Case 9 世界の中心でアイを叫んだケモノ


 イタチ科フェレット属の女子大学生のホタルは、アルバイト帰りの夜道を重い足取りで歩いていた。

家に帰ることが、怖かった。


しかし、私に他に行き場所は無い・・・


 やや赤みがかった清楚なシナモンの被毛が、真冬の乾いた風になびかされる。


 ホタルは、白い吐息の出る口元を覆いながら、首に巻いた古びたセーターをかじかんだ手で握りしめる。

拡張した血管で赤らんだ頬が、彼女の美白な顔に浮き出す。

つぶらな黒目が、困った様子に垂れ下がる。


 温かい明かりが籠れ出る家々が立ち並ぶ、所々に家族の笑い声が聞こえる住宅街の隅に、彼女の住むアパートはあった。


 すぐ隣に立つ一軒家の庭には、赤緑青のLEDが彩るクリスマスイルミネーションが眩しく光っていた。


 アパートは、全ての窓に明かりは無い。

点滅した外の蛍光灯のみが、辛うじてその世界を照らそうともがいているようだった。


 築四十年を超える二階建ての木造アパート。

その103号室しか、ホタルの帰る場所はなかった。


 ホタルは部屋の鍵をバッグから取り出す。

だが、鍵は開いているようだった。


 ホタルの予感が的中した。


また、”アイツ”が居る・・・・


 ホタルは気が付かないフリをしながら、自分の部屋の玄関をあけた。


「・・・・。おかえり・・・」

 キッチン付き六畳一間の空間に、ブラックセーブル被毛のフェレット属の男が雑魚寝布団にくるまったまま声を掛けた。


「合鍵・・・使ったのね」

 ホタルが囁く。

そのまま荷物とセーターを置き、上着を脱いで、一つしか無い布団を取り上げるように自分も潜り込む。


 暖房の無い部屋は、外気温と同じくらいに冷え切っている。


「おいっ、何だよ!寒いじゃないか!」

 男のフェレットが布団を取り返そうとする。


「あたしの部屋よ!勝手に上がり込んで、図々しいんじゃない!」


「二人の部屋だろ?寒いから、もっとくっつこうぜ!」

 男はホタルの身体に抱きつき、二人は一つの布団に収まる。


 ホタルは抵抗することなく受け入れる。

相手の被毛と体温に、外での孤独の寒さを忘れることのできる唯一の手段として、その身を委ねる方法が他に無かった。


 布団の中、相手の手が自分の下着の中へと入り込んでくるのを感じた。

接触する彼の鼠蹊部が、徐々に肥大してくる感触が伝わる。


 包み込まれていた背中で、ブラジャーのホックが外される感触がした。

硬直したまん丸の乳首を、彼の小さな口がそっと吸いつきだす。

フェレット属のザラついた舌で転がされる刺激に、ホタルは生理的な吐息を発す。


 布団の外に漏れ出る吐息は、二人の感じる体温を浮かび上がらせたかのように、白く天井へと立ち上っていく。


 意識して押さえていた声は、やがて外にも漏れ出すようにヴォリュームを上げていく。

ホタルは、イルミネーション輝く隣の一軒家にまで聞こえていて欲しいと思った。

照明など無くとも、今、確かに感じられる目の前の刺激のみに、”自分のリアル”を感じ取っていた。




・・・




どれくらい布団の中にいただろう・・・?


彼が私に囁く・・・


「なぁ、ホタル・・・?俺の母親がまた発作を起こしたんだ・・・」


・・・・嘘。


「治療に金がいる・・・・あと十万、足らないんだ・・・・」


・・・・この前も同じこと言ってたよね?


「なぁ、後で必ず返すから、あと十万!頼むよ!」

彼の濡れた鼻が、耳介をなぞり出す感触が伝わる。


「でも、私だってもう貯金無いし・・・・今のバイト代だけじゃ、家賃だって大変なのに・・・・」


「仕事なら俺が紹介してあげるから・・・今より全然稼げるから・・・本当だよ、信じて・・・・」

彼の手のひらが、首元をそっと撫でりだす。


何、うっとりしてるんだろう、私・・・?


「頼むよ・・・俺・・・お前しかいないんだ・・・・」

彼の口と手は、再び私の求める箇所へと移動してくれている。


ダメ!・・・私・・・・!


でも・・・・



 ホタルの脳裏に、外の温かい光が籠れる家々が思い浮かぶ。



彼の小さな口が、私の口と重なる。


もう・・・・どうにでもなれ・・・・・!




わー、何か、怪しい・・・

絶対風俗だ、この店・・・


 ホタルが彼に言われ向かった場所は、駅から少し離れた雑居ビル郡の立ち並ぶ狭い街道の一角に入り口があった。

 午前中の昼間だからこそ閑散としている雰囲気だが、夜になれば近くのラブホ街が一斉に営業を始め、アブナイ獣たちが客をハントしてゆく様が容易にイメージできた。


私、何で行こうとしてるんだろう?

帰っちゃえばいいのに・・・


 しかしホタルの体は、その入り口に吸い込まれていった。


 親からは箱入り娘としてこれまで育てられてきた。

都会に出て、初めての一人暮らし。

街での暮らしを何も知らない私に、ナンパで声をかけて来たのが今の彼だった。

友達も居ない見ず知らずの地で、ここでの生活を続けていけるのだろうかという不安しかなかった私には、彼との出会いはとても心強く、私を包み込んでくれる優しさを感じた。


 それに、こういう世界に興味が無かったわけでもない。

都会に出てくる女の子はみんなやってるって。

新しい出会いなんかもあるかもしれない!

こういうのだって、立派な仕事なんだし!


 ビルの階段を登りながら、ホタルは自分を勇気づかせた。

 途中、店の客だろうか?初老のイヌ科の男性がすれ違う。


「こんにちは」


「・・・」

 イヌ科の男は軽く会釈をして、そそくさとすれ違った。


今の犬、スーツ着てた・・・・

やっぱ昼間でもそういう獣っているのね。


 目的の階に上がったホタルは、教えられた番号の部屋を探す。


え~と、606号室は・・・・あった!


 どう見ても密集住宅ビルの一室である扉の前に立ち、ホタルは少し立ちすくんだ後、意を決してインターフォンを押す。


 玄関戸からは、いかにもな感じの、中年小太りで被気がところどころ抜けかかったライオンヘッドのウサギ科のおじさんが、しかめた顔を出した。


「あの~・・・メールしました、フェレット属のホタルというものなんですが・・・・?」


 ライオンヘッドのウサギのおじさんは、ホタルの足から耳の先までをざっと見定めた後、笑顔で彼女に言う。

「あ~!ホタルちゃんね!待ってたよ~!時間ピッタシで、真面目なコだね~。ささっ、どうぞどうぞ、狭苦しいとこだけどね、職場は“ここじゃないから”!スリッパをどうぞ~!奥に座って待ってて~」


 ホタルはそう言われたので、玄関で靴を脱ぎ、奥のカーテンで隠された部屋の中のシートに座って待つ。

 周囲には、ナース、婦人警官、CA、レースクイン等の様々な職業の衣装が掛け並べられ、特に目を引いたのが、つい去年まで着ていたものとそっくりな高校制服だった。


私って、どういう目で大人たちから見られていたのだろう・・・


 ライオンヘッドのおじさんがカーテンの奥から姿を現し、私の前に座る。

私は言われていたから書いた履歴書を差し出し、おじさんは一応それを見ながら考えた風に言った。


「う~ん、やっぱり若いねぇ~。フェレットの女の子って、今凄く人気が高くってさぁ!君、スタイルも抜群だし、きっと人気出ると思うんだよねぇ~。身体に関しちゃ、文句は無いよ!心配なのはサービス面のとこだけ。そこはちゃんと研修で教えるから!心配しないで!早速“プレイ”と入ろう!さぁ、服を脱いで!」


・・・・えっ!?もう!?

当然、戸惑う・・・

だって、取りあえず面接だって話なんだし・・・


 カーテンの奥から、下着姿のフェネック属の中年女性が現れた。

スレンダー筋肉質な肢体に、顔と同じくらいに広がる大きな両耳、つりあがった睫毛、刺すようなツンとしたマズルを挟み、射抜くような大きな瞳が、“女王様”を連想させるオーラを放っていた。


 おじさんが言う。

「彼女はうちの店ナンバーワンのドS嬢で、新人のベテラン教育係だから、ちゃんとお客様へのサービスの仕方を教えてくれるよ!心配しないで、わからないことあったら何でも質問しなさいね」


いや・・・ちょっと・・・いくらなんでも、いきなりすぎ・・・・


でも、もう部屋へと入ってしまった・・・・

ここから、どう断ればいいの・・・・


これから私に、何をさせるつもりなの・・・・


 震える私に、その“女王様”は、そっと身体を撫でだして声をかけてきた。

「心配しないで、ゆっくりでいいから。みんな最初は緊張するもんよ。最後には、きっと生まれ変わった気分になれるから。あなたが準備できるまで、わたしは待つわ」


 それは、厳しい“女王様”から発せられる有難い優しさの言葉に捉えられた。

私の身体から、振るえが落ち着くのを感じる。

もう、後には引けない。


“女王様”に、身を委ねてみよう。それしか、今の私に選択はないと思わされていた・・・




小さな部屋で、私は全ての衣類を脱いだ。

彼氏以外の他獣には、初めての行為だった。


 フェネックの女王様は、言う。

「うらやましいほどに、素敵な身体ね。やや赤みのあるシナモン被毛も、ワタシが見た中でもトップクラスに美しいわ。凄く芸術的!最高に調理してあげる!」


 女王様の誘導に従い、私は腕を後ろに重ねる。

女王様は二重に編まれた麻縄で、丁寧に私の両腕、上腕部、胸部とを縛り上げる。

痛みは一切しない。

一つ一つの結び目に“気遣い”を感じさせてくれる心地よさに、私は恐怖どころか悦楽した表情を出してしまう。


 彼と一緒の布団に包まってる時と、同じ表情してるんだ、私・・・


 湧き出る恥味の感覚も、この状況、この時間が、許してくれる気分に満たされていた。


「さぁ、お尻を出しなさい」


 拘束された私は、全ての指示に従う。

女王様からの鞭が、私の小さな臀部を刺激する。


「痛い!」私は思わず声を上げる。

 それでも、鞭は次第に強さを増しながら、私の臀部めがけて振り下ろされる。


「痛い!痛いです!もう少しゆっくりとしてください!」


 少し怒ってみせた私は、女王様にマズルを掴みあげられ言われた。


「甘いこと言ってんじゃないよ!お客さまに叩かれなくなったら、おしまいと思いな!お客さまから頂くお金のお陰で、自分が食っていけるんだ!一撃一撃に感謝をし!それとも、田舎に帰るかい?あんたの居場所なんて、ママの被毛の中くらいだろう?一緒にパパのでもしゃぶってるかい?」


そんな・・・私はそんなんじゃ・・・・


 私の身体は仰向けに押し倒され、両腿をM字に広げさせられる。

私はただ、女王様の麻縄が、膝で降り畳んだ自分の脚を丁寧に縛り上げるのを見つめていた。


 双方の縄は、両サイドにあるポールのような柱に括り付けられ、腿を閉じることは許されなかった。


 私は自分の今の姿に目をやった。

露呈された陰部の恥ずかしみと、完全に拘束されてしまったことに対して、間違いなく興奮している私がいた。


 女王様は、私の心までも捕えたかのように、その時の気持ちを助長してくれる。

「あんた、もっと自分の身体に自身を持ちなさい。今のあんた、凄くキレイ!こんな緊縛アート、見たこと無いわ!この美しい身体は、こうなるために生まれてきたのよ!親に感謝しなさい!」


 女王様の肉球が、濡れた私の陰部を優しく擦る。

こびり付いた私の体液を汚らしいとも見せずに舐めて見せた後、ゆっくりと乳首への愛撫が始まる。

片方を肉球が弄りながら、もう片方を女王様のソフトな舌触りで転がされる。


「まん丸くって、素敵な乳首ね。とっても可愛い。あんたから生まれてくる子供は幸せよ!」


これまでコンプレックスでしかなかったのに・・・・

彼でさえ、褒めてくれなかった部分なのに・・・


 性感帯の刺激から来る快楽と、生まれて初めてが続く気持ちの高揚に呑まれ行く私の身体と心は、そのまま女王様の奴隷の道を受け入れていった。


「どう?気持ちいいでしょ?痛いところも、慣れれば気持ちよくなるから。次は蝋燭垂らすけど、大丈夫よね?」


「・・・はい」

 光悦に満ちた表情の私は、そう答えることしかできなかった。





 一連の“訓練”が終えた後、女王様は私を近くの喫茶店に誘ってくれた。

部屋でのドSっぷりが打って変わり、そこでは凄く気を使ってくれる優しい貴婦人にしか見えなかった。


 私は恐る恐る彼女に質問してみた。

「あ・・・あの、お名前はなんと言うのですか?」


 彼女は優しい笑顔を一度見せてから答える。

「あたしはヒカリよ。外ではヒカリさんでいいから!ホタルちゃんて、今は大学生?」


「ええ、都内の学校に通ってます。今はまだ街に慣れ始めたところなんですが、将来の就職のこととか、卒業したらどうしようとかが、漠然で・・・何かこの先不安が次々とやってきそうで、ちょっと怖い部分があって・・・」


「いいわねぇ、若いわねぇ。あたしもあなたみたいな時期あったわ。彼氏も頼りなかったし、先のことなんて考えるだけで嫌になっちゃってたわ」


「ヒカリさんは、どうして今のお仕事を?」

・・・・え?何、聞いてんだろう?私?


「う~ん、何ていうのかなぁ?自分に正直に生きたいって言うの?好きでもない会社に就職して、どうせ冷める愛かなんかで結婚して、家族に恵まれ幸せに老いていくって鉄板の獣人生ってやつに、昔っから違和感を感じててさぁ。たまたまこの世界を知って、これがあたしが本当に興味あった世界なんだって気づいたの!」


「そうなんですね~、凄い!」

 本音だった。

これまで誰にも打ち明けずにいた私の中で燻る何かの疑問を、ヒカリさんが一気に回答をしてくれた感じだった。


「わたしに言わせれば、世間の獣人たちは、本来の獣としての部分を持っているはずなのよ。それは神獣暦が始まる前から我々の身体に染み付いたものなの。理性なんていう後から付け足された物なんかに束縛されて、獣本来の真理と向き合わずにいるってのは、生物として愚の骨頂だって思わない?」


「思います!それ、私も凄く感じていたことです!」


今まで表現できなかった抽象的な私の価値観が、彼女の言葉により急激に形造られていく感じがした。


 それは、漠然とした将来へ通ずる道の中に、ヒカリさんのような女性に為りたいという確かな灯りを持ったもう一人の私が、前へ歩き出した瞬間だった。


 その私は、これまで見て見ぬふりをしていた私だ。


 私はヒカリさんの目を見つめ、一切の迷いも無く言った。

「ヒカリさん!私をもっと鍛えてください!私、ヒカリさんのような女王様は無理だろうけど、M嬢にならきっと・・・」


 ヒカリさんは、子を見る母のような優しい眼差しを送ってくれた。

「そうね~、ホタルちゃんは、やっぱりそっちかなぁ~。フフフ・・・」




パチンコ店内は平日の昼間だというのに、多くの予定を持たない獣人たちが台に向かって時間とお金を浪費している。


 大音響とともに眩しく変化する激熱モードの可変を繰り返すスロット映像に、ブラックセーブル被毛のフェレット属の男が声を上げる。

「よし!来い!頼む!来てくれ~!」


 一心不乱に連打するボタンも虚しく、目の前の数字は並ぶことはなかった。


 男は力なく片を落とす。

もう軍資金は尽きていた。


 携帯の時計を見るが、まだ今日という時間は、何もせずに過ごすには余り過ぎていた。


 ふと見ると、ホタルからの着信が入っていた。

男は店を出て掛けなおす。

いつものホタルの明るい声が聞こえてくる。


「もしもし、ヤン君?私、ここで働いてみることにしたわ。まさかああいう店だとは思わなかったけど、指導してくれる先輩がすっごくいい人で、今夜さっそく研修なのぉ!だから家には帰れないから、晩御飯は適当に作って食べてね!」


 意外な彼女からの反応に、ヤンは戸惑ったが、それよりももっと重要な話をしなければならなかった。

「あ、そう?仕事は気に入って良かったけど、その前に金貸してくんね?オフクロがこれから病院でさぁ、今すぐ欲しいんだよ。な、頼むよ~」


「え~、でもこっちも手持ちないし・・・」


「よし、わかった。お前、その仕事気に入ったんなら、全力で頑張れ!俺もめちゃくちゃ応援するから!俺はこれから消費者金融へ金を借りにいく。後で返済を助けてくれりゃいいから!頼んだぜ、愛してるよ!」


「え?消費者金融って、ちょっと!・・・」


 ヤンはそれ以上聞かずに携帯を切った。

ホタルがまさか風俗のバイトを気に入るとは思わなかったが、かなりの高給取りが期待できることは間違いなかった。


 思わぬタナボタに、ヤンの被毛が喜びで逆立つ。


やったー!これでもっと遊んで暮らせるー!


 ヤンは、以前から調べていた、無担保で即貸付てくれるヤミ金業者のある事務所ビルまで走った。




 とある街の雑居ビルの地下室に、その男はいた。

ワニ科アリゲーター属のアゴーは、二メートルはあろうかと思われる長身に、鱗の壁を思わせる巨大な肩幅、短くぶっとい脚に、叩きつける地面にヒビを入れるほどの強靭な尻尾をのっそりとくねらせながら、薄暗い部屋に佇んでいた。


 アゴーの体と比較して、とても狭く見える部屋には、口を塞がれ縛られ怯えるイヌ科とネコ科、それにウサギ科の女性たちが寄り集められていた。


 別のワニ科の男、カイマン属のシャクレがアゴーに言う。

「あんまし怯えさすなよ?チャッチャと終わらそうぜ?」


 アゴーは、唾液が溢れ出る巨大な口をゆっくりと動かしてしゃべりだす。

劣悪に並んだ鋭い歯に唾液の糸が引かれ口から飛んでくる。


「お前たち~、これまで稼いでくれて、すげぇ感謝してる~。だけど、まだまだお前たちの身体は金になるから~、これからパラダイス行きの船に乗せてやる~」


 アゴーは、針の付いた注射器を取り出した。

女の数人が泣き出す。


 一番手前のウサギ科の女の頭部を掴み上げ、頸部に針が突き刺される。

女は全身の筋肉が弛緩し、そのまま倒れ込む。

目はしっかり開いている、意識は確かにあるようだった。


 シャクレが残りの女に説明するように言った。

「ケタミンは筋弛緩を及ぼすが、睡眠作用や鎮痛作用はほぼ無い。この雌兎はちゃんと起きてるぜ。これから自分の身体に何が起こるのかも、しっかりと認識できる。もっとも、気を失わなけりゃあな・・・・」


 アゴーがウサギ科女性の縄を解き、両手足を伸ばして貼り付けにする。

巨大な電動ノコギリが取り出される。


「これから、解体ショーの始まりだ~!お前たちの被毛と身体、内臓、血液は、立派な医療機関へと高く売られていく。最後まで社会のお役に立って、感心なことだぁなぁ!ヒャッハー!」


 アゴーは明らかに楽しんでいた。

異常なまでの光景に、ほとんどの女性たちは気を失ってしまった。


 風俗界で不要となった彼女たちの戸籍は、すでに闇組織によって抹消されていた。


 そしてその時代、あらゆる製薬会社などで行われる実験用獣人の売買ビジネスもまた、横行していた。





北の王国に製造工場を置く、大手製薬企業のヨンキョー株式会社の幹部達は、国内最大マフィア組織のシベリアン・ファミリーと港の埠頭で待ち合わせをしていた。

凍える潮風が吹き荒れる中、スーツ姿のサル科の獣人たちは、一切の身振るいも見せずに波止場に立つ。


 着岸した船から、シベリアン・ファミリーの構成員であろう、黒スーツにサングラスを掛けた複数のハスキー属の男たちが降りる。

先頭に立つハスキーが、銀髪の被毛を棚引かせ言う。


「約束の品を下ろしにきた。お前らも手伝え!」


 会社側のサル科獣人が言う。

「ちゃんと、”耳のある”ウサギ科だろうな?またうっかり切り取っちまったなんて、シャレになんねぇからな!」


「今回はちゃんと耳は付いてる。下っ端のワニ科どもが手足は捥いじまったようだがな」


「”ダルマ”ウサギか?それなら拘束する手間が省けるな。たまには気の利いたことするじゃねぇか?よし、”積荷”を降ろすぞ!」


 船からは、イヌ科やネコ科の獣人たちが、首輪で繋がれた姿で船から下ろされる。

途中、四肢を切断され、叫べないよう口輪をされたまま箱詰めにされ、もがき苦しむウサギ科獣人も運び出された。

途中暴れたのだろうか、頸元には声帯を切り取られた跡も残る、イヌ科獣人もいた。


 これから実験用獣人として、その体を使われる彼らの表情は、絶望などはるか遠い思い出に感じる程の、完全な虚無に満ちていた。





 意識を取り戻したウサギ科女性は、最初、手足を動かそうとする。

しかし、全くの無感覚に、直ぐ気づく。

彼女の四肢は、無かった。


 自分の置かれている姿、状況に、驚愕の悲鳴すら発せられない。

唯一振るわせられる残された声帯が、「ピー!ピー!」という泣き声だけを響きわたらせる。

動かぬように固定された首元の上、大きく広げられた彼女の耳に、大量の吸血昆虫が流し込まれる。

自分の置かれた救い用のない表現不可能な程の状況と、耳介血管に被りつく大量の吸血昆虫の痛みに、ウサギ科女性は眼球が突出するほどのアセチルコリンを分泌する。

吸血昆虫に於ける、生態調査と、病原菌媒介のメカニズムを調査する実験だった。


 動かせる手足も無い彼女の血流量を上げるため、風俗業でも人気の高かった彼女の胴体部分の性感帯を、研究者のサル科獣人たちが刺激をしだす。

湧き出される官能と、容赦の無い耳の痛み、筆舌すら不可能な状態に、彼女の心臓は動きを止める。

青白く垂れた舌が、彼女の絶命を周囲に伝えていた。


「こりゃもうダメだ。おい、他に実験獣人はいないのか?」


「ウサギ科は、これ一羽だけです。また耳が使える獣人を仕入れないと・・・」


「ならさっさと手配しろ!このままじゃ研究が滞っちまう!この新薬に企業の運命が掛かってるんだ!誰でもいいからエキゾチックを連れて来い!」


 サル科獣人の研究者たちは、慌ててシベリアン・ファミリー幹部への連絡へと奔走しだした。

これ以上のの実験獣人による失敗は、許されない気持ちであった。




 都内の雑居ビルに構えるアゴーのオフィス。

掛かってきた電話に怒鳴りつけるアゴーの血管浮き出た陰茎を、イヌ科ビーグル属の女性獣人フランは懸命にしゃぶりあげる。


「あん?何だよ~!せっかく仕入れた品~、もうおしゃかにしちゃったんかよ~!?耳の大きいエキゾチックっつたって、俺らの生業にやってくる獣人なんて、イヌ科かネコ科がほとんどなんだし~!エキゾチックを取り入れるのって、どんだけ大変なんかわかってる~?」


 アゴーの口から出る汚い唾液が、フランの体に降りかかる。


「もうわかったから~!仕入れたら報告する~!その代わり、謝礼は倍貰うからな~!」


 電話を切るアゴーの、爪の尖った巨大な手が、フランの頭部の上下を速度上げるように急かす。

フランは物言わぬ恐怖を感じたまま、アゴーの陰茎から精巣液が溢れ出すのを待つ。


 ようやく”仕事”を終えたフランは、口に含んだアゴーの大量の精巣液をティッシュに包み吐き出す。


 アゴーが、フランの体を寄せ、頸元に歯を立てつかせ囁きだす。


「まぁ~た、うちからの実験動物にクレームがあったよ~。まいっちゃうよね~。お前の知り合いに、耳の大きいエキゾチック獣人、いない~?俺~、それくれたら~、もっとお前のこと可愛がっちゃうから~」


 フランの背筋が凍る。

ワニ科アリゲーター属の強靭な歯が、彼女の皮下組織を突き破り、うっすらと血が滲むみだす。


 フランは咄嗟に顔を上げ、自慢の色気たっぷりに、アゴーの目を見つめて言う。


「そんなに欲しいんなら、紹介してあげなくもないけど~?あなた次第ね~?その代わり、私は実験動物なんて、嫌よ~」


 アゴーはフランの身体を抱きなおし言う。


「心配すんな~!お前は俺の女だ~!実験用になんか、渡さないって~」


 アゴーが嘘をつく時、口の中が乾いてくる生理現象を、フランは見逃さなかった。

彼女は、頭に浮かんだ同僚の女性を、どうしたら救って上げられるだろうか、必死に策を考えていた。




都内のラブホテルの一室。

気を許したその男に、ホタルは戸惑いを感じていた。


 全身を身もだえすらできない程にガチガチに拘束されたホタルの身体を、その男は乱暴に扱う。


 ワニ科カイマン属のシャクレが、小さくか弱そうなホタルの身体を、わが身のように熱くむしゃぼり倒していた。


「いやぁ~、マジで可愛いね君ぃ~!本気でほれちまいそぉ~!こんな仕事辞めて、俺の女になったらぁ?苦労はかけないぜぇ、どうせこの業界の行く末は、実験用獣人へと落とされるって、決まってんだからぁ~」


 シャクレの言う言葉に、私は理解できなかった。

 ワニ科の男に着いていったって、どうせ食べられるのが実情だし、実験獣人がなんとか何て、それが本当ならこんな仕事今すぐにでも辞めてやる気持ちであった。


 私は口を塞がれ光悦とした表情の中、精一杯に自分の意思を瞳に溜め込め発信した。


貴方との情事は仕事だから・・・・

勘違いなさらないで・・・・

私には、大切にしている彼と、もっと気持ちを理解してくれている先輩がいる・・・

あんたにしがみ付くほど、寂しくなんてないんだから・・・


 シャクレの猛烈な弄りに耐えながら、私は彼氏との被毛を思い、その場を乗り越えた。


 情事が終わり、私の拘束を解きながらシャクレは言った。


「なぁ・・耳のでかいエキゾチックの女、いたら紹介してくんねぇ?ウサギ科じゃなくて、もっと丈夫な科属の女なんかいたら、真っ先に俺に報告してくれよなぁ?」


 私の脳裏に、ヒカリさんの姿が過ぎった。

ヒカリさんを狙ってるのなら、絶対に許さない!

あのフェネックさんは、私の大切な先輩!

この都会のジャングルで、偶然にも出会うことのできた、心のお姉さん!

実験動物なんかに、渡すもんですか!


 ホタルの気持ちとは無情に、ホテルの電話を鳴り取るシャクレは、延長の申し出を受話器に言った。


 解きかけた縄を再び結びなおし、私の身体への第二ラウンドへと移った。





 昼食のドラゴン肉大盛りラーメンに、引くほどの胡椒とラー油を掛けながら院長は言う。


「今度、ヨンキョー製薬会社から是非ともっていう新薬提供のセミナーに誘われ行くことになったから、一応全員準備をしておけ。今後シクロスポリンに代わって、犬のアトピー性皮膚炎の治療に活躍するかもしれねぇ。うちでも導入を考えてるから、一応そのつもりで」


 肥育用ドラゴンの肉にかぶりつく院長に、従業員のロンは答える。

「やっぱり、あの“アホキル”って言う新薬は、期待できるんですかね?製造に相当な時間と犠牲が掛かったみたいですけど?」


 普段の宮殿ご用達の食餌では食べられない、一般庶民のランチに尻尾踊らせ味わうバーバリも、話に置いてがれないよう会話に挟み込む。

「その製薬会社の工場、うちの国民も実験獣人として起用されてるって聞いたわ!院長先生?そんなこと、無いわよね?他人の獣人に酷いことしてまで、薬を開発しようだなんて、アタシは耐えられないから!」


 その質問に、院長は何も答えなかった。

ただそれ以上しゃべらず、ドラゴン肉入りのラーメンを啜っていた。





 フェネック属のヒカリとビーグル属のフランは、ライオンヘアーのウサギ科中年男を挟んで議論をしていた。


「実験用獣人に誰かを送り込むぅ~!?ふざけんじゃ無いわよ!儲けはあんたたちに行くんでしょう!わたし達の身体を、何だと思ってんのよ!」

 フェネック属のヒカリは、瞳を吊り上げて抗議する。


 怯えるウサギ科の男は、申し訳なさそうにハゲかけた被毛の頭を露出し、二人の前に項垂れる。

「こうでもしないと、自分の首が食いちぎられるもんで・・・別に耳がでかくなくてもいいんです。エキゾチックへの効力を調べたいだけなようで、誰かいませんか?もっと生き生きとした、若いベッピンさん嬢を・・・」


 これまで黙っていたフランが、意を決したようにウサギの男に詰め寄る。

「なら、上等なフェレット属のコが今いるじゃない!あのコ騙して、身体を使わせましょ!」


 ヒカリは直ぐにその案に拒絶に掛かる。

「ホタルちゃんは絶対ダメよ!わたしが自分の子供のように育ててるんだから!彼女を実験動物に送り込むんなら、わたしが代わりに行く覚悟よ!」


 ヒカリの真剣な眼差しに、現場の二人も声が出ない。


 沈黙する三人のいる部屋に、ワニ科のアゴーが巨漢をくゆらせ入ってくる。

「なんだい~?何を揉めてるの~?別に誰だっていいんだぜぇ、俺らにとっちゃぁよう~」


 巨大なワニ科の口からはじき飛ぶ唾液の粒を撒き散らしながら、アゴーは部屋の来客用ソファーのど真ん中に座る。


「フェレットの女がいるんだってぇ~?いいじゃねぇかぁ!そいつを俺んとこ寄こしてくれぇ!可愛くいたぶり倒して、気にいったら実験動物に高く売ってやらぁ~」


 ヒカリは傍若無人な態度のアゴーに対し、黒い瞳をさらに吊り上げ怒りをぶつける。

「ホタルちゃんに何かしてみなさい!わたしが地の果てまでアンタを追い詰めて縛り上げてみせるから!」


 瞳に本気の光が映りこむ。


 アゴーはさらに挑戦的な笑みを浮かべ、ヒカリの身体を抱き寄せ、耳元にささやきだした。

「なら、お前を実験用にするまでだぁ~。耳の大きいエキゾチックっつったら、お前ぐらいだもんなぁ~、うっひゃひゃひゃっ・・・・」


 ヒカリは背筋の凍りつきとともに、アゴーの体を押しのけた。


この男は、本当にヤバイ・・・

平気でわたし達行き場の無い獣人を、物のような扱いにする・・・

ホタルちゃんは絶対にわたしが守る!

実験用獣人になんて、死んでも渡さない!


 ヒカリの決意と裏腹に、傍にいるフランとウサギ科中年男は、自分の身を守るため必死な口裏合わせを画策していた。




深夜のアパート、ホタルの自宅。

疲れきり帰宅し、すぐに横になるホタルの身体を、ヤンは愛撫しだす。


「お仕事、お疲れ様~!悪いんだけど、母親がまた低血糖の発作起こしちゃって、治療にあと30万は要るんだぁ~。ちょっと融通してくれないかなぁ?本当に治療費高くって困るんだよ、あの医者ぁ~」


 私は眠気に襲われて感じるどころではない意識の中、信じられる拠り所の脆さに、憤りが湧き出すのを抑えきれなかった。


「ヤン君・・・私のこと、愛してる?」


「何をお前。。。当たり前だろ?ちゃんと愛してるからこうやって今可愛がってるんじゃないか!とにかく頼むよ、俺の母親を救う金、明日にでも必要なんだ!」


 私は両乳首を弄くり回す彼の手を、残された力で払いのけて言った。


「借金の返済通知、届いてたわ。もう二百万にも膨らんでる・・・

今、ここで誓って。お金出すから、もう二度と遊びでお金は使わないって・・・

そして・・・私の家からも、出て行って・・・・!」


 ヤンが焦り硬直するのが解る。

彼は一つだけしかない布団から抜け出し、脱ぎ捨ててあった衣類を着だして言う。


「・・・何時から、知ってた?」


「最初から・・・」


「・・・・じゃあ何で、理解してたフリしてたの?」


「私に他に居場所が無かったから。でも、もうそれができたの。あなたは、必要ないわ・・・」


 ヤンは服を着、軽い荷物を持って逃げ出すように部屋から出て行った。


 私は布団の中で、そのまま泣いた。

凍える外気温の空中に、私の嗚咽とともに溢れる吐息が、白く歪んで浮かび消えていった。





 フェレット属のヒカリさんは、吊り上った黒い瞳に光を蓄え、突き刺すような細長いマズルを向け、最良の“サービス”を目の前の緊縛された中年犬に捧げる。


 全身を鎖で拘束され、口輪で意思表示もできない哀れな土佐属のロンに、“女王様”は熱い鞭を浴びせまくる。


「あんたって、本当にサイコー!こんな立派な身体しといて、中身は幼獣のように素直でいっぱいなんだから!過去に何があったの?柴組の構成員だったんじゃない?でもそんなこと関係ないわね?だって今のあんた、まるで屠蓄前の乳獣みたいなんだものぉ!」


 虐められるロンの喉からは、口を塞がれた蓄獣女のような官能染みた悶絶声しか発せられない。

ヒカリさんは、仕事以上の本気な官能を感じる光悦した表情を隠せずに、最良の客(奴隷)へと愛の鞭を送り届ける。


「まじ、最高だったよぉ~!ヒカリ姐さん、一生俺の女王様でいてくれよぉ~」


 延長の程を尽くしても、まだ止まらぬ欲求にヒカリさんの身体を求めようとするロンに、さすがに彼女も呆れた笑い顔を見せる。


「あんた、とんでもない変体ねぇ~。わたしももう年だし。正直、この身体がいつまで持つのか心配なの・・・・あんたが大切にわたしを看取ってくれるなら、考えないでもないけど?」


 少しだけ、本気の期待がヒカリさんにはあったようだ。


 完全無敵と言われた獣人病院の院長の一番スタッフと言われるイヌ科の男になら、自分の女王様としての牙城を崩してあげてもいいかもしれないと思っていた。


 ロンの反応を伺う前に、ヒカリの携帯が鳴り響く。

ホタルからの着信に、子供からの大事な知らせを聞く母のように、真剣な声で着信を取った。

「大丈夫だったの?乱暴されてない?」


 ホタルからの、ヤンへの決別に関する知らせだった。


「大丈夫でしたよ、ヒカリさん。彼、直ぐに出て行きました。もうご心配要りません。でも・・・・」


 携帯から、ホタルのすすり泣く声が聞こえる。


 ヒカリさんは、そんな私に、唯一暖かい光を照らしてくれる存在となっていた。


「よく、耐えたわね。よく、やりきった!もうあなたは卒業よ!教えることなんて、何も無いわ!これからは自分ひとりで生きておいき!わたしは、あなたがそうなってくれただけで、もう思い残すことなんて無いわ・・・」


 その時のヒカリさんの言葉の意味を、私は全て把握できなかった。

ただ、この寒すぎる獣人界を暖かく包み込んでくれるヒカリさんの愛情を噛み締めることだけに、心の拠り所を満たしていった。






 深夜の雑居ビルが立ち並ぶ狭い街道。

点滅した街灯が、必死に存在を見せようと道を照らす誰も通らない道。


 一人仕事から事務所へ帰り歩くヒカリさんの後ろを、ワニ科の男たちが襲い掛かった。


 私はその時間、一つだけの布団に身を包み、母に包まれていた頃の故郷を思い起こしていた。






私は病院へと足を運んだ。

行方不明になる直前の最後の客だった男を訪ねる為であった。


 受付のナース服の、私よりも若そうな女の子が、笑顔で患者としての私を出迎えてくれた。


「お電話くださったホタル様ですね!お待ちしておりました~!只今院長の方が往診に行っておりまして、代わりの先生が担当いたしますので、少しお待ちになってくださ~い!」


可愛らしいヒョウ属のべっぴんさんだ。

何所となく王女様にも似ている・・・

・・・まさか、ね・・・?



「ホタル様、診察室にお入りください」


 言われた通りに部屋へ入った私は、白衣を着た土佐属の男と会う。


「ホタル様はフェレット属でいらっしゃいますので、まずは軽く身体検査をさせていただきます。お召しになられている着衣を全て脱いでください。その後私が検査をいたしますので」


 当然のように戸惑いが走るが、必要な手順だった。


 私は普段の仕事を思い出しながら、男性の前で服を脱ぐ。


 露出した被毛の身体には、縄の痕が乳房を囲うようにくっきりと残されている。

大腿部、上腕部、手首に足根部にもだった。


 私のやってる仕事は、“もろバレ”だった。


 いつの間にかこの世界の職人となってしまっている私の乳首が、丸く硬直していく。


 私の感じる電波が、この視診を続ける男がヒカリさんの最後の客だと確信させた。


「・・・・あんた、ヒカリさんを探しに来たのか?」

 突然に土佐属の男が言った。


「その身体見りゃあ解るよ。あんた、あのヒカリさんが言ってた、可愛いフェレット嬢なんだろ?」


 全てを見透かされていたことに、私の背筋が凍ると同時に、涙腺が厚くなり流涙の亢進が止まらなくなるのを抑えられない。


 私は咄嗟に胸と陰部を手で隠して言う。

「私を買うなら、ちゃんと事務所を通してよね!ヒカリさんは何所?あなたとのサービスを終えた後、事務所にも帰ってないっていうじゃない!マフィアに拉致されて実験用獣人にされたのなら、私は絶対に許さない!あんたも含め、関わった奴らを根こそぎ始末してやるんだから!」


 土佐属の男は少し溜め息を漏らして私に言う。


「そらぁ、大変なことだぜ。何せ、実験用獣人に関わった者っつったら、今のこの世界の獣人全てだからなぁ・・・」


 男は、涙が止められない私に続ける。


「あんたは今、何を食べて生きている?身体の調子が悪い時なんか、何の薬を飲んでやり過ごす?

あんたの体内に入る全てのもんに、何らかの獣人の命は、関与してるんだからな・・・」


・・・・分かってる!

蓄獣として産まれたウシ科女性の現実や、不妊手術を受けなくちゃならない少年少女の実情くらい・・・!


でも・・・・!


ヒカリさんは、私の大切なお母さんだった・・・・

心のよりどころを知らない私が、初めて自分で見つけられた大きな目標だった・・・


それを・・・最後はこの“社会の都合”の為なんかに、命までも利用されるなんて・・・


その命を、私も同じように利用して生きているだなんて・・・


 私は、診察室の床にそのまま泣き崩れる。

体を支える物が、何もなかった。


 全裸のまま、普段の仕事で付けられた縄の痕も隠せぬ状態、大切な人へ一切のことすらできない無力を知らされる悲しみの極限・・・


 土佐属の男は、困った顔を送るだけだった・・・



・・・




「おい、ロン。何、患者泣かせてんの?」


「あれ?院長、往診に行ってたんじゃ?」


「この裸のフェレット、お前のツレ?」


「いやいやいや!そんなんじゃないですから!マジで!診察の途中でありましてぇ~~~~ぎょへふぅぅぅ!!!」


 ロンの尻に、院長は蹴りを喰らわす。

ロンの巨体が宙をゆき、診察室のシャウカステンに激突する。


「あ・・・・しまった・・・・」

 院長はロンよりも、シャウカステンの心配をしていた。


 私は、その院長と呼ばれる男性を見上げた。


診察室の蛍光灯が逆光となっていたが・・・


・・・被毛のほとんど無い露出した皮膚。


・・・マズルも持たない、平べったい頭部に並ぶ耳目鼻口・・・


・・・白衣を着、聴診器を肩にぶら下げ仁王立ちする姿に、私はかつての古い都市伝説を思い出さずにはいられなかった。



・・・この獣・・・・人間・・・・・!?



 そのサル科人間属の獣人は言った。


「で?何処が悪いの?」



Season 1 End

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ケモナーズ・メディスン ~ 獣人界の獣医師 ~ Gashin-K @ba407004

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