第50話 彩りのある未来へ
再会してからというもの、彩未は仕事が終わってからの週末を翔太の部屋で過ごしていた。
休日のフットサルも、サッカーのコーチをするときも、彩未は喜んでついていった。
近くで、遠慮なく見られて、応援出来て本当に嬉しくて、サッカーとまた新たなつき合いかたをしている翔太を見るのが彩未も幸せだったから。
でも、本当は週末だけでなく毎日一緒に過ごしたい。それが本音だった。
またそして夏が来た。
暑い夏だけれど、この夏はもう付き合いを隠すことも無いし、そして、高校時代と違い忙しいクラブ活動もない。
あおぞら幼稚園のぱんだ組の子供たちははじめての夏休みだ。
「みんな、明日からは夏休みです。また夏休みが終わったら元気に幼稚園にきてね」
彩未はみんなにゆっくりと話しかけた。
「「「はーい」」」
と、可愛らしい声の合唱だ。
終わりの歌をピアノで弾けば合唱で、さようならをする。
ふざけたりする子もいるけれど、春からずいぶんと成長しているのが見えて、彩未は嬉しくなる。
「はせがわせんせーさよーなら」
お迎えの子達は園庭に、そしてバスの子はバスの列に並ぶ。
この日はバスに乗り、園児を送る。毎日のように会っていた子供たちと2ヶ月近く離れる夏休みは少し淋しい。
園児たちは夏休みだけれど、彩未たち先生は、少しばかり仕事をしている。夏季保育の当番の時もあれば、その他の業務もある。夏休みがあければ、運動会へ一直線だからその準備もする。
夏休みに入ってから、彩未は週末のように翔太の家に居た。
「幼稚園の先生って夏休みも仕事あるんだ」
「ちょこちょこあるの。勉強会とか、暑中見舞い書いたりとか、運動会の飾り作ったりとか。夏季保育も何日か行くよ」
「そっか。どっか行きたいとか、何かない?」
「え~?花火とか見に行きたいかも。あとは、プールも行きたいし」
「うん、花火にプールな...旅行でも行く?」
「えっ!?ほんとに?」
「花火大会の近くはもう無理かも知れないけど、探してみる」
翔太も休みを取って、花火大会とそしてプールの近い旅館はViearthの福利厚生を利用して、ちょうど運よく取ることが出来た。
旅行に向けて彩未は張り切って水着を買ったし、その旅館には貸し出しの浴衣があったから、花火を浴衣で見ることもできる。
翔太と車を走らせて遠出するのははじめてで、彩未はずっと興奮していた。
まずは、遊園地内の巨大プールへとたどり着く。
彩未の水着は店員さんに勧められての、白に黒の花模様のスカートつきのビキニだ。
「ど、うかな?」
「似合ってるよ」
ニコッと笑みを向けられて少しホッとする。
「良かった」
翔太の方はと言えば...相変わらず、芸術的な仕上がりの筋肉が見事でヨソの女子の視線が気になってしまう。
「ラッシュガード着たらいいのに」
「彩未こそ、着たら?」
「次はそうする...」
「部活してないのにまだ腹筋あるね」
「まだちょくちょく踊るから、園児と」
「あのキレで踊ってんの?」
「たぶん、春花と私上手いよ」
そう言うと何か想像したのか笑っている。
「せんせー、それ見てみたいです」
「やぁよ」
ウォータースライダーやら、波のプールを堪能して、それから旅館へと向かった。
ゆっくりと温泉に浸かって、レンタルの浴衣を着てそれから、一番早い夕食時間でご飯を食べる。
彩未の浴衣は、女の子らしい白地に撫子の花模様。それに赤い帯。翔太のほうは、シックなグレー地のしじら織りを選んだ。
懐石料理は、ほどよいボリュームでプールでペコペコになったお腹を満たしてくれた。
そうして、いよいよ花火を見に出掛ける。高台にたどり着くと、暗闇が広がっている。
「遠いけど、この辺から見えるんだって」
開始時間はもうまもなく。
そう思って、見渡せば同じように遠くから空いた場所で花火見物をしようする人達がちらほらといた。
ひとつ目が光の筋を作って、上がってゆく。パッと開いた花火が始まりを告げ、そしてどぉーんという音が、遅れて聞こえてくる。
「始まったね!」
次々と上がる夜空の花火を眺めながら、
「あ、今の見た?ニコマークだった」
翔太に語りかける。
振り返ればどこか元気がなさそうで、疲れてるのかなと少し心配になってしまう。
「どうかした?なんか元気ない」
「あ。なんでもないよ圧倒されてるだけ、遠いけどわりと大きく見えるね」
「うんいい穴場だねここ」
「ちょうど見つかって良かった」
花火は次々と、上がりどんどん上がっては咲いてを繰り返す。
その夏の夜の光景に眼を奪われる。
「キレイー」
「あのさ、彩未」
「なぁに?」
彩未は、かるく聞いてみた。
「俺の...ずっと側にいる、未来なんかどう?」
「...えっ...!」
彩未は思わず振り向いた。
「まだ、全然若造で絶対に苦労させないとか自信も、保障も出来ないけど、さ。彩未のいない未来なんて...考えられない」
「それって...もしかして」
「うん。すぐって訳じゃない。彩未がいいって、思うタイミングでいいから俺と結婚してほしい」
彩未は眼を見開いた。ついでに口も一回開いて、言葉が出てこなくてまた閉じた。
「ダメ、かな」
「...じゃない」
「ん?」
「ダメなんかじゃない。どうしよ、翔太はまだ若いからこんなこと考えてなかった...!やだ、でも、ほんとに?」
「ウソとか冗談で言わないよこんなこと。これ...着けてくれる?」
翔太が袂から出して手に持ったのは、小さな箱。
彩未の好きなブランドのロゴが入っている。
「あ、開けていい?」
「もちろん」
開けたそこには、夜空の下でもキラキラとしてるリング。
「気に入らない?」
「そんなわけない、よ」
彩未は翔太の肩に額をつけた。
(これを買うの...勇気いったよね、悩んだよね)
「ビックリしすぎて、夢かと思っちゃう」
「そんなに驚き?」
翔太の声が花火の音と共に響く。
「うん」
そう返事をすると、顔を上げて翔太を見た。
「ありがとう、嬉しい...本当に。これ、翔太が嵌めてくれる?」
そう言うと、翔太は大きく息を吐いた。
「やべー、心臓に悪い...」
そう呟きながらも、箱から取り出した指輪を左手の薬指に嵌めてくれた。
「...なんでピッタリ?」
「寝てる間に、計った」
「えー?しらなかった」
やがて花火はクライマックスに差し掛かったのか、一気にたくさんの花火が上がる。それと共に音も激しくなる。
「ずーっと、こうやって過ごしたいね」
「うん」
最後に上がる花火と、そして左手を目の前にかざした。
「キレイー...ありがとう翔太」
「こちらこそ」
隣同士で花火を見ながら、翔太の左手と右手をしっかりと繋いだ。こうしてずっと側にいる、そんな未来へ今度こそ、と思いを強くする。...咲かせた花を枯らさないように、大切に大切にしながら。
「でも。よく思い切ったよね?」
ふと、彩未が言うと、
「...半分は、桜花F.C.の大先輩たちのアドバイスもある」
コーチ仲間や、その他のお父さんたちの事だ。
「あ、それで...指輪とかも計り方わかったんだ」
「...恥ずかしながら」
それを聞いて笑みを浮かべると、
「恥ずかしくないよ...ちっとも」
そう言って、寄り添って顔を上向かせれば照れたような笑みと共に唇にキスが落ちてくる。
「これからもよろしくね」
「こちらこそ」
こうして、ここからまた、彩未と翔太の新たな関係がはじまる...。
―――完―――
咲くや恋花 桜 詩 @sakura-uta
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