閑話 とある農家の話 〜水に強くて水に弱い〜
「な!なんだとてめぇ!俺のパイアがたったの銅貨30枚だと!」
「そう言われても困るんだよ。最近じゃどこのパイアも値下がりしているんだから。これでも高い方なんだぞ?」
またパイアが値下がりしやがった!くそ!先月までは銅貨40枚だったってえのに。
「ちっ…わかった。それでいい。その値段で全部買ってくれ。」
ますます今年の儲けが減っていきやがる。このままじゃあたいした儲けが出やしやがらねえ。また女房に酒を買う金減らされる。
「いや全部は無理だ。半分ってところだな。」
「なんだと!ど、どういうこった!」
「悪く思わないでくれ。今もパイアが残りに残ってるんだ。全部なんか買ったらうちが破産しちまう。」
ちくしょう!どういうこった!少し前まではもっとパイアを卸してくれってせっついてきたっていうのに。今じゃあ邪魔だからそんなにいらねぇってか!
結局そのまま半分だけ卸して残りは別の店々を回り歩いた。最後の店じゃあ銅貨20枚にもならなかった。このままじゃあ黒字にすらならねえ…大赤字だ!
「ちくしょう!このままじゃあうちの農家は破産だ!おしまいだ!」
「おめぇんとこもか…うちもこのままじゃあまずい…くそ!」
「うちは早めに出荷しといたから今年はなんとかなるかもしれねぇが来年はあぶねぇ。」
今日分の出荷を終えたところで仲間集めて話し合いという名の自棄酒のみだ。それにしてもどこの農家もしけた話ばっかりしやがる。儲けてる農家の一軒や二軒はねえのか。
「それもこれも全部あのトマトってやつのせいだ!くそ!なんなんだありゃあ!」
そう今俺たちがみんなあぶねえのはトマトのせいだ。ある時ふっと出てきたと思ったら貴族達を虜にした。最初に打撃を受けたのは金持ち専門にパイアの栽培をしていた奴らだ。最初は自慢してきていやみだった奴らが半べそかいてたもんだから愉快だった。
だがそのうち値段を下げ始めて一般市民にも出回るようになりやがった。そうしたら俺らにも被害が出始めてこの有様だ。くそっ!国王は何考えてやがるんだ!このままじゃあこの国があのトマトってのに乗っ取られちまうぞ!
「実はよ…あのトマトには王族が関係しているらしいぞ」
「「「「なに!」」」」
こいつの話によると最近できたトマトの出荷場だがあれは王族が資金提供して作り上げたもんらしい。しかもまだ信憑性のない噂だがこの国に始めにトマトを持ってきたのは王族の誰からしい。
「ってことはあれか?俺たちがどんなに騒いでも国は助けてくれねえってことか?…」
思わず声が震えちまった。つまりこのままだと俺らパイア農家は残らず廃業ってことだ。その場に集まったパイア農家全員は頭を俯けて黙る。この先の未来を考えて絶望しているんだろう。何か他に方法はないのか?
「……いっそ人間たちの国に亡命するか?」
一人のパイア農家が呟いた。その言葉に集まっていたほとんどのパイア農家は立ち上がる。
「ふざけんな!てめえはパイア農家として誇りはねえのか!わざわざ人間なんかに尻尾を振るつもりか!」
「わ、悪い…つい言葉が出ちまったんだよ。…けどさ考えてみてくれ。今でも人間たちには俺らのパイアは高く売れるんだ。だったらこの国を出て人間たちのところでパイアを栽培して出荷した方がいい生活はできる。」
そいつの言葉に他に奴らは黙る。なぜならそいつの言っていることはもっともだったからだ。確かにこのままこの国にいても俺たちに未来はない。それならこの国を出た方が間違いなくいい暮らしができる。俺たちのパイアは滅多に国外へは輸出しないが輸出すると良い値で売れる。おそらくトマトはまだ人間たちには知られていないはず。しかし
「トマトがいつまでもこの国だけで出回る可能性なんてねえ。人間たちにも輸出されるようになったらそのときゃどうする?また今回みたいなことが人間たちの国でも起きるかもしんねえぞ?その時にまた逃げるのか?もう二度とこの国に戻ってこられなくなるぞ。」
俺の言葉に全員席についてうなだれる。とどのつまり俺たちはもう終わりなのかもしれねぇ。
そんな時に一人遅れてやがった奴が勢いよく店に入ってきた。あまりの慌てっぷりに全員そいつの方を振り向く。
「た、大変だ!今から三日後に国王が重大発表があるから大広場へ国民全員集まれってよ!」
「なんだと!」
大広場といえば最近何かよくわからねぇ工事をしていたところじゃねえか。一体どういうことだ。
「今このタイミングっていうことは間違いなくトマトの件だろ。」
誰かの言葉に皆確信する。このタイミングでそれ以外あるはずがねえ。
「きっとこれまでの事態を重く見た国王様が何かしてくれるに違いない!そうに決まってる!」
急に国王様ってか。全くこいつらは都合のいい野郎どもだ。まあかくいう俺もすっかり希望に満ち溢れてきたぜ。
三日後。とうとう運命の日がきやがった。パイアに水をあげてきたせいで少し出遅れたが広場を見渡せる建物の屋上にこの前一緒に呑んだパイア農家全員が集まっている。みんな子供みたいに国王からの発表はまだかと楽しみに待っている。
そしてついに国王が壇上に上がってきた。期待に満ちあふれたこいつらと一緒につい歓声をあげちまったよ。
国王から色々話が出るがまだ前置きの段階だ。そんなものはどうでもいいからとっとと本題に入ってくれ。
そんな時馬鹿デケェ狼?と一人の子供が壇上に上がってきた。子供の方は遠目だが間違いなく人間の小僧だ。一体どういうことだ?
「さて今ここに登場してくれたのは12獣神の一角である気高き獣神と農家の少年だ。」
国王はそんなことを言っているが一体どういうことかさっぱりわからねぇ。すると国王から説明があった。細けえことはわからねぇがつまり獣神っていうのはこの国を滅せるくらいやばいやつってことだ。
確かに奴の纏っているオーラはただもんじゃねえ。今まであんなやつは見たことがねえ。あの小僧についても気になっているんだが全く触れずに話は終わった。
ここにいる全員があの獣神とかいう化け物は大丈夫なのかと心配している。もちろん俺もその一人だ。あまりの衝撃についトマトの件を忘れるくらいにな。
「皆に言う!安心せよ!この度獣神と協定を結んだ!よってこちらから仕掛けぬ限り決して我が国を襲うことはないと確約された!」
この国王からの発表に国民全員から歓声が上がる。これでこの国は滅びずに済んだんだからな。そんな国民を国王は一度鎮める。どうやらこの話には続きがあるようだ。
「まだ話は終わりではない。この度ここにいる獣神より協定の証として…信頼の証として神樹を承った!」
神樹。この言葉に先程よりもでかい歓声が上がる。それもそのはずだろう。神樹とはこの世界には神聖王法国にしか存在しないのだから。是非とも一度でいいから見てみたかったがここからではあまりにも遠すぎる。そのため話でしか聞いたことはない。そんなものがこの国に授けられたのだ。嬉しくないはずがない。
国王からの発表が終わると壇上が片付けられていく。すると先ほど獣神の隣にいた人間の子供が元大広場の中心へと歩いていく。そして懐から何かを取り出したかと思えばそれを土に植えているようだ。
周りでは兵士どもがせっせと大きな足を運び中身を土に撒いていく。遠目だがおそらくありゃあ液肥だろう。何度か使ったことはあるがしょっちゅう使うもんじゃねえ。
そっちに目を取られていると少年が再び懐から何かの入った瓶を取り出したかと思うとそれを何かを植えたところにかけだした。
その瞬間獣神から魔力が溢れ出してくる。何事かと皆不安になる。
「皆も獣神殿と同じように魔力を解放してくれ!それが神樹の栄養になる。」
国王がそんなことを言い出したと思ったら魔力を解放しだした。皆一様に戸惑っていたがとりあえず魔力を解放してみる。
するとどうだ。人間の少年が何かを植えたところから何かが生え出したじゃねえか。一見するとパイアに似ているが少し違う。みんな驚いて目をまん丸に見開いているとそれはどんどん成長していきやがる。
その成長は建物の屋上にいた俺らよりも大きくなりいつしか見上げるように見ていた。するとそれは花を咲かせ始めた。決して綺麗な花とは言えねえかもしれねぇがなぜか目を奪われていた。
その花は次第に枯れていき実をつけた。小さいその実は次第に大きくなり色が付いてきた。その実は何度か見たことのある俺たちパイア農家はよく知っている実だった。
「ありゃ…トマトじゃねぇか……」
そう俺たちの憎っくき敵トマトだ。まさかトマトが神樹の…神聖なるものだとは知らなかった。それを目の当たりにした瞬間俺たちの心は折れた。決して勝てることができない。勝ち負けなんてものを考えるだけでもおこがましい。そんなことを思うと俺たちはもう農家としてはやっていけなくなっていた。
明日からはパイア農家をやめて別のことをしよう。パイアに未来はないのだから。
すると真っ赤に熟れていたトマトの実が下に落ちてきた。落ちた実は国民一人一人の前に落ちてきた。もうやめてくれ。みんながトマトを食べたら本当に俺らの終わりじゃねえか。俺らはもうパイア農家として本当にやっていけない。この国からパイア農家は消えるんだ。
俺たちは泣くこともできなかった。もう絶望しかなかった。
「おかーさん!このパイアすっごく美味しい。」
どこからか子供の声が聞こえる。それはパイアじゃねえ。トマトってやつだ。思わずそう声を荒げたくなった。
「本当ね。このパイア美味しいわ。」
ちげえ!思わずそう怒鳴り散らしたくなって顔を上げた。するとそこには美味しそうに赤い実を頬張る親子がいた。そしてその手に持っているのは俺の目がおかしくなっていなきゃまちがいねえ。あれは
「パイアだ…」
俺の声にうつむいていた顔を上げるパイア農家の面々。その目には全員同じようにパイアを頬張る親子が見えていた。
「一体どういうことだ?」
思わず呟いた俺らの前に神樹から赤い実が落ちてくる。俺らはそれを優しく受け止める。そして受け止めた赤い実をよく観察する。まちがいねえこれは…パイアだ。
「どういうことなんだ…どうなってやがる。」
皆一様に困惑する。一体全体何が起きているかわけがわからないんだ。
「お、俺が試しに食ってやる。」
このままじゃ埒があかねえと思った俺は思い切ってかぶりついてみる。
するとそれは間違いなくパイアだった。この風味、この味、間違いない。何度も食ってきたパイアに似ている。だが似ているがその本質はまるで違う。まずはこの香りだ。今まで食ってきたものは青臭かった。だがこれの香りは芳醇なフルーツを思わせる。こんなにいい香りのパイアは生まれて初めてだ。
次に味だがこれは比べ物にならない。なんと甘くて美味しいことか。食感だって比べ物にならない。今まで俺たちが作ってきたものは一体なんだったのであろうか。
俺からの反応が何にもないことに困った他の奴らも思わず我慢できずに食い始めた。そして俺と同じように感動に打ちひしがれるもの。あまりのうまさに放心するもの。それぞれ反応が違う。ただ思ったことは俺と同じなんじゃないだろうか。
「俺たちはいつからか調子に乗っていたのかもしれねえな。今作っているパイアが最高のものだと信じて上を目指すことをやめちまった。パイアは本当はもっともっと美味くなれるっていうのに俺たちは上を目指すのをやめちまったんだ。」
俺の言葉にみんな思わず涙が溢れてくる。俺たちはなんてバカだったんだろうな。
「俺はやるぞ。これを食ったおかげでパイアには未来があるってわかったんだ。俺たちは終わりじゃねえんだ。これから辛いことだらけだろうがそれでも俺はここから始めるぞ。」
俺の言葉に皆涙を拭き立ち上がりまっすぐと前を見る。その目には絶望ではなく希望を見据えているようだった。
「俺は酒をやめてうまいパイアを作り上げてやる!」
「嫁さん探しなんてしている場合じゃねぇ!やってやるぞ!」
「俺だってやってやる!」
皆それぞれの思いを言葉に出す。そして一通り言い終わった頃に誰が言おうとかいうこともなく一つの言葉を口にする。
「「「「ありがとうございました!」」」」
ヴァンパイアの国。世界のとあるところにあるこの国にはとある名産品がある。一つはトマトと呼ばれこの国にはなくてはならないものと言える食材だ。
もう一つは古くからこの国にあるパイアと呼ばれる実。このパイアの実はヴァンパイアという名前からきたもので伝統のある食材だった。一時期トマトによって不遇の時代にあったがパイア農家たち一同の頑張りによってトマトに勝るとも劣らない美味さを誇った。
あまりの美味さに国内外から注文が殺到するほど人気になったが、パイア農家たちはパイアの美味さを求めることをやめなかった。
誰よりも貪欲で純粋にパイアの味を求めるパイア農家はヴァンパイア王国の誇りとなった。
そんなパイア農家の風習として毎朝起きるとこの国の神樹の方角に向け大きな声で挨拶をするというものがある。この風習が一体いつから始まったのかは一部のパイア農家のみが知る。
異世界最強は勇者?魔王?いいえ農家です。〜一流農家を目指す少年〜 @MOZ_nou
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