第3話
枯れ
いくつか系統があると言っていたが、一体、砂漠の連中の美貌には、どれくらいの数の系統があるのだろうか。ずらっと並ぶと壮観なのだろう。こんなのばかりが絢爛に着飾って、うようよいるような宮廷は、さぞかし壮麗だろうが、少々不気味でもある。この世のものとも思えないし、まるで悪い夢のようだ。
リューズと連合して、戦場で相まみえたことはあるが、奴が玉座の
迷信深い性分で、砂漠の魔法というのに偏見があるからだろうか。とにかく魔導師たちは油断がならない。その親玉も油断がならない。
今さら突然、昔くれてやった
ああ、もう、参ったとヘンリックは思った。
疲れ果てるごとに、これに依存して十年だ。もはやこの
身を起こしてみた体の中で、連日の激務で募りに募っていた疲労が、とりあえず明日も生きようかと思う程度には引き潮になっていた。
「どうあっても返せという話だったのか?」
寝ぼけて曇るような目を指先でこすり、長椅子の上に胡座をかいて、ヘンリックは渋々訊ねた。
「いいえ。閣下がご不要と判断された場合は戻れということです」
「不要ではない」
「そのようで」
薄笑いで同意して、アズミールは、煙管を宙に持ったまま、ゆっくり深い息をついた。腰掛けに座る姿勢はすらりと背筋が伸びて、堂々として見えた。出自卑しい者には見えない。あたかも玉座に座す、族長リューズもかくやと言ったところだ。
どうせ、この若造は、増長しているのだろう。俺のお陰でお前は生きていられるんだぐらいの事を思っているのかもしれない。それもまあ、そう思いたければ、思えばいい。あながち嘘でもない時はある。
「引き続き、サウザスでお仕えしてもよろしいでしょうか」
「好きにしろ。どうせ戻れば斬首だろう、お前は」
面憎いと思って、ヘンリックは嫌みを言ってやった。
すると
「いえいえ。閣下の都サウザスへの愛着断ちがたく、かくなるうえは、このまま生涯お仕えして、渚の砂に骨を埋めようかと」
「口が上手いのも、枯れ
言葉巧みで調子がいいのもリューズ・スィノニム的だと、ヘンリックは辟易した。
「さあ。それは聞いたことがありません。畏れ多くも玉座の君と、遠く及ばず、この私だけではないでしょうか」
薄笑いして言う
これではサウザス市街の石畳は、流れる川のごとくになっているだろう。とっくに夜会もはねる時刻で、車輪が滑るのを恐れる御者は、馬車を出すのを嫌うだろう。
アズミールには市井に家を与えてあったが、そこまで徒歩で帰れとも言いがたい。雷鳴轟く水浸しの街道で、馬車が横転でもして、
もう一人送れとリューズに泣きつくのは格好がつかない。
「王宮で、朝まで寝ていけ。雨が止むまで。従僕に声をかけて、部屋を用意させろ」
上掛けの綿布をうるさく長椅子に放って言い渡し、軽く申し訳程度の一礼をする
これでは鷹も飛ぶまいと、ヘンリックは思った。
嵐が過ぎていってからでいいだろう。リューズに
それで砂漠の黒い悪魔も、いい気味だと満足をして、
のんびり道具を片付けて、アズミールは部屋を出るらしかった。吹き消された蝋燭と、消え残る甘い煙の匂いがする。また盛大に雷鳴が轟いた。
セレスタは、眠れたろうかとヘンリックは思った。あの、近頃とみに神経質な正妃は。
眠れぬようなら、あいつも一刺し、ちくりとやってもらえばいい。
その針で、あの癇癪がおさまるようなら、俺もいくらか気が楽なのだが。アズミールの針は、そういうものには効かないものか。セレスタは、異国の
それでもまあ、結果的には同じことだ。時折、族長ヘンリックの気が晴れれば。
嵐はその夜、翌日の昼近くまで続いた。
野分明けの空にヘンリックは
そこには一文、流麗な書によって、こう記されていた。
友よ、汝が
【おしまい】
カルテット番外編「湾岸の鍼治療師」 椎堂かおる @zero
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