第7話

 エル・シャレンドラの葬儀は、ひっそりと行われた。

 幼いうちに葬られる者たちの葬儀はいつもそうだった。

 部族のために命を捧げた幼い英雄であったと、彼らのための唯一の英雄譚(ダージ)が、やりきれない静けさのなかで短く詠われるだけだ。

 決まり切ったその内容を聴くため、リューズも葬儀に列席したいと言った。知らなかった事とはいえ、小さな英雄の安らかな死を乱した気がして、改めて彼女の死を悼んでやりたかった。

 しかしイェズラムは来るなと言った。族長がやってくると、みな正装しなければならないからだ。

 リューズは腹が立ったが、おとなしく受け入れた。竜の涙たちのやることに、干渉することはできない。

 エル・シャレンドラの名は、彼女の石とともに眠るため、王宮の墓所に刻まれた。

 借りは返すと、イェズラムは約束していた。

 リューズは何の期待もしなかったが、イェズラムは約束を果たした。

 どんなに引っ張り出そうとしても、自分の部屋から出てこなかった男が、タンジールを出て敵地へと赴くスィグルの、先導役を買って出たのだ。

 出立の日、イェズラムは竜の涙の長たる者にふさわしい、贅を極めた紫紺の長衣(ジュラバ)を着て現れ、リューズをあぜんとさせた。

 そしてリューズが即位後に禁じたはずの、古式にのっとった、三跪九拝礼をもって族長への服従を大仰に示し、同盟による停戦と、それによる平和を部族にもたらしたリューズを、言葉を極めて褒め称えた。

 これまで、我が子を人質にとられてまで、停戦を選んだ族長のことを、陰であれこれ言う者もいた。部族の者たちにとっては、複雑な気分だっただろう。快進撃の突然の静止を、納得できない者がいても当然だった。リューズはそれに何も反論しないできた。理解されなくても無理はないと思っていたからだ。

 しかし宮廷というのは、つくづく浮かれ女のようなものだった。

 部族随一の英雄が、凛々しい姿で久々に颯爽と現れ、弁舌爽やかに、とにかく平和になったのだと褒め称えれば、そういうものも良いかもしれないという気になったらしい。

 沈痛な空気を打ち破って、スィグルを見送る行列は、ひどく晴れがましく王宮から出て行った。艶やかに着飾った大勢の英雄たちに見送られ、花を撒く熱狂のタンジール市街を抜けて、あたかも戦勝の祭りのように、行列は都市を旅立ったという。

 リューズはそれが恨めしかった。

 許されるものなら、勢力の及ぶ領境まで、一緒についていってやりたかった。

 だがその役目は、イェズラムに託すしかない。

「あの男は結局、なんの欲もないような顔をして、美味いところは自分が食わねば気が済まないのだ」

 リューズが肉を差しだして愚痴ると、象牙の止まり木にいる銀の矢(シェラジール)はピュイと高い声で相づちを打った。

 忠実な若い鷹の、長旅にくたびれた翼を、リューズは撫でてやった。

 その膝の上で、スフィルはじっと鷹の目を睨んでいる。

「お前も食うか」

 鷹のために用意された新鮮な生肉を、リューズが摘んで口元に持っていってやると、スフィルは唐突にぱくりと食いついてきた。

「指を食うな」

 噛まれかけてとっさに手をどけたが、指先には、しっかりと歯形がついていた。スフィルは悪びれる様子もなく、鷹の目を睨んだまま、黙々と肉を噛んでいる。

 餌を奪われた銀の矢(シェラジール)は、どことなく情けなそうに首をかしげて見せた。

「これは、銀の矢(シェラジール)が運んできた、お前の兄からの手紙だ」

 鷹の足には、鷹通信(タヒル)のための小さな銀色の筒がくくりつけられている。使いの者を送れないようになっても、王都と連絡がとれるよう、スィグルには銀の矢(シェラジール)を連れて行かせた。見知らぬ山国からの長旅を、銀の矢(シェラジール)はこともなげに何度も往復していた。

 丁寧に折りたたまれた薄紙を、リューズはスフィルの目の前で広げて見せてやった。

 そこに描かれたものを、スフィルの頭越しにのぞき込み、リューズは声もなく笑った。

 薬缶が描いてあったのだ。

 見知らぬ様式の竈(かまど)の上に、飾りけのない薬缶が乗っており、もうもうと湯気をあげている。その周りに、食事を作っているらしい少年たちが描かれ、矢印をして彼らの名前が書かれてある。

 同盟の子供たちだった。

 彼らは、どこにいでもいる子供の顔でくつろぎ、こちらを見つめていた。

「兄上」

 そこには描かれていないスィグルのことを、双子の弟が呼んだ。

「そうだな。お前の兄は、元気にやっているようだ」

 リューズは目を細めて答え、自分に固く抱きついている息子の華奢な体を、強く抱き返してやった。


 《完》

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カルテット番外編「新星の守護者」 椎堂かおる @zero

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