第29話 神樹 〜実は13000個以上実をつけられる〜
ヴァンパイアの国はここ数日大きく騒いでいる。その理由は国王の命令だとかで街の中心部の大広場を工事し始めたからだ。
ここの大広場には国王の銅像が飾られていたのだがそれも先日別の場所へ移動されていった。別にあの銅像があってもなくても国民としてはどうでもよかったのだがわざわざ国王がどかして何かし始めるというのは一体どういうことなのかと騒ぎになっているのだ。
この大広場は国民の憩いの場として今まで利用されてきたのだ。何か変なものを建てられても困る。国王は気が触れたのではという憶測まで飛び交った。
そんな国民の気も知らず工事は順調に進んでいった。土が運び込まれたと思いきや土が運び出されていく。石を運び出したら土を運び入れる。まったく意味がわからない。
それと最近なぜかしらないが液肥がどこの店でも買い漁られていき値段が高騰している。元々そこまで使われるものではなかったので農家に影響はないのだがいったいどういうことなのかと不思議がっている。
そんな中工事が順調に進み無事終了した。
しかし国民としてはまたしてもどういうことなのかと不思議に思う。なぜなら工事を終えたというのにその工事が終わった場所には何もないのだ。今まであった石畳が取り除かれ土がむき出しになっている。
農家をやっている人間ならばわかるのだがそのむき出しになっている土は腐葉土が多く入っており実に農業をやるには最適とも言える土である。しかしなぜこんな街の中にこんなにもいい土があるのか訳がわからない。
国民がどういうことかと城へ訪ねに行っても何も教えてくれない。その上3日後にあの場所に国民すべてが集まるようにという国王からの命令が届いた。
わけのわからない国民はとりあえず3日間待つことにした。
「よくぞ集まってくれた!皆に感謝する!」
3日後。国民たちが大広場周辺に集まったと思われる頃国王からのお言葉があった。何やら長々と前置きをしているがはっきり言ってそんなことはどうでもいい。そんなことよりも広場がこうなった理由を説明してほしい。
国民たちの怒りがふつふつと湧いてきた頃一匹の狼と人間の少年が現れた。
狼の方は黄金のような神々しい色をしており大きさは見上げるほどだ。その目は静かでいて知性に溢れる。そして何よりも圧倒的な存在感である。国王よりも皆そちらに目を奪われてしまう。
人間の少年の方は…ただのガキだ。強いていうのならば農民であると言えるだけだ。農民にしてはなんとも頼りないオーラで存在感もまるでない。これといった特徴もないし正直どうでもいいというのが皆の見解であろう。
「さて今ここに登場してくれたのは12獣神の一角である気高き獣神と農家の少年だ。」
12獣神。そんなことを言われてもはっきり言ってよくわからない。それがどれだけすごいものなのか何も言い伝えられていないのだ。農家の少年は…まあそうですかという具合である。
そんな国民のことを知ってかしらずか、国王は過去に起きた獣神の事件などを簡潔でいてわかりやすく説明していく。大国が獣神によって滅んだ話、英雄譚に出てくるような英雄たちが束になってもかなわない話。そして皆一応に青ざめていく。そんなに恐ろしいものが目の前にいるのだとわかれば恐怖におののくだろう。ごくごく自然の摂理である。
「さて、皆にここにいる獣神殿がどれだけの存在かわかってもらえたかな?今までこの国に出入りしていたのを知っているものもいるだろう。そして思うはずだ!大丈夫なのかと!」
国民は静まり返る。国王の一言によってこの国が先ほど国王の話していたような大国のようにこの国も滅んでしまうのではないかと。
「皆に言う!安心せよ!この度獣神と協定を結んだ!よってこちらから仕掛けぬ限り決して我が国を襲うことはないと確約された!」
「「「「うぉぉぉー!!!」」」」
国王からの言葉に歓喜する国民一同。その歓声は大地が震えるほどであった。その歓声を国王は落ち着かせる。
「まだ話は終わりではない。この度ここにいる獣神より協定の証として…信頼の証として神樹を承った!」
「「「「うぉぉぉぉー!!」」」」
再び上がる歓声。しかしその歓声は先程よりも大きかった。今度は国王も止めることはせずに獣神の隣にいる農民の少年に声をかけている。
するとその少年は元大広場の場所に移動し袋から何やら取り出したようであった。しかし何を取り出したかはあまりにも小さかったため誰も目視できなかった。
その取り出したものは見られたとしてもおそらく種であることもわからないかもしれない者の方が多いだろう。。その種の正体は今ヴァンパイアの国中で話題になっているトマトの種だった。
話はだいぶ前に遡る。始まりは新しいトマトの品種を育てることに成功した時だった。
『うむ。見事じゃ!アッパレかな!ここまで来たのならばもう他に儂からアドバイスできることなどなにもあるまい。これにて儂のトマト講座は終了となる…』
タローは嬉しさとともに寂しさもあった。なんせ今までどれだけお世話になったかわからない。きっと彼と出会わなければタローはこうして農業を続けてなどいられなかったからだ。彼には感謝の念しかない。
隣にいるポチも寂しそうだ。まあそれは当たり前だろう。田中一郎との出会いをここまで喜んだのはポチくらいだからだ。タローももちろん喜んだ。しかしポチほどではないだろう。
二人の田中一郎との出会いは今こうして終わりを告げようとしている。
『ん?なんじゃ?おお、そうかそうか。そのことをすっかり忘れておったわい。ここまで到達できた印としてとある種をお主に授けよう。この種は儂らで新しく作ったものじゃ。この種は世界に一つだけしかない。一体どんな成長を見せるか全くわからんがここまでこられたのならばきっとうまくいくじゃろう。』
そういうと結晶が輝き出し一つの袋が現れた。その袋を恐る恐る受け取るタロー。想像以上に軽く中身を見てみると小さな箱が入っていた。
『しかし覚えておいてほしい。この種はお主一人で独占していいものではない。これは神樹に足りうるものになるじゃろう。じゃからこの種を大切に育ててくれるであろう国に授けてほしい。これはこのじじいからのたった一つの願いじゃ。この種によって世界が明るい良いものになることを祈っておる。』
田中一郎からの願い。それを無下にするポチとタローではない。だからその時が来るまでしっかりと大切に保管しておいた。
そして今、その種を取り出し育てようとしている。袋の中の小さな箱から種を取り出したタローは田中一郎の言葉を思い出す。
『まずはこの種を植える場所じゃが、大きくなることを見越してなるべく広い土地に植えてほしい。そして多くのものが見られる場所に植えてほしい。』
広い土地。ここの大広場のあった場所ならば人も多く来るので絶好の場所だ。
『土は今までとは違い腐葉土の多く入った栄養の多い土地にするのじゃ。』
土は国王に言って全て取り替えてもらった。これほど良い土はそうそうお目にかかれない。これなら問題はないだろう。
『次に大量の液肥を用意するのじゃ。この種は一気に成長する。栄養が足りんと成長が止まってしまうからのぉ。大量の液肥を土に染み込ませておくのじゃ。それと魔力。かなり膨大な量が必要となるがそれはなんとかしておくれ。』
液肥は国王に言ってありったけ買い占めさせた。何千リットルもありそうな液肥を兵士たちが土に撒いていく。問題は魔力だと言っていたがそれも問題はない。なぜなら
「ポチ。準備はいいか?」
『問題はない。始めようではないか。一郎の願いを叶えよう。』
ポチは今日のために魔力を温存しておいている。ポチのその身から溢れんばかりの魔力は今までにないほどに存在感を高めている。
これなら問題はない。タローは土に種を蒔く。その種に丁寧に土を被せ軽く固めてやる。これで最後の仕上げをするだけだ。
『種を蒔いたらお主が今まで育ててきたトマトの全種類を絞りジュースにするのじゃ。そして祈りをこめるようにそれを…』
『「種に注ぐ。」』
タローは懐に隠し持っていたトマトジュースを種を植えた場所にかけていく。
ゆっくりと注がれていくトマトジュースを慈しむようにタローは眺める。すると変化があった。
種が発芽したのだ。発芽したトマトの芽はみるみる成長していきトマトジュースを注ぎ終える頃には背丈が1mを超えていた。
タローは少し後ろに下がりその様子を見ている。周りでは兵士たちが液肥をどんどん撒いていっている。タローの後ろではポチが魔力を解放し放出させている。しかし魔力の発生源はそれだけではない。国王からも、国民からも皆一様に魔力を解放している。
とてつもなく濃密な魔力に広場が覆われている。そしてタローの植えたトマトはさらなる成長を見せる。
メキメキと成長する音が聞こえ、いつの間にか周囲の建物よりも大きくなっている。その成長は止まることを知らず、幹の太さもどんどん太くなりそこらの大木も目ではない。
成長を続けるトマトは見上げてもてっぺんが見えなくなり幹の太さも測りきれなくなりそうだ。
国民から感嘆の声が聞こえる。皆が上を見上げ口を大きく開けている。そしてトマトは花を咲かせる。
その花はどれも様々で大きいもの小さいもの色の濃いもの薄いものと様々だ。そして花が枯れると実を付け出す。緑色の小さい実があっという間に大きなものになり色が付き出す。
しかしそのトマトの色も多種多様である。真っ赤に熟れるものもあれば緑のままのものもある。黄色いものがあると思えばオレンジのものもある。小さいものがあれば大きいものがある。丸いものがあれば長細いものもある。こんなにも様々なトマトを一度に見るのはタローも初めてであった。
この田中一郎からもらったトマトの種は全てのトマトを実につける。どれがすごいかなんてものはない。全てに良いところがあって全てが平等なのだ。
皆がそのトマトの木を眺めていると不意にトマトの実が落ちてきた。それは一つや二つではなく何百、何千という数である。そのトマトの実はそのまま地面に落ちることはなくここにいる一人一人の前に移動していった。
数人がそのままトマトの実を口にしたのであろう。驚愕の声があちらこちらから聞こえてくる。その声を聞いたのかまたトマトを食べ始める者たちが出てくる。
国中が歓喜の渦に巻き込まれる。その様子を見ていたタローの元にも一つのトマトが落ちてくる。そのトマトはタローが初めて育てたトマトの品種モモタロウザムライであった。
おもむろに一口頬張る。すると全身に力がみなぎってくる。体の細胞一つ一つが歓喜しているこの感覚。さすがである。実に素晴らしい。思わず涙が溢れてくる。
するとどこからか声が聞こえてくる。この歓声の中でもよく聞こえる綺麗な声だ。
《神樹を解放しました。よってあなたにトマトの神の加護を授けます。》
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