Case 8 紅いシャウカステン(後編)

 

 ジョーとマリーの仲は、公式にはされていないものの、二人が一緒に下校する姿や、マリーがジョーの為に間接サプリ入りの弁当を秘かに用意してくることは、学園中で話題は絶えない状況だった。


 学園のプリンスと才色兼備の美少女猫のスコティッシュカップルの誕生に、全ての男子陣営は羨望と賛辞を贈るしかなかった。


 しかし、一部の女性陣は、そうではなかった。


 ラグドール属の女子、シフォンもその一人であった。

首元を覆う白い被毛のゴージャスさが、良いとこ育ちのお嬢様オーラを全開に放っている。

黄金比を思わせる程に美しく均等に分けられた灰と白の被毛をした顔と、一切の余分な色素沈着の無いブルーの瞳に、細く切れ長い縦の瞳孔が、どんな中途半端男子をも氷付けにしてしまう魔性の性格を現している。


 学園生徒会長で長期政権に君臨する理事長の愛娘は、誰よりもジョーのことを狙い続けていた生徒だった。


「ジョーのやつ、ワタクシの寵愛を無視して、あんな田舎臭い子猫なんかと・・・・!」

 シフォンの後ろに立つ、大勢の生徒会役員のネコ科獣人たちが、彼女の異変に戸惑う。


「許せない・・・・あのマリーって奴・・・あの化け猫の被毛を、剥ぎ取ってやらなくちゃ気がすまない!・・・・何をしてやろうかしら?」


 ワナワナ筋肉を震わすシフォンの横を、ブリショー属の黒猫ソラがうつむきながら通り過ぎる。


 ソラの肩が、シフォンの体とぶつかる。

誰もが彼女に道を開けるのが常識な学園内で、有り得ない行動だった。


「ちょっとアナタ?ワタクシにぶつかりましたでしょう?何もおっしゃらないわけ?」

 シフォンの縦細い瞳孔がソラを睨む。


「あ・・・ごめん・・・・・」


「ごめん?それだけ!?」

 いきり立つシフォンを静止して、アメショー属のムーが代わりにソラの胸ぐらを掴みあげる。


 ムーはこの時を待ってましたと言わんばかりに、勢い良くソラの体を廊下の壁に押し付ける。

「生徒会長~?どうしたんだい?こいつが何かやらかしたか~?」


「いい所にきたわね、ムー。汚い黒猫がアタクシの被毛に泥を付けたの。やっちゃってくれる?」


「あいよ~!取りあえず、体育館の裏に行こーや!おら、来いよぉ!」


 ムーに引きづられ、ソラは“リンチ”の場所へと移動させられる。

一連を見ていた他の生徒たちは、全て見て見ぬ振りが当たり前だった。


 この前のバーバリの事件を知る全員にとって、自分への火の粉は避けるべく、学園ヒエラルキーの最下層、えた・非獣区分のソラを助けようとする者はいなかった。





 その夜、学園全員にメールが届けられた。

男女構わず送りつけられたメールは、奪われたであろうソラの携帯からだった。


 添付動画には、体育館倉庫で全裸にされて跳び箱に縛り付けられるソラの姿があった。

口には自分の下着を噛ませられ、シフォン組の下僕だろうネコ科男子たちに性感部を弄られ硬直し包皮から飛び出した陰茎が、黒い被毛に囲まれた肛門部とともに映し出される。


 激しく肉球でシゴきを加えられる陰茎から、ネコ科男子の精巣からの分泌物が溢れ出される。


 シリンジへと注入されたその体液が映し出され、シフォンの声が聞こえてくる。


「さぁ~て、この変態黒猫のこれは、どこに行くんでしょう?ヒントは、今、最も幸せなあの子のお口!おいしく食べてくれると、このソラ君も喜ぶと思うわぁ!でしょ?変態ソラ君!」


 映し出されるソラの顔は、恥辱と怨念と悔しさが入り混じった、この世のものとは思えない造型をしていた。


 動画を見るに耐え切れなくなったバーバリは、携帯を放り投げる。


 この学園は狂ってる!!

こんなことが起こっても、教員たちは全くの無責任で過ごすだろう。

この前のマリーちゃんへの不気味な手紙の時も、全く相手にしてもらえなかった!

まるで、自分たちを守ることで精一杯かのように・・・

マリーちゃんは、あんなことまでされたっていうのに・・・


・・・!?


 バーバリに、この前の下駄箱の事件と、さっきの動画が繋がる。


もし、こういったリンチが、奴らの間で日常的に行われているんだとしたら・・・・!


 バーバリの、思ったことがすぐに口をついて出る癖が現れる。

「まずい!マリーちゃんが、危ない!!」


バーバリは携帯でマリーへと掛ける。

しかし、留守番録音になるばかりだった。


「どうしたんだろう?無事だといいけど・・・」


 呟くバーバリの部屋に、マンチカン属のいつもの高官が入る。


「プリンセス、お友達がお来しです。お会いになられますか?」


 バーバリは怪訝そうに宮殿の扉で待つ獣人のところへ向かう。


 いつもの学園服を着たマリーが、立っていた。


 バーバリの胸が安堵感に満たされる。

「マリーちゃん!大丈夫だった!今、大変なメールが学園中に送りつけられたみたいで・・・」


「バーバリちゃん・・・・助けて・・・ジョー君が・・・・」


・・・・!?




 マリーとの下校途中で突然倒れたジョーを乗せ、宮殿の車で病院へと走った。


「早くしなさいよ!このウスノロ短足マンチカン!」

 突然の運転手役に一切気を使わないプリンセスの暴言に、高官は泣きそうになる。



 車は病院へと走りこみ、緊急外来として院長の診察を受けた。


 血液検査の結果に、いつもバーバリにはとぼけるロンの顔も神妙になる。


 院長がマリーに言う。

「BUN150越え、クレアチニン10.5、高カリウム血漿まで起こしている。急性腎不全だ。こいつ、あれほど注意したのに薬を多用しやがった」


 マリーが泣き崩れる。

バーバリは彼女の体を支えて言う。

「先生!ジョー君は助かるの?」


「今、死んでもおかしくない。腎臓が完全にぶっ壊れてたら、もう助からない。造血能も大分落ちてる。点滴とドパミン、あとエリスロポエチンだ!」


 院長は二人に構うことなく、ジョーへの処置へと移った。


 マリーは震える声で自分を責めだす。

「あたしが・・・あたしが頑張ってって言ったから・・・ジョー君は痛いのを我慢して、あたしの前じゃ見せずに・・・・薬を隠れて飲んでて・・・・」


 もらい泣きを堪えられないバーバリは、必死にマリーを励ます言葉を探し、彼女へとかける。


 励ましあう二人の少女の友情に、表で一人しんみりと立ちすくんでいた高官の背後から、金属バットが襲い掛かったことに、二人は気がつかなかった。


「先生、アタシに何かできることは?」

 バーバリが叫ぶ。


 処置室から、院長の冷たい声が聞こえる。

「お前、最近休みつづけてたろ?何があったか知んねぇが、やる気の無い奴には用は無い。その猫連れて帰れ」


 その言葉に、バーバリは酷く傷つく。

彼女の持ちかけた勇気や希望を打ち壊すには、十分すぎる破壊力だった。


 空っぽになっていく自分の心に耐えながら、バーバリはマリーを支えて車へと乗る。


 マリーを抱きながら、どうでもいいような感情に包まれるバーバリは、ようやくある異変に気づく。

二人を挟み込むように両ドアから、ネコ科獣人の男が入り込んできた。


「え!?ちょっと、あんたたち誰よ!」


 巨大な肉球がバーバリのマズルを掴み押さえ、尖った爪が彼女の喉元へと食い込む。


 アメショー属の男、ムーだった。

運転席からは別の男が顔を出した。

マンチカンの高官は、外で倒れていた。


「じゃあ、バーバリにマリー、楽しく乱交デートへといこうじゃないか!」


 ムーの合図とともに、車は夜の街の中へと消えていった。




 

病院に、連絡を受けた三毛属の校長が駆け込みだす。

初老の校長は、事態の重さを受け止め、ベッドに眠るジョーの姿に戸惑う。


「まさか、こんな事になるなんて・・・・先生、この生徒は助かりますか?」


 院長はめんどくさそうに答える。

「さっきも同じこと聞かれたよ。急性腎不全は、発症したその日に死んでもおかしくねぇ。神獣様にでも、祈るんだな」


 点滴の管に、酸素マスクを付けられ昏睡するジョーの姿に、校長は頭を抱え座り込む。


 校長は、自分を落ち着かせた後、思い出したかのように言葉を発した。

「そういえば、病院の入り口で倒れていたマンチカン属の男性も、こちらの患者様ですか?」


 院長が面食らったような顔を見せた。

ロンが頭部から血を流し気を失っているマンチカンを運び、病院の中へと入ってきた。


「院長!コイツ誰かに襲われたみたいですよ!軽い頭部挫傷です!ざまぁみr・・・じゃなくて、大丈夫ですから!」


 バーバリ達を連れてきた高官がここにいるということは、彼女たちは何処へ?


 ロンの焦る気持ちを院長は感じ取ったのだろうか?

院長は、ジョーのこれまでのX線写真を蛍光掲示板に並べて治療方針を模索している。


「お前、そいつの手当をしろ!俺はこの症例で忙しい!」


 ロンは自分のバーバリへの心配を押し込め、きっと院長は彼女たちのことを考えてくれていると信じ、言われるがままに高官を処置した。


 緊迫した場を少しでも和ませようとする校長の計らいだったのだろうか?

点滅しかかった白灯の掲示板を見て、校長は突然に院長へ訪ねた。


「先生・・・”紅いシャウカステン”っていう、怪談をご存じですか?」


「は?何それ?怪談?」

 院長は、同時多発的に起きた複数の懸案事項に苛立っている様子で反応する。


「はい。わが校に昔から伝わる怪談です。お話してもよろしいでしょうか?」


「いいよ。その代わり、短くな」


 校長は、神妙な顔つきで、ゆっくりとした口調で話しだす。


「あれは、私がまだ新人教師だった頃の話です・・・・・」




 ・・・校長の話す、紅いシャウカステンの怪談は、こうだった。




 数十年前の学園の保健室に、一人の若い美猫女性教師が働いていた。

彼女を我が物にしようとする男性ネコ科獣人は、同僚の教師は勿論、男子学生の中からも現れ出る程であった。


 何人もの教師、生徒から告白を受けても、彼女は一途に「好きな人がいるから」と断りをいれていた。


 何を言ってもなびかない彼女に、多くの男獣人たちは、自分たちを持て玩んでいるものと勘違いをし、徒党を組んで彼女を拉致し、山奥で強姦した。


 激しいショックと、好きな人への罪悪感に、彼女は自ら命を絶った。


 次は、二度と恋などしない、されない世界へと転生を祈って・・・


 彼女のいた保健室のシャウカステンは、今でもたまに、血のような紅色に光る時があるという・・・



・・・・



「で?その話の肝は?」

 話を静かに聞いていた院長は、シャウカステンの電源を何度も入り切りしながら言った。


 校長は神妙な顔のまま言う。

「女性の心は、扱い方を間違えればとても恐ろしいものなんです・・・」


「あんたは、その時何してたん?」


「え!?」


「同僚だったんだろ、その先生?あんたは、その先生が悩んでる時、何してたん?」


 校長はうつむいた。


「見て見ぬ振りか・・・学校のトップがそんなんじゃ、生徒も教員もそうなるわな。学園の混乱は、あんたの責任だ。何、将来有望な生徒ばっかり見てんの?

生徒はこいつだけ?いじめられっ子は?落ちこぼれは?色んな人種がいてこその学校じゃねぇの?何を大人の価値観で勝手に選り好みしてんの?」


 院長の言葉は、これまでの長い教育者人生で、一度も聞かされたことの無い重みと鋭さを、校長に印象づかせた。


 校長はうつむくのを止め、院長を真っすぐ見つめた。


「おっしゃる通りです。私は理事長や保護者たちを恐れ続けるあまり、自分の役目というものを忘れてしまっていました。これからは、前を向いて戦います」


 院長が笑みを浮かべる。

「じゃあ、もう学園は大丈夫だな」


「院長!このクソ高官の意識が戻りました!」

 ロンの報告と共に、場は急激に変化する。


 高官によって、バーバリ達の身に起きている現状が把握され、ロンと校長は次にどうすればよいのか慌てふためいた。


 ただ一人冷静に事を考える院長に、今にも途切れそうな声で、ベットに横たわるジョーが声をかけた。


「・・・・先生・・・・・俺・・・サッカーできなくて・・・いいから・・・・・もっと・・・大事なモノ・・・・あるから・・・・助け・・・・・・て・・・・」


 ジョーは再び昏睡の中へと落ちていった。


 彼の声は、院長へ届いたのか?

院長はじっと、シャウカステンの光を睨み続けていた。




バーバリとマリーは、深い街の奥のディスコホールへと連れ込まれていた。

騒音と閃光に埋め尽くされたフロアには、若い男女が他人の目線を気にすることなく互いにエナジーを発散し合っている。


 マリーは、大切な彼を死の淵まで追いやってしまったショックと、目の前の見たことも無い衝撃的な光景に、理性は粉々に砕けようとしていた。


 連れ込まれた二人は、複数の男獣人に押さえられ、全身を縛り上げられた。

爆音ひしめくフロアの中央に、両腿を開かれた状態でソファに括り付けられたバーバリとマリーが置かれる。


 ロン毛のペルシャ属のDJが、高らかな声をマイクに向けてぶつける。


「Yo!今、ここにおわすお方をどなたと心得るテメェらぁー!方や~、学園一の秀才で、あのサッカープリンス、ジョー様の現役彼女ぉ、マリー・フォールド嬢っ、っだぁぁあぁぁぁ!!!」


 ギャラリーの歓声が、縛られもがく二人の姿に興奮していることを隠さない。

DJも、抑える本能を隠しきれずに叫び出す。


「そしてぇーえ~!もうお一方は~!ネットとかでも皆の妄想の素材だよねぇーえ~?いつもお世話になってます!感謝ぁあ~!僕らのオカズアイドル!プリンセス・バーバリぃぃぃぃいいいー!!!!」


 フロアが、これまでに起きえたことのないくらいの爆声に埋め尽くされる。


「うおー!本物だーっ!」

「マジでー!ヤバいんじゃないのぉー!」

「どう料理すんだー!ゼッテェ歴史に残る夜だー!」


 どうしようもない獣人達を前に、バーバリのプリンセスとしての気持ちがプッツンする。

「あんた達!何こんな夜中に遊び歩いてんのよ!今すぐアタシたちを助けなさい!国家反逆罪になるわよ!」


 彼女の訴えも、場の歓声へと虚しくかき消されていった。


 二人の置かれたステージの上に上がり、一人のラグドール属の少女がマイクを持って話し出した。

シフォンは火照った頬に興奮を隠せない様子で、ギャラリーに向けコメントする。


「どうしよう~・・・今、ワタクシ、凄くいい気分・・・・あのバーバリ姫まで、こんなイヤらしい恰好になってるだなんて!」


 シフォンはバーバリに近づいて、語り出す。

「ワタクシ、あなたのお胸をずっと羨ましく思ってましたのよ・・・どうなっているのか・・・ずっと気になっていまして・・・・」


 シフォンが縛り付けた縄の間から飛び出たバーバリの乳房をゆっくりとなぞりあげる。

バーバリの乳首が硬直するのが、服の上から輪郭となって現れる。


 シフォンはバーバリの胸元を、激しく爪を立てて引き割く。

サイズの都合、収めきれていなかったブラジャーは直ぐにずれ落ち、豊満な乳房が丸見えにされる。


 バーバリはシフォンを睨みつける。


「あらら~、何よその目~?そんなんじゃ、遊んであげないいだから~」


 シフォンは、マリーの方へと歩み寄る。

バーバリの胸は、交代で現れたムーの大きな手によって弄り倒さる。


 バーバリは、刺激される興奮を押し殺し、シフォンに向かって叫ぶ。

「あんた達がやったこと、許されるとでも思ってんの!見たわよ!ソラ君にした行為を!この前のマリーちゃんの下駄箱にあった”紅いシャウカステン”からの手紙も、あんた達がソラ君をイジメて・・・」


「一度目のはソラのじゃないわよ~。それに、その”紅いシャウカステン”からの愛は、本物ですことよ~」

 シフォンが振り向き、得意気に語る。


 バーバリは、マリーに向かって歩み寄る、裸のシンガプーラ属の痩せた中年男性を見た。


・・・・嘘!?・・・・担任の先生・・・・・!?


 シンガプーラ属の男は、焦点の合わなくなるまで混乱し果てたマリーの服を剥ぎ取り、露出された陰部を愛撫しだす。


「先生ねぇ、ずっと君の事が気になってたんだよぉ!誰も言うこと聞かないガキどもの中で、君一人は先生の言う事聞いてくれたからねぇ!

勉強も教えた通りにこなしてくれて、テストでもいい点とってくれて・・・もう、君のことが好きになっちゃたんだぁ~!!」


 異常!カオス!


 既に止める術を失った場では、アセチルコリンの大量分泌による開ききった瞳孔で、マリーが涎と涙を流しながら笑顔で変態教師の愛撫を受け入れだす。


「あははは~!せんせ~い!アタシの~、おしっこ~、飲んでる~、おっかし~!!!!」


 気の狂いだしたマリーに、バーバリは全身の力を込めて呼び戻そうとする。

「マリーちゃん!負けないで!あなたは、ジョー君についてあげなくちゃ・・・・んぐぅ!!!!」


 バーバリの口に布が詰められ、マズルがテープで塞がれる。


 ムーの爪が、彼女の衣類をほぼ全て引き剝がす。

顕になった陰部を、ムーのざらつく舌が刺激する。


 これ以上無いほどの恥辱と恐怖と悔しさの入り混じる感情に、バーバリの瞳から涙が止まらなくなる。


 シフォンは、さらに容赦しないとせんばかりに、火照った顔で次の男を紹介する。


「担任の先生はマリーちゃんに愛をあげたいって言ったけど、安心してねバーバリちゃん!この子は、あなたみたいよ!」


 ステージの上に、首輪とリードで繋がれた黒猫のソラが上がらされた。

服は着ていない。リンチにあってそのままここへ連れられたのだった。


「さぁ、この学園一キモイ男子に、バーバリちゃんの大切なモノをあげちゃう~!」


 シフォンの合図と、フロアを埋め尽くす歓声とともに、ソラの手足舌がバーバリの身体を弄り出す。


「バ・・・・バーバリ・・ちゃん・・・・・バーバ・・・バーバ・・・・」

 彼も、完全に理性が飛んでいた。


 バーバリの鼻孔に、ソラが手でこねていた消しカスの塊が詰め込まれる。

ネコ科にとっては呼吸のほとんどを担っている、鼻道での呼吸を塞がれたことにより、バーバリが開口呼吸になる。

しかし、口も布とテープで塞がれていた。

バーバリの美貌が、亢進する流涎と流涙でグシャグシャになる。


 薄れゆく意識に、気の狂わんばかりの感情と性感帯の刺激に襲われゆくバーバリに、絶望がとどめとなって沸き上がる。

彼女の脳裏に、さっき院長に傷つけられたことが蘇る。

空っぽになったバーバリの心に、今ある”快楽”だけが満ちてゆく。


 シフォンも興奮を抑えきれずに、マリーの身体に貪り付く。


 ここは、まごうととなき、獣の世界だった・・・・


 興奮に耐えきれなくなったギャラリーたちも、二人の身体へと群がり出した。


 ・・・社会の大人たちへの鬱憤を溜め込んだ獣たちは、本能のままに、生きていた。




力の抜けた、縛られたままのバーバリの肢体が吊るされる。

発射された精液にまみれ妖艶さの増す彼女の体に、まだ欲求を発散しきれない大勢の獣たちが山を為し群がる。


 マリーも乱交状態の中にいた。

交互に入れ替わる男獣人の精液をかけられ、正気を失った彼女の表情は、完全な快楽の奴隷と化していた。


 壇上のシフォンも服を脱ぎ捨て、乱交パーティーの一部となっていた。


これが、生物としての快楽・・・・

これが、獣・・・・・


 その場では、獣人の、“人”としての理性の一切が、排除の対象であった。


 バーバリは死を覚悟した。

どうあれ、最後に自分は殺される。


 代々伝わる王族のヒョウ属ライオン一族が築き護り続けてきた獣人界の獣人としての理性の部分を、倒壊したダムのように押し寄せるカオスが、飲み込んでしまった。


 その象徴として、自分の悲惨な姿が、公開される・・・・


 DJが、マイクに叫ぶ。

「さぁ!クーデターの完成だぁぁああああ!」


 民衆によって祭り上げられる独裁者の姿のように、バーバリに肢体は、紅いライトを浴びて、ゆっくりと、フロアの天井へと上げられる。


 天井には、全裸で構えた巨漢のムーが大腿部を広げ待ち構えていた。


「お前の大切なもん、これで全部手に入れたぜ~!」


「・・・・。・・・・!?」


 涙の枯れ、ただ光悦とするのみのバーバリの最期の意識に、その男は現れる・・・・


それは、昔聴いた、物語の主人公・・・


獣たちを、“獣人”へと変えた、伝説の英雄・・・・


・・・・・


・・・


「・・・・神獣・・・・様・・・・?」




 ムーの首根っこを掴み上げる男がいた。


 巨漢のアメショー男を、意図せず簡単にフロアの床へと叩きつけた。


 爆音とともにひび割れたフロアの床に横たわるムーを、容赦なく男の肘が直撃する。


「見つけたぜぇ~、転生者ぁ~!生徒のお前を誰も手出しできないなんて、どうりでチートすぎる学園だと思ったぜ!」


 場は、時間が止まったかのように凍りつく。


 誰一人、何が起きたかは、分らなかった。


 ただ一人、この国のプリンセス、バーバリにだけは、そのムーに襲い掛かった男が誰なのか認識できた。


 バーバリの瞳に、生気の光が蘇る。


「院長先生ぇーっ!そいつ、やっちゃってぇぇぇぇぇぇーっ!!!」


 彼女が叫ぶ相手のその男は、人間だった。




その夜、ディスコホールで起きた出来事を、その現場にいた誰もが説明できなかった。


 空間が歪んだだの、時間が逆戻りしたのを感じただの、理解不能とでも言うべき証言の数々に、駆けつけた警察隊も混乱し果てた。


 ただ一致するのは、そのフロア内で、今まで見たことの無いような光に包まれた現象の記憶だけだった。


 保護されたバーバリとマリーは、体の異常も無く、無事に保護者の元へと返された。


 バーバリの父、国王、キング・ライオネルが、警察車両から降りる愛娘の体を抱きしめる。


 王族の一人娘が乱暴された、国内最大級規模のスキャンダルに、大勢のマスコミメディアが感動的な一場面へシャッターを贈る。


 カメラの届かない、プライベートな宮殿の一室へと移ったバーバリは、直ぐに父親のたてがみを振り払い、アルバイトの為のナース衣装に着替えに行く。


「いや・・・ちょっと待ちなさいって・・・バーバリや?」


 戸惑う国王に、頭に包帯を巻いたマンチカン属の高官が決め顔でささやきだす。

「もう、お嬢様は立派な大人です。信頼する友を励まし、信頼する男性に夢中になれる、立派な女性です。いつまでも構わない方のが~~~グフォオ!!!」


 国王が高官を掴み上げ、横腹を殴りだす。

キング・ライオネルは、こういうキャラだった。


 アメショー属のムーの存在は、国家テロ犯罪者として指名手配とされた。

しかし、あの光の後、彼の姿を見た者は誰もいなかった。


 ムーの父親が経営する財閥企業は、重大な所得隠しが発覚し、その権威を失った。

その隙を狙い、御曹司が起こした大事件を問題に掲げ、国家情勢保安局による解体が行われた。


 学園理事長の娘、生徒会長のシフォンも、溜まりきった学生、教員たちの怒りを校長が先導し、長期政権の座から引きずり下ろされた。

シフォンは学園を退学、理事長も引責辞任した。

彼女のその後の行方は誰も知らない。


 シンガプーラ属のバーバリ達の担任も、マリーへと行った変質者行為が明るみにされ、懲戒免職の処分となった。


 そして、ジョーとマリー・フォールドは・・・・




「ジョー君!がんばれー!」


 巨大王立スタジアムの真ん中に、王宮メンバーのユニフォームを着たジョーの姿があった。

対戦相手は、北の王国代表チームだった。


 相手国のキャプテンがジョーに歩み寄る。

ネコ科雑種属でありながらも、その才能と、壮絶な努力の獣人生で登りつめた、天才的最強のライバルであった。


「お前、骨が弱いんだってな?でも、手加減しねぇから?」


 ジョーは笑って返す。

「そんなことしてみろよ?神獣様に言いつけて消してもらうから!むしろ、俺に手加減させるなよな!」


 相手も笑う。

「じゃあ、うちが勝ったら、お前の大事なものを貰おう!」


「そいつは大変だ、絶対に勝つ!」


 ジョーの意識は、スタジアムで見守るマリーの姿だけがあった。

体の痛みは、もはや感じない。


 キックオフの笛が、高らかに鳴った。





 ロンは、一つだけ気になっていたことがあった。


 院長は、一体、何時の間に、あのディスコホールの現場へと行ったのかだった。

院長は、ずっと病院でジョーの処置をしていたようにも見えた。


 それになぜあそこにバーバリ達がいると解ったのだろう?


 院長が行ったのではなく、バーバリが呼び寄せたとか・・・?


 しかしだとしても、彼女に対してあんなに無関心な院長が、呼ばれたから行ったというのも考えづらい。


では、どうして・・・・?


 答えの見つからない謎に悶々としながら、ロンは古びたシャウカステンを丁寧に掃除しだした院長を見て思った。


・・・いや・・・まさか・・・・


「何、人をじっと見てんだよ。さっさと仕事しろ!」

 院長の命令に、ロンはそそくさと次の症例患者を呼ぶ。


 ロンの思いが、確信に変わる。


院長は・・・・“紅いシャウカステン”の怪談が・・・・ガチで怖かったんじゃ・・・・・・




Case 8 End




「バーバリちゃん、おはよー!」


 朝の登校時間

いつもの制服で、しっかりと前を向き歩くバーバリに、マリーが笑顔で挨拶をする。


「マリーちゃん、おはよー!」

 バーバリも笑顔で返す。


「ねぇ聞いて聞いて~!昨日ね~、ジョー君がね~・・・・・」

「アハハハハ!仲いいんだから二人とも~・・・・・」


 ・・・・


 仲良く登校する二人の美猫少女の後ろを、一人の黒猫男子が距離を置いて登校する。

手の肉球で、消しゴムのカスが丸められている。


 黒猫は一人呟いていた。

「バーバリちゃん・・・・バーバリちゃん・・・・バーバ・・・・バーバ・・・・」


 ・・・・

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