Break 2 聖者の更新


 クリスマスの街では、互いの被毛と体温で温めあう獣人カップルたちの幸せを、”聖者の行進”の音色が包んでいた。


今日も寒い街は、クリスマスムードに湧き上がっている。

無料通話アプリの伝言板に、一件の伝言が更新される。


「誰かいませんか~?連絡ください」


 それを読んだ獣人の数を計る既読者件数は、8人だった。

それでも、8人が自分の書き込みに注目してくれたことに、ジョニーは一定の満足感を得る。

ジョニーはこの8人の中に、特定の一人がいてくれることを期待した。


 このコメントを見てくれて、今の自分の精神状態を少しでも解らせたかった。


 俺は闇にいる。

誰も踏み入れられたことのない深い闇に。


そのコは、それに気がつくだろうか?

意識しないわけがない。

こんなに近くに、いるのだから!


 ネコ科ロシアンブルー属の青年は、職場のデスクのパソコンを見つめ、自分の妄想に酔っていた。

書類の垣根から見える、同じロシアンブルー属のそのコを、周りに悟られないように、何度もチラ見していた。





 塗装の剥げた安物のガラケーで、彼はその伝言板を見ていた。


 爆音ひしめく都会の真ん中で、派遣の仕事の入らなかった今日という時間を、ただひたすらに消費してゆく彼にとって、そのメッセージは特別な意味に捉えられていた。


 たまのコインランドリーで洗濯しては何回も着続けている皴よれた衣類に、発せられる臭気も本人は気づいていない。

近づこうとしてくれる者は、一人もいなかった。


 孤独なウサギ科ミニウサギ属のアトムは、その書き込みにコメントをした。


「どうしたんですか?」


 それの既読者数は、2人だった。


 数十分の間を開けて、返事は返ってきた。


「毎日仕事終えては寝るばっかりで、いざ休日になっても、やっぱり寝るばっかりで、もう嫌になっちゃってるんですぅ~(笑)」


 アトムは溜息をついた。

ただの“釣り”か、あるいは煩悩持て余す社会人の自己発散であると悟った。


99%、そうだろう・・・・


 アトムは返事を書き込んだ。


「私で良ければ、今度会いません?」


 返事は直ぐに届いた。


「え~!いいんですかー。じゃあ、都内の神獣記念館前駅のライオネル国王像の前ってわかります?」


「わかりますよ!何時がいいですか?」


「じゃあ今度の週末の夜に・・・・」


 その会話の既読者数は、互いに1人のままであった。


 アトムには相手が男であることはわかっていたが、それでも良かった。

今、彼には、少しでも人脈をつくることで必死だった。

“寂しさ”こそが、自分の天敵であることを、本能的に理解していた。


 これがきっかけで、新たな仲間が増えるかもしれない。

本当に女の子だったら、むしろ困る・・・


 アトムは、その日は仕事の依頼を受けないよう登録して、返事を書き込んだ。


「それではその日に。楽しみにしています!」


 ジョニーは胸が躍った。

気になるあのコを、何度もチラ見した。


あのコだったらどうしようかな~

目線を合わせないのは、それだけ俺を意識してるってことかなぁ~


いや~、参ったね。ハハハ・・・・


 浮いたジョニーの気持ちの中、そんなことあるはずないという虚しい気持ちも、確かに飛来する。


 あの時に、獣医師の人間属の男に言われたことが、彼の心に深い杭となって残されていた。


 



「あ、どうも~。初めまして~」

 アトムは待ち合わせ場所にいるジョニーに恭しく話しかける。


「・・・・・ども」

 ジョニーの表情に、落胆と安堵が入り混じる。


やっぱり、男だったか・・・・

そりゃそうっすよね・・・

出会い系で釣れる相手なんて、そんなもんですよね・・・・


 アトムの方が少し年上の分、相手をリードしてあげなくてはという意識が強く出た。

「これから、どこへ行きましょうか?僕、あんまりお金持ってないんで、安い中華料理店でもいいですか?」


 ジョニーには、乗ってしまった船に今更降りれるほどの理由も予定も持ち合わせていなかった。

「じゃあそこで一杯やりましょう。お金はいいですよ、僕が出しますから」


「いやいやそんなことさせては・・・・お願いします!」

 定職の無いアトムにとって、こういう時の“引き”は、こなれていた。



 近場の居酒屋街は、大勢の会社帰りのサラリーマン獣人たちでごった返していた。

みんな帰る場所があるというのに、まるで遊び場から離れるのを嫌がる子供のように、その場に留まる理由を捜し歩いていた。


 古びた民家を改造したかのような中華料理店の暖簾を、アトムとジョニーはくぐる。


「いらっしゃ~い!二名様ですか~?」

 バイトの大学生だろうか?若く清楚で美人なフェレット属の女の子が出迎える。


 二人は端のテーブルに対面して腰掛ける。

時代遅れのブラウン管テレビが、先日起きた若い有名人トリマーの放送事故の報道を流している。


 互いに初対面で、どんな獣人生を歩んでいるかなど、知る由も無い。

そんな二人が唯一できる会話から、場はスタートする。


 先に話をあげたのは、アトムからだった。

「お仕事は、何をされているんですか?」


 運ばれたコップの水を取り合えず飲んで、ジョニーは答える。

「雑誌記者をやってます。しがないB級雑誌ですよ。ここんとこ上司に振り回されっぱなしで。この前なんか血を抜かれましたからね。あなたは?」


「ケージカフェ獣人です。派遣で日銭を稼ぐ、残念な雑種ウサギ属ですよ」

 アトムは侮蔑されることには慣れきっていた。

こんな場で我を張るような愚かさは、確かにかつて持っていた時期もあったが、あるネズミ科獣人との出会いをきっかけに、今では微塵もない開き直りと自信に満ちていた。


 そんなアトムの姿を、ジョニーは侮蔑どころか、かっこよくまで感じてしまった。


「へぇ~、今社会問題になっている、ケージで暮らす若者獣人ってやつですか?」


「はいそうです。今では大概の獣人が広いスペースで伸び伸びと育ち、檻みたいな空間でない生活スタイルが定着していますよね?でも僕は違います。ケージの広さで十分!なぜなら、それは自分自身と分相応だからです!余計な物は要らない、今を生きる為の最小限の準備だけして、この過酷な街というダンジョンでサバイバルをしているんです!」


「サバイバルですかぁ!凄いなぁ!まるでかつての我々獣人の姿じゃないですかぁ!」

 ジョニーは、アトムの話に興奮しだした。


 バイトのフェレット女性が、注文の生ビールジョッキを二杯テーブルに運ぶ。

ジョニーもアトムも、可愛らしい彼女をちらりと見るが、すぐに二人の世界へと戻る。


 乾杯を終え、アルコールの摂取に加速され、二人の獣人生トークは弾みだす。


「実は僕、アトムさんがてっきり女の子だと思ってたもんで、いやぁお恥ずかしい!」


「ハハハ、ネットじゃ顔はわかんないっすもんねぇ~。でもジョニーさんとこうやって飲めて良かったです。宜しければ、これからも一緒に飲みにいきましょうよ!」


「いいですねぇ~!僕も仕事と寝るだけで、あまり普段の楽しみが無いもので、アトムさんの都会でのサバイバル、とても興味があります。今度、僕の雑誌としても取り上げさせてくださいよ!」


「いいですよ!いつでも連絡してください!自分たちみたいな獣人種がいることを、もっと社会に広めてやりたいと思ってますから!」


 二人の男呑みは、夜遅くまで続いた。

 バイトのフェレット属の女の子は、もう上がったようだった。


彼女は家に帰ったら何をしているのだろう?


きっと、彼氏が待っててくれてるに違いないですよ?


そりゃそうっすよね~!


 似たもの同士のウサギとロシアンブルーの青年たちは、言葉に出さなくともそういう会話ができるまで、意気投合していった。




Break2 End

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