうなれば広告は総取りできるからやり抜けと言われたわ」
「凄いことになってきたな何時からスタートやねん」
「来週中に第1弾の資料が完成するので再来週にプロジェクトメンバーに招集をかける予定や」
「時間が無いやん初回はうちの会議室使うんか」
「狭いやろ」
「会場を押さえなあかん」
「極秘プロジェクトやから社内も注意や」
「分かった」
「来年パンクするで」
「東京も始まる今からタダシに連絡して段取りをさすわ」
「タダシ組立工場も進めてるんやろ大丈夫かなあ」
「あいつならやり抜きよる」
11月の川上さんの社長就任パーティー、相川専務から持ち込まれた新プロジェクトの幹事どちらも朝光の将来を決定付ける仕事である知恵を絞りださねばと社長室で考えていると内線でマキから連絡が来た。今日は遅く成るので食事をしておいて下さい。マキも忙しくなってきたようだ。
水曜日の西成のお好み焼き屋の飲み会が何故か楽しみになって来ている自分が不思議でもあり怖くもあった。 第3部完
広告屋 池中光一 @harubou1207
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。広告屋 池中光一の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます